LOGIN私は学生の頃から付き合っていた久保直樹(くぼ なおき)と、卒業と同時に籍を入れた。 一から直樹が会社を立ち上げるのを、ずっと隣で支えてきた日々は、本当に大変だった。 私たちの子供が白血病にかかった時でさえ、お金が無かった私たちは、ただ見ていることしかできなかった。 それから5年後、私は再び新しい命を授かった。 その時には、直樹も若手実業家として成功していた。 人生これからだと思った矢先、あるメッセージが2通、私の元に届いた。【直樹さんのこと好きになっちゃった】 【いくら欲しい?直樹さんと別れてくれるなら、言い値で払うからさ】 メッセージの送り主は、山田家の甘やかされて育った娘、山田佳奈(やまだ かな)だった。パーティーで直樹に一目惚れしたらしい。 一晩考えた私は、翌日佳奈から送られてきた小切手に金額を書き込んだ。「10億円。これで私と直樹の10年を買い取ってください」
View More「久保さん、帰ってくれ。若葉はもうあなたに会いたくないとはっきり言っているんだから。こんないつまでも付きまとっていたら、若葉をもっと苦しめるだけだろ?」竜也の声は冷たく、警告の色を帯びていた。「これは俺と若葉の問題だ。お前には関係ない」直樹は険しい目つきで竜也を見つめる。「お前が俺から若葉を奪ったんだ。必ず取り返してみせる」「奪っただって?」竜也は鼻で笑った。「あなたが若葉を大事にしなかったからだろ?自分の手で突き放したくせに。俺はただ、若葉が一番つらい時にそばにいただけ」二人の間の空気がどんどん張りつめていく。いつ衝突が起きてもおかしくない、そんな雰囲気だった。目の前の光景に、私はただただ疲れ果てていた。もう直樹に邪魔されたくないし、辛い過去ももう思い出したくないのだ。竜也とただ静かに暮らしていきたいだけなのに。しかし直樹は、まるで振り払えない悪夢のようだった。いつまでも私に付きまとってくる。月日は流れても、直樹のストーカー行為は少しも収まらなかった。我慢の限界だった私は、警察に通報した。しかし、直樹は警察に連れて行かれても、しばらくすると戻ってきて、また私に付きまとうのだった。日に日にやつれていく私を見て、竜也は心を痛め、同時に怒りを募らせていた。私を連れて、直樹が見つけられないどこか遠くへ行ってくれようとした。しかし、私は首を横に振った。「ずっと逃げ続けるわけにはいかないよ。直樹が理由で、今の生活まで諦めたくないの」私たち二人が途方に暮れていたとき、予想外のことが起きた。その日、私は竜也と一緒にスーパーへ買い物に出かけた。直樹はいつものように、私たちの後をつけてきていた。道を渡ろうとしたとき、コントロールを失ったトラックが突然突っ込んできた。まっすぐに、私に向かって。「危ない!」竜也がとっさに、私を突き飛ばした。そして直樹は、ほとんど無意識に飛び出し、私をかばって前に立ちはだかった。ドン、というものすごい音が響いた。直樹がトラックにはね飛ばされたのだ。直樹は地面に強く叩きつけられ、流れ出した血が一瞬でアスファルトを赤く染める。私も竜也も呆然としていた。私たちは直樹のもとへ駆け寄り、血まみれの彼を見る。心臓をわしづかみにされたような衝撃だった。
「君が辛い経験をたくさんして、心に傷を負っているのは分かってる。でも、約束する。これからの俺の人生、すべてをかけて君を守る。もう二度と悲しい思いはさせない。だから、俺と……一緒になってくれないかな?」私は竜也のまっすぐな瞳を見つめた。心がじんわりと温かくなるのを感じる。私は頷き、「はい」と答えようとした。その時、どこか聞き覚えのありそうでない声が、突然ドアの方からした。「若葉!」私と竜也が同時に振り返ると、そこには直樹が立っていた。髪はボサボサ、目は真っ赤に血走っていて、ひどく憔悴しきった様子だ。どうしてここが分かったのだろうか?私の顔からはさっと血の気が引き、胸の奥から強烈な嫌悪感がこみ上げてきた。直樹は部屋に駆け込むと、竜也を突き飛ばした。そして私を強く抱きしめ、声を詰まらせながら言った。「若葉、やっと会えた。お前は死んでないって、信じてたよ!やっぱり、生きててくれたんだな、本当によかった」私は直樹を突き放そうと、力いっぱいもがく。「離して、直樹!痛い!」「離さない」直樹は更に強く抱きしめてきた。「もう二度とお前を離さない。若葉、俺が悪かった。本当に、俺が間違ってたんだ。お前のために、仇はとったから。山田家は破産させたし、佳奈も相応の罰を受けた。俺の財産だって全部寄付して、もう何もない。俺にはもう、お前しかいないんだ。俺を許してくれないか?もう一度やり直そう。昔みたいに、な?」私は夢中で直樹の胸を叩いた。涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。「出てってよ、直樹!とっとと消えて!絶対に許さない。あなたは私たちの子供を殺したし、昔の私だって殺したの。私たちの関係は、もうとっくに終わってるんだから。今さらそんなこと言って、何になるの?もう全部、手遅れなの!」しかし直樹は、私に叩かれても、罵られてもされるがまま。ただ、私を強く抱きしめたまま、絶対に離そうとしなかった。「俺が悪かった。俺が最低だったんだ!」涙が私の肩に落ちてくる。「叩いても、罵ってもいい。どんな罰でも受ける。だから、もう俺の前からいなくならないでくれ。一年もの間、ずっと探してたんだ。もう二度と会えないと思ってた。やっと見つけたんだ。もう失うわけにはいかない」その様子をそばで見ていた竜也の表情は険しかった。竜也が直樹を
直樹がこれを見たら、きっと後悔するはずだから。直樹には一生後悔しながら生きてほしい。私はというと、佳奈からもらった10億円を手に、海外でまったく新しい人生を始めていた。直樹から離れ、辛い思い出しかなかったあの場所を捨てた。そうして初めて、こんなにも穏やかで、自由な生活があることを知った。時間ができたから、ピアノ教室にも通い始めた。ピアノが家に届いた日は、嬉しくて夢中で弾いた。しかし、弾いているうちに、ひとつの鍵盤の音が少しずれていることに気がついた。まだこっちに来て間もなかった私は、どこで修理してもらえるのか分からなかったので、現地の掲示板のようなものに、書き込みをしてみた。ピアノを修理できる人はいないだろうか、と。そしたら驚いたことに、次の日にはもう連絡があった。インターホンが鳴って、ドアを開けた瞬間、私は完全に固まってしまった。ドアの前に立っていたのは、なんと高校の同級生だった、夏川竜也(なつかわ たつや)だったのだ。竜也は卒業式の少し前に、私に告白してくれたことがあった。しかし、その時はもう直樹のことが好きだったから、私は丁重にお断りしていた。何年も経つのに、竜也はあまり変わっていなかった。ただ、昔の少年っぽさが抜けて、少し大人びて落ち着いた雰囲気になっている。「若葉?」竜也も少し驚いたみたいだったが、その目には喜びの色も浮かんでいた。「本当に若葉なの?同姓同名の別人かと思ってたよ」私ははっと我に返って、微笑んだ。「久しぶり。こんなところで会うなんて。こういうこともあるんだね」「高校を卒業してから、こっちに留学しててね。それで、そのままこっちで就職して、今は小さな楽器の修理工房をやってるんだ」竜也はそう説明してくれた。「書き込みを見て、住所が近かったから来てみたんだけど、まさか本当に君だったとは」私はさっそく竜也を中に招き入れる。「どうぞ、入って。わざわざ来てもらってごめんね」竜也をリビングに案内して、そこにあった白いピアノを指さす。竜也は丁寧にピアノを調べて、すぐに問題の箇所を見つけてくれた。彼は道具箱から工具を取り出すと、手際よく修理を始めた。その姿を見ていると、私の心になんだか温かいものがこみ上げてきた。今までずっと、私は直樹のことばかり考えて生きてき
直樹の頭は真っ白になり、耳鳴りがした。若葉が死んだ?直樹は狂ったように家を飛び出し、車を飛ばして葬儀場へと向かった。頭の中には、「若葉に会いたい」という思いしかなかった。葬儀場に着くと、職員が白い布をかけた遺体をストレッチャーに乗せて運んできた。直樹は足の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになった。震える手で白い布をめくる。そこには、少し変形したプルタブが2つあった。直樹は、ついに堪えきれず涙を流した。「ごめん……ごめん……」彼は遺体のそばにひざまずき、冷たくなった体を強く抱きしめる。「俺が悪かった。お前を信じなくてやれなくてごめん。あんなひどいことを言って……戻ってきてくれよ。指輪を買うからさ。一番大きくて、一番輝くダイヤモンドの指輪を……だからもう一度、やり直そう。な?俺を一人にしないでくれよ、若葉」葬儀場を出ると、直樹はそのまま車で山田家へ向かった。「お前が若葉を殺した!全部お前の仕業なんだろ?」佳奈は目に涙を浮かべながら答える。「直樹さん、何言ってるの?意味が分からないんだけど。若葉さんはあなたと喧嘩して、どこかに隠れてるだけじゃなかったの?どうして……」「まだとぼけるのか?」直樹の目は真っ赤に充血している。「若葉は臆病なんだ。だから、あいつがこんなこと考えつくはずがない。ずっと俺を騙していたのはお前の方なんだろ?」その時、佳奈の父親、山田裕也(やまだ ゆうや)が2階から下りてきた。裕也は険しい顔つきで直樹を見つめる。「久保さん、人の家で大声を出して、一体どういうつもりなんだね」直樹は裕也の方を向き、嘲るような笑みを浮かべた。「娘さんが、妻を殺したんですよ?それでも、おとなしくしていろと?」「何を馬鹿なことを言っているんだ!」裕也は眉をひそめた。「佳奈がどんな子か、俺の方がよく分かってるに決まってるだろ?でたらめを言うのも大概にしたまえ」その言葉に、直樹は冷笑を浮かべる。「山田社長、山田家が力を持っているからって、何でも思い通りになると思ったら大間違いですよ。この数年、こっちだってただぼんやり過ごしてきたわけじゃないんです。山田家がやってきた汚いことの証拠なら、山ほど握っていますからね」直樹は一旦間を作った。「以前は、あなたにも敬意を払っていたし、佳奈が会社に利益をもたら