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#47:白き円卓の檻

Penulis: 渡瀬藍兵
last update Tanggal publikasi: 2025-08-04 11:30:00

 場所も名も伏せられた、どこか。

 そこは、冷たいほど白い部屋だった。

 壁も床も、机までもが白い。灯りひとつ点いていないというのに、色のない空間そのものが薄く浮かび上がっている。

 中央には、円卓にも似た机が置かれていた。ただし、その中心にはぽっかりと穴が空いている。輪のように並んだ席のひとつに、一人の男が腰を下ろしていた。

「ほんっと最悪だったわよ」

 沈黙を破ったのは、苛立ちを隠そうともしない女の声だった。

「ラヴァがそう言うって相当だな。で? 一体どんなやつにやられたんだ?」

 返った声は軽い。どこか面白がるような響きさえある。

「んー……白銀の髪に紅色の瞳。やけに強い女だったわね」

 ラヴァがそう答えた瞬間、彼女と話していた男が、がたっと音を立てて椅子から立ち上がった。

「そ、それっ、黒い服を着てて、属性も使わずに舐め腐った戦い方してくるやつじゃなかったか?」

 男の顔が、わずかに引きつっている。さっきまでの軽薄さは、声の端からきれいに削げ落ちていた。

「そういえばそうね。なに? ロイド、アンタ何か知ってんの?」

「いや、知ってるっつーか……」

「ロイドはその人物に一度捕まって、投獄されているのよね」

 横から割り込んだのは、第三者の女だった。

 紫の髪が、白い部屋の中で妙に鮮やかに見える。口元のほくろが、薄く笑った唇のそばで小さな影を落としていた。

「メイ、勝手に言うなよ……」

「あら、ごめんなさいね。ついうっかり」

 悪びれた様子は、まるでない。

 「はぁ? ちょっと待って。アンタを引っ張り出したの、アタシなんだけど? 捕まえた相手がそいつだったなんて聞いてないわよ」

「言うかよ。あんな化け物に捕まったなんて、好き好んで話すわけねぇだろ」

 軽い応酬が途切れたところで、別の男が静かに口を開いた。

「まあ、その辺りにしておきなよ。恐らく、ラヴァが出くわした相手はベルノ王国――ベルノ大聖堂に所属する、エレンという人物だろうね」

「エレン〜? どこかで聞いたことあるわね」

「彼女は、属性を一度も扱った様子がないにもかかわらず、S級冒険者に認定された聖堂騎士だよ」

 ノクトの声は落ち着いていた。感情を乗せず、ただ事実だけを机の上に置いていく。

「なるほどねぇ、S級か。そりゃあ強いわけよ」

 ラヴァは納得したように肩をすくめる。

 けれど、そこで言葉は終わらなかった。

「でも……ただ強いだけじゃなかった。なんて言うのかしらねぇ」

 白い部屋に、わずかな間が落ちる。

「こっちの行動を全部見透かしてるみたいな目で、手札を出すたびに潰してくるのよ。戦ってると、こっちの頭がおかしくなってくる感じ」

 ラヴァの指先が、円卓の縁を軽く叩いた。乾いた音が、色のない部屋の中に小さく跳ねる。

「さすがに、一方的にやられすぎてメンタルにヒビが入ったわ」

「わかるぜ……。あいつ、ほんと意味わかんねぇくらい強いんだよなぁ。正直、もう出くわしたくねぇ」

ロイドは椅子に腰を落とし直しながら、苦々しく吐き捨てた。

 その横で、メイが唇の端をゆるく吊り上げる。

「ふふ。でも……なぜ、そのエレンが夜の街なんかにいたのかしらね?」

「それはどうやら、聖女エレナが夜の街で目撃されていることに関係があるみたいだよ」

 ノクトは手元に浮かぶ資料のようなものへ視線を落とした。白い部屋の中、そこだけが淡く光を帯びている。

「聖女が…?? それは何故??」

 メイの形のいい眉が、わずかに寄った。

 聖女と夜の街。およそ結びつかない二つの単語である。神の座にもっとも近いとされる存在が、何の理由もなく、夜の街などに足を運ぶはずがない。

「さぁね。でも、何故か聖女がそこに居た」

 ノクトはどこか面白がるように肩をすくめる。

「そして、それを解く鍵が――エレナとエレンの関係そのものにあるんだろうね。情報によると、あの二人は単なる主従関係じゃないらしい」

「何か、わかったの?」

「いや、何も」

 ノクトはあっさりと言い切り、次の瞬間には声の調子を少しだけ変えていた。

「でも……おかしいと思わない?」

 円卓の周囲に、視線が集まった。

「エレナを守る聖堂騎士、エレン。だけど実際には、その二人が並んで歩くところを誰も見たことがないんだよ」

「へぇ……」

 メイの相槌は短い。けれど、その目だけは静かに細められていた。

「何がおかしいの? 別に、普段は他の騎士に任せて、自分は守りの薄いところに行ってるとか、普通にありそうじゃない」

 ラヴァが言うと、ノクトはわざとらしく息を吐いた。

「はぁ……。ラヴァ、それをおかしくないって言えるのは逆にすごいよ。その脳みその軽さ、尊敬に値するね」

「あぁん!?」

 ラヴァの声が跳ね、円卓の白い縁に彼女の指が強く食い込んだ。

「おいおい。同じ枷のメンバーだろ〜? 仲良くやろうぜ〜?」

 ロイドが間に入る。だが、声はあくまで軽い。止める気があるのか、煽っているのか、その境目は曖昧だった。

「アタシは、アンタたちと仲良しごっこをするためにここへ入ったんじゃないの。アタシは――」

「言わなくてもわかっているわよ」

 メイが、静かにラヴァの言葉を遮った。

「みんな目的は同じ。仲良しではないけれど、それくらいはわかるでしょう?」

「ちっ……しょうがないわね」

 ラヴァが舌打ちをして、椅子の背に身体を預ける。荒れかけた空気は、そこでかろうじて形を保った。

「じゃあ、僕の推測だけどね」

 ノクトが円卓の上に指を置くと、白い机の表面に淡い光の線が走った。

「彼女たちは、近寄れないんじゃないかなぁ?」

「近寄れない?」

 ロイドが眉を上げる。

「うん。たとえば、属性同士が相反している……とかね」

 ノクトの指が、光の線をゆっくりとなぞる。

「それなら、エレナの傍では属性を扱えず、そもそも近くに寄れない。そういう可能性も、十分あり得るよねぇ」

「なるほどね〜。でも、だからなんなの?」

 ラヴァが、退屈そうに頬杖をついた。

「属性を使わなかったそのエレンってのが、エレナとかいう聖女と離れたら、むしろ強くなる可能性があるってことでしょ?」

 ノクトは答えなかった。

 ただ、円卓に置いていた指先だけが、ぴたりと止まる。その沈黙は否定ではない。かといって、素直に肯定するには少しばかり都合が悪い。そんな間だった。

「……それも、そうね」

 メイが苦笑まじりに息を落とす。

 ラヴァの言い方は乱暴だったが、筋だけを拾えば間違っていない。エレンがエレナの近くで力を制限されているのなら、離れた瞬間、むしろ厄介さは増す。

「じゃあさ、二重人格ってのはどうよ?」

 ロイドが軽い調子で口を挟んだ。

 その一言に、ノクトの目が薄く細まる。

「二重人格だって? 馬鹿馬鹿しい」

 吐き捨てるような言葉だった。声量は変わらない。だが、そこに含まれた温度だけが、ひどく冷たい。

「今、エレナとエレンの動きを見比べているけど、とても二重人格なんて単純な話には見えないよ。仮に人格だけが入れ替わっているなら、身体能力そのものまで別物になるはずがない」

 ノクトの指が、机上に浮かぶ光をすっとなぞった。

 白い円卓の上に、二つの人影が淡く映し出される。片方は聖女エレナ。もう片方は、黒衣の聖堂騎士エレン。

「同じ身体を共有しているだけなら、変わるのはせいぜい判断、癖、技術の使い方くらいだ。だけど、エレンにはそんな程度の差じゃ説明できない動きがある」

 そこで、ノクトの口元がわずかに歪んだ。

 意地の悪い笑みだった。

「むしろ、大幅に強化されていると言ってもいい。今見ている限り、エレナの身体能力は並の接続者以下だからね」

 「はぁ……アタシは怒られるし、散々ね」

 ラヴァは頬杖をついたまま、深く息を吐いた。

 そのとき、一室の扉が静かに開いた。

 白い部屋の向こうに、濃い暗闇が口を開ける。そこから現れたのは、屈強な体躯の男だった。年の頃は四十代後半から五十前後。鍛え抜かれた身体には無数の傷が刻まれ、赤い髪にはところどころ白いものが混じっている。

 ただ歩いてきただけで、場の空気が一段重くなった。

「……ラヴァ。ボスへ報告はしておいた」

 男――ガルムの低い声が、円卓の上を這う。

「お前が、あの落ちこぼれ貴族を始末してしまったことも含めてな」

「……」

 ラヴァは黙った。

 ガルムの威圧感に、軽口を返すだけの余地はない。だが、だからといって従順に頭を下げる気配もなかった。ただ口を閉ざし、視線だけをわずかに逸らす。

「いや、ちょっと待ってよ」

 その沈黙に、ノクトの声が差し込まれた。

「なんだ」

 ガルムの視線が、ゆっくりとノクトへ向く。

「ラヴァさ。貴族のこと、始末もできてないみたいだよ」

「はぁ!? んなわけないでしょ!」

 ラヴァが勢いよく顔を上げる。

「確かに背中に深々と獲物を刺してきたわよ!」

「どうやら、失敗したみたいだね」

 ノクトは淡々と告げた。

 机上に浮かぶ淡い光を指先でなぞりながら、その目だけが薄く笑っている。

「僕の部下からの情報によると……聖女エレナが、あの落ちこぼれに治癒を施したらしい」

「……っ!! くそ!!」

 ラヴァの奥歯が、ぎりっと鳴った。

 悔しげに歪んだ唇の端から、さっきまでの余裕が消えている。円卓に置かれた指先が、白い机を掻くように強く曲がった。

「そうか」

 ガルムが短く言う。

 それだけで、部屋の温度がまたひとつ下がった。

「聖女がなぜその時間にいたのかは知らん。そこにどんな偶然があったのかも、今はどうでもいい」

 ガルムの視線が、まっすぐラヴァを射抜く。

「問題はひとつだ。奴は、まだ生きている」

 低い声が、円卓の上を重く這った。

「……ラヴァ。自分がどうするべきか、わかるよな」

 鋭い視線が、真正面からラヴァを射抜く。

「奴はどうにも口が軽い恐れがある。多少の拷問で吐かれては、俺たちの計画に支障が出るからな」

 ガルムは一歩も動かない。だが、その声は確実にラヴァを追い詰めていた。

「ボスに殺したと説明してしまった以上、奴を生かしておく価値もない。わかるな?」

 要するに、ガルムが告げていることはひとつだった。

 自分が犯した過ちは、自分の手で正せ。

 そこに、言い訳の余地はない。失敗を誰かが肩代わりしてくれることもない。

「次に失敗したら……その時は、お前の首が飛ぶことになる」

「……」

 ラヴァは何も答えなかった。

 そのまま椅子から立ち上がり、背を向ける。白い部屋を去っていく足音は荒く、硬い。

 振り返らない。

 ただ、その瞳には、はっきりと殺意が宿っていた。

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