「カイ、荷物全部 ? 」
「ああ。馬車屋へ向かおう」
その時、コッパーの入口で村人がどよめいていた。
「おいおい、騎馬兵が来てんぞ」
黒い馬に銀のバーディング。その馬鎧の尻の上にはためく白色と、反面が紺鼠色のスカーフ。
「グリージオの兵隊じゃねぇか ! 行ってみようぜ ! 」
カイの興味とは相反し、シエルの内心は穏やかではなかった。
エルの使いがリラを探し回っているのでは、と。 しばらくカイだけがヘラヘラと話しているのを眺める。すると、すぐにカイがシエルを指差す仕草をしてきた。 もう隠れる訳にはいかない。 シエルはゆっくりと兵の前へ出ていく。騎馬兵の隊長と、その部下、五人の少人数。
「エルの……使者ですか ? 」
シエルの問いに隊長は敬礼を崩すと、首を横に振った。
「私達はレイル様に仕える特殊兵隊です。エルンスト王家に仕えてはいますが、唯一レイル様の命令にだけ絶対服従の隊であります」
「レイの使い ? ……それで、何故ここに ? 」
隊長はレイに言われた事を言う前に、まずエルンスト王から出た仕事を説明する。
「そう。リラ、見つかっちゃったんだ」
「そんで、まずはシエルを連れて来いって言ってんのか ? 」
カイが悩む込むが、シエルにはその理由が手に取る様に理解できた。
「僕がいないとリラの魔力が暴走しちゃうし。それに、エルはリラを失うのが一番怖いんだ。先にグリージオに僕を待機させて、それからリラを強引に連れてこようって算段かな」
「マジかよ」
隊長はシエルに向き直り、話を進める。
「それでシエル様。グリージオへお戻り頂きたいのですが……」
この言葉にはシエルは真っ直ぐに部隊長を睨みつける。強い意志の視線だ。
だが部隊長は顔色を変えなかった。「ごめんなさい。
リラの状況を考えると、僕とリラの合流が最優「カイ、荷物全部 ? 」「ああ。馬車屋へ向かおう」 その時、コッパーの入口で村人がどよめいていた。「おいおい、騎馬兵が来てんぞ」 黒い馬に銀のバーディング。その馬鎧の尻の上にはためく白色と、反面が紺鼠色のスカーフ。「グリージオの兵隊じゃねぇか ! 行ってみようぜ ! 」 カイの興味とは相反し、シエルの内心は穏やかではなかった。 エルの使いがリラを探し回っているのでは、と。 しばらくカイだけがヘラヘラと話しているのを眺める。すると、すぐにカイがシエルを指差す仕草をしてきた。 もう隠れる訳にはいかない。 シエルはゆっくりと兵の前へ出ていく。 騎馬兵の隊長と、その部下、五人の少人数。「エルの……使者ですか ? 」 シエルの問いに隊長は敬礼を崩すと、首を横に振った。「私達はレイル様に仕える特殊兵隊です。エルンスト王家に仕えてはいますが、唯一レイル様の命令にだけ絶対服従の隊であります」「レイの使い ? ……それで、何故ここに ? 」 隊長はレイに言われた事を言う前に、まずエルンスト王から出た仕事を説明する。「そう。リラ、見つかっちゃったんだ」「そんで、まずはシエルを連れて来いって言ってんのか ? 」 カイが悩む込むが、シエルにはその理由が手に取る様に理解できた。「僕がいないとリラの魔力が暴走しちゃうし。それに、エルはリラを失うのが一番怖いんだ。先にグリージオに僕を待機させて、それからリラを強引に連れてこようって算段かな」「マジかよ」 隊長はシエルに向き直り、話を進める。「それでシエル様。グリージオへお戻り頂きたいのですが……」 この言葉にはシエルは真っ直ぐに部隊長を睨みつける。強い意志の視線だ。 だが部隊長は顔色を変えなかった。「ごめんなさい。 リラの状況を考えると、僕とリラの合流が最優
「どいつもこいつも勝手に ! 」 戦えない者が旅なんか出来ない ! リコに任せてたらいつか死ぬわ。わたしは自由に出てこれないし……。「リラ、レイの事はすまない」「もういいわよ」 夕刻。 昨夜と同じ宿しかプラムにはない。昨夜コデに襲われた部屋とは、違う部屋へ通された。どこからどう広まるのか、宿屋も昨日とわたしたちの扱いが格別。夕食は……普通だったわね。まあいいけれど。 宿に来るまで村の通りを眺めたけれど、人里と変わらない。果物や山菜、それを喜んでかぶりつく子供たち。 定期的に血を飲まないと、ヴァンパイアの力が失われてしまうなんて難儀だわ。ヴァンパイアの血には魔王から授かった、陽光の下でも生きられる力も入っている。それらを失ったら一個の村として生計して生きていくのは難しいだろうし、昼夜逆転した村など気味が悪いと噂も広まるだろうし。 そう考えれば、DIVAストーンだけを持ったわたしは苦労がない。これは感謝するべきことなの ? わたしはハーフだったはず。それが分裂するって、本来有り得るわけが無い。「レイが……わたしをグリージオに連れて帰らなかった意味が分からない」「俺が思うに……気を使ったんじゃないか ? お前と会えると思って来たら、中身がリコだったんだ。彼も困惑したんだろう」「……それは……そうかもしれないけど……」「とにかく、レイとはまた話したいところだが、リラが魔族の気配しかせずこの村で安全に過ごせるなら、今のうちに食べ、睡眠もとって欲しい」「所有物の管理ってわけ ? 」「そんなんじゃない。貴女が女王本人だとしたら、俺にとっても伝説で憧れだ。女性は苦手だが、性別云々じゃない。貴女だけは特別な人間だと敬うが ? 」 まぁ〜た始まった !! こいつ流れるように持ち上げてくる !
「到着だな ! 」 カイが馬車から降りると、すかさず胸に何かが飛び込んで来た。「グェっ !! 」 隣では母子がクスりと笑みを零す。「カイ〜〜〜 !! 」「シエル !? 」 飛び込んできたのはシエルの頭だった。 みぞおちにめり込んだまま、ぐりぐりと柔らかいブルネットを沈ませる。「大変なの〜 ! 大変なの、リラが〜 !! 」「いででで ! おい、まず、あれだ。あの……馬車に患者さんがいるぜ」「うん。治す。すぐに。 話聞いてくれる ? 」「どうした ? 」「あ〜もう気が気じゃないよぉ〜 ! 」「ちゃんと話、聞くから。 治療は……丁寧にやれよ ? 大丈夫か、お前」「うるさいなぁ。気が散るよ ! 」「はあーっ !!? なんなの ???! お前、なんなの !!??? 」 シエルは母親と幼い息子を見ると聖堂へと連れていった。 □□□□□□□ タミルと言う病の子供は、そのまま聖堂で神父が治療を受け継ぐことになった。と言うのも、シエルの治療はものの半日で、解熱を待つだけとなる。無かったのは治療法や薬種などではない。運が良ければ治せる。白魔術師や賢者という者たちは僅かな献金だけで治療を可能とする。出会えるかが運なのだ。その存在は酷く希少であるからだ。 母親は何度も涙を流し、シエルの手を握っていた。カイもそれを見届け、村内へぶらりと繰り出し、馬を休ませていた馬車屋と安堵を分かち合う。 そしてようやく午後に、やっとシエルの仮住まいの部屋へと収まった。「んで ? リラがなんだって ? あいつは今、どこにいるんだ ? 」「……カイ。まず落ち着いて聞いてね ? リラはずっと雪山で遭難してて、更に二重人格になってたんだよ」「お……おお。お ? …………なんだって ? 」「人格が二人いるの。元の僕らの知ってるリラと、全
「コデ。話して」 保安所とはいえ、普通の家じゃん。こりゃ最初から罰を受けさせる気なんて無かったわね。厚かましいったらない。 入って来た人間が悪い、なんて言い出したら引っ叩いてやる。 コデはただ床に座り、ビクビクとわたしを見上げてるだけだし。「コデ、この方はなんと…… ! 」「し、知ってる……DIVA……の」「そうよ ! 凄いでしょ !? 」 アナの明るさとは違う反応。 でも……。 何 ? この感覚。胸の奥がソワソワする。「彼女にも子孫がいたのよ ! 娘なの ! 会えて光栄よね。わたし達一族の中では永遠の伝説……」「違う……」 やめて……。「この人がDIVAなんだよ……。女王が城と共に死んだなんて、嘘だ……」 違う。「そんなわけ無いでしょ。 だってわたしの最初の記憶、グリージオの地下牢だもの」 DIVA伝説の女王は成人してから魔王大陸を出たというのに。「あんた、記憶が無いのか…… ? 」「……何が言いたいの ? 」「だから、その……」 そこでセロが割って入る。「血を飲んだ時、何を見た ? 」 すると、コデは顔を伏せて静かに呟いた。「伝説の……海の城の最後さ。女王は死んでない。……攻め込んで来た勢力に屈して……女王は子供にされたんだ」 心臓が。 割れそう。 何も思い出せない。そんな訳ない。「じゃあ、その子供の姿にされた女王は&hel
「一ついいか ? 」 セロが気まずい顔で立ち止まる。「リコといる時、レイルに会った」 え………… ?「飛竜一族と共に来たんだ。リコに言ってもピンと来ないし、一先ず帰って貰ったんだが。 リコにその気が無かったから、二人で相談してグリージオには行かないつもりだ」 グリージオに向かわない ? 何 ?「あんた何言ってんの ? これはわたしの身体で、わたしが主人格なの ! グリージオには仲間がいるのよ !? わたしは歌はやらない !! 冒険者に戻るの !! 」「リコは了承してない」「リコはあんたの玩具でしょ ?! その自由はわたしが与えてるのよ !? リコが欲しいならわたしの言う事を聞きなさいよ !! 」「リコは玩具なんかじゃない」 論点そこじゃないし。 レイと会った事なんて、朝起きたらすぐ話す情報じゃない。「セロ、あんた何か勘違いしてるようだから、もっとはっきり言ってあげる。 わたしはリコを鬱陶しく思ってる。戦えもせず、わたしの身体で勝手な人生を歩もうとしている。わたしはグリージオに戻るし、あんたとレイならレイに従うわ。リコをどうにかしたいなら、主人格のわたしから説得する事ね」「……」 わたしが怒らないとでも思ってるの ? グリージオを目指すようだから保留にしていたけど、向かわない挙句、仲間に会った事を隠して、増して断るなんて !!「あの……本当にリラさんが主人格なのですか ? 」 こいつまで何を言い出すの !?「そうよ。何か文句でも ? 」「いえ。ただ、気になることが。 コデは貴女を執拗に魔族だと言い立て取り乱していましたが……。実際にはリラさんは女王の娘……王は人間で、混血なのですよね ? 」「そうだけど ? 」「でしたら、そもそも嗅ぎ分けられるはずが無いんです。わたし達ヴァンパイアは、人間の血に反応して獲物を探す一族ですから、コデはリ
「その石の歌は城を統率させる力がありましたよね ? だからこそ魔王もDIVAを持って逃げた魔族の女性を探し続けた。後の女王陛下……。 その話は魔王大陸にいる全員にも広まり、わたし達一族は、同じく魔王大陸から出ることに興味を持ったのです」「DIVAの女王はバッドエンドな人生だったけれどね」「それも聞いてます。どうぞこちらへ」 立ち上がり、セロとわたしもなすがままアナについて行く。「ここが村人を招く言わば集会所です。聖堂と言うには不謹慎かもしれませんが、祈りを捧げます」「祈り ? 精霊信仰なの ? 」「いいえ。別なものです」 アナは最奥の壇上へ上がると、天井を見上げる。凄い天井窓。殆どガラス張り。「そういえば、ヴァンパイアなのに村人も貴女も、陽光が平気なのは何故 ? 」「人間と敵対する為に、長年一族が魔王の血を貰って来た為です。もし、ヴァンパイアが討伐対象としてギルドに貼られたら、それらは昼も動けると思って間違いないです。危険ですよ」「そう。魔王の血は強大ね」「ええ。でも全員に行き渡るわけじゃない。 でも魔王も戦力を削ぎたくはない。ですから、魔族を魔王の側に居させる方法や、生活を潤沢にする為の道具。アイテムや術が使われているそうです。 色々あるけれど、わたしたち一族にもある日、希少アイテムを与えられた。 それがこの杯です」 アナは大きな布をバサリと落とす。 現れたのは巨大な金の聖杯だった。見た目は綺麗だし、汚れ一つ無い。 けれどその完璧さが、にじみ出る魔力を更に引き立たせるようだわ。「なんの術がかかってるの ? 」 アナは小さな手でソッと聖杯に触れる。「水を、生き血に変えるものです」 これは側で聞いてたセロも驚いた。「じゃあ……それがあれば、人を襲わないで生きられる…… ? 」「定期的に長が術を使い、全員に汲み上げないとなりません。いつでも飲める訳では無いんです。 先程の男は昨日の集会に間に合わなか