Share

第40話:傷だらけの少年

Author: 渡瀬藍兵
last update Huling Na-update: 2025-07-31 11:38:40

「酷い怪我……。いったい、どうしてこんな薄暗い路地裏に……?」

私は崩れるようにしゃがみ込み、ぐったりと横たわる少年に手を伸ばす。衣服はところどころ引き裂かれ、その下から覗く肌には、殴られ、蹴られたであろう生々しい傷跡が無数に刻まれていた。

「……まずは、この子を癒さなきゃ」

震える指先を、そっと少年の額に重ねる。ひんやりとした肌触りに、胸が締め付けられた。

祈るように両手を彼の体の上へと差し出す。

「聖なる光よ、その御手にて、傷つきしこの子を癒して……」

私の祈りに応えるように、手のひらから淡く、温かい光が溢れ出す。それはまるで、闇夜に灯る蝋燭の炎のように、優しく少年の体を包み込んだ。

光に照らされるたび、痛々しい擦り傷や青黒い打撲の痕が、まるで幻だったかのようにみるみるうちに癒えていく。

──だけど。

どれほど肉体の傷が塞がっても、少年の瞼はぴくりとも動かない。呼吸は浅く、その表情は虚ろ。まるで、魂だけがどこか遠い場所へ囚われてしまったかのように、その瞳が開かれることはなかった。

どうして……?

そんな時だった。

「おっ、見つけたぞ! こんな所にいやがったか!」

獣の寝床のような、不快な匂い。ねっとりとした悪意が、路地の奥から滲み出してくる。

鈍く響く声と共に現れたのは、十人ほどの男たち。皆、一様にだらしない服装で、その目は欲望と残忍さで濁りきっていた。

「よう、嬢ちゃん。そこのガキ……悪いが、俺たちに渡しちゃくれねぇか?」

リーダー格と思しき男性が、顎をしゃくりながら言う。その口ぶりは、まるで道端に落ちている石ころでも受け渡すような、あまりに雑なものだった。

(……っ。この子は“物”なんかじゃない!)

私の胸の奥で、静かだが、確かな怒りの炎が燃え上がる。

「…………お断りします」

毅然として、そう告げる。

「おぉ? 随分と威勢がいいじゃねぇか。だがな──俺たち、見ての通り全員が“魔人”なんだぜ? 聖女様ごっこもいいが、大人しく従った方が、お互いの身のためだと思うがなぁ?」

「ちげぇねぇ! これは優しさからの忠告だぜ、ありがたく受け取れや!」

男たちは下品な笑い声を上げ、じりじりと包囲網を狭めてくる。

その、張り詰めた空気の中。

隣にいたミストさんが、平坦な声でぽつりと呟いた。

「あのー……あなた達のような存在は、この子の健やかなる成長にとって、著しく悪影響を
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App
Locked Chapter

Pinakabagong kabanata

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第44話:戦士の定義

    メモリスの宿は、どこか秘密を隠しているみたいに、しんと静まり返っていた。窓枠から差し込む月明かりが、床に淡い模様を描いている。外の喧騒が、まるで遠い世界の出来事のようだ。「エレナさん、何かあったらすぐに呼んでくださいね! 隣の部屋で、ちょっとした実験の続きをしてますから!」嵐のように言い残して、ミストさんが元気いっぱいに部屋を出ていく。ぱたぱたと遠ざかっていく足音を聞きながら、私は小さく息をついた。(……本当に、変わらないなぁ。ちょっとだけ、羨ましいかも)シイナさんとミストさんがグレンさんを探しに行って、宿に残されたのは私とシオンさんだけ。落ち着こうとすればするほど、心の湖にさざ波が立っていく。(いくら噂だって言われても……あんな話を聞いたあとで、普通に眠れるわけないよ……)(現に、シオンさんのパーティ仲間は、今も行方が分からないままなんだし……)ぎゅっと、寝台のシーツを握りしめる。冷たい汗がじわりと滲んだ。(……落ち着かないようだな。では、気を紛らわせるために、少し昔話をしようか)不意に、心の奥からエレンが語りかけてくる。その声は、いつもと変わらない静かな響きを持っていた。(え? 昔話……?)(そうだな……私がいつ生まれたのか、自分でも定かではない。だが、一人の女の子が、私を“育てて”くれた)(……)私は黙って、その声に耳を澄ませる。(自我が芽生え始めたのは、確かその女の子が生まれて、四年ほど経った頃だったか)……そうだ。私の中には、物心ついた時から、もう一人誰かがいた。小さい頃、それが当たり前だと思って、お父様やお母様にその“存在”を話したこともあった。でも、誰も信じてくれなくて、「そんな子はいないのよ」って優しく諭されて。悲しくて、一人で泣いた夜もあったっけ。(……活発で、落ち着きがなくて、少しおてんばでな)(えっ、それって私のこと? そんなに元気な子だったかな……)(いや、たしかに……ちょっと、そうだったかも……)エレンの言葉に、なんだか顔が熱くなる。(そのせいもあってか、その女の子はある日、家を飛び出して、魔物の潜む街外れまで行ってし

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第43話:黒い噂

    「領主に……実験室だと?」その視線が私を射抜いた瞬間、喉がひゅっと鳴る。ただの噂話じゃない。私たちは、もっとずっと危険な何かに触れてしまったのだと、本能が警鐘を鳴らしていた。「……はい。そう、言ってました」私が頷くと、シイナさんは固く唇を引き結び、何かを吟味するように深く思考の海へ潜っていく。シイナさんの沈黙が、シオンさんの俯いた横顔が、この場の空気を鉛のように変えていく。その時だった。ふと視線を向けたシオンさんの様子が、いつもと違うことに気づいたのは。彼の瞳の奥に、今まで見たことのない澱みが広がっていた。まるで、凪いだ湖の底に沈んでいた古い記憶が、不意にかき混ぜられてしまったみたいに。「シ、シオンさん……? どうかしましたか……?」壊れ物に触れるみたいに、そっと尋ねる。彼は「……あ」と短く息を漏らし、私に気づくと、慌てていつもの穏やかな仮面を貼り付けた。「……すみません。なんでもないんです」だけど、その微笑みは、まるで痛みを堪えるかのように歪んでいた。彼は小さく息を吐くと、意を決したように、私たち一人ひとりの顔をゆっくりと見渡す。「いえ、皆さんには……話しておいた方がいいでしょうね」シン、と場の空気が凍てつく。これから語られる言葉が、この街の輝かしい印象を根底から覆してしまう……そんな確かな予感が、胸騒ぎとなって私を揺さぶった。「先ほど、領主という言葉が出ましたが……実はごく一部の間で、この都市《メモリス》には、黒い噂があるのです」「黒い……噂?」シイナさんが、訝しげに問い返す。シオンさんは静かに頷き、記憶の糸をたぐるように、遠い目をして語り始めた。「はい。私も、かつてこの街で数年ほど傭兵業をしていたことがありまして。その頃から……時々、人が“消える”ことがあったのです」人が、消える? こんなに綺麗で、光に満ちているように見えるこの街で? 嘘だ、って思いたいのに、シオンさんの言葉には、それを冗談だなんて思わせない、ずっしりとした重みがあった。ミストさんも、シイナさんも、何も言わない。二人の沈黙が、逆にものすごい勢いで頭を働かせていることを教えてくれるみたいだった。「そして

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第42話:メモリスの闇

    「ふむ……では、最後の質問です」男性の絶望を映す月光の下、ミストさんはにっこりと、しかしその瞳は笑わずに問いを重ねた。「ま、まだ何かあるのかよ……!」男の顔が恐怖に引きつり、声が哀れに裏返る。「ええ、一つだけ。――“あの子”を追いかけていた理由を、教えていただけますか?」(……! そうだ、それが一番聞きたかったこと……! なんであの子は、あんな酷い怪我をさせられてたんだろう。理由が分からなきゃ、本当に助けてあげることなんてできないもん……!)私の心の中で、消えかけた怒りの火が、悲しみと共に再び燃え盛る。「そ、それは……俺も詳しくは知らねぇんだ……! ただ、依頼されて……実験室から逃げ出したから、少し痛めつけて連れ戻せって、そう言われただけで……!」(ひどい……っ! 人の命を、何だと思ってるの……!それに……実験って……!?)怒りに身体が震える。その激情は、エレンにも伝わっていた。(……“消される”という言葉と、今の発言。領主が裏で糸を引いているとなれば、この街の上層部そのものが腐っていると考えるべきだろうな)(そんな……街の偉い人たちが、みんな……?)「ふむふむ……これはこれは……思った以上に、なかなかに深ーい闇の匂いがしますねぇ」ミストさんが軽やかな口調で言いながらも、その瞳には一切の笑みがない。彼女は男性に向き直ると、静かに告げた。「あなた、“消される”と仰いましたね? ならば、ここから北にある魔法研究所の支部へ向かって下さい。私から話を通しておきますから、ひとまずは匿ってもらえるはずです」「……! ほ、本当か……!? す、すまねぇ……!」思いがけない救いの手に、男性の声が安堵に震えた。だけど──ミストさんの声は、次の瞬間には氷のように鋭く、冷たくなっていた。「ですが、勘違いしないように。自由気ままな暮らしができるとは思わないでくださいね。あなたはあくまで“保護されるべき証人”であり、同時に“罪を犯した犯罪者”なのですから」「っ……!」「……まあ、誰かに消されてしまうよりは、随分とマシでしょう?」「……あ、ああ……その、通りだ……」

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第41話:ミストの拷問

    月光だけが、無慈悲に勝敗を照らし出す。夜風が頬を撫で、辺りにはもはや、呻き声一つなかった。折り重なるように倒れる男たちを一瞥し、私は静かに息を吐く。(……さすがだね、エレン)(……手応えのない連中だったな)彼の静かな思考に、わずかな物足りなさが滲む。その時だった。沈黙した戦場の向こうから、一つの気配が急速に近づいてくるのが分かった。知っている、懐かしい気配だ。(む……この気配は)(え、どうしたの?)(代われ、エレナ。ミストが来る)(本当!? うん、わかった!)意識が切り替わる寸前、彼の思考がわずかに揺れた。(気にするな。君を守るための、務めのようなものだ)──────エレナ視点──────「ごめんね、エレン。せっかく代わってもらったばかりなのに……」(……問題ないさ)彼のぶっきらぼうな、けれど確かな信頼がじんわりと胸に広がる。その温かさをかみ締めていると、夜の闇を切り裂くように、弾むような声が届いた。「エレナさーーん!! ご無事ですかぁっ!!」「ミストさん! はい、私は大丈夫です! そちらこそ、ご無事で!?」駆け寄ってきた彼女は、私の無事を確認すると、すぐに足元に広がる惨状に気づき、その目をまんまるに見開いた。「はい! 私は全員、眠っていただいただけですので……って、わっ!? エレナさん、この方たちは……まさか、ぜんぶお一人で?」「あ、いえっ! ち、違います! たまたま通りかかった、見知らぬ方が助けてくださって……!」「で、ですよねぇ! いやはや、それにしても……これはとんでもない手練れの仕業ですよ〜!」「は、はい……。本当に、息を呑むほどお強い方でした……」(ふふっ。君もずいぶん、嘘が上手くなったじゃないか)(も、もう! エレンまでからかわないでよ!)心の中でぷんすかしていると、ミストさんはふむふむと一人で納得したように頷いていた。「さて、エレナさん。これからどうしましょうか。私としては――なぜ、あの子が狙われていたのか、きっちり情報を引き出したいところ

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第40話:傷だらけの少年

    「酷い怪我……。いったい、どうしてこんな薄暗い路地裏に……?」私は崩れるようにしゃがみ込み、ぐったりと横たわる少年に手を伸ばす。衣服はところどころ引き裂かれ、その下から覗く肌には、殴られ、蹴られたであろう生々しい傷跡が無数に刻まれていた。「……まずは、この子を癒さなきゃ」震える指先を、そっと少年の額に重ねる。ひんやりとした肌触りに、胸が締め付けられた。祈るように両手を彼の体の上へと差し出す。「聖なる光よ、その御手にて、傷つきしこの子を癒して……」私の祈りに応えるように、手のひらから淡く、温かい光が溢れ出す。それはまるで、闇夜に灯る蝋燭の炎のように、優しく少年の体を包み込んだ。光に照らされるたび、痛々しい擦り傷や青黒い打撲の痕が、まるで幻だったかのようにみるみるうちに癒えていく。──だけど。どれほど肉体の傷が塞がっても、少年の瞼はぴくりとも動かない。呼吸は浅く、その表情は虚ろ。まるで、魂だけがどこか遠い場所へ囚われてしまったかのように、その瞳が開かれることはなかった。どうして……?そんな時だった。「おっ、見つけたぞ! こんな所にいやがったか!」獣の寝床のような、不快な匂い。ねっとりとした悪意が、路地の奥から滲み出してくる。鈍く響く声と共に現れたのは、十人ほどの男たち。皆、一様にだらしない服装で、その目は欲望と残忍さで濁りきっていた。「よう、嬢ちゃん。そこのガキ……悪いが、俺たちに渡しちゃくれねぇか?」リーダー格と思しき男性が、顎をしゃくりながら言う。その口ぶりは、まるで道端に落ちている石ころでも受け渡すような、あまりに雑なものだった。(……っ。この子は“物”なんかじゃない!)私の胸の奥で、静かだが、確かな怒りの炎が燃え上がる。「…………お断りします」毅然として、そう告げる。「おぉ? 随分と威勢がいいじゃねぇか。だがな──俺たち、見ての通り全員が“魔人”なんだぜ? 聖女様ごっこもいいが、大人しく従った方が、お互いの身のためだと思うがなぁ?」「ちげぇねぇ! これは優しさからの忠告だぜ、ありがたく受け取れや!」男たちは下品な笑い声を上げ、じりじりと包囲網を狭めてくる。その、張り詰めた空気の中。隣にいたミストさんが、平坦な声でぽつりと呟いた。「あのー……あなた達のような存在は、この子の健やかなる成長にとって、著しく悪影響を

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第39話:喧騒の酒場、静寂の路地

    黄金色のエールが満たされたジョッキが打ち鳴らされる高らかな音。燻された肉の香ばしい匂い。酔客たちの、熱気を帯びた陽気な声。その全てが渦を巻く酒場の中、私とミストさんの、奇妙な夜は始まった。(うぅ……やっぱりダメ! 全然慣れないよぉ……!)(さっきは、うまく出来ていたじゃないか?)(ミストさんが来てから崩れちゃった……)さっきまでと違って、お盆を持つ手はロボットみたいにぎこちないし、お客さんと話そうとすると声がひっくり返っちゃう。頬に集まった熱は、もう私のものじゃないみたいに熱いままだ。だけど……隣にいるミストさんは、本当にすごかった。「はいはいー! こちらエール酒になりますー!」彼女はまるで、この喧騒という海を誰よりも自由に泳ぐ人魚のようだった。持ち前の太陽みたいな笑顔と、よく通る元気な声で、あっという間に酒場の中心になっていく。「メガネの嬢ちゃん、こっちも追加で頼む!」「はい、ただいまー!」ひらり、と。まるで蝶が舞うように人混みをすり抜け、的確に注文の品を届けていく。その一連の動きに、一切の無駄というものが見当たらない。すごい……。私とは大違いだ。「おっ! もう飲み干したんですね! いやー、いい飲みっぷりですねぇ!」「だはは! とびきり可愛いあんたたちがいるからな! 酒が進んで仕方ねぇってもんよォ!」「またまた〜! じゃあ、お次は感謝を込めて、ちょっとだけ量をサービスしちゃいますね!」お客さんの心を掴むのが、天才的に上手いんだ。この格好だって、彼女は全然恥ずかしそうじゃない。むしろ、客の表情、声の高さ、お酒を飲む速さ、その全部を瞬時に分析して、一番喜んでもらえる「答え」を導き出すための、最高の舞台だとでも思っているみたい。あの屈託のない笑顔でさえ、好感度を最大まで引き上げるために、完璧に計算された表情なんじゃないかなって、そんな風に思えてしまうほど。私がただ呆然と立ち尽くしていると、エレンが心の中で、どこか慄然とした声で呟いた。(……なんだ、あの女は。尋常ではないな。人間の感情の機微を、まるで数式のように処理しているのか……?)最強の戦士であるエレンでさえ、未知の生命体を観察するみたいな目で、ミストさんの才能を分析しているみたいだった。***あれから、どれほどの時間が流れただろう。最後の客が上機嫌で帰っていくと、嵐の

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status