酒場の熱気は、すでに最高潮に達していた。
男性たちの野太い笑い声、グラスがぶつかる高らかな音、そして注文を叫ぶ声。その全てが渦を巻いて、私の思考をかき乱していく。 「うぅ……足が、もう限界……」 お盆を片手に、壁際でほんの少しだけ休憩しながら、私は悲鳴を上げそうな足をさすった。慣れないハイヒールは、私の体力を容赦なく削っていく。 (だいぶ様になってきたではないか) 頭の中から聞こえてくるのは、相変わらず冷静なエレンの声。 (でも、この格好はやっぱり恥ずかしすぎるよぉ……) (何を今更。エレナ、恥ずかしいと感じるのであれば、いっそ一つの高みを目指してみるといい) (えっ……? な、何を目指すの……?) 彼のあまりに突拍子もない提案に、私は思わず聞き返す。するとエレンは、まるで武術の師匠が弟子に奥義を授けるかのような、厳かな口調で言った。 (『無我の境地』だ。雑念を払い、己を空にする……私でさえ、容易には辿り着けなかった武芸の極みの一つだが、今の君には良い修行になるだろう) (………………) 彼の助言が、私の今の状況からあまりにかけ離れすぎていて、もはや言葉も出てこない。私の脳が完全に思考を停止させた、まさにその時だった。 「エレナちゃーん! お疲れ様!! いやー、すごく助かってるよ!!」 店の奥から、マスターが満面の笑みで駆け寄ってきた。その顔は、喜びと忙しさで上気している。 「あっ……あはは……そ、それなら良かったです……はい……」 私が引きつった笑顔でそう答えるのが精一杯だった。 「お陰様で、見ての通り今は満員御礼だ!! エレナちゃんが可愛いって噂を聞きつけて、わざわざ来てくれた人もいるみたいだし!」 「え"っ」 噂……? 私の、噂……? その一言が、私の心に直撃した。もう、恥ずかしすぎて消えてなくなりたいとまで思ってしまう。 「ということで……エレナちゃん! 悪いけど、続きを頼むよ!!」 「は、はいぃ……行って、まいります……」 私はほとんどふらふらと戦場――もとい、客席へと再び足を踏み出した。 *** 熱気と喧騒が、壁のように私にぶつかってくる。 「嬢ちゃん、こっちにエールをくれ!」 「こっちの皿、下げてくれよ!」 四方八方から飛んでくる声。人の波。アルコールの匂い。 頭がくらくらして、今にも泣き出してしまいそうだった。 (……弱音を吐いてる場合じゃないよね……私がやるって言ったんだから……!) 私は一度だけ、きゅっと目を瞑る。 そして、息を吸って、吐いて――意識を切り替えた。 聖女見習いとして、教会で学んだ奉仕の基本。それは、常に相手の望みを先読みし、心を込めて応えること。 ……今は、この酒場が私の教会。お客さんたちが、私の仕えるべき人々。 そう思うことにした。 最初はぎこちなかった足取りが、次第に一定のリズムを刻み始める。 重たいお盆を持つ腕も、震えなくなった。 どのテーブルが空になりそうか、誰が次の杯を欲しがっているか。 喧騒の中でも、必要な声だけが、不思議と耳に届くようになる。 「はい、エールのおかわり、お待たせいたしました」 「こちらの空いたお皿、お下げしますね」 ハイヒールの痛みも、突き刺さるような視線も、今はもう意識の外。 恥ずかしさは、まだ胸の奥にくすぶっている。けれどそれ以上に、「やるべきこと」に集中する意思が、私を支えてくれていた。 いつの間にか、私はただ無心に、腕を動かし、足を動かしていた。 まるで、この酒場の喧騒に溶け込む、一つの歯車になったかのように。 その時だった。 カラカラカラーン―― 店の入口にかけられた、古びた鈴が乾いた音を立てる。 新しいお客さんだ。 私はほとんど反射的に、身体を入口の方へ向けた。 「いらっしゃいま──」 けれど。 私の歓迎の言葉は、途中で凍りつく。 そこに立っていたのは、この街にいるはずのない、よく知った仲間だったから。 「エ、エ、エ、エレナさぁぁぁぁん!???」 「ミ、ミストさんっ!?」 シイナさんから逃げ出したはずのミストさんが、目をまん丸くして、私を指さしていた。 「な、なにやってるんですか!? こんな所で……!? しかも、そんな破廉恥な格好で……!」 「……助けを求められて!」 やっと助けが来た! もう大丈夫だ。ミストさんがいれば、きっとこの状況をなんとかしてくれる! 私が涙目でそう訴えかけた、その時だった。 だけど、私の涙ながらの訴えは、どうやら彼女の耳には届いていなかったらしい。 「……ふむふむ」 ミストさんは私のことなど目に入っていないかのように、一人で頷きながら呟いている。その瞳は、驚きや心配ではなく、純粋な探求心の色にきらめいていた。 彼女は懐からすっとメモ帳とペンを取り出すと、猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。 「エレナさんの衣装、極端に露出度の高いデザイン……これにより、周囲の男性客の注意を強制的に引きつける効果を確認。視線の集中率は、推定98.7%……。発注される酒量の単価も、通常時に比べ1.3倍に……? これは、経済効果と衣装の相関関係における、非常に興味深いデータ……!」 ぶつぶつと、完全に自分の世界に入ってしまっている。 「…………あの……ミスト、さん……?」 私の、か細い声が彼女に届く気配は、全くなかった。 ぶつぶつと呟きながらメモを取っていたミストさんだったけど、不意にペンを止めて、ぱん!と手を打った。 その顔は、世紀の大発見でもしたかのように、喜びに輝いている。 「いやはや、とても良い実験になりそうですね!」 彼女は、ようやく私の方を向いて、満面の笑みで言った。 でも、その目は私を心配しているのではなく、興味深い「実験対象」を見つめる目だった。 「ですが、これではデータが足りません! そうです、観察者として記録を取るだけでは、この現象の核心には迫れない……! やはり実験とは、自らの身体でデータを取らなくては意味がないのです!!!!」 (……え? い、いやな予感が……) 私の心に生まれた、かすかな不安。 それを肯定するように、ミストさんは高らかに、そして朗らかに、こう宣言した。 「という事で!!!! マスターさん、いらっしゃいますか!? このミストもやりますッ!!!!!」 酒場の喧騒を突き抜ける、彼女の元気な声。 その言葉の意味を理解した瞬間、私の頭は真っ白になった。 「うぉ!!?これまたとびきり可愛い子だなぁ!いいでしょう!!!ぜひお願いします!!」 (お、終わった……。なにもかも……) (……最悪だ。制御不能な要素が、もう一つ増えた……!) 私の心の悲鳴と、エレンの冷静な絶望が、綺麗に重なった。 もはや、この状況を止められる者は、どこにもいない。大神殿へと続く、長く、美しい石畳の道。その荘厳な雰囲気とは裏腹に、私たちの周りには今、冷たい緊張感が張り詰めていた。 「待て!!! 止まれ!!」 どこからともなく現れた屈強な騎士の一団が、私たちを取り囲み、その鋭い切っ先をこちらへ向けている。 「……これはどういうことだ?」 シイナさんが、冷静さを保ちながらも、警戒を露わにして問いかけた。 「すまないが、君たちの入国は許可できなくてね。この国へ通した手前、悪いが、君を幽閉させてもらう」 騎士団のリーダーらしき人が、無感情な声でそう言うと、その指はまっすぐに私を指し示した。 ど、どういうこと……? 私の頭は、真っ白になった。 「ま、待ってください!!! 私は何も悪いことなんてしていませんよ…!?」 「これから起きるのです。ですので、一度、あなたを捕らえます」 これから……? この人は、一体何を言っているのだろう。未来のことなんて、誰にも分からないはずなのに……。 「『これから……起きる』……?」 シイナさんが、怪訝な顔でその言葉を繰り返す。 「ちょっと待ってくれ、それはどういうことだ?納得のいく説明をしてもらいたい」 「そうだぜ!! なにもやってねぇのに、『これから起きるから』なんて訳の分からねぇ理由でエレナを捕まえるなんて、理不尽にもほどがあるだろうが!?」 グレンさんの怒声が、静かな街に響き渡った。 「これは『暗明の聖女』様からの、絶対なるご指示だ。『金髪の女性……いや、聖女見習いがこの国に来たら、捕らえろ』とね」 「あの方様には、未来が見える。『未来予知』の力をお持ちなのだ。そして、『金髪の聖女が、この国に厄災をもたらす』と、そう予知なされた。」 私が、聖女見習いであることが知られてる……? それに、私を……捕らえる? 暗明の聖女という人の、命令で? 一体、何がどうなっているのか、全く理解が追いつかなかった。 (暗明の聖女の指示……? それに未来が見えるだと?) エレンの、鋭い声が心に響く。 「ちょっと待ってください」 ミストさんが、すっと一歩前に出た。いつもの彼女からは想像もできないほど、真剣で、知的な光を宿した瞳だった。 「何故、エレナさんが捕らえられなければならないのか、せめてその理由を、論理的に説明していただけませんか」 「『暗明の聖女』様には、未来
へレフィア王国へ向かう船旅は、驚くほど穏やかだった。海は陽光を受けて宝石のようにきらめき、波は柔らかく船体を持ち上げては下ろす。その規則正しい揺れが、心臓の鼓動と重なって、妙な安心感を与えてくれる。潮風は冷たく、けれど鼻を抜けるとどこか甘さを含んでいて、これから訪れる新しい土地の匂いを運んでくるかのようだった。しばらく進むと、視界の先に大きな船影が現れる。白銀の装飾をまとい、陽を浴びて輝くその姿は、海の上を行く巨大な聖堂のよう。あれが、へレフィア王国の騎士団の船――。私たちの船が近づくと、操舵手さんが甲板に立ち、胸を張って声を張り上げた。「騎士団の皆さん! お疲れ様です!」その呼びかけに、鎧を着込んだ騎士が姿を現す。鉄靴が甲板を打つ音さえ、威厳を帯びていた。「お疲れ様でございます。……そちらの方々は、見ぬ顔のようですが?」「彼らはナヴィス・ノストラのギルド受付嬢の推薦を受け、へレフィア王国へ向かっているところです!」操舵手さんが誇らしげに言うと、騎士団の人たちは一瞬だけ視線を交わし、そして私たちに柔らかな笑みを向けてくれた。「なるほど。あの方の推薦であれば、何も問題はございません。――へレフィア王国への上陸を許可します」(やっぱり……エレン、あの受付嬢さん、すごい人なんじゃない?)(ああ。ギブソンにも物怖じせぬ胆力、そして王国騎士団すら動かす信頼。ふむ……市井に埋もれさせておくには惜しい人材だ)エレンの声が、少しだけ感心を含んで響く。私は胸の奥で頷き、改めて、あの受付嬢さんに助けられたことを深く感謝した。「では、失礼します!」「皆様も、王国で実りある日々を」騎士の言葉に見送られ、船は再び速度を上げる。風が強まり、白い飛沫が甲板に散った。***やがて船着き場が近づき、仲間たちは次々と下船していった。私は最後に、木の板を踏みしめて石畳の港へ降り立つ。潮の匂いに混じって、どこか清冽な空気が流れ込んでくる。深呼吸すると、胸の奥に冷たさと同時に清らかな熱が広がるようだった。顔を上げた瞬間、言葉が喉に詰まった。――空が、狭い。正確には、空を覆い隠すかのようにそびえる建物のせいだ。天を貫くほどの巨大な大聖堂。その壁はクリーム色に近い温かな白で築かれ、どこまでも高く伸びている。首が痛くなるほど見上げても、その頂は霞に隠れて見えない
**────エレナの視点────** いくつもの船が停泊する港町。その一角にあるギルドの内部で、私たちは今回の依頼の完了報告と、捕らえた海賊たちの引き渡しを行っていた。 「この度は……本当に、本当にすみませんでした……!」 カウンターの向こうで、依頼をくれたあの受付嬢さんが、深く深く頭を下げていた。その声は、申し訳なさで震えている。 「い、いえ!大丈夫ですっ!どうか、頭を上げてください……!」 私は慌ててそう言った。彼女が悪いわけじゃないのに、そんなに謝られるとこっちまで恐縮しちゃう。 「いえ……今回の不備は、完全に我々ギルドの不手際によるものです。まさか、あの『紅の海蛇』の内通者が、ギルド所属の操舵手に紛れていたなんて……」 「確かに、それはそちらの不手際だ」 今まで黙っていたシイナさんが、厳しい声でそう言った。ピリッ、と空気が少しだけ緊張する。でも、彼の言葉はすぐに和らいだ。 「だが、結果として依頼は達成できた。今後はこのようなことが無いよう、人員管理を徹底してくれればそれでいい」 「……お言葉もありません。そのお詫びと言ってはなんですが、皆様をへレフィア王国へ渡れるよう、こちらで手配いたします」 受付嬢さんの口から、思いもよらない言葉が飛び出した。 「な、なに!?それは本当だろうか!?」 シイナさんが、思わずといった様子で声を上げる。 「ええ。私、へレフィア王国の出身ですから。そのくらいの融通は利かせられます」 「きっと、明日にはへレフィア王国へと渡れるでしょう」 彼女はそう言って、少しだけはにかんだ。 へレフィア王国へ……。 その言葉が、私の胸に温かく染み渡っていく。 もうすぐ……もうすぐ、お母様に会えるんだね……。 ずっと張り詰めていた気持ちが、ふっと軽くなるのを感じた。 今まで、一度もへレフィア王国へいったこ (エレナ……二人で、君の母君に挨拶を済ませよう) エレンの、優しくて力強い声が響く。 (うん……) 私は、心の中で強く頷いた。 「そういえばなのですが」と、受付嬢さんが思い出したように付け加えた。 「あなた方が連れてこられた、ギブソンという海賊ですが……彼は船の器物破損、及びギルド所属船への無断乗船の罪で、現在、地下牢に幽閉中です」 (そ、そうなんだ……) あの人のことを考えると、正直、少
エレンがマリーたちを捕らえてくれた後、私たちは船内の物陰でそっと入れ替わった。荒れた甲板の中心で、マストに縛られている大海賊マリーさんと向き合う。さっきまでの喧騒が嘘のように、船の上は静かだった。 ふと、一つの疑問が浮かぶ。 「そういえば……他の海賊船はどうしたんですか?」 私の問いに、グレンさんがニカッと笑って答えてくれた。 「おう!俺が派手に一隻沈めてやった後、ギブソンの奴が潜って、もう一隻の船底に風穴開けてやったのさ!」 (そんな事になってたんだ……) エレンとマリーさんが戦っている間に、そんな激しい戦闘が繰り広げられていたなんて。グレンさんは、さらに得意げに言葉を続ける。 「残りの一隻は、シオンの奴が一人で静かに潰してたぜ」 「ああ。だが、最後の船は勝ち目がないと見て逃走した。……詰めが甘かったな」 冷静に補足してくれたのはシイナさんだった。それを受けて、ギブソンさんが吐き捨てるように言う。 「海賊なんてそんなもんさ。裏切りは日常茶飯事よ。どうせまたどこぞのバカと手を組むだけだ」 逃げた船もいるんだ……。でも、それよりも気になることがあった。 「あの、沈没した船に乗っていた海賊の方たちは……?」 (悪い事をした人達だけど……命が失われることは、やっぱり嫌だから……) 私の心からの祈りにも似た呟きに、エレンが優しく応えてくれる。 (そうだな。君のそういうところは、美徳だと思う) その時、ミストさんが「ご安心を!」とでも言うように、ぱっと明るい声を上げた。 「エレナさんが心配すると思って、全員きっちり捕獲済みですよ!」 (良かった……) ミストさんの言葉に、私は心の底からほっとした。 その声で意識が戻ったのか、マリーさんが呻きながら顔を上げた。 「くそ……この私が、こんな奴らに捕まるとはね……」 その悔しそうな声を聞き、それまで黙っていたギブソンさんがズカズカと彼女の方へ歩いていく。 「よォ、マリー。随分と派手にやってくれたじゃねえか」 「……ギブソンか。今更何の用だい」 「決まってんだろ。俺から奪っていったモンを、きっちり返してもらうだけだ」 ギブソンさんはそう言うと、どこからか取り出した巨大な斧をその手に構えた。危ない! 「待ってくれ!俺たちの依頼は海賊の掃討だ!捕まえたのなら命まで奪う契約ではない!
私は再び剣を構え、マリーへと踏み込んだ。「はっ!!!」踏み込みと同時に、刃を振り下ろす。「甘いな!!」マリーは後退しながら、あの奇妙な銃を私に向けて連射する。赤い宝石が、唸りを上げて空を切り裂いた。一発目を身を翻して避ける。二発目は背後の船のマストを盾にする。直後――凄まじい衝撃と共に、盾にしたはずの柱が内側から弾け飛んだ。木片が、雨のように降り注ぐ。「……!」私は目を細める。「柱を貫くか……!とてつもない威力だ」正直に認めざるを得ない。「当たったら耐えられんな」だが、脅威はその程度だ。「放つ武器と理解したら」私は、マストの残骸を蹴りつける。「そこまでだ」煙幕のように舞い上がる木屑の中から、私は飛び出した。予測通り、マリーは再び銃口をこちらへ向ける。引き金に指がかかる。しかし――もう遅い。迫り来る宝石の弾丸。私は腰に差していた短剣を抜き、その側面を叩き斬るように弾いた。甲高い音を立てて、弾丸は明後日の方向へと飛んでいく。海の彼方へと消えた。「はっ!??」マリーの目が、大きく見開かれる。「斬っただと!?」彼女の顔に、初めて純粋な驚愕が浮かんだ。その一瞬の硬直が――命取りだ。「隙を見せたな!!」一気に距離を詰める。風が、頬を撫でた。「そんなモノに頼っているからだ!!」がら空きになった胴体へ、容赦なく膝蹴りを叩き込む。「ぐぅぅ……!!」マリーは苦悶の声を漏らし、くの字に折れ曲がって吹き飛んだ。船の甲板を転がり、マストにぶつかる。だが――それでも体勢を崩しながら、執念で銃を向けてくる。二発、三発。赤い閃光が、立て続けに放たれた。「ふっ!!」一発目を剣の腹で受け流す。「はっ!!」二発目も同様に。巧みに軌道を変えてやった。狙いは――彼女が守るべき背後の部下たちだ。「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」仲間が放った弾丸に太ももを貫かれ、海賊が倒れる。「がぁっ……!!」もう一人も、肩を押さえて崩れ落ちた。その無様な光景を眺め、私は周囲の敵を見回す。「さぁ」剣を軽く振る。「お前たちも掛かってくるといい」挑発の言葉。案の定、効果は覿面だった。「くそ!!バカにしやがって!!」逆上した海賊たちが、やみくもに斬りかかってくる。素人じみた剣戟。力任せの振り下ろし。私はその全てを最小
ギブソンの怒号が、炎と煙の渦巻く甲板に響く。 「船の炎を消せぇぇぇぇ!!!」 だが、その声は空しく、火勢は衰える気配もない。状況は最悪だ。その絶望に追い打ちをかけるように、巨大な船影が波を割って迫る。その船首には、おぞましい蛇の紋様が彫られていた。 「ひゃひゃひゃひゃ!!! 俺たちに喧嘩を売るとは、馬鹿か!? しかも、そのザマじゃあ、海の上での戦いは素人のようだなァ!!」 敵船から飛んでくる下卑た嘲笑。その声の主を視界に捉えた瞬間、全ての状況が一本の線で繋がった。 「そういうことか……!あの操舵手め!!」 敵の甲板で不快な笑みを浮かべているのは、つい先ほどまで我々の船の舵を握っていた男だった。どうりで動きが鈍いと思った。初めから、我々をここに誘い込むための芝居だったというわけだ。 (つまり……さっきの人が情報を流してたから、孤島から姿を消してた…ってこと!?) エレナの驚きに満ちた声が、思考に割り込んでくる。私は内心の舌打ちを隠しながら、静かに肯定した。 (ああ……。そのようだ) 裏切り者は、隣に立つ屈強な女海賊へ向き直り、大声を張り上げた。 「姐さん!!! 大砲の準備、完了したぜ!!」 「よし……。――放て!!!!」 女――あの船団の頭だろう――は、短い命令を下す。無駄のない、冷徹な声だった。 「おい!!マリー!!いくらなんでもこれはひでぇだろうが!!!」 ギブソンが女の名を叫ぶ。知り合いか。だが、マリーと呼ばれた大海賊は、一切動じることなく言い放った。 「黙れカスめ……!お前たちにはここで死んでもらう」 あの瞳、あの声。交渉の余地はない。純粋な殺意だ。 「ちぃ!!」 覚悟を決めるしかない。この状況、予期すべきだった。 「やはり私が付いてきて正解だったようだな……!」 こうなる可能性を考えれば、戦力は一人でも多い方がいいに決まっている。私は即座に傍らのシオンへ指示を出す。 「シオン、頼みがある」 「わかりました……!して、何をすれば…!」 話が早いのは、何より助かる。 「私に、風属性を纏わせてくれ!私があの大海賊の元へ直接殴り込みに行く!」 「しかし、それは非常に危険では…いえ、あなたの強さは我々がいちばん知ってますね…!了解しました」 一瞬の躊躇の後、シオンは力強く頷いた。それでいい。頭を潰すのが、この状