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第5話「父の外出予定を解析する」

Author: 団紡るう
last update publish date: 2026-10-31 17:30:04

優香は父の行動を記録するノートに新しい項目を追加した。

 帰宅時間。休日の外出。家にいるときの様子。

 浮気をしているのなら、誰かと会うために家を空ける時間があるはずだ。仕事を理由に帰宅が遅くなったり、休日に一人で出かけたりすることも考えられる。もちろん、それだけで浮気と決まるわけではないが、これまでの父の変化を考えれば確認しておきたい点だった。

 優香はまず、帰宅時間から調べることにした。

 光司は平日の夕方になると、ほぼ決まった時間に帰ってくる。仕事が長引いた日は少し遅れることもあるが、母が夕食の支度を終える頃には玄関の鍵が回る。帰宅してからも、特に用事がなければ外へ出ることはなかった。

 以前と比べて帰りが遅くなった様子もない。

 優香はノートに記録をつけながら眉を寄せた。

 仕事帰りに誰かと会っている可能性はある。しかし、帰宅時間だけを見れば不審な点は見つからなかった。

 次は休日だ。

 土曜日の朝、優香がリビングへ行くと、光司はソファで新聞を読んでいた。テーブルには飲みかけのコーヒーが置かれ、テレビからは天気予報が流れている。いつも通りの光景だった。

「お父さん、今日どこか行くの?」

 新聞をめくっていた光司が顔を上げた。

「いや。特に予定はないけど」

「ふうん」

「優香は出かけるのか?」

「私は午後から買い物」

「そうか。気をつけてな」

 会話はそこで終わった。光司は再び新聞へ目を落とす。休日に一人で出かける予定もなく、誰かと会うために準備をしている様子もなかった。

 優香は台所へ向かいながら考えた。

 父は最近、身だしなみを気にするようになった。スマホを見て笑うことも増えた。母への態度も明らかに変わっている。それなのに、外出の予定は以前と変わらない。

 何かを隠しているように見えるのに、行動には不自然な空白がない。

 その日の午後、優香が買い物から帰ると、光司はリビングでテレビを見ていた。着替えた様子もなく、朝とほとんど同じ場所に座っている。祐実は台所で夕食の下ごしらえをしていた。

「ただいま」

「おかえり。買い物はどうだった?」

 光司がすぐに顔を上げた。

「普通だよ。必要なもの買っただけ」

「そうか」

 父はそれだけ返すと、またテレビへ向き直った。優香は鞄を置きながら、さりげなく父の様子を観察した。どこかへ出かけたいという雰囲気もない。むしろ家族が帰ってきたことで、少し安心したようにも見えた。

 翌日も光司は家で過ごした。午前中は庭の手入れをし、昼食を取ったあとはテレビを見ている。夕方には祐実と一緒に近所のスーパーへ出かけたが、買い物を終えると寄り道もせずに帰宅した。

 優香はノートを見返した。

 平日は仕事が終わるとまっすぐ帰宅。休日も家にいることが多い。外出するときは、母と一緒に行動することがほとんどだった。

 浮気相手と会う時間はどこにあるのだろう。

 優香はペンを指先で回した。秘密の連絡を取り合うだけなら、家にいてもできる。スマホを使う時間が増えたことを考えれば、その可能性は残っている。けれど、実際に誰かと会っている様子は見つからなかった。

 仮説と現実が食い違っている。

 優香は父の行動をもう一度整理した。外出の頻度は変わらない。帰宅時間にも目立った変化はない。休日は母のそばにいることが多く、一人で出かけることを避けているようにも見える。

 では、父が隠しているものは何なのか。

 浮気という可能性を捨てるには、まだ早い。しかし、それだけにこだわっていても真相には近づけない気がした。

 優香はノートの端に小さく書き込んだ。

 仮説保留。行動の変化と外出パターンが一致しない。

 書き終えたところで、リビングから母の声が聞こえた。

「光司さん。来週の土曜日って何か予定ある?」

 優香は顔を上げた。

 光司はテレビのリモコンを置き、祐実の方を向いた。

「来週? いや、特にないけど」

「そう。私も予定がないから、何か買いに行こうかと思って」

 祐実が何気なく話すと、光司の表情がぱっと明るくなった。

「じゃあ、一緒に出かける?」

「え?」

「いや、ほら。たまには二人で出かけるのもいいだろ」

 光司は照れたように笑った。祐実は一瞬きょとんとしたあと、少し困ったように微笑む。

「そうね。じゃあ、買い物に付き合ってもらおうかしら」

「もちろん。どこへ行く?」

「まだ決めてないわよ。これから考えるの」

「そうか。じゃあ、ゆっくり決めよう」

 光司は嬉しそうだった。休日に妻と出かける予定ができただけで、こんなにも表情が変わるものなのだろうか。

 優香は二人の会話を聞きながら、ノートを閉じた。

 父は誰かと会うために外出しているわけではないのかもしれない。むしろ、母と一緒に過ごす時間を増やしたがっているように見える。

 だとすれば、スマホを見て笑う理由も、服装を気にする理由も、まだ説明がつかない。

 祐実が買い物の候補を話し始めると、光司は一つひとつに熱心に反応した。以前なら「好きなところでいいよ」と任せていたはずなのに、今日は自分から店の名前を挙げている。

 優香はその様子を眺めた。

 父の行動は、母に向かっている。けれど、なぜ今になってそこまで母を気にするようになったのかは分からない。

 浮気相手と会っているという仮説は、少なくとも今のところ裏づけられていなかった。

 優香はノートを机へ戻し、新しいページを開いた。次に調べるべきなのは外出予定ではなく、父が何をきっかけに変わったのかということかもしれない。

 スマホの通知に反応する理由。母の言葉を待つような態度。親切にしたあと、相手の反応を気にする様子。

 それらをつなぐ何かがあるはずだった。

 優香はペンを手に取った。まだ疑いを捨てるつもりはない。けれど、最初に考えていた答えにこだわるのも違う。

 父の異変は、思っていたよりずっと複雑なのかもしれなかった。

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