「湊市周辺の個人病院で検索し、ネットのレビューで一番低かったのが加藤歯科だったもので。レビューが酷いということは、
乱雑な治療をしている可能性が考えられる……つまり、このゲームに適性があるかもしれないと思いましたので」「だってさ。あの文句だらけのレビューサイトが原因だって。
あんなもの、アテにならない他人の感想不満の捌け口だ。自分の理想にそぐわないものを晒しあげて、商売人の価値を落とすだけのだよね。 それが真実なら仕方がないけど……レビュー記事の治療は適切なものだってさっき言ってたし。多分、加藤歯科の評判は実際は異なるんだろうね。 でも、それは別の話」ルキが椎名の胸元に手を入れ、装備していたホルスターから銃を抜いた。
純白の上質なスーツに無機質な黒塊がよく映える。「残念だけど……動かない玩具は要らないんだ」
そう言い、銃口を加藤に向ける。
しかし加藤は微動だにせず、下を向いたままだった。「あんた方が恐ろしい存在なのは理解した。
だが、君らも身体を患えば医者にかかる。絵が欲しければ画家を探す……。必要じゃない人間なんていない。いないんだよ。 だとしたら、俺にも価値がある。 価値があれば、誇りが芽生える。 俺は腐っても医者だ。歯医者とて、人を殺める存在だけにはならん。 構わん。殺せ」「……そう。素晴らしい思想だ。まさに医者の鏡。
そのプライドに免じて、 一瞬で逝かせるよ。 さようなら、加藤 純平」暗い教室が二度、小さな光を伴いパンと渇いた音を二度立てた。
窓の外からでも分かる、蛍のような小さな光。「片付けはゲーム後でいい」
グリップを椎名に向け、ルキは教室を後にする。
「椎名」
「はい」
「ネットのレビュー……さぁ。
俺が『他人の感想』なんか一番興味無いの……知ってるよねぇ ? 」安易に作業をすると、必ずルキは見抜く。ここに連れてくるのが、本当に誰でもいいという訳では無いのだ。他の被検体と同等程度に、必死に動かないと観覧者に萎えられてしまう。
椎名の喉がゴクリと上下する。「は、はい ! 」
「人生に捨てるものが無いクズに用は無いけど。こういうタイプも考え物だね。
何としてでも生還を果たそうって人間じゃないとならない。 動きが無い人間は一番駄目だ。彼は元々、ああ言う性格だったろうに」「申し訳ございませんでした」
崩れ落ちた加藤をそのままに、ルキと椎名は校長室へ戻ってきた。スミスは電話対応を続けている。
「さて、後一時間も無いね。残ったのはデスマスクのお姉さんとケイの二人か……。なんだかつまんないな」
「涼川 蛍のモニターに切り替えますか ? 」
「え ? 駄目駄目 !
ケイは俺の期待のルーキーだよ ? 制作過程を覗くなんて勿体ないよ。 あぁ !! でもきっと楽しそうにしてるよ ! ……嬉しいね。単純にさぁ。ケイはまだ羽化したばかりだよ。毒蛾になるのか蝶になるのか……はたまた新種の化け物か……。本当に興味深い」タイマーのカウントダウンが残り十分を切る。
「さてと。まずはデスマスクの美果ちゃんから行こうか。
オークション用に写真の用意だけして。ケースは……多分まだ要らない」廊下に集まった他の黒服も、それぞれの持ち場へ動き出す。
「ケイは俺を失望させない。分かるんだよねぇ。最後にじっくり楽しませてもらおう」
ルキと椎名が校長室を後にし、二階へ向かう。
「か、完成よ !! さぁ、どうにでもしなさいよ ! 」
時間ピッタリで教室に踏み込んできたルキに美果は声を荒げた。
椎名は女性のデスマスクを写真に収めると、すぐにオークション用の加工へ作業を開始する。 対面したルキが美果に微笑む。「何 ? 写真 ? これで終わりなの ? 」
椎名は勿論、ルキは何も答えなかった。
無言で次の教室に向かうルキの後を、美果はふらふらとついて行くしかない。仁王のような男のデスマスク。キメ細かく、表情の荒々しさが伝わってくるようだった。
ルキが顔をゆっくり寄せて、その出来栄えを見る。「うん。どれも精巧に作られてるね」
顔を上げると、そのマスクに手を伸ばす。
「あ ! 」
美果が止める隙もなく。
マスクはルキの手の中で、簡単に歪んでいく。
「乾燥しきっていない。つまり、これは未完成。作品として評価出来ないよね」
「そ、そんな…… ! たった数時間でどうしろって言うのよ ! 」
「だって、未完成なんだから失格だよ」
「こんなの納得いかない !! やれる事はやったわよ !! 」
「君はアーティストとして作品をお客に見せる時、未完成で観せるかい ? それは違うよね ? 」
「……こんな異常な状況で自分の魂を生み出せって言うの ? その方がおこがましい。貴方が芸術を知らないんじゃないの ? 」
「はは ! 言うね !
でも……ここはそういう会場だから」美果は呆れたようにヘアゴムを解くと、ウェーブのかかった髪を膨らませる。全く納得がいかないルキの独裁判断のようで、死ぬと言う恐怖よりも怒りの感情が湧き上がっていた。
そんな美果にルキは一つの選択肢を提示する。「答えを見てから死にたい ? それとも知りたくもないかな ? 」
どういう意味なのか、美果はルキの言葉を理解していなかった。ただ、このまま訳も分からず酷評され、失格になるのはプライドが許さない。
「し、知りたいわよ ! 答えがあるって事なの !? 」
ルキは美果を教室から出るよう促し、ニッコリと微笑んで見せる。
「じゃあ一緒に行こうか。俺もそれが知りたいんだよね〜」
死が確定した今、美果は何か緊張の糸が切れた様な落ち着きを取り戻した。諦めもあったかもしれないが、最悪の状況下で、確実に自分は最高作を作り上げた。その満足感と手応え。これで失格と言われたら、次なら出来るという自信もなかった。
あのデスマスクこそが極限状態での最適解だった。 それと同時に、美果にはルキがとても悲しい化け物に見えた。 この男は満足していない。何にも満足出来ない。普通の人間が幸せに思えることに、脳が反応しないのだろうと思えたのだ。それはとても悲惨な人生だと。『と、ここまで進化した最新の墓標はいかがでしょうか ? 今回は展示という事で込みの価格が表示されていると思いますが、普段は無いですよ〜。まさか売り物じゃあるまいしねぇ ? 』『ははは』 結局、客前でトークするのは椿希の役目になってしまった。 蛍も最初こそ無愛想にしていたが、途端その技術が必要と理解すると、すぐに吸収していった。 だが今日は突然の来訪者が顔を出した。 それにより、客人に合わせメタバース霊園を見るようになったのだ。『凄いね。現代的だ』『ええ。それに、あんな小さかった蛍君がこんなに立派になるなんて ! 嬉しい……』 アポ無しでたまたま飛び込んできた夫婦。 商店街で花屋を営む、涼川葬儀屋の契約生花店の二人だ。 つまり──香澄の両親だった。 回線を三人だけにし、蛍が対応していた。『俺も驚きました。 その……聞くに聞けなくて。お墓の場所とか……』『そうよね。葬儀は蛍君のところでしたけれど、その後どうしても……。納骨するのが寂しくて今まで……』 香澄の死後。 両親は四十九日、百か日を過ぎても娘の死を受け入れられなかった。四十九日の法事は重明が取り仕切り、するだけの事はしたが、納骨には至らず参列者にテンプレ通りの挨拶を述べるだけで精一杯だった。 香澄の骨壷はずっとダイニングで共に食事の際にも置かれ続け、就寝の時も両親が寝室へ運んでいた。 その後、蛍の知る通り、花は毎日学校へ持たせ誰かに飾らせ、自分たちは香澄の死の真相を探り続けた。 転機はMの提示した湊駅周辺でのゲームだった。『他にもここを検討してる人、沢山いてね〜』『そうそう。被害者の会でよく話題に上がるのよ』 蛍の起こしたテロと椎名、久岡、そして真理の無差別殺人事件。 これにより墓が急激に売れる始末。中でも、未だ墓地を持たず尻込みし
残された蛍と結々花は無言のまま。 ポンっと音が鳴り、エレベーターの扉が開く。 最上階ルームはエレベーターから直接、一歩踏み出すとワンフロアを贅沢に使ったゲストルームだ。霊園だとは思えない温かみがありながら、どこか近代的な造り。 結々花はガラス屋根を見上げながら、つい先日この場で行われたショーに関して呟く。「まさか先日、この天井に人がぶら下がってたとは……今日のお客様は知る由もないわね……」「だってダリの最後の晩餐は、いるじゃん。上に。半裸の人」「んー。絵ってあんまり興味無いし、ダリが最後の晩餐描いてたのも知らなかったわ。 あの日、ケイ君がぶら下げ始めた時、観覧者から凄い歓声が上がったわよね」「……客の声なんてオフになってるから聴いてないよ」「美果ちゃんはどうして、ダリの最後の晩餐をここのモチーフにしたのかしら ? だって一応、最初は海玄寺の宗派を受け入れる方針だったじゃない ? 仏門に関する絵じゃないんだ〜って思ったわ」「そう言えば美果は ? 」「来てるわよ。聞いてみよっか」 結々花は半分暇を持て余し、意味無く美果にコールする。数分後、倉庫から美果が飛んできた。「ごめんごめん。つい夢中になっちゃってて」「卒業制作上手くいってる ? 」「すっごい便利 ! まさか秘書室という名のアトリエが貰えるなんて ! 」 美果は結局、涼川葬儀屋へ就職となった。結々花がマンション墓地やスポンサー等との橋渡しなど、重明とあまり関わらない日陰の部分に暗躍するのと違い、美果ははっきり葬儀屋で外へ発信できる人材として存在する予定だ。 このマンション霊園の概ねのデザインもそうだが、位牌や仏壇、ペット用のメモリアルグッズなどを手掛けることで、合法的にこの場にアトリエを持てているのだ。「ただ絵を描いてただけなのに、今は小さい仏壇や神棚を考えて、小物作って、内装をデザインして、宗教も勉強して……人生分からないわ
ドンドン、ドンドンドンドン !!「けーい、けいけいけい〜 ! 起きてるー ? 」「うるさいな !! いるよ !! 」「うぉ、今日は元気 ……あ」 椿希は蛍が開けた玄関の隙間から、ルキの靴をみて納得する。「うん。そっかぁー。俺お邪魔かぁ〜」「別に。もう出るよ」「あ、椿希君。入りなよ」「ルキさん早よーっす。じゃあ、お邪魔します」「え、いや。俺の部屋なのに、なんであんたらで完結してんの ? 」 蛍が騒ぎ立てる中、椿希はルキに通されると、まっすぐコレクション棚へ向かう。「うぉ〜、今日もあんね。Mの首〜。こういうのって、キメェけど慣れてくると見ちゃうよね〜」「……」 椿希は蛍に向き直ると、さも当然の如く炬燵に潜り込む「なぁ、こないだあのマンション墓地でゲームしたろ ? あれなんだったの ? 」 蛍と第3ゲームに出た椿希が墓地を経営すると聞き付けた烏達は、少しの興味を示してきた。稼ぐ金など烏からすれば微々たるものだが、死者が絡むと合っては何やら期待が大きいようだった。 そこで、ルキが景気付けにデモンストレーションとして蛍にショーをさせた。 内容は第一回目の人体アートと同じルール。 そして場所は蛍と椿希が建てたマンション墓地の最上階。 ガラス屋根で光に満ち溢れた空間。遺族がエントランスで指定したキーを打つと、位牌が最上階ルームに排出されて、墓参りすることが可能なのである。 そしてそのビルのイメージデザインを手掛けたのが美果だ。「死体並べてるだけにしか見えなかった。あれ、何がよかったの〜 ? 」 不貞腐れている椿希の作品は最下位だった。意外な事に、椿希は殺すことは出来ても、遺体が苦手らしく全く使い物にならなかった。これから海玄寺の業務を継ぐかもというのに、蛍もルキも一抹の不安を覚えるが、葬式で見るような遺体と違うのは言うまでもない。蛍がズレているだけなのだ。「ケイは最初に参加した時、ダビンチの最後の晩餐を
「やめ……う……ぁ……」 木の幹に拘束された手首が真っ黒に腫れ上がる。全裸にされ、一方的な暴力を浴びた後だった。ゴムを外す音が響き「これは証拠隠滅される」と言う復讐すら許されない絶望の中。自分を犯した少年が、鞄を開けた。縛られた女は足を広げたまま、顔を逸らし、全ての行為が終わった後に生きていることだけを願う。ジッパーが開き、何やら器具を取り出し始めた少年の持つ物体が、凶器なのか撮影なのかと更なる恐怖を覚えた。 まだ日が昇る前。日課のウォーキング中だった彼女は、挨拶してきた高校生姿の蛍に微笑み、会釈を返しただけだった。 倒れ込んだ笹薮の中、落ち葉に広がるおびただしい血液。女の腕や足首には無数の注射針が刺さり、故意に瀉血させられていた。その中でも一層太い針はチューブ状で、足首の骨に埋まる程深く差し込まれていた。 家から数キロ。程良く息が上がってきた頃だ。この仕打ちは心臓自らが血液の排出を促すようだ。どんどん冷える身体の感覚に、突然ジリ……っと言う音と共に焦げた臭いが漂う。「っ……あ…… ! グッ !! がっ !! や、やめ !! 」 蛍は女を殴りつけると、取り上げた免許証をもう一度確認する。そして彼女の下腹部に型を付けた熱線を押し当てる。細い動線は皮膚を簡単に焼き、ズブズブと脂肪の中へ埋まっていく。波形の二重線。女の生年月日は一月三十一日。水瓶座だった。「うぅ……ふ……ふっ……うぅ…………」 突如降りかかった暴力に、涙が止まらない。何故襲われたのかも分からず、何をしたら助かるのかも分からない。見ず知らずの少年の行動に、激しくパニックを起こし続けている。 パパパッ !!「ンギャァァッ !! ……クッ……あぁ…… ! 」
「さ、離れて」 西湊の山奥。 高い金属塀に囲まれたスクラップ業者。そのほとんどが古いストーブや錆びた自転車。解体し、磨いて使えるものは転売する。しかしほとんどは死を迎える為に連れてこられた金属たち。 その中に蛍が乗ってきたトラックが乗り入れた。 幌や防護服、薬袋に使った袋は椿希の部下が、焼却炉へ行くことで引き取られた。 剥き出しになったただの平ボディのトラック。「ども、ボス。お会いできて光栄です。汚い場所ですみませんね」 奥のプレハブ小屋から熊のような作業着の男が出てきた。「汚くないですよ〜」「梅乃様ぁ、こういう場所にゃご自身で来られなかったんでねぇ。いやいや、さっき連絡貰ったときゃ驚きましたよ」 作業服の汗のツンとする匂い。 プレハブの横には古い洗濯機と斜めになった洗濯物干し。白いタオルと穴の空いた作業着が何着かかかっている。 不清潔な男では無い。単純に真面目に仕事をしているだけの一般的な男だ。秋とはいえ、まだまだ野外作業は暑い時期だ。滝のような汗をかいている。「これがそのトラックね ? 」「ええ」「任せてくれ。俺なら一日で解体して、例の工場の溶解炉に持ちこめるよ」「俺は焼いちゃった方がいいと言ったんですけど、椿希が……」 男は蛍を見て、ノンノンと指を立てる。「警察ぁ、犯人探しとなったら小さなネジまでこねくり回すから。側を焼いても、証拠隠滅は出来ねぇんだわ」「でも一日でって、出来るんですか ? 」 流石に早すぎるスピードだ。ひき逃げ事件ですら、犯人は証拠隠滅にどれだけの時間を要するかを報道で見ている。蛍は不安に思っていた。「部品の転売や、エンジンの譲渡とかも止めていただきたいんですけど……」 口を挟んだ蛍に、男はニッと笑う。「おいおい。俺を誰だと思ってやがる」「ケイくん心配なぁい。この人、本当に手馴れてるし長年山王寺の証拠隠滅してきた人だよ ?
「さっきの話。ケイ君のファンって、檻にくっ付いてたオジサンよね ? そんな大富豪なの ? 」「意外かい ? 東北訛りで身なりも庶民的だから目立ってたかな ? 」「あ……いや、そんな意味じゃないけど。町の汚染を支援って、お金の問題だけじゃないでしょ ? 致死量2ミリgの薬物テロで、どう対処するの…… ? 」「まぁ、まずは防護服、洗浄車両の確保と運輸、検査員や職員の派遣、避難所の維持、とにかく莫大な費用。 けれど、一方でフェンタニルの歴史は長い。以前、2002年に対テロリストとしてフェンタニルを特殊部隊が使った事例があるけど、噴霧器でガス状にする必要があった。その場所だって事後処理は通常装備で踏み込める程度だった──らしいよ。 ケイがやってるのはそこまでの脅威ではないと見てる。Mのような被り方をしない限り、道端の鳩もすぐに元気に歩きだす」「……なら……いいけど。さっき路上に倒れてた人達……あの人たちはもう……」 美果が戸惑いを感じるのは無理もない事だ。蛍の犯行とは今までこんな形では無かったはずなのだ。「……ケイくんは真理さんもルキも殺す気はなかったって事よね ? なら、すぐ止めてくれるはず」「ああ。手元にどれだけ残ってるか分からないけど……。 寧ろ、これで一番得をするのがあの二人さ」「 ? 」「葬儀屋と寺……まさか。そんなはずは……。お金の損得で殺しはしないわよ」 美果は蛍に夢など見ていない。犯行手口として納得がいかないのだ。「全く、俺も美果ちゃんも。変わった子に関わっちゃったよね。結々花もさ」「あんたが言う ? 」 呆れるようにため息をつく結々花に、美果が初めて声をかける。「わたしも今、そう思った。ってか、結々花さんがルキに寝返るなんて信じられない。信用出来ないんですけど」「あら、案外警察も信用出来ないのよ ? 」「それは……そうかもしれないけど、今朝までスパイだった人を信じろと言われても」「そういう美果ちゃんも、ケイ君次第でなんでもするでしょ ? どちらかと