LOGIN酒場の熱気は、すでに最高潮に達していた。
男たちの野太い笑い声。グラスがぶつかる高らかな音。注文を叫ぶ声が飛び交い、脂と酒と香辛料の匂いがむせるほど濃く漂う。全部が渦になって押し寄せ、エレナの頭の中をぐしゃぐしゃにかき回していく。 「うぅ……足が、もう限界……」 片手にお盆を抱えたまま壁際に身を寄せ、ほんの一瞬だけ休む。エレナは悲鳴を上げそうなふくらはぎをさすった。慣れないハイヒールが、体力を容赦なく削っていく。床は酒でわずかに湿っていて、踏み出すたびに神経が尖った。 (だいぶ様になってきたじゃないか) 意識の奥で、エレンの声が落ち着き払って響く。まるで戦場の報告でも聞くような調子だ。 (でも、この格好はやっぱり恥ずかしすぎるよ……) 薄い布地が肌に張りつくたび、周囲の視線が針みたいに刺さる気がした。笑い声の中に混じる「おい、見ろよ」という気配だけを、妙に拾ってしまう。 (何を今更。エレナ、恥ずかしいと感じるのであれば、いっそ一つの高みを目指してみるといい) (えっ……? な、何を目指すの……?) あまりに突拍子もない言い草に、エレナの口が勝手に小さく開く。するとエレンは、武術の師が弟子に奥義を授けるかのような、やけに厳かな声色になった。 (『無我の境地』だ。雑念を払い、己を空にする……私でさえ容易には辿り着けなかった武芸の極みの一つだが、今の君には良い修行になるだろう) (………………) 冗談なのか本気なのか、その境目が見えない。そもそも、今のエレナが向き合っているのは剣でも拳でもなく、ハイヒールと視線と酔っ払いだ。助言が現状からかけ離れすぎていて、返す言葉が見つからないどころか、返す気にもならないといったところである。 ――まさに、その瞬間。 「エレナちゃん! お疲れ! いやー、すごく助かってるよ!」 店の奥からマスターが満面の笑みで駆け寄ってくる。頬は忙しさで赤く上気し、額には汗が光っていた。肩越しに見える店内は、立って飲む客まで出るほどの混み具合だ。 「あっ……あはは……そ、それなら良かったです……はい……」 エレナは口角を引き上げるので精一杯だった。笑顔のつもりでも、頬が引きつっているのが自分で分かる。 「お陰様で、見ての通り今は満員御礼だ! エレナが可愛いって噂を聞きつけて、わざわざ来てくれた人もいるみたいだし!」 「え”っ」 (噂……? 私の、噂……?) その一言が胸の真ん中に直撃した。顔の熱が一気に上がり、耳まで燃える。さっきまで足が限界だったのに、今度は心臓が限界だ。消えてなくなりたい、という感情が喉元までせり上がってくる。 (ほう。集客に貢献しているな) (い、いらない貢献だよぉ……!) 「ということで……エレナちゃん! 悪いけど、続きを頼むよ!」 「は、はいぃ……行って、まいります……」 返事は情けないほど震えた。それでも仕事は待ってくれない。エレナはふらつく足を叱りつけ、戦場――もとい客席へと、もう一度踏み出した。 ざわめきが、また真正面から襲ってくる。グラスの音が鳴るたび、心臓が跳ねる。けれど、お盆の上の料理はまだ温かい。湯気が指先に触れた、その小さな熱が、せめてもの現実の支えになった。 エレナは息をひとつだけ整え、笑い声の波へ飛び込んだ。 〜*〜*〜*〜 熱気と喧騒が、壁のようにエレナへぶつかってきた。 「嬢ちゃん! こっちにエールだ!」 「おい、こっちの皿、下げてくれよ!」 四方八方から飛んでくる声。肩と肩が擦れる人の波。こぼれた酒の甘い匂いと、汗と、焼けた肉の脂が混じり合って鼻を刺す。空気そのものが重く、息を吸うだけで胸の奥がざらつく。 頭がくらくらして、喉の奥がきゅっと締まった。視界の端が滲み、今にも涙がこぼれそうになる。 ――弱音を吐いてる場合じゃない。ここに立つと決めたのは、エレナ自身だ。 エレナは一度だけ、きゅっと目を閉じる。 吸って、吐いて。 肺に入った熱を、ゆっくり押し返す。耳に刺さる笑い声や食器の音を、いったん遠ざけるみたいに。 聖女見習いとして聖堂で叩き込まれた“奉仕”の基本が、思い出のように浮かんだ。相手の望みを先読みし、心を込めて応える――祈りと同じで、形だけじゃ意味がない。 ――今は、この酒場が聖堂。 ――この喧騒の中にいる客たちが、仕えるべき人々。 そう、決める。 すると不思議なほど、身体の力が抜けた。最初はぎこちなかった足取りが、次第に一定のリズムを刻み始める。お盆を支える腕の震えも、いつの間にか収まっていた。 どの卓が空になりそうか。誰の杯が軽くなっているか。酔いで声が大きくなる前に、先に寄せたほうがいい客は誰か。 喧騒は消えない。けれど、必要な声だけが、輪郭を持って耳へ届くようになる。 「はい、エールのおかわり、お待たせしました」 「こちら、空いたお皿、お下げしますね」 ハイヒールの痛みも、刺さるような視線も、今は意識の外へ押し出されていく。恥ずかしさは胸の奥でまだ燻っていたが、それより強いものがあった。 ――やるべきこと。 気づけばエレナは、ただ無心に腕を動かし、足を運んでいた。酒場の熱と笑いの渦に溶け込み、仕組みの一部になった歯車のように、滞りなく回り続ける。 その時だった。 カラカラカラーン―― 店の入口にかけられた古びた鈴が、乾いた音を立てた。 新しい客だ。 エレナはほとんど反射で、身体を入口へ向けた。 背筋を伸ばし、口角を上げ、声を作る――いつもの癖が、勝手に先に出る。 「いらっしゃいま――」 ……けれど。 その歓迎の言葉は、喉の途中で凍りついた。 扉の向こうに立っていたのは、見慣れた顔。 「エ、エ、エ、エレナさぁぁぁぁぁん!???」 「ミ、ミストさん!?」 シイナから逃げ出したのか、ミストは目をまん丸くしてエレナを指さしていた。 「な、なにやってるのですか!? こんな所で……!? しかも、そんな――破廉恥な格好で……!?」 エレナは自分の肩の露出を思い出して、胃がきゅっと縮んだ。 さっきまで“仕事”として割り切っていたはずの布の少なさが、急に現実の冷気を帯びて肌に張り付く。 「……た、助けを求められて……!」 声が裏返りそうになるのを、必死で押し込める。 こんなことをやってると知られたら大変だが やっと助けが来た。 もう大丈夫だ。ミストがいれば、きっとこの状況をなんとか―― エレナが涙目でそう訴えかけた、その時だった。 ミストは、エレナの“助けて”を受け取っていなかった。 いや、耳には届いている。けれど、心が拾っていない。 「……ふむふむ」 ミストはエレナを見ているはずなのに、見ていない。 驚きや心配ではなく、純粋な探求心の色が瞳に点っていた。研究対象を見つけた時の、あの目。 そして、懐からすっとメモ帳とペンを取り出すと、猛烈な勢いで書き始めた。 「衣装、極端に露出度の高いデザイン……これにより周囲の男性客の注意を強制的に引きつける効果を確認。視線の集中率は……推定九八・七%……。発注される酒量の単価も通常時に比べ一・三倍……? これは、経済効果と衣装の相関関係における、非常に興味深いデータ……!」 ぶつぶつ、ぶつぶつ。 完全に自分の世界へ潜り込んでしまっている。 「…………あの……ミストさん……?」 名前を呼んでも、反応は薄い。 エレナの胸の奥で、嫌な汗がじわりと滲んだ。 (いや、これ……助けじゃない。助けじゃないよね……?) (……分かったか。あれは今、“研究者”の顔だ) エレンの声は冷静で、だからこそ残酷だった。 “詰んだ”という言葉を、丁寧に言い換えただけの声。 メモを取っていたミストは、不意にペンを止めると―― ぱんっ! 手を打った。 その顔は、世紀の発見でもしたみたいに喜びで輝いている。 「いやはや、とても良い実験になりそうですね!」 ようやくエレナへ向き直る。 だけど、その目は“友達を見る目”じゃない。興味深い現象を、解剖台に載せた時の目だ。 「ですが、これではデータが足りません! そうです、観察者として記録を取るだけでは、この現象の核心には迫れない……! やはり実験とは、自らの身体でデータを取らなくては意味がないのです!!!!」 (……え? い、嫌な予感が……) エレナの背筋に、ぞわっと冷たいものが走った。 祈りでも戦いでもない、“社会的な死”の気配。 それを肯定するみたいに、ミストは高らかに、朗らかに宣言した。 「という事で!!!! マスター、います!? このミストもやりますッ!!!!!」 酒場の喧騒を突き抜ける、元気すぎる声。 一瞬、周囲の視線がまとめてこっちへ刺さる。空気が“面白そう”に傾いたのが分かる。 その言葉の意味を理解した瞬間、エレナの頭は真っ白になった。 「うぉ!!? これまたとびきり可愛い子だなぁ! ぜひお願いするよ!!」 返事が早い。速すぎる。 肯定が、問答無用で現実を固定していく。 (お、終わった……なにもかも……) エレナの心が、底の抜けた音を立てる。 (……最悪だ。制御不能な要素が、もう一つ増えた) エレンの絶望は、妙に理性的だ。 エレナの悲鳴と、エレンの冷静な絶望が、綺麗に重なった。 もはや、この状況を止められる者は――どこにもいない。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ