登入夜の冷気が澱む石畳の上で、何者かがばたばたと無様に藻掻いていた。だが、それを踏みつけるエレンの足は微塵も揺るがない。顔面を冷徹に押さえつけるその一脚は、細身な外見に似合わぬ重みを伴い、眼下の者の逃げ道を完全に塞いでいた。
「は、離せ!! 私様は、貴様とは身分が違うんだぞ!! 身の程を弁えろ!」 またしても投げつけられた似たような罵声に、エレンは小さく息を吐き出した。 「はぁ……」 そして、ゆっくりと足の力を緩める。 「ふ、ふん!! ようやく……」 男が安堵の声を漏らしかけた、直後だった。 顔を起こしかけた横面へ、エレンの蹴りが容赦なく叩き込まれる。 「ぶへぇ!?」 短い悲鳴とともに、その身体が石畳の上を無様に転がった。 『私の身体でそんな悪者みたいな動き、本当にやめて……。それに可哀想だよ……』 「さてな。別に命を奪うわけではあるまい。それに、ちゃんと手加減済みだ」 『エレン……そういう問題じゃないから……』 転がった男は、そのまま建物の壁へ激突した。鈍い音が夜の路地に響き、衝撃で深く被っていたフードが外れる。 露わになったのは、薄汚れた金髪だった。月明かりを受けたその下では、首元に覗く衣服の仕立てだけが妙に上等で、くたびれた外套とひどく噛み合っていない。 「ふむ。口ぶりから、もしやとは思ったが……やはり没落貴族か」 「黙れ……!! 貴様、聖堂騎士のエレンだな!? なぜこんな所にいる!!」 「さぁな? お前に話す義理もない。この足が汚いという言葉を撤回すれば、考えてやらんこともないが」 『いったいどれだけ引きずってるの……。って、そんなことより、話す気もないくせに!! 嘘はいけないんだよ!?』 (やれやれ……。今日は一段とよく喋るものだ) 『今、明らかに心の中でため息ついたでしょ!』 エレンは返事の代わりに、転がったままの男へ視線を落とした。石畳に肘をついたその姿は、先ほどまでの尊大な物言いとは裏腹に、ひどく締まりがない。 『大丈夫だ。こういう、なにか後ろ盾がありそうな奴が、素直に自分の目的を話すとは思えん』 『後ろ盾?』 男は蹴られた部位を触って確かめる。 「くっ……!! このぉ……!! 私様に手を出したなぁ……!!」 (……没落貴族。その名の通り、落ちぶれた貴族だ。だが、プライドだけは一丁前に残っているらしいな。ならば――揺さぶってみるか) エレンは男を見下ろし、ことさらに興味のない、冷ややかな声で言った。 「だからどうした? お前は没落貴族だろう? 家を潰した無能か、あるいは家名ごと切り捨てられる程度の愚か者か……まあ、どちらにせよ大差ないな」 そこで一度言葉を切る。口元に浮かんだのは、冷え切った薄笑いだった。 「今、床に転がっている無様なお前にはやれることなど、何もないだろう?」 鼻で笑う、その芝居がかった仕草まで添えて、エレンは揺さぶりをかける。 (さぁ、どうでる?) 「き、き、き、きさまぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「そんなに青筋を浮かべてどうした? 事実を言われて腹が立ったか?」 男の顔がみるみるうちに赤く染まる。次の瞬間、地面へ叩きつけられた拳が、石畳に鈍い音を立てた。 一度ではない。二度でもない。 何度も、何度も。 拳の皮が裂け、血が滲んでもなお、その手は止まらない。石畳を打つ音だけが、夜気の中でやけに乾いて響いた。 「貴様はここで殺す!!」 貴族がエレンへ向かって手をかざす。掌から、赤い炎の玉が放たれた。 だが、エレンは即座に剣を抜き放っていた。白刃が閃き、炎の射角だけを正確に斬り上げる。軌道を変えられた火球は夜空へと逸れ、そのまま頭上で炸裂した。 散った火の粉が、黒い天幕に一瞬だけ色を差す。 「まるで花火だな」 「ど、どこまで私様を馬鹿にしおって……!!!!」 (完全に頭に血が上っている。さて、捕らえるか) エレンがもう一度、貴族へ視線を据える。跳躍の気配は、ほんの一瞬。 その直後だった。 「なに!?」 男の背後から、人型の魔物が襲来した。 振り下ろされた剣が、一直線にエレンを裂こうと迫る。だが、エレンは剣の腹でそれを受け止めていた。金属同士がぶつかり合う鈍い衝撃が、夜気を震わせる。 (魔物……。シイナたちが相手にしている群れから、抜けて来たか?) そう判断しかけ、即座に切り替える。 (いや、違うな。少なくとも、この人型の魔物は群れにいなかった。となると、別の目的で来た魔物……か。それも新種と来た) ──まるで闇をそのまま皮膚へ塗り固めたような表皮。頭には屈折した角が生え、上半身も下半身も異様な筋肉で膨れ上がっている。その背には、悪魔じみた大きな羽。何より目を引くのは、フランベルジュめいた波打つ刃の、真紅の剣だった。 『何この魔物……! 見たことない……!』 「サクリファイス!! そいつは私様を愚弄に愚弄を重ねた!! そいつを殺せ!!」 貴族は吊り上がった目のまま、そう叫んだ。 (魔物に、指示だと? やはりこいつが何か絡んでいるな) サクリファイスと呼ばれた魔物が、叩きつけた剣へさらに力を込めて押し込んでくる。押し合いになれば不利――その認識へ切り替わるのは早かった。エレンは、支えていた力を唐突に抜く。 拮抗が崩れた。 押し込むことだけに重みを預けていたサクリファイスの体が、不意に前のめりになる。 「そらっ!!」 倒れ込むように落ちてきた剣筋を躱しざま、エレンの肘がサクリファイスの顔面へ強烈に叩き込まれた。 「が、ァァッ!!」 鈍い衝突音が響く。肘打ちをまともに受けたサクリファイスの巨体は仰向けに倒れ、石畳を大きく震わせた。 エレンは間を置かず、その場から跳躍した。倒れたサクリファイスの胸部へ、剣を真っ直ぐ突き立てようとする。 「ッ!?」 だが、サクリファイスは仰向けのまま無理やり羽を羽ばたかせ、強引にその場を離脱した。 「ひぃ……!?」 「ば、馬鹿者!! 私に当たる気か!!」 「ちっ、外したか」 舌打ちとともに、エレンの体が石畳へ着地する。 離脱したサクリファイスは、そのまま貴族の真上へ回り込んだ。次の瞬間には、真紅の剣を構え直し、再びエレンへ向かって突撃してくる。 エレンは左右の建物へ視線を走らせるや否や、壁を踏んだ。片側を蹴り、さらに反対側を蹴る。狭い路地を使った三角飛びで一気に高度と位置をずらし、そのままサクリファイスの背後へ張りつく。 「グ、ァッ!?」 「さぁ、背中は取ったぞ」 サクリファイスが羽と肩を激しく揺らし、背に乗ったエレンを振り落とそうとする。だが、エレンはそれを意に介した様子もなく、涼しい顔でシイナたちのいる方角へ目を向けていた。 魔物はさらに増えていた。 最初はスライム、スケルトン、ゴブリン。その程度だったはずの群れに、いつの間にかガーゴイルまで加わっている。空も地上も埋まり始め、前線はじわじわと押されつつあった。 「何を遊んでいるサクリファイス!! さっさと殺れ!!」 「お前も無能な主を持つと大変だな」 言葉が通じぬと理解してなお、エレンはそんな一言を投げる。そして次の瞬間、サクリファイスの背に跨ったまま、その片翼を容赦なく叩き斬った。 (飛ばれると厄介だな。翼を奪わせてもらうぞ) 裂けた羽が夜気の中で大きく跳ね、黒い破片のように散る。 直後、エレンはサクリファイスの背を蹴って離脱した。軽やかに身を翻し、そのまま貴族のもとへ戻る。 一方、片翼を失ったサクリファイスは、残った翼だけでどうにか姿勢を保とうともがいた。だが、均衡は保てない。巨体は大きく傾ぎ、そのまま落下していった。 「次はお前だ」 「ひ、ひぃ!!」 尻もちをついた貴族を見下ろしながら、エレンは一歩ずつ近づいていった。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ