LOGIN月光だけが、無慈悲に勝敗を照らし出す。
夜風が頬を撫で、辺りにはもはや、呻き声一つなかった。折り重なるように倒れる男たちを一瞥し、私は静かに息を吐く。 (……さすがだね、エレン) (……手応えのない連中だったな) 彼の静かな思考に、わずかな物足りなさが滲む。 その時だった。沈黙した戦場の向こうから、一つの気配が急速に近づいてくるのが分かった。 (む……この気配は) (え、どうしたの?) (代われ、エレナ。ミストが来る) (本当!? うん、わかった!) 意識が切り替わる寸前、彼の思考がわずかに揺れた。 (気にするな。君を守るための、務めのようなものだ) ────── エレナ視点 ────── 「ごめんね、エレン。せっかく代わってもらったばかりなのに……」 (……問題ないさ) 彼のぶっきらぼうな、けれど確かな信頼がじんわりと胸に広がる。 その温かさをかみ締めていると、夜の闇を切り裂くように、弾むような声が届いた。 「エレナさーーん!! ご無事ですかぁっ!!」 「ミストさん! はい、私は大丈夫です! そちらこそ、ご無事で!?」 駆け寄ってきた彼女は、私の無事を確認すると、すぐに足元に広がる惨状に気づき、その目をまんまるに見開いた。 「はい! 私は全員、眠っていただいただけですので……って、わっ!? エレナさん、この方たちは……まさか、ぜんぶお一人で?」 「あ、いえっ! ち、違います! たまたま通りかかった、見知らぬ方が助けてくださって……!」 「で、ですよねぇ! いやはや、それにしても……これはとんでもない手練れの仕業ですよ〜!」 「は、はい……。本当に、息を呑むほどお強い方でした……」 (ふふっ。君もずいぶん、嘘が上手くなったじゃないか) (も、もう! エレンまでからかわないでよ!) 心の中でぷんすかしていると、ミストさんはふむふむと一人で納得したように頷いていた。 「さて、エレナさん。これからどうしましょうか。私としては――なぜ、あの子が狙われていたのか、きっちり情報を引き出したいところなんですけど」 ミストさんの視線が、倒れている男たちへと注がれる。そうだ、忘れるところだった。 「うん……私も、それが一番気になる。それに、あの子がどうしてあんなに傷だらけだったのかも……。ちゃんと、説明してもらわないと」 「では、えーっと……」 ミストさんは倒れている男たちを、まるで市場で野菜でも選ぶかのように品定めし始める。 「……この人が、一番丈夫そうでいいですね!」 「えっ!? な、何をするおつもりですか……?」 「まぁまぁ、ご覧になっててくださいっ!」 言うが早いか、ミストさんは選んだ男を壁際に引きずって座らせると、その両手に淡く光る水球を生み出した。それは見る間に膨れ上がり、人の頭ほどもある巨大な水の塊となる。 「はーい!朝ですよー! 起きてくださーい!」 そんなセリフとは裏腹に、彼女は一切の躊躇なく、その巨大な水球を男の顔面に叩きつけた。 「ごぶっ、ごぼぼぼぼっ……!!」 (ひっ……!?) 叩きつけられた、というより、水が顔面に「張り付いた」ように見える。男は水中でもがくように手足を暴れさせ、必死にそれを引き剥がして、ようやくぜえぜえと呼吸を取り戻した。 「おや、お目覚めですね!!!」 「ミストさん……あの、やり方が……すこし、怖いです……」 「うーん、自覚はあります! でも、こういう手合いは、優しくしても絶対に口を割りませんからねっ!」 彼女はにこりと笑う。でも、その笑顔の裏側が、氷みたいに冷たいことを私は知っている。 (……これは尋問ではないな。拷問だ) (うん……) 「ゲホッ……ゴホッ……! て、てめぇら……いきなり何しやがる……!!」 ようやく状況を理解したのか、男が私たちを睨みつけてくる。 「あ、あの、銀髪の化け物みてぇな女はどこに行ったんだ……!」 「銀髪の女性ですか? さぁ、存じませんねぇ。……エレナさん、助けてくださったのって、もしかして銀髪の方でした?」 「……あっ、は、はい! そうです、綺麗な銀髪の方でした!」 うわわっ、とっさに話を合わせちゃった! で、でも、これでエレンの正体がバレる心配はない……はずだよね? 「ふむふむ。その方の話は、今は置いておきましょうか」 ミストさんは、こてんと首を傾げた。その瞳は、ぜんぜん笑っていない。 「それよりも、お兄さん。少し、お話をお伺いしたいんですよ」 「ふざけるな……! 誰がてめぇなんかに、口を割るかよ……!!」 「ですよねぇーっ!!!」 即答だった。 ミストさんの返事と同時に、再び巨大な水球が男性の頭を完全に包み込む。 苦しげに手足が暴れるけれど、水の球はまるで粘着質なスライムのように、顔に張り付いて離れない。 (……こ、これ、息ができないんじゃ……) (ああ。死にはしない。だが、死の淵を覗かせる……そういうやり方だ) エレンの静かな言葉が、事実だけを告げる。 私には……できない。こんなやり方、絶対に。 (……もうちょっと、優しく説得するとか……できないのかな) (……エレナ。君の気持ちは、痛いほど分かる。……だがな。言葉が、届かない相手もいるんだ。悲しいが、これも現実だ) (……うん……) 「ごぼぼぼっ……!!」 限界が来たのを見計らって、ミストさんが再び水球をパチンと弾けさせる。 「ゲホゲホッ……!! お、お前……イカれてんのか……!!?」 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった男が、絶叫する。 それに対して、ミストさんは氷の刃のような微笑を浮かべたまま、静かに告げた。 「ええ、ええ。苦しいですよね、分かりますとも。――なら、早く楽になった方が、身のためですよ?」 その姿は、もう私の知っている優しいミストさんじゃなかった。 慈愛に満ちた仮面の下に、ずっと冷たい何かを隠し持っていたみたいで……私はただ、息を呑むことしかできなかった。 「くっ……くそっ……!! 口を割ったら……俺が……俺が消されちまうんだ……!!」 男の悲痛な叫びに、心臓がどきりと跳ねた。 け、消される……!? 誰に? どうして……? 頭の中で、最悪の想像が渦を巻く。 「なるほど。“消される”、ですか」 ミストさんが、どこか面白そうに小さく呟く。その瞳は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように、無邪気で……冷酷だ。 「……ああ!! だから頼む!! 見逃してくれ!!」 男の懇願が終わるより早く、ミストさんの指が軽やかに宙を舞う。 ぴしゃん。 三度、水が男の呼吸を奪う。 「……っ!!!」 今度はもう、声にならない悲鳴だけ。地面を爪が引っ掻き、足が虚空を蹴り上げる。 私は……もう見ていられなくて、ぎゅっと目を瞑った。 「ぶはぁっ……!! ゲホゲホゲホッ……!!」 投げ出された魚のように喘ぐ男に、ミストさんはそっと寄り添い、穏やかに語りかける。 その声色だけが、あまりにも穏やかだった。 「さぁ、教えてください。誰に“消される”んですか? この平和な街で、そんな物騒な言葉が聞けるなんて……驚いてしまいましたよ、私」 「ま、待ってくれ!! わ、わかった! 少し……少しだけ、時間を……!」 「…………十秒、待ちます」 「じゅ、十秒ぉ!? そ、そんな……!」 「…………九」 無慈悲なカウントダウンが、静寂に響く。 男性の顔が絶望に歪み、観念したように、ついにその口が開かれた。 「……っ! この街の――……領主だ!!!」 「…………!」 凍りついたのは、空気だけじゃなかった。私の心も、思考も、全てが。 「領主さんが……そんな、ことを……?」 信じられない。この街を守るべき立場の人が、どうして……。 言葉を失う私の中で、エレンが静かに結論付けた。 (……領主か。なるほどな。思ったより、根が深い問題らしい)────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ







