LOGIN100回目となる婚約披露宴。それだというのに、神崎湊(かんざき みなと)はまたしても、迷うことなく私を置き去りにした。 交際して七年。これまでの99回の婚約でも、彼は「幼馴染がまだ結婚していないから、約束を破るわけにはいかない」と言い続けてきた。 私は手の中にある指輪を握りしめ、初めて彼に問いかけた。 「じゃあ、白川琴音(しらかわ ことね)が一生結婚しなかったら、あなたも一生彼女に付き添うつもりなの? 私はどうなるの?私のことは何だと思っているの?」 湊は瞬く間に顔色を曇らせ、私の手から指輪をひったくると、窓の外へと投げ捨てた。 「琴音とは子供の頃から、一緒に結婚しようって約束してたんだ。彼女を一人残していくなんてできるわけないだろ! それに、一ノ瀬雫(いちのせ しずく)。お前は紙切れ一枚にそこまでこだわるのか?俺たち、七年も一緒にいるんだ。その紙があろうがなかろうが、同じことじゃないか」
View More湊の哀願する声が、私を追憶から引き戻した。わかってる。彼は私をここに連れてきて、二人の出会いの思い出を利用して私の心を揺さぶろうとしているのだ。以前ここを通った時は、初対面の時の甘い記憶を思い出していた。けれど今ここに戻ってきて、脳裏に浮かぶのは、この七年間湊が琴音のために何度も私に与えてきた屈辱と辛さだけだ。七年間、私はもう十分に耐えた。私が信じないのを恐れたのか、湊はスマホを私の目の前に突き出した。「ほら見ろ、琴音の連絡先は着信拒否にした。もう二度と俺たちを邪魔させない。俺もようやくわかったんだ。琴音の病気は医者に診せるべきで、俺に依存させるべきじゃないって。今まで俺が間違ってた。俺が愛しているのは、最初から最後までお前一人だけだ」画面には、確かに琴音の名前がブラックリストに入っている。これは過去七年間、私が夢にまで見た光景だった。琴音が私と湊の間にもう立ちはだからない。それはなんて魅力的なことだろう。湊もようやく、自分ではなく医者が琴音を診るべきだと理解してくれた。でも、残念だわ。遅すぎる。どうして人は、完全に失ってからでないと自分を省みることができないのだろう。私が断りの言葉を口にしようとしたその時、背後から男に呼びかける声がした。「湊くん、私たちの約束を破って私を捨てるの?」琴音の姿を見た瞬間、湊は目に見えて狼狽した。「どうしてここがわかったんだ?もうはっきり言ったはずだろ。病気なら医者に行けって」琴音は傷ついた表情を浮かべた。「ここ数日、あなたが全然相手にしてくれないから……家の前で待ってたの。あなたが出てくるのを見て、ついてきたのよ。湊くん、あなただけが私の薬なの。あなたがそばにいてくれれば、発作は起きないのよ」琴音は激昂して湊の腰に抱きついた。湊は慌てて彼女を振りほどき、助けを求めるように私を見た。「雫、見てくれ。俺はもう彼女にはっきり言ったんだ。琴音が勝手に付きまとってるだけなんだよ」私は何も言わなかった。湊と琴音の泥仕合になんて、もう巻き込まれたくない。その言葉に、琴音はカッと目を見開いた。「湊くん、私たち二十年以上の絆があるのよ?彼女とのたかだか七年にも及ばないって言うの?どうして彼女のために私を捨てるなんてことができるのよ!」湊は力
私の拒絶の言葉を聞いて、湊はようやく焦りを見せた。「雫、俺が本当に悪かった。明日すぐに入籍しよう。いや、今すぐ行こう。明日役所が開いたら一番に婚姻届を出そう。もう一度だけチャンスをくれないか?」湊の顔は後悔に満ちていた。今回は本当に後悔しているのかもしれない。けれど、私たちの間の亀裂は一朝一夕にできたものではない。七年かけて広がり続け、今日ついに支えきれなくなって崩壊したのだ。当然、もう修復などできるはずもない。私は以前のように優しく彼の涙を拭ってあげることはせず、彼の手を冷たく払いのけた。「湊、もう無理よ。あと一週間で私は出発するわ。最後くらい、綺麗に別れよう」そう言い残し、私は客室に入って鍵をかけた。ドアの外から押し殺したような泣き声が聞こえてきたが、部屋の中にいる私の心は微塵も揺れなかった。今さら後悔したところで、もう遅いのだ。それからの数日間、私は荷造りに専念し、湊のことには一切関心を示さなかった。何度か彼が何か言いたげにしているのに気づいたが、私は気づかないふりをして自分の用事を済ませた。出発の前日になって、湊が「どうしても一緒に行ってほしい場所がある」と言ってきた。七年の情けだ。私は承諾した。この関係にきちんとしたピリオドを打つためにも。着いてみると、そこは私たちが初めて出会った公園だ。湊は手にアイスクリームを持ち、すがるような目で私を見ている。「雫、ここを覚えてるか?俺たちが初めて会った場所だ」見慣れた景色と、彼の手にある風船を見て、私は少し昔を思い出した。七年前、私は面接に遅れそうで走っていた時、不注意で湊にぶつかり、彼のアイスクリームを彼の靴の上に落としてしまった。戻って謝り、クリーニング代を払おうとした私だったが、彼は私の持っていた履歴書を見て面接に行くと察し、ただ笑顔で「大丈夫だから、時間を気にして」と言ってくれた。その笑顔が、私の心に焼き付いたのだ。その日の面接はうまくいき、今の会社に入ることができた。けれど私の心にはずっと湊のことが残っていて、休みのたびにこの公園に来ては、彼に会えないかと探していた。神様が願いを聞き届けてくれたのか、半月後、ついに彼を見つけた。私はアイスクリームを買って、顔を真っ赤にしながら湊に渡し、謝罪と共に靴のクリ
一字一句違わず、かつて彼が私に言った言葉だった。彼が初めて朝帰りをした時、私はリビングで一睡もせずに彼を待ち続けていた。翌日彼が帰ってきた時、私は昨夜どこへ行っていたのか聞きたかったし、心配するからこれからは事前に連絡してほしいと伝えた。けれど湊は、冷ややかな目で私を一瞥してこう言ったのだ。「お互いいい大人なんだから、自分の時間くらいあるでしょ?いちいち全部報告する必要なんてないじゃない」と。その瞬間、私の情熱が一気に冷めていくのを感じた。私も馬鹿だった。その翌日、湊が「あの夜は残業だった」と軽く言っただけで、すべての怒りを消し去ってしまったのだから。それどころか、その後も文句一つ言わず、家で明かりをつけて彼の帰りを待つようになった。今思えば、本当に愚かだった。湊もその時のことを思い出したようで、表情に焦りが滲んだ。「雫、あの時は機嫌が悪かったんだ。わざとあんな言い方をしたわけじゃない」ほらね。彼は機嫌が悪ければ私に好き勝手八つ当たりをして、機嫌が良くなれば指先一つで私を呼び戻せると思っている。自分の言葉がどれほど人を傷つけるか、彼は微塵も感じていなかった。今日、自分が刺されて初めて、傷の深さを思い知ったみたい。私は慌てふためく湊の顔を見つめたが、心は凪のように静かだった。無表情のまま、昨夜言いそびれた言葉を口にした。「湊、私、海外研修に行くことになったの。だから私たち……」私が言い終わらないうちに、湊は勢いよく立ち上がり、私を問い詰めた。「なんで俺に相談もなしに決めるんだよ!お前が海外に行ったら俺はどうなる?一人で国内でお前を待てって言うのか?」怒りに満ちた湊を見据えて、私は言った。「別れよう。私を待つ必要なんてないわ。これで琴音と堂々と付き合えるじゃない」七年で初めて切り出した別れ話に、湊は信じられないという顔で私を見ている。「どうして別れるなんて言うんだ?海外に行くからか?」私は深くため息をついた。心底疲れ果てていた。ここまで来ても、湊はまだ自分の問題に気づいていないのだ。「湊、私たち付き合って七年よ。100回も婚約披露宴をして、その全部であなたは私を捨てた。これ以上一緒にいる理由なんてある?琴音が一生結婚しなかったら、私も彼女と同じように一生独身でいろって言うの?」湊
私はそのまま下山しようと思ったが、あたりはすでに真っ暗闇で道も見えず、山の上ではタクシーも拾えない。仕方なく、湊が戻って迎えに来るのを待つことにした。しかし予想外だ。待てど暮らせど、三時間が経過しても彼の姿は見えなかった。【いつ来るの?】とメッセージを送っても返信はない。深夜の山は湿気が多く、気温も普段よりずっと低かった。体の震えが止まらない。スマホのバッテリーが切れそうになるのを見て、私は思い切って110番に通報した。このまま山で一晩過ごせば、低体温症で病院送りになるか、最悪の場合は命に関わると感じたからだ。警察が到着した時、私はすでに軽い低体温症の症状が出ていた。警官たちに説教された後、私は病院へ搬送された。翌日の昼になってようやく、湊から電話がかかってきた。「雫、どこに行ってたんだ?どうしてまだ帰ってないんだよ!」電話越しの責めるような声を聞いて、私は思わず黙り込んだ。どうやら彼は昨夜、私のことをきれいさっぱり忘れていたらしい。「湊、昨日の夜、私を天文台に連れて行って、そのまま一人置き去りにしたじゃない」電話の向こうが急に静まり返った。長い沈黙の後、湊の恐る恐るというような声が聞こえてきた。「雫……昨日は琴音がどうしても離してくれなくて……お前なら自分で帰れると思ってたんだ。まだ天文台にいるのか?迎えに行くよ」私は鼻で笑った。「結構よ、お忙しい方。あなたが私を思い出す頃には、とっくにICU行きになってたわ」そう言って、私は電話を切った。午後、体調が回復してから私は会社へ向かった。出社するなり、思いがけず上司に呼ばれた。彼女は一枚の申請書を差し出した。「一ノ瀬さん、あなたの能力はよく知ってるわ。これまでの数回、あなたが研修を辞退してきたのを残念に思ってたの。今回の枠、あなたにあげる。しっかり掴み取ってきなさい。帰ってきたら期待してるよ。出発まであと一週間あるから、休みを取っていい。身辺整理をしておきなさい」私は胸の高鳴りを必死に抑え、申請書を受け取った。請書に記入して提出した瞬間、心のつかえがようやく取れた気がした。もう一つの枠に決まったのは、同じ部署の男性社員、滝川翼(たきがわ つばさ)だ。部署の仲間たちは心から祝福してくれ、夜はみんなで食事に行こうと提案してくれた。七