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Nox.0 『帝国のはぐれ狼』II

Penulis: 皐月紫音
last update Terakhir Diperbarui: 2025-07-07 15:45:21

◆◇◆◇

堅牢な作りの黒い|革鞄《トランク》を肩に雑に背負いながら、レイフは石畳の道を、ゆっくりと歩いてゆく。

革鞄に付いた金色の錠前と石畳が、夕陽を反射して輝いている。

これは〝白百合の都〟とも名高い、王都アルジュリュンヌの最も美しいとされる時間だ。

——刹那、秋の心地良い風が、薄紫色のダリアの|花弁《かべん》を夕焼け空へと飛ばした。

清麗な鈴の|音《ね》が耳元で響く。

彼の耳に垂れ下がる鈴を象った|耳飾り《ピアス》が、わずかに揺れたのだ。

花々の甘い香りと秋の空気を、レイフは身体いっぱいに吸い込む。

|花弁《かべん》の|緞帳《どんちょう》が開き、その先に立っていたのは、雪の国から舞い降りた〝白銀の天使〟だった。

真紅の|双眸《そうぼう》が、風化の進んだ|石灰石《せっかいせき》で作られた古い噴水の前に、一人の若い女性を捉える。

「紫色のダリア、花言葉は——〝乙女の真心〟だっけか」

色とりどりの花々が、店先を飾る夕陽に照らされた赤煉瓦造りの花屋。

その前には、一台の黒い車が止まっていた。

そこから出てきた女性は、少しソワソワとした落ち着きのない雰囲気で、誰かを待っているようだった。

夕日に照らされて輝く白銀の長髪が、さらさらと優美に、風に|攫《さら》われて揺れる。

その肌は、レイフ同様に北国出身者特有の特徴が出ていた。

色素が抜け落ちたように白くて、体温を感じさせない。

さらに、レイフと瓜二つの|柘榴石《ガーネット》よりも深い真紅の瞳は、まるで何かに|焦《こ》がれるように、切なげに茜色の夕焼け空を映していた。

彼女の外見は、様々な人種が入り混じる王国においても目立つものだった。

そう――これはレイフの故郷であるイスダルール帝国、その人口の大半を構成しているネヴェリム民族の特徴だ。

彼女の背にある車もまた、この国のものではなかった。

黒い車体の先端には、銀製の蛇の頭部が象られたエンブレム。

これはイスダルール帝国のメーカー【サーペント】のものだ。

アルジュリュンヌの明るい街並みの中にあっても、氷に閉ざされた故郷の香りの消えない彼女の存在は、どこか〝|歪《いびつ》さ〟さえも、見るものに感じさせた。

|薄茶色《ベージュ》の腰下ほどの丈のニットと、それに包まれた白いシャツに同色の細身のパンツ。

シンプルながらも、一点一点、品質への拘りを感じさせるアイテムで構成された上品な|装い《コーデ》だ。

そんなものが唯一、この街ではどこか存在自体が空想的に映る彼女を、この場所へと繋ぎ止めてるように、レイフには思えてしまった。

レイフの姿を彼と同じ真紅の双眸に捉えると、彼女は夕日に照らされ、|橙色《オレンジ》に染め上げられた顔を、一層と眩しく輝かせた。

|艶《あで》やかな白銀の長髪を空へ舞わせて、彼女は両腕で胸に宝物のように茶色い紙袋を抱えて駆け出す——。

「おかえりなさいっ!!」

まるで何年もの間、離れていた愛しい恋人を迎えにゆくかのように、一歩、また一歩と、距離を詰めるたび、彼女の頬には熱が差し、瞳に喜びの色が灯る。

「あっ――」

そんな乙女の|赤朽葉色《ラセットブラウン》のパンプスが石を踏んだ瞬間、彼女は無残にもその場でバランスを崩した。

「お嬢様——!?」

車内から慌てた声で、男性の運転手が叫ぶ声が聞こえた。

その時には、レイフの足は既に駆け出していた——。

まさに疾風のような勢いで、レイフは彼女の前に自身の身体を滑り込ませる。

「ったく、姉貴は昔から危なっかしいんだよ」

「あ、ありがとう……」

瞬く間に彼女の体は、レイフの胸の中へと、がっしりと収まっていた。

自然と抱き合う形になった二人の周りを、再び紫色のダリアの花弁が舞う。

レイフは安心したように髪をガシガシと掻きながら、嘆息してみせた。

彼の六歳上の姉――スカディ・ヘーデンストロームは、いつだってこの調子なのだ。

容姿端麗にして文武両道、父には何度も「彼女が男性に生まれてさえいれば……」と嘆かれるほどの才に恵まれながら、致命的なほどに抜けている一面を持つ。

本人は決して認めないが、そんな姉のことを強く敬愛するレイフとしては、危なっかしくて仕方がないのだ。

彼の咄嗟の判断によって、無事に事なきを得た彼女であったが、その表情はどこか浮かないものだった。

「マドレーヌ、潰れちゃったわね……」

瞼を下げて俯く彼女の視線は、胸元の紙袋へと注がれていた。

転んだ|拍子《ひょうし》に形を崩してしまった袋の中身は、焼きたてでほのかにレモンの香りを漂わせるマドレーヌだった。

レイフの好物であることを知っている姉は、こうして彼が帰るタイミングを見計らって店で買ってきてくれるのだ。

ぎゅうぎゅうに膨らんだ袋からもわかるように、明らかに姉弟二人で食べるには多過ぎるのだが、彼女いわく、「マドレーヌの量は愛の重さに比例する」らしい。

「はぁっ——」

溜息を一つ|吐《つ》いたレイフは袋から、潰れたマドレーヌを一つ取り出して口へと運んだ。

「レイフ……」

「別にそれで、味が変わるわけじゃねぇだろ。マドレーヌはマドレーヌだしな」

レイフはその後も、ひとつ、またひとつとマドレーヌを口に運んでゆく。

いくら食べ盛りの学生とはいえ、これだけ甘いものをパクパクと食べられるのも普通ではないのだが、ここにそれを突っ込むものはいなかった。

「ってか、何個買って来てんだよ……。あとでダニーやフランのやつにも……って、姉貴どうした?」

食べることに夢中になっていた彼は、視線を戻し姉の顔を見て固まることになる。

瞳からとめどなく、宝石のように輝く涙を流す彼女は、夕日に照らされた顔を一層と朱く染め、口元を両の手で押さえてプルプルと震えていた。

「お姉ちゃんのことを気遣って、子供みたいに無邪気にマドレーヌを食べるレイフ……そんなの、そんなのって……反則過ぎじゃないっ! 尊死っ——ぐはっ——!!」

「姉貴っ——!?」

突如として吐血したスカディは、胸を押さえ、白い服を赤く染めあげて石畳の上へと倒れ込んだ。

秋の風に運ばれた紫色のダリアが、まるで棺を彩る花のように、思い残すことはないとばかりに気を失った彼女の身体へと降り注いで行った。

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