LOGIN「ふむ……では、最後の質問です」
男性の絶望を映す月光の下、ミストさんはにっこりと、しかしその瞳は笑わずに問いを重ねた。 「ま、まだ何かあるのかよ……!」 男の顔が恐怖に引きつり、声が哀れに裏返る。 「ええ、一つだけ。――“あの子”を追いかけていた理由を、教えていただけますか?」 (……! そうだ、それが一番聞きたかったこと……! なんであの子は、あんな酷い怪我をさせられてたんだろう。理由が分からなきゃ、本当に助けてあげることなんてできないもん……!) 私の心の中で、消えかけた怒りの火が、悲しみと共に再び燃え盛る。 「そ、それは……俺も詳しくは知らねぇんだ……! ただ、依頼されて……実験室から逃げ出したから、少し痛めつけて連れ戻せって、そう言われただけで……!」 (ひどい……っ! 人の命を、何だと思ってるの……!それに……実験って……!?) 怒りに身体が震える。 その激情は、エレンにも伝わっていた。 (……“消される”という言葉と、今の発言。領主が裏で糸を引いているとなれば、この街の上層部そのものが腐っていると考えるべきだろうな) (そんな……街の偉い人たちが、みんな……?) 「ふむふむ……これはこれは……思った以上に、なかなかに深ーい闇の匂いがしますねぇ」 ミストさんが軽やかな口調で言いながらも、その瞳には一切の笑みがない。彼女は男性に向き直ると、静かに告げた。 「あなた、“消される”と仰いましたね? ならば、ここから北にある魔法研究所の支部へ向かって下さい。私から話を通しておきますから、ひとまずは匿ってもらえるはずです」 「……! ほ、本当か……!? す、すまねぇ……!」 思いがけない救いの手に、男性の声が安堵に震えた。 だけど──ミストさんの声は、次の瞬間には氷のように鋭く、冷たくなっていた。 「ですが、勘違いしないように。自由気ままな暮らしができるとは思わないでくださいね。あなたはあくまで“保護されるべき証人”であり、同時に“罪を犯した犯罪者”なのですから」 「っ……!」 「……まあ、誰かに消されてしまうよりは、随分とマシでしょう?」 「……あ、ああ……その、通りだ……」 彼は力なくうなだれると、後悔と疲労の入り混じった顔で、深く、深く頷いた。 (よかった……とりあえずは、これで……) (ああ。今の状況では、これが最善手だろう) 男性がふらつく足取りで去っていくと、ミストさんは「さてっ!」と一つ伸びをして、いつもの太陽みたいな笑顔に戻った。 「では、エレナさん! 心配している仲間たちのもとへ戻りましょう!!」 「はい!」 私が頷いた、その瞬間だった。 「……あの、エレナさん」 ミストさんはふと足を止め、先ほどの明るさが嘘のように表情を曇らせると、私に向かって深く、深く頭を下げた。 「心優しいあなたに、こんな……酷い光景を見せてしまって……本当に、申し訳ありませんでした」 「えっ……」 そんな彼女の姿を見て、私の胸が、ちくりと痛む。 (……そっか……ミストさんも、きっと自分を責めてるんだ……) 私に、あんなやり方を見せてしまったことを。 私を、傷つけてしまったと思っているんだ。 (でも……違う。違うんだよ、ミストさん。) 闇がそれだけ深いなら、ああするしかなかった時だってある。私は、そんな当たり前のことさえ、考えたこともなかった。 さっき私が感じたのは、優しさなんかじゃない。ただ、何も知らなかっただけの……私の未熟さだったんだ。 ミストさんみたいな最高の仲間が、何も考えずにあんなことをするはずがないのに。 少し考えれば、すぐに分かることだったのに……。 「……顔を、上げてください、ミストさん」 私はぎこちない笑顔をなんとか作って、正直な気持ちを、言葉を、一つ一つ絞り出す。 「大丈夫です。……情報を引き出すためには、ああするしかなかったんですよね?私、ちゃんと分かりましたから」 彼女の驚いたような顔を見て、私は続けた。 「私が……私が、無知すぎたんです。これからは、ミストさんがどうしてそうしなければならなかったのか、その理由をちゃんと理解できる人になりたいです……」 少しずつ、でも、確かに。 私は、“聖女”として、成長していかなくちゃいけない。 そう、強く心に刻んだ。 その時、エレンの温かい声が、心に響いた。 (……強くなったな、エレナ) (……うん。ありがとう、エレン) *** 少年を腕に抱きながら、私たちは仲間たちが待つ広場へと戻った。 夜の静寂に沈む街で、ぽつり、ぽつりと灯る街灯の光が、濡れた石畳の上で寂しげに揺れている。 「みなさーん!!! ご心配おかけしましたー!!!」 その静寂を破るように、ミストさんがいつもの調子で、どこまでも元気に声を張り上げた。 広場の噴水の縁に腰掛けていた仲間たちの視線が、一斉にこちらへと集まる。 「……お前なぁ」 その中で、腕を組んだまま立ち上がり、一番に不機嫌そうな声を漏らしたのはシイナさんだった。月明かりに照らされた彼の瞳が、じろりとミストさんを射抜いている。 「俺から逃げた上に、こんな時間までどこをほっつき歩いてたんだ?」 口調は呆れ返ったように淡々としているけれど、その声の奥には、隠しきれない心配の色が滲んでいた。 「そ、それには深い訳がありまして……」 私が慌てて二人の間に入り、マスターさんに助けを求められたことを、できる限り丁寧に、事細かに説明した。 「……バニーガール、だと……?」 私の説明を聞き終えたシイナさんは、こめかみを指でぐりぐりと押さえ、今にも張り裂けそうな頭痛を必死にこらえているように見えた。彼の眉間から、深くて重いため息が落ちる。 「は、はいぃ……」 その反応に、私は思わず蛇に睨まれたカエルのように縮こまってしまった。 (うぅ……あれは本当に仕方なかったというか、その場の勢いというか……でもやっぱり、聖女見習いがする格好じゃ、ないよねぇ……) (ふふ……ああ 間違いなくな) 「……いずれ聖女となる人物が、そのような格好をするなど、由々しき問題だと思うが……」 ごもっともです……。思い出すだけで顔から火が出そうなくらい、恥ずかしかったんだから。 「……はぁ……。まあ、いい。今回はエレナの優しさに免じて、俺は聞かなかったことにしよう…」 「え……! あ、ありがとうございます……!」 「ただし、お人好しも大概にな。助けの手を差し伸べるのはいいが、自分の身を危険に晒してまでやることじゃない」 「は、はいっ……!」 (……怒ってるわけじゃない。ちゃんと、私のことを心配してくれてるんだ……) 言葉の裏にある優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。 ──その時、隣で「ええーっ!?」と声を荒げたのはミストさんだった。 「ちょっと、シイナくん!? 私は!? 私のことは完全スルーですか!?」 ぶんぶんと腕を振り上げて、シイナさんに詰め寄る。 「お前は別にいいだろ。そんな格好をしたところで、恥じらいの欠片も感じないだろうからな…」 「シ、シイナくん! それはさすがに私に失礼なのでは!?」 「……どうせ、『これも貴重なデータが取れる研究です!』とか言って、自分からノリノリで提案したんだろう」 その一言に、私は思わず尊敬の眼差しをシイナさんに向けてしまう。 (すごい……! さすがシイナさん、ミストさんのこと、完璧に分かってる……!) 「ぐぬぬぬぬぬ……! な、何も言い返せません……!!!」 悔しそうに唇噛み締めるミストさん。 そんな軽口の応酬で和んだ空気が、ふと、穏やかな声一つで引き締まった。 「……それで、その子はどうしたのですか?」 振り返ると、そこにはいつの間にか、シオンさんが立っていた。 その静かな瞳が、私が抱きかかえている少年に、真っ直ぐに注がれている。 「この子は……」 そして私は、夜の路地裏で起きた出来事の全てを、包み隠さずに話した。 少年が傷だらけで倒れていたこと。 男性たちが「実験室から逃げた」と言っていたこと。 そして、その背後にはこの都市の領主様まで関わっているかもしれない、深い深い闇があること。 私の言葉が進むにつれて、仲間たちの表情から少しずつ笑みが消えていくのが、痛いほどに分かった。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ