เข้าสู่ระบบ似たもの同士
すでに閉園しているテーマパークは、小学生のときに家族で来たことがあった。 「どれだったかな、んー……」 俺の隣でスーツのポケットに手を突っ込み、なにかを探す桜小路さんに話しかける。 「なにしてるんですか?」 すると両手に持っている鍵の束を俺に見せて、ニッコリほほ笑む。 「このたくさんついてる鍵の中から、門扉の鍵を探していてね。どれだと思う?」 ジャラジャラ音をたてて、たくさんの鍵を見せびらかす桜小路さんに、うんとイヤな顔をしてみせた。 「そんなの、わかるわけないじゃないですか」 「だよな。だから奥の手を使おうと思ってね」 桜小路さんは持っていた鍵の束をポケットに戻すと、最初に逢ったときに見せた、吸血鬼の姿に早変わりする。 「わっ……」 淡い月明かりに光り輝くシルバーの髪と、俺を見つめるルビー色の瞳がとても綺麗に目に映る。 「今夜は満月だろ、そのせいで血が騒いでしまってね。君にはこの姿を無理して隠さないで済むから、すごく楽だな」 言いながら俺の体を軽々と横抱きにし、数歩だけ後ずさった次の瞬間、助走をつけて高い門扉を飛び越えた。 「ひいぃっ!」 勢いよく門扉の上を飛び越えたのに、着地したときの衝撃はまったくなく、気づいたらテーマパーク内の地に両足がついていた。 「SAKURAパークに、ようこそお越しくださいました!」 桜小路さんは胸に手を当てて、俺に深くお辞儀をする。 「やっ、待ってください。勝手に入って、大丈夫なんですか?」 「安心しろ、俺はここの関係者だ。そこにあるベンチに座って、待っていてくれ。すぐに戻る」 ひょいと肩を竦めて、颯爽と目の前から消えていく後ろ姿は、暗闇の中に溶けていなくなってしまった。 しんと静まり返るテーマパーク。あまりに静かすぎて、幽霊が出てきてもおかしくない。だって――。 「俺ってば、吸血鬼に連れ去られたようなものだし」 ベンチに座る余裕もなく、その場に立ち尽くしていると、バンッという大きな音と同時に、テーマパーク内の明かりがいきなり点灯した。 「うっ、眩しぃ」 暗闇に目が慣れていたせいで、アトラクションを照らす煌びやかなライトが、ものすごく目に突き刺さる。 「お待たせ。なんだ、渋い顔をしてるな」 「ライトが眩しいんです」 「だったら眩しいのを忘れるくらいに、夜遊びするがいい」 桜小路さんは俺の利き手を掴んで、どこかに引っ張って歩く。 「瑞稀は、ここに来たことはあるのか?」 「小学生のとき、何回か」 「君が小学生のときということは、そこから何度かリニューアルしているからね。楽しめると思う」 そう言って桜小路さんが連れて来たところは、コーヒカップの乗り物だった。 「これ、あまり得意じゃないんだけど」 「ワガママを言う前に乗ってごらん。俺が楽しませてあげよう」 コーヒカップの中に、無理やり体を押し込まれた。仕方なく腰かけると、桜小路さんは向かい側に座り、目の前にあるハンドルをこれでもかとぐるぐる回す。 「うわっ、まっ待って! 目が回る!!」 「遠くを見るから目が回るんだ。俺の顔を見ててごらん」 「それでもっ、実際すごく回ってっ、気持ち悪っ!」 「なるほど。栄養失調の体には、無理がかかるということか。では、ゆっくり回すとしよう」 桜小路さんのセリフどおりに、ものすご〜く静かに、コーヒカップが動きはじめた。 「ありがと、ございます。これならなんとか、大丈夫です」 「どういたしまして。ほかに苦手なアトラクションはあるのか?」 吸血鬼の姿をしている桜小路さんは、長い足を格好よく組んで俺を見据える。コーヒカップの中だというのに、カッコイイ彼がそこにいるだけで、おとぎ話の世界観が目の前に広がっていた。 (苦手なアトラクションを訊ねられたものの、なんと答えてよいのやら) 「小学生のとき以来、テーマパークに来たことがないので、今現在苦手なものがわからないです」 「だったら苦手を探す旅に出ようか。おいで」 柔らかくほほ笑んだ桜小路さんは、俺に手を差し伸べた。さっきの衝撃で足下がおぼつかない可能性があるので、遠慮なく捕まらせてもらう。 「メリーゴーランドに乗ったかわいい瑞稀を見てみたいが、年齢的にかわいそうだからやめてあげよう」 「アハハ……そうしていただけると助かります」 その後、桜小路さんの案内に伴われ、たくさんのアトラクションに挑んだ。安全面の関係で、たったひとりで乗るものが多かったけれど、絶叫系は意外と楽しかった。 激しく動き回るジェットコースターが一周終えたので、降りる気持ちでいたのに、なぜかスピードダウンせずに二週目に突入したときは「嘘だろ!」なんて、大きな声が出てしまった。 それを見た桜小路さんは、乗降口でお腹を抱えて大笑いする。それを横目で確認できたのも一瞬で、あっという間にぐるぐる回るレールの中に、勢いよく突入したんだ。 「瑞稀の顔、ものすごく驚いていたね。そんなに意外だったのかい?」 「普通は一周したら終わりなのに、あのまま二周目にいくとか、ありえないじゃないですか!」 今俺たちが乗っているのは、SAKURAパークの中で一番大きなアトラクションの観覧車だった。丸っこい桜の花びらの形をした、たくさんのゴンドラが回っている様子は、遠目に見ても綺麗だった。 「俺は久しぶりに笑わせてもらった。またあの顔を見せてほしいな」 「嫌ですよ、まったく」 「瑞稀は楽しめただろうか?」 先ほどとは違う低い声の問いかけにハッとして、自然と背筋が伸びた。 「あっ、そうですね。小学生のときとは、また違った感じで楽しめました」 家族で楽しんだときと今では、やはり楽しむ種類が違う気がする。しかもこうしてお世話になったんだから、ちゃんとお礼を言わなければならない。 「桜小路さん、ありがとうございました。貧乏学生がこんな贅沢していいのかって最初思っていたけど、それを忘れて楽しめちゃいました」 「貧乏学生の理由、聞いてもいいだろうか?」 小首を少しだけ傾げた桜小路さんのシルバーの髪が、しなやかに揺れる。 「高学年のとき、父さんが交通事故で亡くなったんです。そこから母さんは俺を育てるのに、朝から晩まで働いていました。その苦労を知ってるので、なるべく自腹で生活しなきゃって、バイトをかけ持ちしながら、大学に通ってます」 桜小路さんは暗い内容の話を、瞼を伏せて聞き入る。そして形のいい唇がゆっくり動いた。 「俺もね、家族を亡くしてる。俺が吸血鬼になったのが原因で、母親が心臓を悪くしてね」 耳に染み入るような低い声だからか、妙に心に響いてしまった。同じように大事な家族を亡くしている彼に、無条件に同情してしまう。 「一族の中から、必ず吸血鬼になる者が生まれる。ある日突然、狂おしいほどに血が欲しくなることで、自分が吸血鬼になったのを悟るんだ」 桜小路さんはゴンドラの窓から見える月を、ぼんやりと眺めた。 (どこか寂しげな横顔は、彼が吸血鬼になった身の上を不運に思ってるせいなのかな) 「じゃあほかにも、吸血鬼として生きてる人がいるんですね」 「ああ。お互い、それを隠して生きているからね。親戚同士でも、さっぱりわからない。それに実際、誰が吸血鬼なのか知ったところで興味はないな。瑞稀だって、ほかの貧乏学生のことを知りたい?」 「確かに、知りたいとは思いません」 「吸血鬼になって、いろんな人間の血を吸わないと生きてはいけない不便な体をもってしまったことは、とても不幸だとはじめは考えた。だがそれでも楽しまなければって、考えを改めたんだ」 「た、楽しむ?」 逆境を逆境と思わない考えに、ド肝を抜いた。 相変わらず桜小路さんは外の景色を眺めたままだったが、さっきよりも穏やかな雰囲気が漂っていて、嬉しそうに口角があがってるのが目に留まる。 「だってね、吸血鬼は不幸な体質と思い込むだけで、損した気分になるじゃないか。逆にプラスになることを見つけるほうが、絶対に楽しい」 「桜小路さんの立場になったら、俺はきっとすごく落ち込んでしまうと思います。誰かの血を啜って生き長らえることを、恨んでしまうかもしれません」 桜小路さんは窓に差し込む月明かりに、右手を伸ばした。当然それは掴めないハズなのに、なぜだか手中におさめたように感じたのは、ルビー色の眼差しから彼の自信が溢れているように見えたから。 「俺も君も、所詮は同じ人間。人生は一度きりだろう?」 わかりやすい問いかけに静かに頷くと、凛とした声がゴンドラ内に響く。 「つらいことばかりフォーカスしていたら、せっかくの人生が暗いことばかりになってしまう。自分が死ぬ間際に『ああ楽しかったな』と、思える人生にしたくてね」 桜小路さんの言葉を聞いて、今までのことを振り返った。楽しかったと口にできることがなさすぎて、気持ちがどんよりしてしまう。 「瑞稀、学生生活は今しかない。社会人になったら、できないことがたくさんあるんだよ」 窓の外を見ていた桜小路さんは、ゆっくり首を動かして俺の顔を見つめる。そして月明かりを掴んだ手で、俺の左手を握りしめた。 「お金がなくても、楽しめるしあわせがそこにある。小さなことからでいいんだ。それを探しながら、学生生活を送ってみるのはどうだろうか」 ルビー色の瞳が、宝石のような煌めきを放つ。桜小路さんが心を込めて告げたセリフに、綺麗な色をつけたみたいだった。 「わかりました。なんだが宝探しするみたいで、ワクワクしちゃいます」 「やっと笑ってくれたね。その笑顔が見たかっ――」 目の前でルビー色の瞳を大きく見開き、胸元を強く握りしめ、肩を上下させて荒い呼吸を何度も繰り返す。 「桜小路さん、どうしたんですか? 具合が悪くなったとか?」 傍に近寄ろうとしたら、顔の前に手を伸ばされた。 「ダメだ、今は来ちゃいけない。ただの吸血衝動だ。我慢すれば、すぐにおさまる」 「でも……」 「せっかく瑞稀の、え、笑顔が見れたの、に。なんでこんなタ、イミングでっ! くうっ!」 椅子にうつ伏せになり、両目をキツく閉じて苦しそうに体を震わせる桜小路さんの姿を目の当たりにして、迷うことはなかった。宮本が消えた途端にキツい口調で言われたことは、橋本の胸に突き刺さるように響いた。「雅輝の才能……。アイツの走りについては、本人にまかせていることですので、俺がひとりじめしているつもりはないですけど」 ありきたりの言葉をやっと告げるのが、橋本としては精一杯だった。「橋本さんが雅輝さんに走れと言えば、彼はきっと走ってくれるハズなんです。頼んでみてもらえないでしょうか?」「それは――」 恋人の頼みなら、どんなことでも叶えそうな宮本の性格を見切った佐々木のセリフは、橋本の口を重たいものにした。「だってもったいないでしょ! あれだけ速く走れる才能を持っているのに、隠してしまうんですから。代われるものなら、雅輝さんになりたいくらいです」「……誰だって、アイツにはなれません。雅輝の才能は確かにすごいものですが、恋人の俺が強制してやらせるものじゃない!」 佐々木の言葉の熱意に当てられたせいで、橋本も思わず声を荒らげてしまった。周りが静かすぎるせいで、橋本の声は遠くまで響き渡った。「雅輝は……アイツは自分の車を持っていません。走り屋からすでに足を洗ってるんです。理由は聞いてません。アイツが話してくれるまで、俺はいつまでも待つつもりでいるので」 橋本は自分を落ち着かせようと、徐々に声をいつもどおりに戻しつつ、頭の中で宮本の笑顔を思い出した。どこか照れた表情で橋本を見つめて嬉しそうに微笑む宮本の笑顔は、橋本の精神安定剤になっていた。「話したくないワケがあるということなんですね?」「たぶん。走るキッカケが失恋から立ち直るためだったし、そこから走り屋を辞めるとなると、やっぱり深い事情があると思う」 三笠山で見た、羨望のまなざしで宮本を見つめる大勢のギャラリーを思い出した。自分の車で峠を走っていないのにもかかわらず、走り屋のチームやギャラリーから神格化されている宮本の姿は、橋本の目には奇異に映った。 その理由は普段見ている、のほほんとした宮本が崇め奉られてる存在として扱われていることに、違和感があったせいだと思い至ったのだが。(自分のことをモブキャラレベルと称している宮本にとって、神格化されるのは恥ずかしいことに繋がるから嫌がっている……。なんていうくらいの感情なら、俺に話をしてくれるだろうし) 橋本が顎に手を当てて考え込んでいると、背後からエンジンの音が聞
「さっ佐々木さん、頭を上げてくれませんか。俺はふたりが逢っていても、ヤキモチなんて全然妬きませんよ。雅輝のバカは、走ることしか頭にないんですから! 参ったなぁ、もう!」 所々上擦った声で弁解した時点で、橋本の嘘はバレバレだった。営業スマイルもかなり崩れているような感じなのも、頬の緊張感で伝わってくる。「陽さんあのね……」「ただな、佐々木さんに頼まれたからって、俺に隠し事をしてほしくなかった」 ギリギリ聞きとれる声量で橋本が本音をポロリした途端に、離れていた宮本が駆け寄り、タブレットを小脇に抱えて橋本の利き手を掴んだ。「ごめんね、陽さん。心配して、ここまでわざわざ来てくれたんだよね?」「べ、別に。おまえの心配なんて、してなかったけどな。場所がここだった時点で、走ることに夢中になってんだろうなぁと思っただけだ」「それでも来てくれたんだよね? こんな夜遅くで、明日も仕事があるというのに」 橋本を掴んでいる、宮本の手の力が強められる。痛いくらいに握りしめられたそれに、文句でも言って抗いたいのに、宮本が傍に来てくれたという事実が嬉しくて、されるがままでいてしまった。「雅輝が楽しそうに走ってる姿を、拝んでやろうと思っただけ。それだけだ……」「雅輝さんは僕が頼んでも、走ってくれなかったんです」 ふたりの会話に割って入った佐々木が、意外なことを告げた。「雅輝が走っていないだと?」 信じ難い佐々木のセリフで、穴が開くほど凝視した橋本の視線に、宮本は照れくさそうな顔を見せる。「雅輝、どうして走っていないんだ? 走ることが好きなおまえが走っていないなんて、腹の具合が悪いとか、そんな理由しかないだろ」「橋本さんは本当に、雅輝さんが走らない理由がわからないんですか?」 橋本が宮本に問いかけたというのに、なぜだか佐々木が先に口を開いた。「コイツが走らない理由は……」「どうして、すぐに答えられないんですか?」 橋本に鋭いまなざしを飛ばす佐々木に、反論はおろか、そのほかの返答もできなかった。すると宮本は掴んでいる橋本の手を解放し、ふたりに背中を向ける。素早い行動に宮本の表情がどんな感じなのか、まったくわからなかった。「雅輝?」 答えられないことに嫌気がさして、手を放されたと思った橋本が、距離をとった宮本を掴もうとしたときだった。「すみません。ちょっとト
*** 街中とは対照的に、しんと静まり返るサーキット場周辺。橋本は宮本のデコトラの隣に沿うように、黒塗りのハイヤーを停めた。エンジンを切って運転席から降りたつと、ゴーカートを走らせる音が耳に聞こえる。「数台走ってるんじゃないな、一台のみか……」 その場で目を閉じ、ゴーカートのエンジン音を改めて確かめてみた。アクセルのオンオフのタイミングや、癖などをそこから探してみる。(たぶん、雅輝が走ってる感じじゃない。アクセルをオンにしたときの加減に、荒々しさがある) 橋本は目を開けながらゴーカートが走行しているサーキット場に、颯爽と足を進ませた。煌々と灯りの点る場所に導かれるように近づくと、見慣れた横顔が目に留まる。 タブレットを片手に、真剣なまなざしでそれを見つめる恋人の姿を目の当たりにして、どっと安堵した。宮本が襲われてなくて、本当に良かったと思わずにはいられない。 靴音をたてないように背後から宮本に近づき、右腕を大きく振りかぶって、後頭部を思いっきり叩いてやった。バコンっ!(☆_@;)☆ \(`-´メ)「いった~……」 宮本はタブレットを持っていない手で、橋本に叩かれたところを撫で擦りながら、怖々と振り返った。自分の背後に立ちつくす橋本の存在を認識した途端に、目を見開いて息を飲み、肩を竦めながら強ばる。「雅輝、こんなところで、なにやってんだよ?」「…………よよよよよ陽さんっ!?」「とっとと答えろ。なにしてるのか聞いてんだぞ、このクソガキ!」 わざと怒っ風を装った橋本の演技に、まんまと騙された宮本は震えあがり、タブレットを胸に抱きしめたまま、じりじり後退りした。「あ、あわわわっ!」「狼狽えるようなことを、ここでしていたのかよ?」「してないしてない! いたって真面目に、佐々木くんの走りをここで見てただけ!」 橋本が一歩近づくと宮本が三歩退るので、当然距離は縮まらない。どんどん開いていくばかりだった。「雅輝が言ったとおりに、真面目に走りを見ていただけなら、どうして俺から逃げるんだ? やましいことをしていないっていうのに!」「だって陽さんの顔が怖くて…むぅ」 退いていた宮本の足が、不意に止まった。橋本としては近づきたかったが、宮本の動きに合わせて進んでいた足を止める。この微妙な距離感こそが、不器用なふたりの間柄を示しているように、橋本は
「この間、四人で出かけたゴーカート場です」「ということは、相手は佐々木さんだな」 宮本をじっと見つめた、尊敬を含む佐々木のまなざしを思い出す。サーキット場で自分よりも速く走ることのできる宮本に憧れているうちに、それが恋心に変わることは容易に想像ついた。 あの四人の中で一番おっとりしているように見えたのに、実際は鮮やかなドライビングテクニックで他を圧倒、サーキット場にいる者すべてを魅了した宮本を橋本は思い出す。(俺のインプを鮮やかに運転する雅輝に憧れた結果、そういう関係になった俺だから、気持ちが痛いくらいにわかっちまう)「和臣の職場の近くに、ゴーカート場があるでしょ。先週の火曜日と金曜日にデコトラを駐車場で見かけたって、さっきもメッセージがあって」 本日は火曜日。それでわざわざ榊に、和臣がメッセージを打ち込んだのだろう。一度ならず二度三度、同じ場所でデコトラを見かけたら普通じゃないことくらい、誰にでもわかる。「俺に黙って、アイツはなにをしてるんだろうな……」「真面目な宮本さんは、橋本さんを裏切ることをする人じゃないですって」「そんなの、おまえに言われなくてもわかってる!」 声を荒らげたが、運転にはそれを出さぬように、ぎゅっとハンドルを握りしめた。あと少しで、榊の住むマンションに到着する。「和臣のヤツ、今日は残業したみたいで、さっき帰ってきたそうなんです。自分の会社よりも早く営業が終わってるのに、デコトラが駐車場に停まっていて、ゴーカートのお店はまだ電気がついていたって――」「つっ!」 まだマンション前じゃないのに、思わずブレーキを踏んでしまった。 とっくに営業時間が終わってるサーキット場で、誰もいないことをいいことに、よからぬことをしている可能性がゼロではない。宮本が襲われているかもしれない現実に、橋本の呼吸が勝手に乱れた。 走ること以外は、からっきしダメな宮本の緊急事態に、全身から冷や汗が滲み出る。「橋本さん、大丈夫ですか?」「あっ、すまない。こんなところで停まっちまって」「俺ここで降りますので、宮本さんのもとへ向かってください!」「恭介……」 運転席から振り返ると、榊はドアを開けて外に出るところだった。素早い身のこなしに内心感謝しながら、橋本は微笑みかける。「恭介いろいろサンキューな! いつか埋め合わせするから」「それ
*** 四人で過ごした楽しい週末を終え、いつもの日常を送っていた橋本は、一番最後の客になる榊を黒塗りのハイヤーに乗せて、マンションに向かっていた。「恭介、明日の朝もいつもどおりでいいんだな?」「はい。変わりなくお願いします」 どこか生ぬるい返事の声に橋本は違和感を覚え、ルームミラーで背後を確認すると、スマホを見ている榊の顔色が、どこか憂いを帯びていた。「…………なにか心配事でもあるのか?」 橋本がルームミラーから前方に視線を移して声をかけたら、「あ……、ぅ、どうしよう」なんて、榊らしくない歯切れの悪い返答をされた。「俺がかかわることで恭介が混乱するなら、心配事について聞かなかったことにする」 白黒ハッキリさせたい性格の橋本だからこその言葉を聞き、榊は顎に手を当てて、暫し黙り込む。「橋本さんは四人で出かけて以来、宮本さんと逢ってますか?」 妙な沈黙のあとに告げられたセリフに、橋本はチラッと背後を見てからすぐに答える。「平日は余程なにかなきゃ滅多に逢わない。お互い仕事が忙しいことがわかっているし、俺も夜は遅いしな」「宮本さんが、どこかに出かけていることは聞いてますか?」「出張の話は聞いていないが……」「出張じゃなくて、う~ん。どうしよう」 ふたたび繰り返された『どうしよう』の言葉と宮本についての質問に、橋本の頭の中で自動的に整理がなされた。困惑する榊の態度を見ているからこそ、思いつく言葉があった。「雅輝がどこぞで浮気している、決定的な現場の情報でも仕入れたとか?」 つとめて明るく言いながらルームミラーで榊の顔を見つめると、鳶色の瞳を大きく見開き、唇をきゅっと引き結ぶという態度を目の当たりにした。「こういう嫌な予感ってのは、どうしても当てちまうんだよな。それで雅輝のヤツは、どこで浮気してるんだ?」「浮気と決まったわけじゃないですって。きちんと確かめないと!」「だが俺は、アイツがどこかにでかけている話をいっさい聞いていないし、アプリでのやり取りでもやっていない。恋人の俺に内緒で誰かと逢っている時点で、浮気じゃないかと疑うのが普通だろ」 この話を聞くまで、橋本はいつもどおりの日常を送っていた。だから当然、宮本も同じだと思っていた。毎日かわされるアプリのメッセージも、なにげないことを打ち込んだ後に、互いの気持ちを書き込み、おやすみなさ
「恭ちゃんの走りも凄かったと思うんですけど、橋本さんはどう思いましたか? 僕、全然追いつくことができなくて!」 妙な空気を素早く読んだ和臣が、不機嫌になりかけた橋本に話しかけると、宮本はやんわりと佐々木の手を解き、橋本に向き合った。「陽さんってばもっと早く走れるくせに、俺らの走りを特等席から堪能するなんて、本当にズルいです」「あ、まぁな。和臣くんも恭介を追いかける姿、すげぇ感動した。というか、恭介の神経はいったいどうなってるんだ? ペーパードライバーとは思えない走りをしていたぞ」 橋本はふたりに気を遣わせてしまったことがどうにもいたたまれなくて、思わず榊に近寄り、前髪をあげてからいつものようにおでこを叩いた。「いたっ! 八つ当たりするなんて橋本さん酷いです」「八つ当たりじゃねぇよ。褒めてやってるんだ」 ふたりのやり取りを間近で見ていた佐々木は、お腹を抱えて笑いだした。「四人とも、本当に仲がよろしいんですね」 いきなり褒められたことが信じられなかった橋本は、ぽかんとして佐々木の顔を見つめた。橋本にオデコを叩かれた榊が、痛んだところを撫でながら、宮本に視線を飛ばす。「宮本さんは橋本さんに、こういうことをされていないんですか? これはこれで仲がいいと言われちゃうと、俺としては疑問なんですけど」「恭ちゃんと橋本さんのやり取りは、微笑ましいものがあるって。だから佐々木さんは、仲がいいと言ったんだと思うよ」 おっとりした宮本が答える前に、和臣が流暢に答えてしまった。バラバラなやり取りを繰り返しているというのに、皆が笑顔をキープしたままだからこそ、佐々木に仲がいいと言われたんだろうなと、橋本は勝手に納得してしまった。「陽さん、キョウスケさんに手を出しちゃ駄目ですよ。そういうのは俺だけにしてください」「おいおい、みずからドМ発言して、わざわざ自分から笑いを取りに行くなよ……」 榊の質問をスルーして、すごいことを強請った発言で、宮本以外大爆笑に陥ったのは言うまでもない!
※これは一緒に暮らして、初めて迎えたクリスマスのお話になります。「うへぇ、うんざりするくらいに疲れた。だけど家に帰ったら大好きな陽さんがいるんだって考えるだけで、そんな疲れが吹き飛んじゃうんだから不思議」 デコトラのハンドルを握りしめながら、自然とクリスマスソングを歌ってしまう宮本。その歌が上手なのか下手なのかは、皆様の想像におまかせします。 マンション近くの駐車場にトラックを停めて、助手席に置いてあった荷物を手に、急ぎ足で帰宅する。 甘いものが苦手な橋本を考えて、イチゴのショートケーキ1個とクリスマスプレゼントを持ってる宮本は、まんまサンタの気分だった。「ただいま~! ってあれ?
※ここからお話を現代に戻します(^_-)-☆ 隣から聞こえてくる宮本の寝息を橋本は愛おしく思いながら、閉じていた瞳をゆっくり開き、壁にかかっている時計に視線を飛ばした。「ぐっすり寝たと思ったのに、まだ6時前じゃねぇか。睡眠時間4時間で目覚めたくなかった……」 シルク素材でできたパジャマの袖を意味なくにぎにぎしながら、小さな声で呟いた。 宮本とお揃いのパジャマは色違いで、つい最近購入したばかりのものだった。ちなみに橋本はグレーで、宮本は濃紺。今まで揃いのものを買ったことがなかったのもあり、最初の内は身に着けるたびに、ふたりで照れてしまった。 ちなみにこのパジャマを購入した経緯は、朝
「や…め…っんん、ここじゃだっ、駄目だ。狭ぃ」「きっと大丈夫ですよ。上半身は俺が押さえ込めばいいだけですし、陽さんの片足を背もたれに引っかければ、狭さも上手いことカバーできますって」 笑いながら告げると、それまで大人しかった橋本が腕の中で暴れはじめる。「やらしすぎる。そんな恰好させられる、俺の身にもなってみろ。恥ずかしいに決まってるだろ。絶対に嫌だ!」 視線を鋭くしているのに頬を少しだけ染めるという、表現しがたい可愛い顔で抵抗されるだけで、宮本の闘志に火がついた。力任せに橋本の躰をソファの上に押し倒して、素早く跨る。「ちょっ、いつも動きが緩慢なのに、こういうときに限ってお前は!」
※これは橋本が江藤と宮本弟に逢った日の夜におこなった、出張先にいる雅輝と熱いメッセージを交わした内容です 『雅輝、ただいま。今、大丈夫か?』「陽さんおかえりなさい。あとは寝るだけなんで大丈夫です。今日もお仕事お疲れさまでした」『お疲れ!さっきシャワー浴びて、ノンアルコールビールを飲んでるとこ。お前こそ、長距離の運転疲れていないか?』「そこまで長距離じゃないから平気。俺はオレンジジュースで乾杯」『カンパイ!あのさ今日の午前中、ハイヤーを走らせていたら、江藤ちんと雅輝の弟に偶然会った』「マジで!よく見つけられたね」『スーツ着てるし、平日の午前中なんて絶対に仕事中だろ。それなのにデー