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第46話:怯える獣と蛇の声

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-08-03 11:39:36

粉塵の向こう、少年は一言も発さなかった。

ただ、その身にまだバチバチと紫電を纏ったまま、瓦礫の山を駆け下り、街の雑踏へと消えていく。

「あっ、待って!」

気づけば、私の身体は勝手に駆け出していた。

「今のは危かったですよぉぉぉぉ!!!!!?」

「だ、だから危険だと言ったでしょう!」

背後からミストさんや衛兵たちの声が聞こえる。

でも、違う。あの子の瞳に宿っていたのは、敵意なんかじゃない。あれは、世界中のすべてに牙を剥くしかなくなった、何かにひどく怯える目だ。放っておけるわけがなかった。

(エレナ、あの少年が気になるのか?)

(うん。一度助けたからっていうのもあるけど……あの子、すごく怯えてる目をしてたから)

(確かに、あの少年からは強い“怯え”の気配がした。だが、気を付けろ。傷ついた獣は、追い詰められるほど何をしでかすか分からんぞ)

(獣だなんて……私は、ただ話がしたいだけだよ)

(例え話だ。だが、君にとってはそうでも、あの少年にとって我々は“捕食者”に映っているかもしれん。だからこそ、慎重になれ)

(……うん、分かった)

***

このあたりのはず……。

息を整えながら、入り組んだ路地の影に目を凝らす。あの小さな背中を探して、一歩、また一歩と足を進めた。

(エレナ、左前方。建物の裏手に気配がある)

エレンの冷静な声が、私の意識を導く。

(すごい……本当に、なんでそんなことまで分かるの……)

教えられた通り、建物の角にそっと近づいた、その瞬間だった。

「っ――!」

突風が吹いたかのような勢いで、影の中から少年が飛びかかってきた。

私は抵抗する間もなく地面に押し倒され、冷たい石畳に背中を打ちつける。喉のすぐ上で止まった爪が、ひやりと冷たい。

「ボ、ボクを……捕まえに来たのかっ!?」

少年の震える声が、私の真上で響く。

その指先――異様なほど鋭く伸びた爪が、私の喉元にそっと触れた。心臓が、冷たい指で掴まれたみたいに跳ねる。

「……違うよ。あなたに、話を聞きたかっただけ」

私はできるだけ静かに、全身の力を抜いて、敵意がないことを伝えた。

「あなたは……何に怯えているの?」

「お、怯えてなんか、いない!!」

虚勢を張る声が、痛々しい。

でも、私はゆっくりと息を吐き、その瞳をまっすぐに見つめ返した。

「ううん。私には分かる。あなた、何かに怯えてる。本当はすごく怖いんでしょ……?」

「……な、なにを言って――」

「ねぇ……教えてくれないかな? あなたがそんなに怯えている理由を」

少年の目が、大きく揺れる。

沈黙。数秒が、永遠のように感じられた。

「ほ、本当に……ボクを捕まえに来たわけじゃ、ないのか……?」

「うん。神様に誓って」

その一言で、私の喉元にあった爪が、震えながらも、ようやく力を失った。

少年はしばらく戸惑った後、おずおずと、私に手を差し伸べる。

「ありがとう」

私はその小さな手をしっかり握り、ゆっくりと起き上がった。

「あなたの名前は?」

「……ボクは、ソウコ」

「ソウコ君、って言うんだね。教えてくれてありがとう」

「私はエレナ、だよ」

「エレナ……さん……」

「うん」

私はしばらくソウコ君のそばにいて、彼が落ち着くまで、そっと背中を撫でてあげた。無理に話させず、その荒い呼吸が穏やかになるのを、静かに待った。

***

「エレナさん……」

「うん?どうしたの?」

「エレナさんは、この都市に来て……どのくらい経つの……?」

「まだ、二日目だよ?」

その答えを聞いた瞬間、ソウコ君の顔がみるみるうちに強張る。

「い、急いで……逃げて……!!」

「え……?」

「この都市では……記憶に関する実験をさせられるんだ……!!」

喉が、ひゅっと詰まる。

「ボクは、なんとか逃げてきたけど……ボクの前にいた女の人は、無理やり記憶を限界まで入れられて……っ!」

ソウコ君の声が、思い出した恐怖に悲鳴のように震えた。

その時だった。

影が揺らいだかと思うと、何かが、しなやかに――音もなくソウコ君の体に巻き付いた。

「えっ……!?」

次の瞬間、ソウコ君は糸が切れた人形のように力を失い、その場に崩れ落ちる。

「ソ、ソウコ君!?」

「な、なんだこれ……!」

「ぐ……ダメだ……!取れない……っ!」

必死にもがくソウコ君。私も慌てて、彼に巻き付いた影のような黒い帯を力いっぱい引っぱるが、びくともしない。手のひらに、硬く冷たい、無機物そのものの感触が伝わる。

「っ、硬い……!」

その時――。

「あっはっはっは。お嬢さん、危ない所でしたねぇ」

蛇が耳元を這うような、ねっとりとした声が響いた。

「その少年は危険人物なのですよ。早く、お離れなさい」

私は、声の主の方を見た。

黒いスーツに身を包み、髪をきっちりと後ろに束ねた男。

その目は氷のように冷たく、さっきまでの衛兵たちとは格が違う――理屈じゃない。目の前にいるのは、捕食者だ。

胸の奥に、ざわりと警報が鳴る。

「こっちに来ないでください!」

「おやおや、私はあなたを助けたつもりなのですがねぇ……?」

「私は助けなんて求めてません!早く、彼を解放してください!」

男の唇が、不気味に吊り上がる。

「あっははは。危険人物を解放しろと?せっかく捕まえたのに、また逃げられたら困りますよぉ?」

「エ、エレナさん!!逃げて!!この人に捕まったら、あなたまで……」

「――お喋りは、そこまでですよぉ」

――スパァン!!!

空気を裂く鋭い音。

「ぐっ……ぁ……!!」

ソウコ君が痛みを堪えて呻く。

私は息を呑み、男の手を見る。

そこには――まるで黒い蛇がとぐろを巻くように、鞭が握られていた。

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