Mag-log in出逢い
深夜午前0時、バイト先の居酒屋の店先から出た瞬間、盛大なため息をついて、夜空を見上げた。まん丸い月が、目に眩しく映る。
「今夜も疲れたなぁ……」
バイト中は大きな声でオーダーをとっているため、独り言は覇気のない掠れた声になる。
居酒屋から自宅アパートまで、徒歩15分の道のり。信号のない交差点を、肩を落として歩く。若干ふらついた足取りだったせいで、向かい側から来た人とすれ違いざまに、肩がぶつかってしまった。
「すみません」
疲れていたこともあり、小さく頭を下げてやり過ごそうとしたら、いきなり腕を掴まれる。
「えっ?」
見知らぬ男にそのまま腕を引っ張られ、なにかの店舗とビルの狭い隙間に体を押し込まれた。
「な……」
狭い空間に差し込む街明かりが、目の前にいる男の姿を照らす。
街灯の僅かな光を受けて輝くシルバーの髪。その長い前髪の下に位置する血を思わせる赤い瞳は、ゾクッとするほど、異様なものだった。俺に視線を注ぐルビーのように煌めく瞳に見惚れていると、見知らぬ男が低い声で囁く。
「そのまま、じっとしていて」
その声を聴いた瞬間、頭の中がなんだかほわほわして、体の力が見事に抜け落ちた。見知らぬ男は抵抗することなく棒立ちになる俺に抱きつき、首筋に顔を寄せる。
「っ、ぁあっ」
首筋に吐息がかけられたと同時に、べろりと素肌を舐められ、なにかが突き刺さる感触を覚えても、体にまったく力が入らないせいで、されるがまま状態だった。
(――このままじゃヤバい、なんとかしなきゃ!)
「やっ! やめろっ、いやだ!!」
体に力が入らないが、声は出すことができた。目を瞬かせて、斜め下を見たら。
「マズ……っていうか、なんで催眠にかからないんだ?」
見知らぬ男はビルの壁に向かって、俺の体を放り投げた。ふらつきながら後退し、ビルの壁に背中が打ちつけられるのを防ぐ。
「さ、催眠? アンタいったい、なんなんだよ?」
シルバーの髪に赤い瞳、服装は黒っぽいスーツを身に纏い、ぱっと見はハロウィンの仮装をしているように見えるのだが。
(今の季節は初夏だから、ハロウィンはまだまだ先だけどな!)
「ふふっ、なんだと思う?」
ルビー色の瞳が、三日月の形に変化する。どこかバカにしているように感じたせいで、イライラしながら訊ねた。
「わからないから、聞いてるんじゃないか」
視線を逸らし、見知らぬ男に噛みつかれた首筋に、左手で無意識に触れてみる。
「……傷がない?」
ハッとして目の前にいる男に視線を飛ばすと、先ほどとは姿が違っていた。上から下まで漆黒と言えば、わかりやすいかもしれない。
(こうして、なにもなかったように男が姿を変えても、確実に噛みつかれた感触があったし、なにより――)
「俺の血を吸って、マズいって言ったのに」
俺のセリフを聞いた見知らぬ男は、苦虫を噛み潰したような面持ちを浮かべ、忌々しそうに舌打ちする。
「チッ、今まで催眠にかからなかったことがなかったのに、どうなっているんだ」
「それって、今まではうまいこと催眠にかけて、たくさんの人の血を吸ってきたってことですよね?」
「まぁな。そうしなきゃ、生きられない体質だからね」
「吸血鬼……」
ボソッと口先だけで呟いたら、見知らぬ男がいきなり腕を突き立てた。
「ヒッ!」
体の両側に腕を突き立てられているため、残念ながら逃げ道はない。見慣れた日本人の姿なのに、先ほどの姿よりも圧迫感を覚えるのは、見知らぬ男が怒った顔で、俺を見下ろすからだった。
「君、名前は?」
「ひっ人に名前を訊ねる前に、自分から名乗ったらどうですか?」
漂う怒気に思いっきり気圧され、上擦った声で口を開くと、見知らぬ男は眉間に刻んだシワをなくし、仕方なさそうな口調で語る。
「俺は山田太郎、31歳の独身で職業は会社員。さて君の名前を聞こうか?」
「待ってください。山田太郎だっていう証拠を見せてください!」
「チッ、騙されなかったか」
顔を横に背け、ボソリと呟くふてぶてしさに、大きな声で指摘してやる。
「そんな偽名、誰も信じませんよ。吸血鬼なのを隠すために、わざわざ使ったんでしょうけど、捻りがなさすぎます」
「俺のことを知って、どうするつもりなのだろうか?」
「それはこっちのセリフです。俺の名前を知って、なにかしようとしてます?」
逸らしていた顔を戻した見知らぬ男にやり返すべく、質問を質問で返した。するとゲンナリした面持ちでスーツの胸ポケットに手を差し込み、小さなパスケースを取り出して、俺に見えるように目の前に掲げる。
「俺は桜小路雅光、31歳の独身。職業は会社員。本人確認してくれ」
まるで、芸能人の名前みたいなそれを確かめるべく、掲げられたパスケースの中身の免許証と、本人の顔をしげしげと眺めた。
「桜小路雅光さんで、お間違いないようですね」
「わかってくれて、なにより。さて君の名は?」
訊ねながらパスケースをもとに戻す桜小路さんに、渋々自分の名を告げる。
「片桐瑞稀22歳、大学生です」
身分証を出せと言われる前に、肩掛けのバッグからそれを取り出そうと手をかけたら、手首を掴まれて動きを止められた。
「君は嘘をつかない、信じるよ」
「なん、で?」
「俺の勘。それなりに、いろんな人を見ているからね。嘘をつく人間はそういう雰囲気を醸しているから、すぐにわかる」
桜小路さんは掴んだ俺の手首をまじまじと見つめ、気難しい顔をする。
「なんですか?」
「痩せてるなと思ってね、ちゃんと食べてるのか?」
「桜小路さんには関係ないでしょ、放してください」
「すごくマズかったんだよ、君の血」
なぜか桜小路さんは、俺の手の甲に唇を押しつけた。また吸血されると咄嗟に思い、体がぎゅっと強ばる。
「安心してくれ。この姿のときは血を吸えない。それに――」
「それに?」
「マズい血だってわかってるのに、わざわざ吸わないさ」
カラカラ大笑いして、掴んだ手首を放してくれた。コッソリそれを背中に隠し、着ているTシャツの裾で拭う。なんとなく桜小路さんの唇の感触が、皮膚に残っている気がした。
「もうなにもしない。表に出ようか」
本物の吸血鬼を前にして、怯える心情を知っているのか、桜小路さんは俺の肩に腕を回して狭い隙間から、もと来た道に導く。仄暗い場所から脱出できたことにより、安堵のため息を吐いた。
「瑞稀、もう一度聞く。ちゃんと食べてるのか?」
「へっ?」
友達のような感じで自然に名前で呼ばれたせいで、目を瞬かせて桜小路さんを見上げた。さっきまで笑っていたのに、真顔を決め込まれてしまい、返事がしにくくて、口を引き結ぶ。
「抱きしめたときも思ったんだ。随分痩せてるなと。血のマズさを考えたら、栄養が偏っている可能性がある。それと物事に対する反応速度も、あまり良くないしね」
「えっと、三食きちんと食べてないです。バイト先の賄いで、なんとか飢えをしのいでる状態で」
「なるほど。大学に通いながら、バイトに精を出しているわけか。この時間帯まで働いているのも、バイトの帰りだったんだな」
「まさか吸血鬼に出逢うなんて、思いもしませんでした。そんなに俺の血は、マズかったんですか?」
顎に手を当てて考え込む桜小路さんに、思わず訊ねてしまった。
「今まで吸血した人間の中で、一番マズかった。それに君が催眠にかからなかったことが、未だに謎だったりする」
「そうですか」
「大学とバイト、どちらか楽しいことはないのかい?」
「えっ?」
意外な問いかけに、頭の中が混乱した。楽しいことを思い出したいのに、時間に追われる忙しい生活ばかりが、脳裏に流れていく。
「血のマズさは栄養の偏りと共に、健康的なメンタルにも影響を受けているんじゃないかと思ってね。疲れきった君の表情が、それを如実に表してる」
そう言って、ふたたび俺の腕を掴んだ桜小路さんは、どこかに向かって歩き出した。
「ちょっ、俺もう家に帰るところなんですけど!」
「俺が大学生のときは、オールで夜遊びしていた。それくらいの体力、まだ残っているだろう?」
「体力はありますけど、夜遊びできるような財力が俺にはありませんし、桜小路さんとは違うんです」
ほかにもぎゃんぎゃん喚きたてたのに、桜小路さんはそれすらもおかしいと言わんばかりに口角をあげて笑いかけ、強引にどこかに向かう。
引きずられるように20分ほど歩いた先は、真っ暗な会員制のテーマパークだった。
「恭介なんだよ、その態度。俺は間違ったことしてないぞ」「そうなんですけど年上の恋人として、もっと宮本さんを守ってあげるような言葉が、橋本さんにはなかったのかなぁって」「俺が守る以前に、雅輝が恋人らしく堂々と対処してくれたから、俺の出番はなかったというわけ」「いやそこは橋本さんが、ビシッと言ってやるところだと思いますよ」 やり取りしてる最中に、信号が青に変わった。額に手を当てて、うんうん唸る榊をルームミラーで確認後、アクセルをゆっくり踏み込む。「俺さ、嬉しかったんだ。何かあっても、今まではオロオロしていたアイツが、「陽さんとは兄弟以上の関係ですので、お引き取りください」なんて、きっぱり断ってくれたのが、すげぇ進歩だなぁって」「兄弟?」「ソムリエ野郎が言ったんだ、ご兄弟かと思ったんだと。全然似てねぇのにな」 通い慣れた道すがら、昨日の出来事をアレコレ語る橋本に、車窓を横目で見ながら榊は穏やかな笑みを浮かべた。「あのさ、恭介……」「はい?」「おまえがつけてる結婚指輪って、ふたりで選んだものなのか?」 ふたたび話題が指輪のこととなり、榊は目を見開きながら前を見据えた。「実はサプライズで、和臣が用意したものなんです。もしかして橋本さん、指輪の購入を考えているんですか?」「なんつーか、自然な流れで買うことが決まってさ。近いうちに雅輝と見に行く約束をしたんだが、宝飾品関係はとんと疎くてな」「橋本さんが宮本さんと結婚。お似合いのカップルだなぁと思っていたのが、ついこの間なのに、ずいぶんと早い展開ですね」 意味深に瞳を細めた榊の視線が、ルームミラーからビシバシ刺さってきたが、華麗にスルーしながら返事をする。「早くしないと若い雅輝が、誰かに目移りするかもしれないだろ。とっとと、首輪をつけておこうと思ってさ」「宮本さんが目移りするわけないですって。あんなに橋本さんにぞっこんなのに!」「あんなにって、なんだよ……」 軽快な会話に比例して、赤信号に当たることなく、ハイヤーは順調に進んだ。右ウインカーを点灯して右折したら、目と鼻の先に榊が勤める証券会社が見える。 残り時間が僅かだからこそ、榊がたたみかけるような早口で言った。「ちなみに俺は、そこまで宝飾品には詳しくないのですが、橋本さんがプレゼントされたそれは、とってもセンスのいいものだというのがわ
*** 次の日、榊を迎えにいつものマンション前にハイヤーを停めて、わざわざ車の外で待った。昨日の礼を、直接言うために――。「橋本さん、おはようございます!」「おはよ。昨日はありがとな」 微笑みながら駆け寄ってきた榊に、橋本は右手をあげて挨拶しつつ、お礼の言葉をしっかり告げた。「もしかしてクリスマスプレゼントは、そのネクタイピンだったんですか?」 目ざとく気づいた榊の視線に、ちょっとだけ照れてしまう。「まぁな……。雅輝がこれを渡すタイミングを、なかなか掴めなかったところに気づいてもらえて、すげぇ助かったって言ってた」「その石の色、橋本さんの愛車の青色と同じなんですね。宮本さんって、いいセンスしてる」 ニヤニヤして自分をおちょくる榊から逃げるように、さっさと運転席に腰を下ろした。「その言葉、アイツに伝えておくな」 橋本を追いかけるように後部座席に乗り込んだ榊に言うと、「ついでにお幸せにという言葉も、付け加えてください」なんて、わざわざオマケまでつける始末。「了解! きちんと伝えるよ」 言いながらシートベルトをしっかり締めて、ギアをドライブにいれる。ウインカーを点灯後、車がいないかしっかり確認してから、アクセルを柔らかく踏み込み出発した。「橋本さんってば、てっきり指輪を貰ってると思いました」「俺もな―、あのビロードのケースを見た時点でそう思ったんだが、その前にちょっとした事件があってさ」「事件?」「ソムリエ野郎が、雅輝をナンパしてきた」「それって、大事件じゃないですか!!」 ちょうど信号が赤になる手前で、榊が大声をあげたので、橋本は驚きながらブレーキを踏んだ。いつものような振動を感じさせないブレーキングができず、上半身が前のめりになるものだった。「橋本さん、よく喧嘩になりませんでしたね。俺ならブチ切れしてますよ」「ブレーキ、驚かせて済まない。喧嘩になる前に呆れちまってさ」 後ろを振り返りながら告げると、気難しい顔をした榊が首を傾げながら、橋本の視線を受けつつ口を開く。「恋人が目の前でナンパされてるっていうのに、呆れる意味がさっぱりわかりません」「だってよソイツ、雅輝のヤツがネコだと思って、誘いをかけたんだぞ」「あ~……、宮本さんのあの雰囲気だと、そうとられても仕方ないと思いますけど。でもそこはきちんと、牽制したんですよね
感じるように自身に触れる行為と、耳を愛撫する宮本に、橋本はなすすべがなかった。躰を震わせながら、抵抗の言葉を発する。「まっ、雅輝っ…そんなに、するなって」「したいよ、もっと感じさせたい。乱れまくる陽さんを見せて」「乱れまくってるとこ、ンンッ、あぁっ恥ずかしぃっ」 なんとか逃げようとした瞬間に、仰向けにされた。すかさず跨った宮本は、橋本の両肩をベッドに押しつける。「恥ずかしがることなんてない。俺だけしか見てないんだし」「だけど……」「これから先も、俺だけしか見ないんだよ。それとも陽さんってば俺に飽きちゃって、他の人とこういうことをしたいわけ?」「それはない」 断言した橋本を見降ろす宮本は、無言のまま左手を優しく掴んで、じっと眺める。大切なものを扱うような所作に、胸がどくんと疼いた。「雅輝?」「ここにお揃いの指輪をつけて、ずっと一緒にいるんだなって考えたら、すごく幸せを感じちゃって」「指輪をつける以前に俺の心は、おまえに縛りつけられてるけどな」 宮本は掴んでいる左手から、橋本の顔に視線を移した。注がれる視線から真実を見極めようとしているのを感じて、口にせずにはいられない。「雅輝、おまえ以外欲しくない。俺と結婚するのはおまえだけだ」「あ~っ、俺が言おうとしたセリフを、陽さんに言われた!!」「今くらい、年上の俺に花を持たせろよ。いいだろ?」 瞳を細めてにっこり微笑んだ橋本に引き寄せられるように、宮本は顔を寄せた。「その代わり、エッチなことをするときは、俺が優位に立たせてもらいますよ?」「いっつも優位に立ってるだろ。俺が嫌がってるのを知りながら、いろんなことをしやがって」「俺としては、嫌がることをしてるつもりはありません。だって愛してるから」 クスクス笑いながら、熱い口づけを交わしたふたり。このあと、一緒に指輪を買いに行く約束をしたのだった。
宮本と視線が絡まった瞬間、さらに頬の熱を感じて、思わず顔を俯かせる。「いつもの男前の陽さんもいいけど、照れてる陽さんも大好きです」「……てっきり、可愛いって言うのかと思った」 上目遣いで宮本を見つめると、目の前にある唇がにゅっと尖がった。明らかに宮本の機嫌が悪くなったことについて、ヤバいと思ったもののすでに遅し。「俺が可愛いを言わずに、自分の気持ちを告げたことを、陽さんに褒めてほしかったのに」 不機嫌にさせるつもりがなかったため、橋本は変な焦りを感じてしまった。額に、変な汗がじわりと滲んでくるのを感じる。俯いているため、それが流れ落ちてくるんじゃないかと、無駄な心配をした。「だってこんなふうに、好き好き言われ慣れてないから、困ってるっていうか」「だったら――」 宮本は言いながら、俯いた橋本の顔に両手を添える。鼻先まで顔を寄せて、にっこり微笑んだ。「陽さんも好きって言えばいいだけですよ、言ってください」「えっ、す、す…す、好きぃ?」 ひっくり返ってしまった橋本の声。そんな言葉を聞いているのに、宮本は目尻を下げて、あからさまに喜ぶ。「陽さん、もっと言ってください『雅輝が好きだ』って」「さっき言ったろ……」「言われ慣れる前に、陽さんが言い慣れてください。そしたらきっと俺が言っても、そこまで照れたりしないと思いますよ」 説得力がありそうで実際はどうなのかわからないものの、言わないと先に進まないことが容易に想像ついたので、意を決して口にしてみる。「……雅輝が好き」「俺も陽さんが大好きです!」「俺のほうが雅輝が好きだ」 告白することに神経を集中していたため、思いっきり無防備になっていた。宮本はそのタイミングを計ったかのように、ふたたび橋本自身に触れる。「んっ、ああっ!」「まだまだ足りない。もっと言ってください」 橋本の耳元で告げるなり、かぷっと耳朶を甘噛みする。唇を使って柔らかく噛む行為に、次第に息があがっていった。「そ、そんなこ、と、された、んじゃ、言えねぇ、って」
「なんですか、それ」「なんですかって、そんなことばかり言ったら、ウザすぎると思われても嫌だし、さ」 どうにも堪らなくなって、視線を彷徨うように動かすと、はーっという大きなため息をつかれてしまった。「俺が陽さんのこと、可愛いって言うじゃないですか」「ああ……」 しょっちゅう言われてるので、なんだかなぁと思っていた。「本当は好きって言いたいんです」「ぶっ!」「でも好き好き言いすぎて嫌われたら困るなぁと思って、可愛いに変換してました」 宮本は瞳をくちゃっと細めるなり、縮まっていた距離を埋めるように、橋本の躰に抱きつく。じわりと伝わってくる体温に、橋本は心の底からほっとした。「陽さん、大好きです!」「わかってるって。おまえの気持ちは、ケツに当たるブツと同じだって、言いたいんだろ?」 なんのタイミングで大きくなったのかわからない、宮本自身に困惑しながら、息つぎもままならない状態で告げるしかなく――。「陽さんだって、ほら……。俺と同じになってるじゃないですか」 あっと思ったときには、隠す間もなく触れられてしまった。「陽さんの、しゃぶって可愛がってもいい?」「だっ、ダメだ。おまえのフェラで、すぐにイっちゃうかもしれないから」「我慢せずに、イけばいいのに」 言いながら相変わらずお触りを続ける宮本の両手を掴み、なんとか動きを封じることに成功した。「雅輝と……、一緒にイきたい」「陽さん?」 掴んでいる自身の手に力が入り、宮本の手ごとカタチが変わってしまったモノに触れているため、いやおうなしに快感が駆け巡ってしまう。「大好きなおまえと一緒に感じて、愛されながら一緒にイきたいんだっ」 告げたことや躰の事情が恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだった橋本。真後ろで宮本が嬉しそうに、くすくす笑う。「んもぅ、陽さんってば卑猥!」「ど、どこがだよ?」「だって陽さんの中を、俺のが出たり挿いったりして、散々感じさせるってことでしょ?」「うっ。ま、まあな」「卑猥だけど、一緒に感じられるのってやっぱり、愛し合ってるなぁって思えるよね。陽さん、こっちを向いて」 宮本の両手を拘束していた自分の手の力を抜き、モゾモゾしながら寝がりして対面する。
「おまえさ……」「はい?」「いや、いい」「言いかけてやめないでくださいよ、気になります!」 瞬時に今後の展開を悟り、言葉を飲み込んだというのに、宮本は橋本の耳元で騒ぎたてた。「陽さん、そうやってわざと意地悪して、俺の気を惹こうとしてますよね?」 橋本を見つめる宮本の視線は、言わないと何かするぞという、脅しのようなものを感じさせる。「別に意地悪じゃねぇよ」「だって好きな人の言葉は、どんなものでも気になるのに。俺が同じことをしたら、知りたくて堪らないでしょう?」「どうだろうな」 言いながら視線を逸らして宮本から逃げると、わざわざ耳元に顔を寄せてきた。「もういいです。意地悪な陽さんなんて知らない!」 宮本は大声で叫ぶなり、握りしめていた橋本の手を放り投げ、ぷいっと背中を向ける。 そこまで怒ってる感じは伝わってこなかったものの、直前までイチャイチャしていたので、余計に寂しくなった。「雅輝……」 逸らしていた視線をもとに戻すと、大きな背中が目に留まる。その肌には自分がつけたらしい、爪痕がくっきり残っていた。散々感じさせらて、しがみつくように宮本に抱きついた記憶がある。「…………」 宮本を傷つけないようにすべく、きちんと爪を短く切ったはずなのに、残ってしまったひっかき傷は、橋本の中にある黒い部分を引き出すものになった。「今の愚痴、江藤ちんに報告するんだろ?」 恋人を傷つけたくないのに、言いたくないことをわざわざ告げてしまう、自分の不器用さに、イライラが増していく。「どうでしょうね」 橋本の言葉を真似したのか、同じ対応をされてしまった。「あのさ、俺……」「――なんですか?」「ふざけていないと、つい口走りそうになってさ」 渋々橋本が話しかけたら、ちょっとだけ顔を向けた宮本。見つめられるその視線に耐えられなくて、まぶたを伏せながら言の葉を紡ぐ。「雅輝が好きだって言いそうになるんだ。その……変なタイミングで気持ちが込み上げるってゆーか、脈略もなく言いたくなるときがあって、すげぇ困ってる」 橋本は一気に言い終えたあとに、ぶわっと頬が熱くなるのを感じた。
(最近、雅輝の服のセンスがだいぶ良くなったと思ったが、やっぱり手をかけなきゃダメか――)「あのさ雅輝、今は俺の姿をしてるんだぞ。それを分かってて、その服を選んだのか?」 お泊り用に置いてあった宮本の服を着終えた橋本が、苦笑いしながら橋本のなりをしている宮本に声をかけた。「はい。いつも陽さんの服装はシックな感じだったから、俺なりに遊び心をちょっとだけ加えてみたんですけど」「そうか……。遊び心をプラスしたことにより、ダメンズさが加算されていると思う」 秋葉原界隈でよく見かけるリュックサックを背負っていたり、ウエストポーチをつけているような方々の服装を感じさせるそれを目の当たりにして、額
「いやいや! 俺の愛の告白に、笹良ってば顔を真っ赤にしたじゃん! 全然落ち着いてなかったって」「好き好き言われ慣れていないからだよ。しかも加賀屋は、なにか誤魔化そうとするときに限って、この言葉を使ってるような気がしてならない」「そんなことないっ! 俺は笹良が好きなんだ、誰にも負けないくらい大好きだ!!」「言えば言うほど、墓穴を掘ってる。なおさら信ぴょう性が感じられない上に、俺の気を逸らして話を変えようとしてるだろ?」 互いに一歩も引かない口論が続く。俺は意地でも負けないぞという気持ちを込めて、加賀屋を睨みつけた。「笹良を好きな気持ちを、可視化できないのが悔しい……。どうすればわかっ
*** 大好きな笹良の苛立っている感じが、端的に交わされる会話が進むごとに伝わってきたからこそ、俺なりに気を遣って場を和ませようとした。自分の素直な気持ちのすべてを吐露した俺を心配して、手首を掴んだ笹良の行為が嬉しかった。 触れられたところから伝わる笹良の熱で、どうにかなりそうだったのに、ほどなくしてあっけなく外されてしまった手首を、意気消沈しながら掴む。そこから感じとれるものは、もちろんなにもなく――。「笹良……」 勝手にしろと捨て台詞を吐かれながら顔を背けられた時点で、目の前が真っ暗になる。 もうひとりの俺が慌てふためきながら笹良の背中に指をさし、「追いかけて謝り倒せ!」と喚い
主の誕生日プレゼント*** 昨年、アンドレア様の誕生日に強請られたものは、私が愛用している懐中時計だった。その前の年は万年筆という具合で、身の回り品をアンドレア様はなぜかほしがられた。「伯爵家次期当主になる貴方様が、わざわざ使うようなものではございません」 そう言って窘めたのに、まったく聞く耳を持たず、「俺の誕生日なのに、おまえはほしいものをプレゼントする気持ちはないのか?」と言い放ち、苛立ったご様子で、私の手から身の回り品を奪取した。 毎年おこなわれるパーティー後に、強引に奪われたプレゼントを思い出しつつ、今年の誕生日パーティーを無事につとめた主の横顔を眺める。 アンドレア様は