雪山の村から出発して二日目の夜。
旅に慣れない二人でも何とか魔物に遭遇すること無く麓の村に辿り着いた。「えっと……雪……」
「雪国 アリアへようこそ……だな」
一応、半分まで読めたけど……文字もあやふやだな。
「セロに比べて、わたしの方が記憶が抜けてるよね ? やっぱり個人差はあるかな……。文字とか読めないのは困る」
「その時は俺が目になるだけだ」
うぐぐ。何その……。
昨日も思ったけど、無意識に殺し文句言い過ぎじゃない ? これから酒場のステージを回るんだよ ? これじゃ記憶が戻んないうちから女の子を勘違いさせそう ! ……そして女性に絡まれて、倒れてわたしが介護する──までセットで見えるようだわ……。「この時間だとお店はやってないね」
「そうだな。武器屋より、お前はギルドに行きたいんじゃないのか ? 付き合う」
「あ、ありがとう……」
大事にはしてくれるんだけどな。DIVAを持ってるからって本人は言い張るけど、あんな山賊ののさばる場所に単身探しに来てくれるんだもん、感謝しなきゃね。
多分セロは自分で思ってるほど冷酷では無いんだ。 それに宮廷楽長を目指すだけなら、歌い手なんていなくても問題無さそうだと思うけどな。アリアの村は栄えてるとは言えないけど、雪を被った建物がどれも頑丈で、窓の灯りが暖かく見える。
村の大きな十字路に来ると、レンガ造りの建物を挟んで大きな木造建築がギルドだった。結構、人が多い。村全体は静かなのに、明らかにギルドだけが騒音レベルで騒がしい。「すごい人……」
「雪山へ向かう為の入山手続きだな」
人を掻き分けて掲示板まで進む。
貼られてるメモはそんなに多くない。旅に出る前……わたしが雪山の山小屋集落でうじうじしてた頃は何も思わなかった。 ジルから、セロがわたしと旅に出たがってるって聞いた時は、嬉しかった。 レオナの言う通り塞ぎ込むより、自分から仲間を探しに行く旅もいいかもって。 だからあの時、急な状況よりもわたしの心は浮かれてた。細かいことなんて考えなかったもの。 でも旅をしてれば必ずこんな事も起きる。「……っ」「……」「ね、ねえ。セロ。ちょっと先に行っててくれる ? 」「……いや。そろそろ次の森に入る。単独行動は控えてくれ」「ト、トイレよ」「なら……ここで待つ。そこの草の影で……別に見たりしない。鳩を連れてけ」 そういう問題じゃない ! それにあの草、すぐそこじゃん、近すぎるわ !「いや、でも。わたしも……ほらあの草薮は風上だしさ。匂いとか……」 気付いて !「別に気にならんが ? 」 気にして !! そこは気にして !!「わたしは恥ずかしいの ! 」「そうか。じゃあ、風下のそっちで……」「違うの ! もっと距離を !! 」「危険だ」 危険なのはわたしのお腹なの !! うえ〜ん、なんで ? 空腹で急に食べたから ?「なんでそんなに一人になりたがるんだ ? 」 深い意味は無いの !!「あの、あのね !! 」 ギュルルルルルウ…… !「くっ !! 」「もう、腹減ったのか ? 」「お腹壊したの !! 察してよ ! 出来ないわよ !
「カイが先か。しかし……人より丈夫だとしても、生身の人間であるカイが先 ? レイ、おかしいと思わないか ? 」 カイは大陸の最西端。 ドラゴンが攻撃を受け、命からがら逃げ惑ったとしても、他の大陸まで逃げ及ぶようなことは無い。本能的に飛龍同士のテリトリーを理解している。 例え討伐中シルドラが大陸を一周したとしても、一番遠いのはカイのはずだ。 何故、シエルの連絡が遅いのか。 レイはポーカーフェイスのまま答える。「シエルは魔力も少なくなってたからな。落ちた時に怪我はなかったが、回復まで時間がかかるのかもしれない」「いや、白魔術師には精霊や神の守護がある。魔力切れ程度では死にはしない幸運者だよ。 身体が不自由になっても、魔力があれば俺たち凡人より出来ることが多いだろ ? 」 エルはシエルの知る術の半分以上を把握している。単純に博識なだけで、シエルが直接言った訳ではない。 最もこれだけ頭が回転しなければ、若くして王になどなれないのだ。 事実、シエルはエルより先に、カイと共にリラとセロの二人に会おうと企てている。 エルがシエルを疑問に思ったところで、レイも勘づく。シエルはリラと合流を優先しているのでは ? と。「……シエルを先に探そう。リラはあとだ」 この言葉に、レイはホッとする。 セロはリラに対して淫らな感情は無い。それ以上に女性嫌いときている。今、懸念するべきは、リラをエルに引き合わせ、強引にセロと引き剥がされることだった。 リラに好意があるレイにとって、リラをセロに預けるままにしているのは気がかりではある。しかし、リラの自由を誰よりも願うのもレイなのであった。 この暴君な王からリラを守りたかった。「シエルの捜索は俺がやるよ。リラも見つかったんだ。いいだろ ? 恐らく、シエルはあの性格だ。どこかで面倒事を断りきれずに足止め食らってるのさ」「……それだけならいいけれど。白魔術師は珍しいからな&he
「これ、木の実だ」 セロが通りすがり、川へと垂れ下がるように育った木を見上げる。樹木に野イチゴのようなツタが絡まり枝の先にモコモコと実をつけている。「食べれるの ? 」「鳩を近付けて見よう。動物が食えば少なくとも死に至る果実じゃない」「よし ! 食って ! 」『ポ、ポポ !? 』 髪に絡みつく鳩を掴んで木に乗せる。 鳩はフンっといいながら、その木の実を咥え、ツッツッと喉へ押し込む。「「食える !! 」」「おい、結構あるぞ !! 」「は、半分食べよ !! 少し持って出発するとして ! 早速食べよ ! 」『ポ……』「「鳩邪魔 !! 」」 両手でむしってガツガツと頬張る。「ん、甘〜い !! 」「ああ。ジャムのようだ」「口の中真っ赤 ! 」「気にしてられん。とにかく食うぞ」「んむ、ング。美味しい……」「はぁ〜。お腹いっぱい。でもまだまだなってるね」「甘いものってそう大量には入らないよな。残った物を包んで持って行こう」 スカーフを取り出すと、食べ切れる分だけを摘んでいく。「実の付きがいい木だな」「ね。でも生き返った ! 」「これでよし。もし食べきれなかったら煮込んでソースに出来る。 プラムを目指そう」「おー ! 」 ふふ、お腹いっぱいになったらなんだか楽しくなってきた。 シエルのお陰で大手を振ってグリージオに向かわず済むし、プラムに着いたらまず宿屋で身体を流して……。「……」「どうかしたか ? 」「あの、さ。わたし達がアリアの聖堂で貰ったチップの金貨って……まさか」「ああ。テントと共に落ちたが ? 」 嘘でしょ…
「なにか来る ! 」「何あれ、鳥…… ? って、なんかこっちに急降下してくるわ」 ヒュオ !! 「射落とす ! 」「待って、ただの鳩だよ ! 」 わたしが手を伸ばすと、鳩はスピードを緩める。ここまま抱えようとすると、柔らかな鳩胸をボフっと収めてくれた。『ポプ ! 』 わたしのの手を傷付けないよう、脚をそっと乗せてその瞳をじっと見つめてくる。「……この鳩……なんだか魔力を感じるかも……」 次の瞬間、鳩の目の色が変わる。 真っ赤になったその目玉がふとそばの草むらへと逸れる。釣られてわたしたちは草むらを見ると、薄ら草薮の前に人型が現れた。「な、何 !? 誰っ !? 」「これは……白魔術 ? お前の仲間じゃないのか ? 」 セロの問いに、完全な人型が答える。『僕はシエル。白魔術師で、元パーティのメンバー』「これ、会話できるの ? 」『完全な会話じゃない。思念として送ってる。僕自体の意見や性格は変わらないけど、 会話とは違うんだ』「そういう……魔術なのね…… ? 」『ところで、吟遊詩人になったって本当 ? 』 目の前に現れた十歳程の子供。不釣合いなほど位の高い法衣を着こなし、わたしを見つめる。「う、うん。そうなの。セロは……凄い奏者で、わたしは彼の音楽無しでは生活できない ! 」『……そう。 僕は動物の目を使って遠くを視る魔術が使える。カイは今、モモナ港からグリージオを目指してる。何も状況を知らない。 僕がいるのはすぐ近くのコッパーの村。このままなら一番最初に合流するのは僕とカイ。 この鳩に、二人の状況を聞いたよ。記憶が無いんだね、リラ』 合わせてセロが地図を広げる。「カイが既に出発しているなら……コッパーまでは歩きで一日、二日か……」『リラは魔族の血を引く者。グリージオのエルンスト王は仲間だけど、DIVAを使っての旅は反対するかもしれない。 加えてリラの魔力が凄まじいから、定期的に余った魔力を僕がデトックスする必要がある。 でも極端な話、僕がいればリラはグリージオの聖堂からも追われず、魔力を使い余すことなく、安全に旅が出来るってこと』「あの ! あの……わたし、実はグリージオには……」『戻らない気だね。鳩から記憶を共有した。 リラ、森をひとつ焼くなんてどうかしてる。 でも、健全に音楽がやり
一先ず、近くの木に止まる。『ポーポー !! プェープェー ! 』『煩いよ鳩ちゃん ! 二人の会話が聞こえない ! 』「俺は今のお前が好きだ」 ブポッ !!『ゲフンゲフン ! 何あれ !!? リラの彼氏 !? 』『プェープェー !! 』『え !? 森で噂 ? リラが !? あれ本当に恋人 !? 』『ポププ !! 』『まさかぁ〜 ! リラってレイと仲良いし、カイだって気があるのわかってるのになんで ? 知らない人じゃん ! 』「もし今のお前が消えると言われたら、反対だ。 お前さえ良ければ一緒に逃げてもいい」『ひ、ひえぇえ ! 何あれ ! 本当じゃん !! 鳩ちゃん説明してよ ! 』『ぷぷ ! 』「セ、セロ……」『あ、あんな狼狽してるリラ初めて見る ! 完全に乙女の顔だよ !? 』「俺はお前の歌が好きなんだ」『ぎ、ぎゃああ…… ! 』「セロ ! ま、待って ! その、嬉しいんだけど、ビックリするから変な言い回しやめてよ ! 」『つまり、嫌じゃない……と。確かに、レイもエルとも違う静かなタイプの人だよね……リラって男っぽいってより、仲間内に好みの男性がいなかっただけで、本当はあんな感じなの !? 』「別に変じゃない。言わなきゃ、お前はモヤモヤ考えて、それが(歌の詩にでる)……」『うーん。ところどころ聞こえない』「いつもベストな状態で(歌って欲しいし、それが出来ないなら)俺が不安材料を取り除く 。 後悔させない」『い、一途 !! 』「セロ……ありがとう」『うわぁ、顔真っ赤 !! やっばぁ〜。 面白いことになったけど、レイに会ったらややこしくなりそ。先にカイと話そうかな』
空高く舞い上がった白いカラスは風を捕まえると北へ向かう。『やっぱりカイはモモナにいたのか。今日中にはコッパーに着くから合流だなぁ』 シエルは聖堂に与えられた臨時の客室で、魔術を使っていた。 仲間の居場所を占いで当て、精神を野生動物に飛ばす。そしてカラスの目を借りて、カイの居場所は突き止めた。『この身体で北まで行くのはキツイな。 ありがとう、カラスちゃん』 シエルの中身が分離したカラスは、木の枝に止まると一度身震いし、再び森へ帰っていった。 コッパーの聖堂にシエルの精神も戻る。大きな椅子に小さな子供の身体。 疲労だけが大人以上の消耗をしている。「はぁ〜……カイは相変わらずだなぁ。 さてと、グリージオに反応した二つは多分レイとエルだよね ? だとしたらやっぱり北にいるのはリラ ? 」 机に広げた世界地図に付いた赤い丸。 二つはグリージオに。一つはコッパーにいる自分。もう一つはすぐ隣のモモナ港の城下町に。 そして北の山脈に二つの反応。 シエルの占いは当たるのだが、今回だけは自信がなかった。「北は二人。二人ってどういう事 ? でも残るはリラだけだし……とりあえず行ってみるかぁ」 シエルは試験管から青い液体をグラスにそそぎ、一気に飲み干す。「魔力が持てばいいけど……」 口元を拭い、再び精神を集中する。 ──雪、山、寒い空気。そしてシヴァの恵みにあられる氷の大地。どうか受け入れて── ゆっくりと瞳を開ける。ふわふわの羽毛にズムッとした胸。『宜しくね、鳩ちゃん』 鳩に乗り換えたシエルは巣箱から飛び立つ。『ここはぁ、アリアの村って所かぁ。カイの我儘で寒い地域はルート取りしないからなぁ』「すみません、痛み止めを」 道具屋の前に多くの人が並んでいた。『地面の砂の抉れ方……グラスボーン ? こんな寒いところにもいるの ? 』 しばらく村を旋回するがリラの姿は無い。 その代わり、別なものを見つける。『なにあのクレーター ! 村の先に剥き出しの地面がある ! 』 何を隠そうリラが吹き飛ばした森の跡地である。『うわぁ〜、うわぁ〜、凄い凹み ! 隕石にしては、上から落ちてきた爆風とは違う感じ ? なんて言うか、こう横から……魔法で吹き飛ばしたような…………』 鳩なのに血の気が引くとはシエル自