LOGIN終始気が気じゃなかったものの、無事に最後の授業を終えた。案の定、放課後は梼原継美先生と仲良くなろう会が開催している。
今日はもう疲れたから帰ろう……。
バラされたらどうしようとか考えるのもめんどくさくなってきた。
まぁそこまで外道じゃないと信じ、気づかれないよう彼らの前を通り過ぎようとする。しかしばっちり見透かされてたらしく、即座に名前を呼ばれた。
「」あ、ちょっと待って、崔本。時間あったら久しぶりに少し話さないか?」
「はい!?」
やはり、相手はつっ……梼原さんだった。
ニコニコしやがって、間違いなく良くないことを企んでる。
「おー、そうしなよ、一架も先生と話したいこと色々あるだろ?」
ないよ。
クラスメイトの気遣いが心苦しいというか、今はむしろありがた迷惑だ。
「すいません、今日は用事あるんで帰ります」
反応を待たずにそう言い捨てて、教室を出た。
はぁー……。
またしてもドッと疲れが押し寄せてきた。
無性に喉が渇く。帰る前に売店に寄って、ジュースを一気飲みした。暑い。全身が火照って熱い。
あの人を見てると、嫌でも後ろ暗いことを想像して、身体が疼いてしまう。
俺が他人のセックスに興奮するキッカケになった人……だから。
「一架!」
ボーッとしてたが、名前を呼ばれてビクッとする。
声の方を振り返ると、今朝俺をオトリに逃げた少年A君がいた。
彼は眉を下げ、申し訳なさそうに側へ寄ってきた。
「ごめんね。朝いたの、新任の先生だったんだね。大丈夫だった?」
「あはは、大丈夫だよ。心配してくれてたんだ?」
「うん、悪いことしちゃったなって思って……」
特に行き先もないけど、二人で廊下を歩き出した。
たった今知ったが、A君は赤沢と言うらしい。
「ねぇ、一架は何で男同士のセックスが見たいの?」
「何でそんなこと訊くの?」
「えっ……だって、こんなこと言うのはアレだけど、発想が普通じゃないし……」
人の裸を見せろとか言うお前も普通の発想してないけどな。
心の中でのみ毒づいたが、赤沢の言うことはもっともだ。
けど、それは俺が変態だから。変態に生まれたから、変態として追い求めている。理由なんてそれだけで充分だ。
「男同士のセックスが、この世に存在するからだよ。そこにあるから見るんだ。そもそも存在しなかったら見られないだろ?」
「それはそうだけど……まぁ、そうだね。……え? やっぱよく分かんない」
「無理に分かろうとしなくていいよ。ところで何か用?」
「あ、そうそう。ちょっと来て」
腕を掴まれ、またトイレに連れ込まれる。
「何だよ、外で良いだろ」
さすがに身の危険を感じて声を尖らせると、赤沢はさらに距離を詰めてきた。
「外じゃ駄目だ。朝の話だけど、前払いでお願い!」
「は!?」
「冷静に考えて、いまいちモチベ上がんないんだよね。だから先に報酬が欲しいっていうか」
赤沢の手が胸のボタンを外したところで、ようやく頭が働く。一架は全力で抵抗したが、赤沢ほ力は思ったより強く、どんどんボタンを外していった。
これはまずい。マジで逃げないと。
「ち、ちょっとやだって……!」
さすがに声を荒げたが、トイレのすぐ外で他の生徒の話し声が聞こえた。
「おい、誰か来るからっ!」
「しょうがないな……また今度ね」
赤沢も焦った顔を見せ、諦めて外へ出て行った。
何とか助かったが、最悪だ。他人に触られるのは本当に気持ち悪い。
……うわ。
なのに、わずかに反応している自分の身体も本当に気持ち悪い。脚の間が熱くて、思わず手を伸ばしそうになる。
いや、馬鹿なこと考えるな。ここは学校だ。
顔でも洗って冷やそうかと思ってると、また出入口に誰かが現れた。
「用事があるから帰るんじゃなかったのか? 何だ、その恰好は」
うげ……っ。
そして最悪なタイミングで現れる、教師の皮を被った変質者、梼原継美。
「お前まさか、いつも学校でそんな事してるのか? 正直幻滅……つうか、引いたぞ」
「お、襲われそうになったんだよ! 気持ち悪い勘違いしないでくれる!?」
「本当に? ……そのわりには落ち着いてるな。実は下心があったんじゃないか」
「なっ、ない!」
今日は叫ぶことが多い。喉が地味に痛んだ。
ていうか実際、襲われかけたんだからもう少し心配するふりでもしたらどうなんだ。俺が騒がないからいいだけで、下手したら警察沙汰だぞ。
でもこの異常な青年に普通を求めるだけ無駄か……。
「はぁ……もうどっか行ってくれません?」
「何でそんなツンツンしてんだ。大人しくて優しい優等生なんだろ?」
彼の台詞はどう考えても馬鹿にしている。苛立ちのあまり舌打ちしたけど、息苦しくなって背を向けた。
……彼を見ていると、どうしたって嫌な記憶を思い出してしまう。
なのに、背中に温度を感じて絶叫した。
「ひあっ!!」
彼の手が一架の前に回り込み、熱の中心に添えられらる。そしていやらしい手つきで這い始めた。
「い、いやっ……何す……っ」
にわかに信じられないが、昂る熱の原因は明白だった。
後ろから抱き込まれ、下半身を悪戯されている。
「おいっ……教師だろ……っ!!」
「まぁな。でも学校で勃起するような悪い子にはお仕置きが必要だろ」
いや絶対正気じゃない。
服の上からだが、梼原の手はさらに激しい愛撫へと変わっていく。
くそ……っ。
困ったことに力が入らない。嫌で仕方ないのに、既に苦しく張り詰めたそこを触られると気持ちいい。
やりきれない思いが自己嫌悪に繋がる。
甲高い、媚びるような声を出している自分に吐き気がした。
「や、嫌だ……あっ!」
とうとう、彼の手がチャックを下ろした。
「……っ!!」
熱く滾った性器が、彼の掌に包まれてしまった。
冷たい。身体は熱すぎて溶けてしまいそうだったが、おかげで目が覚めた。
「は……、やめろよ、頭おかしいんじゃねえの……!?」
「あぁ。お前と同じぐらい、頭はおかしいよ」
話が通じない。絶望している一架の顎に、彼は手を回した。無理やり口を開かされ、一架は口腔内を指で犯される。その間も容赦なく下半身を弄られている為、保っていた理性もぶっ飛びそうだった。
だらしなく口を開け、唾液を垂らす。腰はビクビクと揺れ、先端から濡れてきていた。
「あはは、さっきまでの減らず口はどうした?」
「こ……の……」
叶うなら殴って張り倒したい。だけどとても無理だった。
この抗えない快感は、誰よりも知ってる。強すぎる快楽は、どんな暴力よりも絶大だからだ。
「自分の身体を触られるのは大嫌いだったな。それは今も変わってないか……」
古い記憶が蘇る。彼の声で語られると、より鮮明に色づく。
「昔っから犯罪的だったよ。お前はまだ十一歳だったのに」
「ん……っ」
……いやだ。言わないでほしい。そう思うのに。
彼は、無情にもその続きを声にする。
「俺が誰かとセックスしてるところを見たいって、いつも強請ってきてたもんな?」
「柊先輩って悩みとかないんですか?」「うん?」いつもと変わらない夕刻、隣で動物の動画を見ている彼に問い掛けた。柚と柊は互いの顔を見合わせる。柚はドーナツ型のクッションを抱き締めて、寝転がった。今日も学校帰りに柊の家に邪魔して、二人で過ごしている。それが習慣化してる為、下手したら自分の家よりもリラックスしている。先輩の匂いに包まれてると安心するんだよな……。「悩み~? 今は、特にないけど」「嫌なことも? 柊先輩って本当にすごいですね。人の悪口言ってるのも聞いたことない」「はは、そんなことないよ? それに嫌なことならある。柚に会えないときは、すごい嫌」先輩は俺からクッションを奪い取り、意味ありげに笑った。先輩はフローリングの上に座り、後ろのベットに背中を預けている。でも俺の背に手を回し、わずかに抱き起こした。それだけなのに、何だか嬉しくて震えそうだった。「お前はどう? 俺に会えなくても意外と平気?」「へ、平気じゃありません。俺だって柊先輩がいなきゃ嫌だ……ていうか、もう生きてけません」俺の世界を変えたのは、他でもない柊先輩だ。彼がいない毎日なんて考えられないし、考えたくない。叶うことならいつも一緒にいたい。でもそれは無理だから、こうして過ごせる一瞬を大切にしたいんだ。「わ!?」照れくさいのを我慢してると、突然押し倒されてしまった。ちょっと不安になる。でも先輩の顔が迫ったとき、思わず目を瞑ってしまった。……キス、される気がする。「おーい、柚? 目開けろよ、キスしちゃうぞ」「えっ」どきっとしてすぐに目を見開く。すると先輩は可笑しそうに首を傾げた。「お前ってほんと素直だなー。やっぱりキスするわ」弾んだ笑い声が聞こえた後、頬に優しい口付けが落とされた。それもビクっとしてしまい、恥ずかしい気持ちになる。もう何回もキスしてもらってるのに、未だに慣れない。先輩の視線、手の動き、どれも意識して過剰に反応してしまう。ウブな奴だと思われてしまう。実際はそんなことないのに。「お前、俺に従順すぎるよ。嫌なことは嫌って言っていいんだからな。何でも話せて、我儘も言える。それが恋人だから」柊先輩は俺に馬乗りになって、シャツの中に手を入れてきた。「例えば、こういうこと。気が乗らない時はきっぱり断っていいんだぞ? 断ったら嫌われるかもー、とか思
崔本一架、十七歳。ここ最近のことを振り返る。たった一年の間に本当に色々あったからだ。もはや色々ありすぎてあまり覚えてない。きっと皆も同じ気持ちだと思う。男の担任教師と付き合ったり、男の後輩と男の幼なじみがくっついたり、世の中怖いことだらけだ。ただそういう世界に産み落とされてしまった以上嘆いても仕方ないから、目の前のアイスティーを一気に飲み干した。「俺は比較的まともな感性を持って生まれたけど、変態ばかりいたら性犯罪は増えてく一方だよね。警察はもっと取り締まった方がいいよ。ほんと恐ろしいね、継美さん」「そうだな。俺もお前みたいな奴が溢れかえったらこの世は終わりだと思うよ」最近できた恋人兼恩師、継美さんは笑顔で答える。今は久しぶりのデートで、仲良く彼と食事をしている。人目を気にしながらディープな会話をするのはもう慣れた。「一架、視姦趣味は完璧にやめることできた?」「もちろん、マニアックな趣味からは完全に足を洗ったよ。視姦が俺を求めることはあっても俺が視姦を求めることはないから安心して」「良かった。じゃあもし視姦趣味の奴が目の前にいたら止めようと思うか?」「いや、人の趣味を奪う権利は誰にもないから俺は止めない。もし誘われたら誠意をもってお受けするのがマナーだと思ってるよ」「はぁ……視姦もそうだし、お前のナルシストはいつ治るんだろうなぁ。まぁまだいいけど、社会人になる前には治す努力をしろよ」「うん! でも大丈夫、何も問題ないよ」「問題あるから言ってるんだよ」食事を終えてレストランを出た。街は人工の光で彩られ、夜の闇を感じさせない。人の数だけ輝きを増していくようだ。「継美さん、あと最低でも一万回はデートしようね」「ほー……三十年毎日デートすれば可能かな。でもお前だって大学行ったら忙しくなるし、就職したらもっと時間がなくなる。大変だぞ」人気のない並木道へ着いて、彼は振り返った。背後で、七色の光が幾重にも浮かんでいる。「時間は有限だからな。好きな人と同じぐらい大切にしなきゃいけない。わかるだろ?」「ん……っ」道の真ん中で、二人で立ち止まる。継美さんの問い掛けには反応できなかった。それよりも先に、唇を優しく塞がれてしまったから。柔らかいけど、硬い。硬いけど柔らかい。どう形容したらいいんだ……。「どうした。キスしてやったのに微妙な顔
そうは言っても、子どもみたいに泣きじゃくる柚を見るとため息しか出てこない。本当にしょうがない奴だ。最後まで。柊とアイコンタクトした後、柚のことを強く抱き締めた。「分かったから泣くな。初めて、俺から抱いてやってんだから」普通に恥ずかしかったけど、柊がうんうん頷いてるから我慢する。とりあえずこいつを泣き止ませないことには帰れない。柚には散々振り回されたし、本気で忘れたい思い出ばかりだ。それでも、「会わなきゃよかった」とは思わない。多分俺達は目に見えない腐れ縁で繋がっている。似たもの同士に違いない。柚の頭をぐしゃぐしゃ撫でて瞼を伏せた。「いいか、これからは俺を見習って真っ当な人間になれ。後どんなに辛くても人前で泣くな。満員電車で痴漢扱いされた時以外、男は泣いちゃいけないんだよ」「そういうときこそ泣いちゃいけない気がするけどな……」後ろで柊が何か言ってるけど、聞こえない。ハンカチで柚の目元を強引に拭いた。「じゃあな。基本、柊の言うことを聞いて、プロテイン摂取して、夜道に気をつけて。……危ない真似はすんなよ」「……はい」ようやく泣き止んだことを確認して、もう一度彼の頭を撫でた。「崔本ー、これから打ち上げ行くだろ?」「あ、うん」他の友人から声を掛けられ、慌てて返事する。柊と柚を振り返ると、彼らは笑って頷いた。「行ってらっしゃい、一架先輩」「一架、ちょくちょく生存報告しろよ!」不思議なことに、笑顔は本当に人を安心させる。……前に進む勇気をもらえる。だから俺も、笑って二人に手を振った。「サンキュ。またな!」きっと想像もつかないようなことが、これからも待ち受けている。理不尽なこともたくさんあるけど、弱音を吐きたくなったら今までのことを思い出そう。楽しかったことも悲しかったことも、それを越えて生きてきたんだから……きっと自信に繋がって、勇気が出る。「はー、嫌だけどもうお開きか。崔本も気をつけて帰れよ」「うん。じゃ、みんな元気でね」クラスの打ち上げを終え、カラオケを出た。名残惜しくはあるものの、真っ暗な空は一日の終わりを告げるようでソワソワする。と同時にワクワクする。スマホで時間を確認して、ため息を飲み込んだ。もう少し、もう少し……。友人達と別れた後、不安を振り切るように軽く走った。忘れたいことがある。忘れたくないことがある
卒業生の入場、校長先生の挨拶、卒業証書授与。全てリハーサル通り、順調に進んでいく。エスカレーターにでも乗ってるかのように。体育館の大きな丸時計を眺めながら、式の終了予定時刻ばかり考えていた。中には泣いてる生徒もいた。なのに終わる時間ばかり考えてる自分はかなり冷めてるというか、薄情かもしれない。でもとんとん拍子で進み過ぎて悲しむ間もない。自分が今いる場所すら不確かで、ボロボロの吊り橋の上にいる感覚だ。舞台の端で並んでいる先生達を一瞥すると、真剣な顔で佇む継美さんがいた。気付かないかと思ったけど、ふと目が合う。すると彼は片目を瞑って顎を引いた。多分、式に集中しろと言ってるんだろう。真面目にやるか。彼の注意を受け、そのあとは舞台から目を離さなかった。冷たいパイプ椅子に深く腰掛け、卒業生退場の合図がかかるまで……両手を強く握り締めた。「あぁー、卒業したくないよー!」「みんな、こいつ昨日はさっさと卒業したいって喚き散らしてたぞ! 信じるな!」教室で最後のホームルームを終えた。見送りに来ていた二年生はほとんど下校し、校門前に集まっているのは三年生とその保護者ばかり。それぞれ写真を撮り合い、別れの挨拶を交わしている。担任の先生には花束を渡して、俺も握手した。何かこれだけだと、本当に健全な高校生活を送っていたみたいだ。終わりよければ全てよし、有終の美を飾るという言葉がしっくりくる。「あれ、どうしたの。ボーッとして」「延岡!」まだ蕾の多い桜の木を眺めてると、延岡が笑顔でやってきた。彼は周りの友人から逃げてきたみたいだ。乱れた襟を直して隣に並ぶ。一年前とは別人のように元気になっている。それが内心嬉しかった。「卒業式となると崔本でも感傷に浸るんだな」「あったりまえだろ。俺は元々善良だし、今や誰もが認める秀才だからな。卒業生代表は、優しいから他の奴に譲ったんだよ」「視姦はやめてもナルシストは治らなかったか……」自信満々で答えたのに、延岡は心配そうに零していた。でも俺だって、彼には心配な点がいくつもある。「お前も大学行くんだよな。これからも、朝間さんと会うの?」「うん。心配ならたまーに連絡するよ。何か生存報告みたいだけど」彼は悪戯っぽく笑う。こっちとしてはあまり笑えないけど、明るくなった彼を見たら何も言えなかった。「崔本、元気でね」「あぁ
目線も随分変わったもんだ。小学生のときは中学生が怖かったし、中学生のときは高校生が立派な大人に見えた。でもいざ高校生になってみると、そうでもない。まだまだバカもやるし、社会のルールも理解してない。電車に乗って遠くへ行っても、仕事で必死に頭を下げても、大人になった実感は湧かないまま。“大人”になるって言うのはそういうことじゃないみたいだ。カレンダーをめくって、月日の流れを確認しても同じこと。歳をとってるのは確かなのに、おかしな話。恋人ができてもう一年。長かった高校生活も終わろうとしている。まだ冷える早朝、着信と同時に部屋のカーテンを開けた。『一架、忘れ物はないな? ちゃんと最後に確認して、寝癖がついてないか鏡でも確認するんだぞ』「はあい……」スマホを耳に当てながら、寝ぼけ眼で洗面所へ向かう。口をゆすぎ、爆発した髪の毛を手ぐしで直した。シャツを羽織ながら台所へ向かい、パンを焼く。ボーッとしながら朝のニュースを見て、父の声に耳を傾けていた。電話を無視するわけにもいかず、一応出たものの……先程から些細な注意ばかりでうんざりしている。『帰りが遅くなってもいいけど、戸締りは忘れないこと。それと、あと……』「父さん、今色々言われても頭に入んないよ。寝起きだもん」『仕方ないだろ、卒業式なんだから! 今日みっともない失敗をしたら十年後まで後悔するぞ!』「いいやしない。絶対忘れる」即答すると、電話の先からまた一段大きな声が聞こえた。鼓膜が破れそうだったからスマホを耳から離す。軽く謝った後、焼けたパンにジャムをぬって頬張った。確かに、今日だけは父からモーニングコールが掛かっても仕方ない。“高校生”として登校するのは今日が最後だからだ。いつもより少し早い登校時間。持っていくものを確認して、家の鍵を手に取った。余裕かまして寛いでいたら案外ギリギリなことに気づき、急いで玄関へ向かう。『……ごめんな。本当は見に行ってやりたかったけど、どうしても大事な仕事が入って』「いつものことじゃん。それより遅刻しそうだから切るよ!」『あ、あぁ……。気をつけて』靴を履いて、鏡の前に立つ。自分の制服姿もこれで見納めだ。……結局、父さんにもあまり見せられなかったな。「行ってきます。……これから大学の入学式もあるし、気にしなくていいから。じゃ、仕事頑張って」通話
街灯が一斉に点いて辺りを照らす。夜が来た。急がないと。もう時間だ。一架は慌てて電車を降り、改札口を抜けた。待ち合わせの時間を過ぎている為、人混みを掻き分けて目的の店へ向かう。思いの外時間がかかってしまった。病院を出たあと、特に寄り道もしなかったのに……通り雨に降られたのもツイてなかった。「継美さん、ごめん! 待った?」「全然待ってないよ。……って、言っといた方が株が上がるかな」「ははは。ごめんて、俺も全力疾走はできないからさ」待ち合わせしていたレストラン、その窓際のテーブルで待っていた人物に両手を合わせる。今夜は予定の空いていた継美と食事の約束をしていた。「走らなくていい、むしろ走ったら怒るぞ。お前もまだ全快じゃないんだから」彼からメニュー表を受け取り、食べたい洋食を注文した。待ってる間に、学校では絶対できない話を切り出す。「うん、でも俺、意外と丈夫なんだよね。……それとさっき延岡に会ってきた。思ったより元気そうだったよ」「そうか……良かった。一ヶ月の休学をとったとしても、彼の出席日数なら進級も問題ないからな」継美はアイスティーを口にし、軽く肩を竦めた。「……とは言え、久しぶりの学校は色々不安だろう。戻ってきたら、ちょっと気にしてやれよ」「ああ。友達だからね」最後の一言はかなり小声で言った。ちょうど頼んだ料理が二人分きたから、食べる方を優先する。……ん?継美さんは中々料理に手を付けない。頬杖をついて、じっとこちらを見つめてる。何だ。何か食べづらいぞ。「どうしたの? ご飯冷めるよ?」「いや、ちょっと感動してるんだ。お前は度量だけはあるよな。自分のことより延岡の心配ばっかしてるんだから」「そりゃ、俺はもうピンピンしてるし」軽く返したけど、継美さんがしおらしい理由はわかっていた。「大丈夫だと思うよ……あの二人。もちろん、心配なところは心配だけどさ」「ふう。……だと良いな」朝間さんにされたことも、彼は全部知っている。それを許し、且つ平然と学校生活を楽しんでいる自分に感心しているんだろう。俺は俺で、単純に深く考えない性質なだけだ。だって死ぬわけじゃないし、何かあれば常にやり返してやるつもりでいる。「朝間さんは……相当お前に執着してたからな。まだしばらくは様子見しないといけないけど」継美さんは小さなため息をつく。彼の言







