Mag-log in午後の陽は、村の屋根を淡く照らしていた。
風は穏やかで、土の匂いに、どこか青い草の香りが混じっている。ミルサーレ村の出入り口には、旅支度を終えた一行と、見送りに集まった村人たちの姿があった。 病に伏せっていた者たちも、今は自分の足で立っている。まだ顔色に疲れの名残はあったが、それでも誰もが、エレナたちへまっすぐ顔を向けていた。 「皆さん、どうかお元気で」 エレナは両手を前で揃え、深々と頭を下げた。 その動きに合わせるように、村長をはじめとした村人たちも、一斉に頭を垂れる。土を踏む音が小さく重なり、村の入口に静かな礼の気配が広がった。 「エレナ様が来てくださらなかったらと思うと、今でも背筋が凍りますじゃ。このご恩、決して忘れはいたしませぬ」 村長の声には、皺の奥から滲むような震えがあった。 エレナはゆっくりと顔を上げる。白い聖衣の裾が風に揺れ、陽光を受けて、かすかに眩しく浮かび上がった。 「……お恥ずかしながら、今回の件は、私一人の力では皆さんをお救いすることは叶わなかったと思っています」 そう言って、エレナは振り返る。 そこには、旅の仲間たちがいた。 冷静に場を支えてきたシイナ。穏やかな立ち姿で隣を守っていたシオン。明るさで場を押し上げたグレン。水のように表情を変えながら支えてくれたミスト。 皆が、それぞれの距離でエレナを見ていた。 誰かが大きく頷くわけでもない。ただ、微笑みが返ってくる。その静かな反応を受けて、エレナの表情も柔らかくほどけた。 そして、もう一度村長たちへ向き直る。 「今回、協力してくださった彼らの存在があってこそですから」 「……ええ。皆様にも、本当にお世話になりました。なんと感謝をお伝えすればよいものか……」 村長は言葉を探すように、節くれだった指を胸の前で握った。周りの村人たちも、それぞれに深く頭を下げている。 シイナが一歩、静かに前へ出た。 「お気になさらず。むしろ、お礼の品などを渡されても、聖女様の付き人として、そういったものは受け取れませんから」 「確かに。エレナ様も、我々も。何か礼が欲しくて皆さんをお救いしたわけではありませんからね」 シオンの声は、いつも通り丁寧で、涼やかだった。 その横で、グレンが腕を組んで笑う。 「そーだな! っても、オレは……」 「儂に剣を教わりたいと言っておったがのぅ」 村長の弟が、白い眉をぴくりと上げた。 その一言で、空気がわずかに緩む。数歩後ろで見守っていた村人たちの間にも、くすりと小さな笑いが漏れた。 グレンは照れ隠しのように鼻の下をこすり、へへ、と歯を見せる。 「へへ。世の中には、やっぱり強い奴が山ほどいるんだな。アンタみたいなおっさんの噂なんて、聞いたこともなかったぜ」 (グ、グレンさん……。それは失礼だよ……) エレナの指先が、胸の前で小さく固まった。 村長の弟は、呆れたように肩を落とす。 「儂が現役だったのは、何十年前だと思っとるんじゃ……」 「そうですよぉ! グレンさん、もう少しお歳を考えてですね……」 ミストが両手を腰に当て、ぷくっと頬を膨らませた。 すかさず、シイナが横から言う。 「それはそれで失礼だぞ……」 誰かが、こらえきれずに噴き出した。 それにつられて、またひとり、もうひとりと笑い声が重なる。張り詰めていた別れの空気が、ほどけた縄のように、ふっと緩んだ。 「さて、名残惜しいが……皆が無事と知れたことじゃし、儂もメモリスへ帰るとするかの」 村長の弟が、杖代わりにしていた木刀を肩へ担ぐ。 もともと彼はメモリスに住まいを持つ身だ。帰路が同じである以上、エレナたちにとっては道案内役にもなる。村を出る人数が、ひとり増えるだけの話だった。 「エレナ様を、ちゃんとお守りするんじゃぞ」 村長が、弟へ念を押すように言う。 弟は片眉を上げ、白い髭の奥で笑った。 「何を当たり前のことを。とはいえ、この老いぼれが出しゃばれるほど、彼らは弱くないわい」 「……頼りにしておりますよ」 エレナが静かに言うと、老人は一瞬だけ目を丸くし、それから喉の奥で愉快そうに笑った。 「ほっほっほ。エレナ様にそう言われては、老骨に鞭打ってでも働かねばなりませんな」 エレナは、もう一度だけ村を見渡した。 傾いた柵。踏み固められた道。まだ修繕の跡が生々しい家々。人々の顔には疲れが残っている。それでも、村には確かに呼吸が戻っていた。 その時だった。 後方から、土を蹴る慌ただしい足音が聞こえてくる。 振り返ると、四人の男たちが息を切らしながら走ってきていた。服は土埃にまみれ、髪は乱れ、誰もが膝に手をつきそうなほど疲れ切っている。 「は、はぁ……はぁっ! ま、間に合った!」 「さすがに……一日走りっぱなしは、きついぜ……」 村長が目を剥いた。 「これっ! お前たち、どこをほっつき歩いておった!?」 叱り声が飛ぶと、男のひとりが息を整えきれないまま、顔を上げた。 「村長、俺たちは……エレナ様の貴重なお時間を使わせちまったからよ。その詫びに、馬車を作ってたんだ」 そう言って、男は指を口に当てる。 ひゅう、と少しかすれた口笛が鳴った。 奥の道から、一頭の馬が姿を現す。その後ろに引かれていたのは、急ごしらえの馬車だった。 速さだけを優先して組まれたのだろう。車輪の高さは微妙に揃っておらず、板の継ぎ目も歪んでいる。荷台の側面にはところどころ荒い釘跡が残り、屋根代わりの布も片側だけやけに低い。 見るからに、走るためだけに形を与えられた馬車。 立派とは言いがたい。けれど、板の一枚一枚に、手を抜かなかった跡があった。 「心構えは立派じゃが……こんなオンボロにエレナ様を乗せるわけには……」 「ふふ、構いませんよ」 村長の言葉を、エレナが柔らかく遮った。 「エレナ様!? しかし、こんな粗末な馬車では……!」 「そのお気持ちがありがたいのです。そうでしょう?」 エレナはそう言って、仲間たちへそっと目配せをした。 最初に動いたのは、やはりグレンだった。 「そーだな! せっかくだしよ、乗っていこうぜ!」 迷いのない足取りで、グレンは荷台へ飛び乗る。馬車がぎしりと大きく鳴り、村人たちの顔に一瞬だけ緊張が走った。 だが、どうにか持ちこたえる。 「そうだな。ここは言葉に甘えるとしよう」 シイナが苦笑まじりに続いた。 シオンは車輪と荷台の接合部へ一度だけ視線を落とし、それから何も言わずに乗り込む。ミストも裾を軽く持ち上げ、慎重に足をかけた。 最後に、エレナが馬車のそばへ歩み寄る。 差し出された手に軽く触れ、ゆっくりと荷台へ上がった。 (ふふ、確かに歪んでて、少しボロボロだけど……) 腰を下ろすと、板の硬さがそのまま伝わってきた。削り跡は粗く、角も少し残っている。けれど、そこには急いで打ち込まれた釘があり、何度も結び直した縄があり、短い時間でどうにか形にしようとした手の跡があった。 エレナはその荷台に座ったまま、村人たちへ向けて、もう一度静かに微笑んだ。 「では、皆さん。本当にこれでお別れです」 エレナは荷台の上から、村人たちへ向き直った。 粗い板張りの馬車は、まだ出発前だというのに、風を受けるたびにぎしりと頼りない音を立てている。けれど、その音さえも今はどこか温かかった。見送りのために集まった村人たちは、誰もすぐには言葉を返さない。ただ、ひとりひとりがエレナの姿を見上げていた。 「もし首都へおいでの際は、聖堂に顔を出してください。歓迎いたしますので」 「……そうですな。ミルクを届けに、儂も自ら出向くのもよいかもしれませぬ」 村長が、皺だらけの顔を少しだけほころばせる。 その言葉に、近くにいた村人がぱっと顔を上げた。 「ならさ、皆で聖堂に行きましょうよ!」 「そうだそうだー!」 別の村人も声を上げる。さっきまで涙ぐんでいた者まで、今は冗談めかして腕を振っていた。 「これ、無茶を言うんじゃない……」 村長がたしなめると、周囲からまた笑いが起こる。叱る声も、笑う声も、すべてがひとつの村の音として混ざっていた。 エレナはその光景を、静かに見つめる。 「……待ってますよ。それでは皆さん、お元気で!」 最後に、小さく手を振った。 それから、馬車を操る男へ窓越しに微笑みかける。 男は手綱を握り直し、胸を張った。 「よっしゃ! 行くぜー!!」 掛け声とともに、馬がゆっくりと歩き出す。 車輪が土を噛み、ぎしり、ぎしりと不揃いな音を立てた。荷台が少し揺れ、グレンが慌てて縁を掴む。シイナが苦笑し、シオンは何事もないように姿勢を保ち、ミストは楽しげに身を乗り出して村の方へ手を振った。 村人たちも、大きく手を振り返す。 声を張り上げて感謝を告げる者。何度も何度も頭を下げる者。胸の前で手を組み、神へ祈りを捧げるように目を伏せる者。 そのすべてが、馬車の後方へ少しずつ遠ざかっていく。 村の入口。傾いた柵。修繕途中の家々。まだ完全には戻らない暮らしの跡。 けれど、そこにはもう、沈黙だけが横たわっていた村の面影はなかった。 人の声がある。笑いがある。誰かを送り出す手が、空の下でいくつも揺れている。 エレナは、彼らの姿が小さくなっても、手を下ろさなかった。 馬車が道を曲がり、ミルサーレ村が見えなくなるその時まで。 白い聖衣の袖は、午後の光の中で、いつまでも静かに揺れていた。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ







