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03

Author: 仲原
last update publish date: 2026-08-08 01:04:04

 朝は急いで家を飛び出したため、ブロック形のバランス栄養食とパウチのゼリーを腹に入れただけ。仕事中は間食する暇が無いし、昼も今漸く食料を入手したところ。たったこれっぽっちのエネルギーで足りるもんかと文句を垂れる身体は、食い物を寄越せと腹を鳴らし必死に訴えている。

「おにぎり、食べちまおうかなぁ」

 一度足を止め、持っていたレジ袋を広げて中を見る。容器の大きなざる蕎麦の上に乗っているのは黒い三角が一つ。それを食べてしまうと、残りは直ぐに腹が減ってしまう蕎麦だけが残ることになる。

「うーん」

 少し我慢をすれば昼食にありつけるだろう。しかし、食べ物の誘惑が目の前にチラつき思考を掻き乱す。結局は欲求に逆らえず木陰を探して切ったおにぎりの封。乾いた海苔の歯ごたえと、程よく冷えた米の弾力。内側から染み出すツナマヨネーズの旨味が口の中に広がるともう駄目で、手のひらサイズの三角形はあっという間に姿を消してしまった。

「やべぇ……余計に腹が減ってきたわ」

 一瞬だけ満たされた空腹は、それだけで満足するはずが無いだろうと更なる食べ物を要求してくる。余計に強くなってしまった飢餓感を満たすためにはもう少し量が必要だ。それを理解すると、そのまま会社に戻ることを諦めもう一軒、近場のコンビニへと足を延ばすことに決めた。

 次に訪れた店は先程の系列とは企業カラーが異なるため、もう少し家庭的な印象がある。店内には、まだ初々さの残る店員が一人。ピークタイムが落ち着いたことに安堵しほうっと一息を吐いているようだった。

「い、いらっしゃいませ」

 客の来訪に気が付いた彼女は、戸惑いながらも一生懸命接客をする姿勢を見せる。不慣れな雰囲気に思うのは頑張れという応援したい気持ち。焦らないでと心で呟きながら、商品を選びレジへと向かう。

 レジカウンターに置いた品物は二つ。具材が肉系のおにぎりと明太子が入ったおにぎり。その他に一番大きいサイズのアイスコーヒーを頼み会計を済ませようとしたところで目に留まったのが、レジ脇に設置されているフードストッカーだった。

「あ。すいません」

 バーコードの情報を読み取り次の操作へ進めようとする店員を引き留め言葉を続ける。

「これもお願いできますか?」

 追加で注文したものはこのブランドのオリジナル商品であるフライドチキンで、こんがりと良い色に上がっているのを見ると無意識に喉を鳴らしてしまう。

「他にご注文はありますか?」

「いえ、大丈夫です」

 手に取りやすい商品をレジ脇に配置するのは、客の購買意欲を刺激するための商業戦略だと聞いたことがある。実際、こうやって美味しそうで手軽に食べられるスナックフードや手頃なお菓子を並べられると、交うつもりも無いのについでに買ってしまう事も多い。今回もまた、こうやって消えていく財布の残高。支払いを済ませコーヒー以外の品物を持っていた袋へ移動すると、店を出て再び歩き出す。

「あーあ。やっちまった」

 予定外の散財。それに対して罪悪感を抱かない訳では無い。欲求に従い買い物する癖を止めたいと何度も思うはずなのに、日々のストレスがそうさせるのだろうか。気になる物を見つけてしまうと、無意識に手を伸ばして手に入れてしまう事を辞められない。

「これは必要経費だから」

 そしてまた。今日も都合の良い言い訳を並べて自分を慰める。

「早く戻ろう」

 手にしたカップの中で音を立てて転がる氷。外気温せいで冷えた嗜好品は勢いよく汗を掻いていく。照りつける日差しの暑さを避けるように日陰を選び歩き続けること数分。漸く戻ることが出来たビルに駆け込むように移動すると、火照った身体に心地よい冷気が全身を包んでくれた。

◆

「ふぅ」

 買った食べ物は思った以上に速い速度で姿を消してしまった。飢餓感が解消されると次に襲ってくるのは強烈な眠気である。

「うぅ……」

 午前の時点で欠伸の回数が多いことには気付いてはいる。それを振り払うためにと選んだドーピング剤は甘さの一切無い苦い飲み物。氷が溶けたせいで若干味が薄まったものの、苦味の強さは未だに健在。口の中を閉める付けるような不快感を伴いながら流れ落ちていく冷たさを感じれば、漸く目が覚め頭がすっきりし始める。

「残ってる作業を片付けなきゃ」

 空っぽになりゴミとなった弁当箱は、おにぎりを包んでいたビニールや中身が無くなった紙パックとともに纏めてゴミ箱へ。アイスコーヒーだけを持ち職場に戻ると、何やら様子がおかしいことに気が付き無意識に足を止めてしまった。

「あれ?」 

 何か問題が起こったのだろうか。嫌な予感が頭を過ぎり気持ちは一気に急降下。【残業】という二文字がちらつくのを必死に否定すると、近場に居た後輩を捕まえどうしたのかと尋ねてみる。

「何か問題でも起こったのか?」

 それに対し、後輩は微妙な反応を見せながらこう答える。

「問題というか……うーん……」

 なんとも歯切れが悪い返答に感じた違和感。

「進行している案件の仕様が変更になったとか、致命的なエラーが起こったとかそう言うんじゃないんですけど、戻ってこないんですよ。担当者が」

「え?」

 言われて顔を向ける先にあったものは主の居ない空席で。先ほどまで作業をしていた痕跡はあるのに、それを扱う人間だけが消えてしまっている。

「休憩に出たとかじゃないのか?」

「一応、それも考えたんですけど、あの人って結構時間に厳しい人じゃ無いですか。三十分以上も戻ってこないなんて、ちょっと考えられないっていうか」

 詳しく聞いてみると、そのデスクの持ち主は、突然席を立つと徐に口元を押さえ部屋を飛び出していったという。慌てて同僚が追いかけていったのを考えるに、急な体調不良なのだろうと気にも止めていなかったのだが、中々戻ってこない状況に次第に、後輩自身も不安を感じ始めたらしい。

「俺の作業、あの人の担当してる部分が終わらないと進まないんですよねぇ」

 困ったなぁ。頭を掻きながら盛大な溜息を吐く後輩の顔に浮かぶのは疲労の色だ。

「追いかけていったって人も未だ戻ってきていないのか?」

「まだですね」

 残業確定かなぁ。力なく呟き肩を落とす後輩に心配するところはそこじゃないと突っ込みそうだったが、自分だっておんなじようなものだ。後輩と同じ状況に置かれたら帰れない事を嘆く方に意識が向き、体調を崩した相手を心配する余裕も無くなってしまう可能性は非常に高い。

「誰か、引き継ぎ内容を聞いてる人が居るかも知れないだろう?」

 後輩の嘆きを否定することは無く、厳しい言葉で諭すこともしない。その代わり、少しでも業務の遅れを取り戻せるようにアドバイスを出し行動を促す。

「彼女と同じチームの人に聞いてみますわ」

「そうしろ、そうしろ」

 軽く肩を叩き活を入れてやると、手を振りその場を後にする。自分のデスクに戻る途中で改めて社内をゆっくり見渡してみれば、何故だろうか。午前中に見たときよりも空席が目立つような気がして気持ち悪い感覚に囚われてしまった。

「今日って、こんなに休んでる人が多かったっけ?」

 声に出して吐き出した疑問。それが頭にこびりついて離れていかない。自分の席に戻り止めていた作業を再開させるのだが、どうしても先ほど感じた疑問が気になり集中力に欠けてしまう。

 結局、就業時間になるまで例の人が戻ってくることは無く、後輩は残業が確定してしまったようで。同じように集中力を欠いた自分も、作業の遅れを取り戻すためにと残業をする羽目になってしまった。

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