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第41話:ミストの拷問

Penulis: 渡瀬藍兵
last update Terakhir Diperbarui: 2025-08-01 11:30:00

月光だけが、無慈悲に勝敗を照らし出す。

夜風が頬を撫で、辺りにはもはや、呻き声一つなかった。折り重なるように倒れる男たちを一瞥し、私は静かに息を吐く。

(……さすがだね、エレン)

(……手応えのない連中だったな)

彼の静かな思考に、わずかな物足りなさが滲む。

その時だった。沈黙した戦場の向こうから、一つの気配が急速に近づいてくるのが分かった。

(む……この気配は)

(え、どうしたの?)

(代われ、エレナ。ミストが来る)

(本当!? うん、わかった!)

意識が切り替わる寸前、彼の思考がわずかに揺れた。

(気にするな。君を守るための、務めのようなものだ)

──────

エレナ視点

──────

「ごめんね、エレン。せっかく代わってもらったばかりなのに……」

(……問題ないさ)

彼のぶっきらぼうな、けれど確かな信頼がじんわりと胸に広がる。

その温かさをかみ締めていると、夜の闇を切り裂くように、弾むような声が届いた。

「エレナさーーん!! ご無事ですかぁっ!!」

「ミストさん! はい、私は大丈夫です! そちらこそ、ご無事で!?」

駆け寄ってきた彼女は、私の無事を確認すると、すぐに足元に広がる惨状に気づき、その目をまんまるに見開いた。

「はい! 私は全員、眠っていただいただけですので……って、わっ!? エレナさん、この方たちは……まさか、ぜんぶお一人で?」

「あ、いえっ! ち、違います! たまたま通りかかった、見知らぬ方が助けてくださって……!」

「で、ですよねぇ! いやはや、それにしても……これはとんでもない手練れの仕業ですよ〜!」

「は、はい……。本当に、息を呑むほどお強い方でした……」

(ふふっ。君もずいぶん、嘘が上手くなったじゃないか)

(も、もう! エレンまでからかわないでよ!)

心の中でぷんすかしていると、ミストさんはふむふむと一人で納得したように頷いていた。

「さて、エレナさん。これからどうしましょうか。私としては――なぜ、あの子が狙われていたのか、きっちり情報を引き出したいところなんですけど」

ミストさんの視線が、倒れている男たちへと注がれる。そうだ、忘れるところだった。

「うん……私も、それが一番気になる。それに、あの子がどうしてあんなに傷だらけだったのかも……。ちゃんと、説明してもらわないと」

「では、えーっと……」

ミストさんは倒れている男たちを、まるで市場で野菜でも選ぶかのように品定めし始める。

「……この人が、一番丈夫そうでいいですね!」

「えっ!? な、何をするおつもりですか……?」

「まぁまぁ、ご覧になっててくださいっ!」

言うが早いか、ミストさんは選んだ男を壁際に引きずって座らせると、その両手に淡く光る水球を生み出した。それは見る間に膨れ上がり、人の頭ほどもある巨大な水の塊となる。

「はーい!朝ですよー! 起きてくださーい!」

そんなセリフとは裏腹に、彼女は一切の躊躇なく、その巨大な水球を男の顔面に叩きつけた。

「ごぶっ、ごぼぼぼぼっ……!!」

(ひっ……!?)

叩きつけられた、というより、水が顔面に「張り付いた」ように見える。男は水中でもがくように手足を暴れさせ、必死にそれを引き剥がして、ようやくぜえぜえと呼吸を取り戻した。

「おや、お目覚めですね!!!」

「ミストさん……あの、やり方が……すこし、怖いです……」

「うーん、自覚はあります! でも、こういう手合いは、優しくしても絶対に口を割りませんからねっ!」

彼女はにこりと笑う。でも、その笑顔の裏側が、氷みたいに冷たいことを私は知っている。

(……これは尋問ではないな。拷問だ)

(うん……)

「ゲホッ……ゴホッ……! て、てめぇら……いきなり何しやがる……!!」

ようやく状況を理解したのか、男が私たちを睨みつけてくる。

「あ、あの、銀髪の化け物みてぇな女はどこに行ったんだ……!」

「銀髪の女性ですか? さぁ、存じませんねぇ。……エレナさん、助けてくださったのって、もしかして銀髪の方でした?」

「……あっ、は、はい! そうです、綺麗な銀髪の方でした!」

うわわっ、とっさに話を合わせちゃった!

で、でも、これでエレンの正体がバレる心配はない……はずだよね?

「ふむふむ。その方の話は、今は置いておきましょうか」

ミストさんは、こてんと首を傾げた。その瞳は、ぜんぜん笑っていない。

「それよりも、お兄さん。少し、お話をお伺いしたいんですよ」

「ふざけるな……! 誰がてめぇなんかに、口を割るかよ……!!」

「ですよねぇーっ!!!」

即答だった。

ミストさんの返事と同時に、再び巨大な水球が男性の頭を完全に包み込む。

苦しげに手足が暴れるけれど、水の球はまるで粘着質なスライムのように、顔に張り付いて離れない。

(……こ、これ、息ができないんじゃ……)

(ああ。死にはしない。だが、死の淵を覗かせる……そういうやり方だ)

エレンの静かな言葉が、事実だけを告げる。

私には……できない。こんなやり方、絶対に。

(……もうちょっと、優しく説得するとか……できないのかな)

(……エレナ。君の気持ちは、痛いほど分かる。……だがな。言葉が、届かない相手もいるんだ。悲しいが、これも現実だ)

(……うん……)

「ごぼぼぼっ……!!」

限界が来たのを見計らって、ミストさんが再び水球をパチンと弾けさせる。

「ゲホゲホッ……!! お、お前……イカれてんのか……!!?」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった男が、絶叫する。

それに対して、ミストさんは氷の刃のような微笑を浮かべたまま、静かに告げた。

「ええ、ええ。苦しいですよね、分かりますとも。――なら、早く楽になった方が、身のためですよ?」

その姿は、もう私の知っている優しいミストさんじゃなかった。

慈愛に満ちた仮面の下に、ずっと冷たい何かを隠し持っていたみたいで……私はただ、息を呑むことしかできなかった。

「くっ……くそっ……!! 口を割ったら……俺が……俺が消されちまうんだ……!!」

男の悲痛な叫びに、心臓がどきりと跳ねた。

け、消される……!?

誰に? どうして……?

頭の中で、最悪の想像が渦を巻く。

「なるほど。“消される”、ですか」

ミストさんが、どこか面白そうに小さく呟く。その瞳は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、無邪気で……冷酷だ。

「……ああ!! だから頼む!! 見逃してくれ!!」

男の懇願が終わるより早く、ミストさんの指が軽やかに宙を舞う。

ぴしゃん。

三度、水が男の呼吸を奪う。

「……っ!!!」

今度はもう、声にならない悲鳴だけ。地面を爪が引っ掻き、足が虚空を蹴り上げる。

私は……もう見ていられなくて、ぎゅっと目を瞑った。

「ぶはぁっ……!! ゲホゲホゲホッ……!!」

投げ出された魚のように喘ぐ男に、ミストさんはそっと寄り添い、穏やかに語りかける。

その声色だけが、あまりにも穏やかだった。

「さぁ、教えてください。誰に“消される”んですか? この平和な街で、そんな物騒な言葉が聞けるなんて……驚いてしまいましたよ、私」

「ま、待ってくれ!! わ、わかった! 少し……少しだけ、時間を……!」

「…………十秒、待ちます」

「じゅ、十秒ぉ!? そ、そんな……!」

「…………九」

無慈悲なカウントダウンが、静寂に響く。

男性の顔が絶望に歪み、観念したように、ついにその口が開かれた。

「……っ! この街の――……領主だ!!!」

「…………!」

凍りついたのは、空気だけじゃなかった。私の心も、思考も、全てが。

「領主さんが……そんな、ことを……?」

信じられない。この街を守るべき立場の人が、どうして……。

言葉を失う私の中で、エレンが静かに結論付けた。

(……領主か。なるほどな。思ったより、根が深い問題らしい)

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