LOGINその日の夕食は光司が作ることになった。
祐実の体調が少しずつ戻ってきたとはいえ、まだ疲れやすい様子が続いていたため、優香が家事を分担しようと提案したのだ。すると光司が珍しく自分から手を挙げた。 「今日は俺が作るよ」 祐実は少し驚いた顔をしたものの、素直に頷いた。 「じゃあ、お願いしようかしら」 「任せておけ」 光司は張り切って台所に立った。冷蔵庫を開けて食材を確認し、献立を考えながら包丁を手に取る。慣れない手つきではあったが、以前よりもずっと積極的だ。優香が横を通ると、父は鍋の中を覗き込みながら得意げに笑った。 「今日はちょっと頑張ってみるか」 「いつもそれくらい頑張ればいいのに」 「うるさいな。たまにはいいだろ」 口ではそう返しながらも、光司はどこか嬉しそうだった。 やがて食卓に料理が並んだ。焼いた肉に野菜炒め。それに味噌汁とご飯。特別な献立ではないが、光司なりに工夫したらしい。野菜の切り方もいつもより丁寧で、皿の盛りつけまで気にしていた。 「いただきます」 三人が食事を始める。祐実は野菜炒めを一口食べ、少し目を見開いた。 「おいしい。ありがとう」 何気ない一言だった。 ところが光司は箸を持ったまま固まった。 「……そうか?」 「ええ。味付けもちょうどいいわ」 祐実はもう一口食べて微笑んだ。 その瞬間、光司の顔がぱっと明るくなった。頬が緩み、目元まで嬉しそうになる。さっきまで料理の出来を気にしていた様子が嘘のようだった。 「そうか。いや、よかった」 光司は照れくさそうに笑った。だが、すぐには食事に戻らず、祐実がもう一度料理を口に運ぶのを眺めている。 優香は箸を止めた。 また始まった。 母が料理を褒めただけだ。特別な言葉でもなければ、大げさに喜ぶような出来事でもない。それなのに父は、まるで長年の努力が報われたかのような顔をしている。 「お父さん、そんなに嬉しいの?」 優香が尋ねると、光司は慌ててこちらを向いた。 「別に。作ったものを褒められたら嬉しいだろ」 「まあ、それはそうだけど」 「だったらいいじゃないか」 光司は照れ隠しのように味噌汁を飲んだ。祐実は夫と優香を交互に見て、不思議そうに首を傾げている。 「そんなに喜ぶことかしら?」 「喜ぶよ。せっかく作ったんだからな」 光司はそう答えたものの、口元にはまだ笑みが残っていた。 優香は黙って食事を続けた。父の説明は一応筋が通っている。自分が作った料理を褒められれば誰だって嬉しいだろう。ただ、光司の場合は反応が大きすぎる。しかも最近は、母の言葉や表情ひとつで機嫌が目に見えて変わるのだ。 食事が終わる頃には、光司はすっかり上機嫌になっていた。 「食器は俺が片づけるよ」 祐実が立ち上がる前に、父は皿を重ね始めた。 「いいの? じゃあお願いしようかしら」 「ああ。ゆっくりしていてくれ」 光司は食器を台所へ運び、鼻歌まじりに洗い始めた。水の音に混じって、時折小さな鼻歌が聞こえてくる。さっきまでと比べると、明らかに動きが軽い。 祐実はソファへ移動しながら優香に小声で尋ねた。 「お父さん、最近どうしたのかしらね」 「……私も気になってる」 「何かいいことでもあったのかしら」 祐実はそう言って首を傾げた。嬉しそうな夫を見るのが嫌なわけではない。ただ、何をきっかけにここまで変わったのかが分からないのだろう。 優香も同じだった。 父が誰かと秘密のやり取りをしている可能性はまだある。けれど、これまで観察してきた行動を振り返ると、単純な浮気という仮説では説明しにくい部分が増えていた。 光司は外出を増やしていない。休日も母と過ごしたがっている。母に親切にしては、その反応を気にしている。そして今は、料理を褒められただけで一日中機嫌がよくなりそうな勢いだ。 もし誰かと恋愛関係にあるのなら、そちらで満たされているはずではないのだろうか。 それなのに父は、母からの何気ない一言をこれほど大切にしている。 優香はその矛盾を頭の中で転がした。 夜も更け、優香が洗面所へ向かおうとリビングの前を通りかかったときだった。光司が一人で食卓を片づけていた。祐実は先に休んでおり、テレビも消えている。 父は皿を重ねながら、ふと手を止めた。 「おいしい、か……」 その声は優香にも聞こえるほど小さかった。光司は思い出したように口元を緩め、もう一度皿を持ち上げた。 優香は廊下で足を止めた。 父は誰に聞かせるでもなく、嬉しそうに笑っている。 思わず声をかけそうになったが、優香は口を閉じた。今の父は、こちらに気づいていない。邪魔をすれば、また何でもないと否定されるだけだろう。 優香は静かに自室へ戻った。 机の前に座り、ノートを開く。これまでの記録を読み返すと、いくつかの共通点が浮かび上がってきた。 母が笑うと父も嬉しそうになる。礼を言われると機嫌がよくなる。料理を褒められれば、食後まで上機嫌で家事を続ける。反対に、母が忙しくて反応できないと、目に見えて落ち込む。 父の気分は、母の反応に強く左右されている。 優香は新しいページにその結論を書き込んだ。 さらに考えを進める。父が喜ぶのは、母から特別なものを与えられたときではない。高価な贈り物でも、特別な外出でもない。母が自然に笑ったり、何気なく褒めたりしたときだ。 つまり、父は母からの反応そのものを求めているように見える。 「……何なんだろう」 優香はペンを置いた。 浮気という仮説を捨てるには、まだ材料が足りない。スマホの中身も分からなければ、父が何を考えているのかも分からない。それでも、今までの行動を一つの疑いだけで説明しようとするのは難しくなってきた。 父は母に何かを隠しているのかもしれない。 けれど同時に、母から何かを受け取ろうとしているようにも見える。 優香はノートを閉じた。次に確認すべきなのは、父がスマホで誰と連絡を取っているのかだけではない。その連絡と母への態度がどう結びついているのかも、考える必要がありそうだった。 リビングの方から、食器をしまう音が聞こえた。光司はまだ片づけを続けているらしい。 優香は小さく息を吐き、机の上のノートへ目を落とした。 父の秘密を知りたいという気持ちは、以前より強くなっていた。 ただ、調べれば調べるほど、最初に思い描いていた答えから遠ざかっている気がした。優香は一週間分の記録を机に並べていた。 ノートには光司の行動と、そのときの状況が細かく書かれている。母を見つめていたこと。スマホを見て笑っていたこと。菓子を買って帰り、食器を洗い、料理を褒められて舞い上がっていたこと。最初は気になった出来事を順番に記録していただけだったが、こうして見返すと、いくつかの共通点が浮かび上がってくる。 光司の機嫌は、祐実の反応によって大きく変わっていた。 優香はペンで該当する箇所に印をつけた。母が笑ったとき。礼を言ったとき。何気ない話に付き合ったとき。どの場合も父の表情は明るくなっている。反対に、母が忙しくて気づかなかったり、休みたくて会話を切り上げたりすると、光司は目に見えて元気をなくしていた。 単に妻を気遣っているだけなら、ここまで反応に差が出るだろうか。 優香は椅子の背にもたれた。 父が何かを隠しているのは確かに見える。スマホを見て笑い、近づくと画面を閉じる。以前より身だしなみを気にし、母の予定を何度も尋ねるようになった。けれど、外出の頻度も帰宅時間も以前と大きく変わっていない。 浮気相手と会っているという仮説は、どうにも行動と噛み合わなかった。 かといって、浮気ではないと断定する材料もない。連絡だけを取り合っている可能性だってある。優香はノートの余白に疑問符を書き込み、別のページへ移った。 父が母に何かを謝りたいのだとしたら、どうだろう。 後ろめたいことがあるから急に優しくなり、母の機嫌を気にしている。そう考えれば、菓子を買ったり家事を手伝ったりする行動にも説明はつく。だが、光司が何かを隠しているように見える理由までは分からない。 そもそも、何かを償おうとしている人間が、あれほど嬉しそうに母の反応を待つものなのだろうか。 優香はペン先を止めた。 もう一つ、考えられる可能性がある。 父は母に対して、以前より強い感情を抱くようになったのではないか。 そう考えると、今までの行動が少し違って見えた。母を目で追い、目が合うと慌てて視線をそらす。何気ない言葉に喜び、褒められただけで一日中機嫌がよくなる。母が自分に関心を向けないと、あからさまに落ち込む。
その日の夕食は光司が作ることになった。 祐実の体調が少しずつ戻ってきたとはいえ、まだ疲れやすい様子が続いていたため、優香が家事を分担しようと提案したのだ。すると光司が珍しく自分から手を挙げた。「今日は俺が作るよ」 祐実は少し驚いた顔をしたものの、素直に頷いた。「じゃあ、お願いしようかしら」「任せておけ」 光司は張り切って台所に立った。冷蔵庫を開けて食材を確認し、献立を考えながら包丁を手に取る。慣れない手つきではあったが、以前よりもずっと積極的だ。優香が横を通ると、父は鍋の中を覗き込みながら得意げに笑った。「今日はちょっと頑張ってみるか」「いつもそれくらい頑張ればいいのに」「うるさいな。たまにはいいだろ」 口ではそう返しながらも、光司はどこか嬉しそうだった。 やがて食卓に料理が並んだ。焼いた肉に野菜炒め。それに味噌汁とご飯。特別な献立ではないが、光司なりに工夫したらしい。野菜の切り方もいつもより丁寧で、皿の盛りつけまで気にしていた。「いただきます」 三人が食事を始める。祐実は野菜炒めを一口食べ、少し目を見開いた。「おいしい。ありがとう」 何気ない一言だった。 ところが光司は箸を持ったまま固まった。「……そうか?」「ええ。味付けもちょうどいいわ」 祐実はもう一口食べて微笑んだ。 その瞬間、光司の顔がぱっと明るくなった。頬が緩み、目元まで嬉しそうになる。さっきまで料理の出来を気にしていた様子が嘘のようだった。「そうか。いや、よかった」 光司は照れくさそうに笑った。だが、すぐには食事に戻らず、祐実がもう一度料理を口に運ぶのを眺めている。 優香は箸を止めた。 また始まった。 母が料理を褒めただけだ。特別な言葉でもなければ、大げさに喜ぶような出来事でもない。それなのに父は、まるで長年の努力が報われたかのような顔をしている。「お父さん、そんなに嬉しいの?」 優香が尋ねると、光司は慌ててこちらを向いた。「別に。作ったも
蒸し暑さで目が覚めたのは深夜だった。 祐実は布団の中で寝返りを打ったものの、なかなか眠り直せなかった。首筋に汗が滲み、胸元から顔にかけて急に熱がこみ上げてくる。掛け布団を足元へ押しやり、しばらくじっとしていると、少しずつ熱が引いていった。 けれど、ようやく落ち着いたと思った頃には目が冴えていた。時計を見ると午前三時を過ぎている。隣では光司が静かな寝息を立てていた。 祐実は起こさないようにそっと起き上がり、枕元の水を飲んだ。最近はこういう夜が増えている。日中はいつも通り動けているつもりでも、夜中に目が覚めると翌朝まで疲れが残った。 翌朝も、すっきりしない頭を抱えたまま台所に立った。朝食を用意し、洗濯機を回し、出勤の準備をする。いつもと同じ手順をこなしているのに、今日は一つ動くたびに体が重かった。 「祐実。大丈夫か?」 食卓についた光司がこちらを見ていた。 「ええ。ちょっと寝不足なだけよ」 「顔色が悪いぞ。どこか具合でも悪いんじゃないか?」 「大丈夫。昨日ちょっと寝つきが悪かったの」 祐実は味噌汁を置きながら笑ってみせた。心配してくれるのはありがたいが、詳しく説明する気力がなかった。光司はまだ何か聞きたそうにしていたものの、祐実が席につくとようやく箸を取った。 その日の仕事は普段より長く感じられた。午後になると頭がぼんやりし、同じ書類を何度も確認してしまう。帰宅してからも夕食の支度と洗濯物の片づけが待っていた。ひと通り済ませた頃には、足が重くて立っているのも億劫になっていた。 祐実はリビングのソファに腰を下ろした。冷房はついているのに、体の内側にはまだ熱がこもっている気がする。目を閉じて少し休もうとしたところで、台所から光司が顔を出した。 「祐実。冷たいお茶を持ってきたぞ」 「ありがとう。そこに置いておいて」 光司はグラスをテーブルに置いた。祐実が礼を言うと、いつものように嬉しそうな顔をしたが、すぐに眉を寄せる。 「まだ暑いのか? 冷房を下げた方がいいか?」 「ううん。このままで大丈夫」 「そうか。でも、顔が赤いぞ。熱があるんじゃないか?」 「熱はないと思うわ。ちょっと休めば平気だから」 祐実は目を閉じた。これでようやく静かに休める。そう思ったのも束の間、光司が再び動き
優香は父の行動を記録するノートに新しい項目を追加した。 帰宅時間。休日の外出。家にいるときの様子。 浮気をしているのなら、誰かと会うために家を空ける時間があるはずだ。仕事を理由に帰宅が遅くなったり、休日に一人で出かけたりすることも考えられる。もちろん、それだけで浮気と決まるわけではないが、これまでの父の変化を考えれば確認しておきたい点だった。 優香はまず、帰宅時間から調べることにした。 光司は平日の夕方になると、ほぼ決まった時間に帰ってくる。仕事が長引いた日は少し遅れることもあるが、母が夕食の支度を終える頃には玄関の鍵が回る。帰宅してからも、特に用事がなければ外へ出ることはなかった。 以前と比べて帰りが遅くなった様子もない。 優香はノートに記録をつけながら眉を寄せた。 仕事帰りに誰かと会っている可能性はある。しかし、帰宅時間だけを見れば不審な点は見つからなかった。 次は休日だ。 土曜日の朝、優香がリビングへ行くと、光司はソファで新聞を読んでいた。テーブルには飲みかけのコーヒーが置かれ、テレビからは天気予報が流れている。いつも通りの光景だった。「お父さん、今日どこか行くの?」 新聞をめくっていた光司が顔を上げた。「いや。特に予定はないけど」「ふうん」「優香は出かけるのか?」「私は午後から買い物」「そうか。気をつけてな」 会話はそこで終わった。光司は再び新聞へ目を落とす。休日に一人で出かける予定もなく、誰かと会うために準備をしている様子もなかった。 優香は台所へ向かいながら考えた。 父は最近、身だしなみを気にするようになった。スマホを見て笑うことも増えた。母への態度も明らかに変わっている。それなのに、外出の予定は以前と変わらない。 何かを隠しているように見えるのに、行動には不自然な空白がない。 その日の午後、優香が買い物から帰ると、光司はリビングでテレビを見ていた。着替えた様子もなく、朝とほとんど同じ場所に座っている。祐実は台所で夕食の下ごしらえをしていた。「ただいま」「おかえり。買い物はどう
父の光司が母の祐実に対して妙に優しくなったのは、それから数日後のことだった。 仕事から帰ってきた光司は紙袋を手にしていた。リビングでくつろいでいた優香が顔を上げると、父は袋を持ったまま台所へ向かい、夕食の支度をしている祐実のそばへ立った。「これ。好きだっただろ?」 光司が差し出したのは和菓子屋の紙袋だった。中には祐実が以前から好んでいる菓子が入っているらしい。「あら、どうしたの?」「帰りに見かけたから買ってきたんだ」「覚えててくれたの? ありがとう」 祐実が笑顔を向けると、光司の顔が一気に明るくなった。「いや、まあ。たまにはな」 照れくさそうに頭をかく父を見て、優香は手元のスマホを持ち直した。 今の反応は記録しておこう。 菓子を買ってきたこと自体は何もおかしくない。長年連れ添った妻の好みを覚えているのも自然なことだ。問題は、礼を言われた瞬間の光司の様子だった。まるで予想以上のご褒美をもらったかのように、頬が緩みきっている。 祐実が紙袋を開けて中身を確かめている間も、光司はそばを離れなかった。何かを期待するように妻の顔を見ている。「あとでお茶と一緒にいただこうかしら」「うん。そうするといいよ」 光司は満足そうに頷いた。 優香は画面に短く入力した。 十八時二十分。母の好きな菓子を購入。母がお礼を言うと非常に嬉しそうな反応。 記録を終えたところで、光司がこちらを見た。「何してるんだ?」「スマホ見てるだけ」「そうか」 父はそれ以上聞かず、再び祐実の方へ向き直った。 その視線を見て、優香は小さく息を吐いた。母に喜んでもらいたいだけなら、あんなに何度も反応を確かめる必要はないのではないか。 翌日には、さらに奇妙なことが起きた。 優香が大学時代から使っている資料を整理していると、台所から水の音が聞こえてきた。覗いてみると、光司が食器を洗っている。祐実は少し離れた場所で翌日の食材を確認していた。「お父さんが洗い物してるの?」 優香が思わず声をかけると、光司は
夕食の支度を手伝っていた優香は、母の祐実が何度も時計を気にしていることに気づいた。父の光司はまだ帰宅していない。いつもなら仕事が終われば決まった時間に帰ってくるため、特別遅いわけでもなかった。 祐実は味噌汁の火を弱めると、ふと手を止めた。「ねえ、優香。最近のお父さんってどう思う?」 思いがけない質問に優香は顔を上げた。「どうって?」「何だか変じゃない?」 やはり母も気づいていたらしい。優香は手に持っていた箸を食卓へ置いた。「やっぱりそう思う?」「優香も気づいてたの?」「うん。ここ数日だけど」 祐実は少し迷ったあと、流しの縁に手を置いた。「実はね。ここ数週間くらい前からなのよ」 優香は母の顔を見つめた。自分が異変を意識し始めたのはつい最近だ。けれど、祐実はもっと前から夫の変化を感じ取っていたらしい。「最初は気のせいだと思ってたの。年齢のせいかしらとか、仕事で何かあったのかしらとか。でも、ちょっとずつ変わってきて」「例えば?」「急に服装を気にするようになったのよ」 祐実は洗い終えた皿を水切りかごへ置いた。「今までは私が何を着ていこうと何も言わなかったのに、自分のシャツを選ぶときに妙に時間をかけたりするの。先週なんて、出かける前に鏡を何度も見てたのよ」「お父さんが?」「そう。髪まで気にしてね。何かあるのって聞いたら、別にって」 優香の頭の中で、父の最近の様子がつながり始めた。スマホを見ては嬉しそうに笑い、誰かが近づくと慌てて画面を閉じる。母の一挙一動を目で追い、目が合うと不自然に視線をそらす。 そこに服装へのこだわりが加わった。「それだけじゃないのよ。私が出かけるときも、帰りは何時になるのか聞いてくるようになって」「今までは聞かなかったの?」「必要があれば聞いてきたけど、最近は何度も確認するの。友達と出かけるって話したら、何時に帰るのかとか、夕飯は外で食べるのかとか。そんなことまで気にする人じゃなかったのに」 祐実は困ったように笑った。笑顔を作ってはいるが、目元には戸惑いが残っている。「それにね。私が今日あったことを話すと、前よりずっと熱心に聞くのよ。昔から話を聞いてくれない人じゃなかったけど、適当に相槌を打って終わりだったの。ところが最近は細かいことまで聞いてくるし、私が笑うとお父さんまで嬉しそうにするの」 優香は