تسجيل الدخول「ありがとうございます。身体も休めることができましたし、続きを……」
エレナは布団に手をつき、そのまま立ち上がろうとした。 だが、動き出すより早く、シオンの手がそっと前に出る。強く押さえつけるものではない。ただ、これ以上はまだ許せないと告げるように、エレナの肩の前で静かに行く手を塞いだ。 「お待ちください」 「シオンさん……?」 「あなたは、まだたったの数時間しか休めていません」 「す、数時間も……!?」 その言葉に、エレナの身体が逆に浮き上がりかける。 数時間。眠っていた時間の長さが、そのまま村人たちを待たせていた時間に置き換わったのだろう。小さな手が布団を握り、乱れた呼吸のまま腰を上げようとする。 シオンは、その動きを見越していたように、今度は肩へ手を添えた。 「ダメですよ。せめて目覚めてから三十分ほどは安静にしなくては」 「シオンさん……! 離してください……! 早くしなければ、また彼らの身に……!」 「大丈夫です」 シオンの声は、静かだった。 急かすような響きも、叱りつけるような硬さもない。ただ、揺れかけた水面を掌でそっと押さえるような、低く穏やかな声。 「大丈夫ですから、落ち着いて」 「で、でも……」 「まず、グレンさんが大きな焚き火を用意しました。村人たち全員が囲めるほどの炉です」 シオンは順を追って告げた。 「ただ火を焚いただけではありません。シイナさんが鉄で炉の枠を組み、熱が外へ逃げにくいよう、囲いと風除けを作っています。グレンさんの炎と、シイナさんの鉄。二人の属性を合わせた即席の大炉ですね」 エレナの動きが、そこでわずかに止まる。 「なので、少なくとも今現在、再発者はいません」 「……そう……ですか」 肩に添えられたシオンの手に導かれ、エレナは小さく布団の上へ戻った。抵抗はもうなかった。けれど、膝の上に置かれた指先には、まだ力が残っている。 「次に、ミストさんです」 シオンはその指先を一度見てから、言葉を続けた。 「ミストさんは、あなたがしようとしていたことを察したらしく、シチューを準備中です。食材の処理も、火加減も、すでに整えています。あなたが再開できるように、必要な手前までは済ませておくつもりなのでしょう」 「私が、倒れていても……皆さんは……」 エレナの声は、そこで細く途切れた。 誰も、彼女の代わりに聖属性を込めることはできない。最後に手を伸ばす役目は、きっとエレナにしか担えない。 それでも。 外からの熱を絶やさないよう、炎と鉄で炉を組む者がいた。内からの熱を届けるため、料理を整える者がいた。買い集めた食材を運び、傍らで目覚めを待つ者がいた。 エレナが言い残せなかったことを、仲間たちは拾っていた。途切れかけた手を、誰も終わりにしなかった。 『皆、君に喜んで協力している様子だった。……素晴らしい仲間たちだ』 内側から届いたエレンの声は、いつもより少しだけ柔らかかった。 淡々とした言葉の形は崩れていない。だが、その奥にある温度までは隠しきれていない。剣を振るう時の冷静さとも、敵を読む時の鋭さとも違う、静かな誇らしさが滲んでいた。 『きっと、私はこの先、この光景を忘れることはないだろう』 『そうだね。こういうの、私も慣れてないけど……。うん。みんなの温かさが、伝わってくるよ』 返した声は、ほんの少しだけ震えていた。 肩から力が抜けるのを感じながら、エレナはゆっくりと視線を巡らせる。建物の中は静かで、外で爆ぜる薪の音だけが、布越しに遠く届いていた。 その視線が、ふと止まる。 シオンの傍ら――敷布の端に、一冊の本が置かれていた。 (シオンさん、いつも一人でいる時、なにか本を読んでいるんだけど……) 深い藍に金の意匠が走る装丁。表紙には、星屑のような細かな粒子と、そこから伸びる枝のような曲線が描かれている。文字は読めない。だが、ただの記録書や指南書でないことだけは、その絵柄からすぐに伝わってきた。 (なんだかおしゃれな絵……。何かの物語、かな?) 「あの……シオンさんがいつも読んでらっしゃるのは、何の本なのですか?」 控えめに尋ねると、シオンは枕元の本へ手を伸ばし、片手でそっと取り上げた。指の運びには、ぞんざいさの欠片もない。長く繰り返してきた所作なのだと、それだけで分かる丁寧さだった。 「ああ、これですね。これは――」 言いかけて、シオンの視線が本の表紙へ落ちる。 数秒の間。 長くはない。けれど、その沈黙には、シオンが普段こぼす静謐さとは別種の重さがあった。指先が、表紙の金の意匠を一度だけ、なぞるようにかすめる。 「私の友人が綴った、幻想譚なのです」 「やっぱり。とても幻想的な絵でしたから、そうなのかな、と」 「ふふ。よろしければ、読んでみますか?」 「い、いいのですか……?」 「ええ、もちろん」 差し出された本を、エレナは両手で受け取った。 思っていたよりも、ずっしりと重い。表紙の金の意匠は、近くで見ると細やかな線で星座を象っているのが分かった。 「ありがとうございます……」 膝の上に置き、表紙を開く。 冒頭の一文が、目に飛び込んできた。 それは、過去の世界の出来事を題材にした創作だった。 かつての神――万象神。世界を救い、人々の願いを聞き届けてきた、優しい存在。けれど、その優しさには代償があった。願いを一つ叶えるたび、神は自らの身を削っていた。 人々はそれを知らない。知らぬまま、次の願いを差し出した。次の苦しみを訴えた。万象神は微笑み、また自身を削り、応え続けた。 やがて、神は引き返せぬ場所まで歩んでしまう――。 ページをめくる指が、知らず止まらなくなっていた。 シオンはエレナの表情を見て、小さく微笑む。それから、ゆっくりと瞼を閉じた。妨げないように、けれど傍らから去ることもなく、ただそこに在り続けるような閉じ方だった。 時間の感覚が、薄らいでいく。 布越しに、外の喧騒がときおり差し込んでくる。グレンの威勢のいい声、シイナの落ち着いた指示、ミストの跳ねるような笑い声。それらすべてが、別の世界の音のように遠ざかっていた。 ページの中の神は、人々の願いに微笑み続けている。誰も気づかぬまま、その身は少しずつ透けていく。 「――あっ……!」 はっと、エレナは顔を上げた。 窓の外の光は、自分が読み始めた頃と、明らかに変わっている。 「あ、あれから何分経ちましたか……!?」 「およそ、四十分といったところでしょうか」 穏やかに、シオンが目を開ける。 四十分。エレナは慌てて本を閉じかけ――けれど、その指は、未練がましく表紙の上で止まった。 「……とても、面白かったです」 名残惜しさを抱えたまま、エレナは本をシオンへ差し出した。 「優しい、物語でした」 「それは良かった」 「身勝手だった人々が、やがて自らの過ちに気づいて、今度は万象神を支えようとするところ……あの場面は、特に。罪を悔いるだけではなくて、それでも傍に在ろうとする姿勢に、胸を打たれました」 言葉は止まらなかった。 神の独白のひとつ、人々の祈りの言い回し、終盤に差し込まれる小さな挿話――気づけばエレナは、印象に残った場面を一つひとつ、シオンへ語り聞かせていた。普段の慎ましさが、ほんの少しだけ脇に置かれている。物語に触れた直後の人間が見せる、子どもじみた熱量だった。 シオンは、ただ静かに耳を傾けていた。相槌は控えめに、けれど一言ひとことを丁寧に受け止めるように。 「気に入っていただけたようですね」 エレナの語りが一段落した頃、シオンはやわらかく口を開いた。 「まだ読み終えていらっしゃらないようですし――その本、エレナ様にお預けします」 「えっ……」 「読み終えた後に、私へ返してくださればそれで」 「……ありがとうございます」 エレナは小さく頭を下げた。 それから、預けられた本を両手で胸元へ抱き寄せる。指先が表紙を傷つけないよう、そっと。まるで渡されたのが本ではなく、誰かの大切な記憶であるかのように。 その仕草を見て、シオンの目元がわずかに和らいだ。 「そこまで嬉しそうに読んでもらえて、きっと私の友人も喜びますよ」 「次に会った時は、私が自分の口で感想を伝えたいです!」 「……ええ」 シオンは頷いた。 ほんの短い間が、二人の間に落ちる。 「きっと、いつか」 向けられた微笑みは、穏やかだった。 けれど、それが懐かしさなのか、悲しみなのか、それとも静かな喜びなのかは判然としない。窓から差し込む光の中で、シオンの表情は柔らかく、そしてどこか遠かった。 エレナは胸元の本を一度見下ろし、そっと布団の脇へ置いた。 大切なものを預けるように、丁寧に。そうして顔を上げた時、その瞳にはもう、迷いの色はなかった。 「すっかり身体の調子も元に戻りました! まだ三名の方が苦しんでいるはず……! それに、他の皆さんも完全には治癒できていません。彼らを救わなくては!」 言い終えると同時に、エレナは立ち上がろうとする。 今度は、シオンも止めなかった。 椅子から静かに腰を上げ、エレナの前に片膝を折る。差し出された手は、まるで騎士が姫を導く時のように慎ましく、隙がない。触れ方ひとつにも、相手を急かさない礼節があった。 エレナはその手を見つめ、頬を少しだけ緩める。 そして、上からそっと手を重ねた。 シオンは力を入れすぎることなく、その手を支える。エレナの身体が布団から離れ、床へ足が下りた。まだ少し頼りない細い足取りを、彼は横から静かに受け止める。 「行きましょうか」 シオンが言った。 エレナは小さく頷き、扉の方へ向かった。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ







