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第62話:救済

Penulis: 渡瀬藍兵
last update Terakhir Diperbarui: 2025-08-18 12:23:09

みんなが、こんなにも温かい言葉を、私にくれたんだ。

その想いが、恐怖で凍えていた私の心に、温かい光を灯してくれる。

アイナさんは……絶対に、私が救う。

その覚悟が、魂の形を成したかのようだった。

私が再びアイナさんへと向き合った、その瞬間。私の内から溢れ出す聖なる光が、仲間たちの想いを受けて、先ほどとは比較にならないほど力強く、そして優しく輝き始めた。

光は、アイナさんの禍々しい姿に降り注ぐ。すると、まるで私の覚悟と同調するように、その肉体が劇的な変化を始めた。

呪詛の象徴だった背中の異形の腕は、聖なる光に灼かれ、悲鳴を上げる間もなく塵となって消えていく。死人のようだったネズミ色の肌は、みるみるうちに血の気を取り戻し、温かい生命の色を帯びていく。

そして、絶望の色だった真っ白な髪は、光に染め上げられるように、艶やかな黒髪へと戻っていった。

「こ、これは……!!!!」

「まじかよ……!」

「わ、私たちは今、魔物化した人間が元に戻るという、前代未聞の奇跡を目撃しているんですね……!!」

仲間たちの、息を呑む声が聞こえる。

そして、シオンさんの、魂が震えるような声が響いた。

「アイナ……っ……!!!」

良かった……!

本当に……彼女を、元の姿に……。

そこまで思考した瞬間、私の身体から、全ての力が抜けていった。張り詰めていた緊張の糸が切れ、視界が白く染まる。

「おっと……!大丈夫か、エレナ!」

膝から崩れ落ちた私の身体は、すぐそばにいたグレンさんが、力強く支えてくれた。

「あ、ありがとうございます、グレンさん……」

私の感謝の声は、もう、誰の耳にも届いていなかったかもしれない。

全員の視線は、ただ一人、ゆっくりと目を開けようとしている女性へと注がれていたから。

シオンさんが、まるで夢でも見ているかのように、おぼつかない足取りで、アイナさんの元へと駆け寄っていく。

「アイナ……!アイナ……!」

彼の、涙に濡れた声に、彼女の瞼が、微かに震えた。

そして、薄く開かれた唇から、掠れた、しかし、凛とした声が、紡がれる。

「シ…………オ……ン?」

その一言が、世界の全てだった。

シオンさんの瞳から、堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出す。

「あぁ……っ……!!アイナ……っ…!!良かった……!!本当に…………!!良かった……!」

彼は、ようやく再会できた相棒を、子供のように、ただ、強く、強く、抱きしめた。

その、あまりにも感動的な光景に、私の頬にも、温かい涙が伝っていた。

(良かった……本当に良かったね……シオンさん)

この温かい涙の余韻の中、冷静な声が響く。

「聖属性の力……いや……これは、聖女としての力なのか……?だが……どちらにしても、とてつもない力だ」

シイナさんが、私の起こした奇跡を、分析するように呟いた。

「ええ……十ある属性の中でも、聖属性は全くの未知の領域ですからね」

ミストさんも、興奮を隠しきれない様子で同意する。

「だが、なにより、今一番の問題は……」

シイナさんの言葉が、場の空気を再び引き締める。

「ええ」と、ミストさんが頷いた。

「『人間の魔物化』が、現実の脅威として、存在している、ということですね」

「ああ…一先ず、この話はまた戻ったらするか」

「残るあと片付けを先にしてしまおう」

シイナさんの冷静な言葉が、安堵しかけていた場の空気を再び引き締める。

彼は、感動的な再会を果たしたシオンさんとアイナさんに一度だけ目をやり、そして、すぐにこちらへと向き直った。その足取りに、迷いはない。

「グレン、ツナガールを」

「おう、わかったぜ!」

私の身体を支えていたグレンさんは、器用に片手で、懐から小さな結晶を取り出した。

それが、彼らの所属する研究所と繋がる、唯一の通信魔道具。

彼が親指ほどの炎を注ぎ込むと、炎は吸い込まれるように消え、代わりに結晶の先端から、空間が歪むようにして光の粒子が立ち上った。

やがて、その光は、一人の男の姿を形作る。

『やぁやぁ、君たちからかけてくるなんて珍しいじゃないか。何か面白いことでもあったのかい?』

陽気で、どこかふざけたような、軽い調子の声が響く。この人こそ、私たちの雇い主であり、メモリス魔法研究所の所長その人だ。

「所長。緊急事態です。単刀直入にお話しします」

シイナさんは、一切の無駄を省き、これまでの経緯――ラムザスのこと、人間の魔物化、そして私たちが今、地下の研究施設にいること――を、驚くほど冷静に、かつ簡潔に報告した。

通信の向こうで、所長の飄々とした表情が、僅かに消える。

『ふむふむ……なるほど。――ラムザス、か』

その呟きには、聞き覚えのある響きがあった。

「はい。その口ぶり……所長は彼を知っているのですか?」

『……ああ。すまないが、この件は、どうやら私の責任でもあるようだ』

「えっ……?」

(ど、どういうこと……?)

(わからん。だが、何かしら関係があったと見るべきだな)

私とエレンが内心で言葉を交わす中、所長は、少しだけ、遠い目をして語り始めた。

『ラムザスはね、ベルノ王国魔法研究所の、元副所長なんだよ』

その一言に、私だけでなく、その場にいた全員が息を呑んだ。

「なんですって!?」

シイナさんとミストさんが、同時に驚愕の声を上げる。

『シイナ君とミスト君が研究所に来る、五年ほど前の話だ。私が、彼を強制的に解雇した』

「そ、それは……なぜです?」

『彼は、危険な思想を持っていた。……記憶とは、人の命そのものだ。肉体の命が心臓なら、魂の命は記憶だからね。その神聖な領域に、彼は、禁忌とされる手段で踏み込もうとした』

「禁忌……」

『っと、話が逸れたね。要するに、彼は人の更なる進化のためには、非道な人体実験もやむを得ない、という信条の持ち主でね。私とは、全く相容れなかった。だから、ベルノ王国王都の魔法研究所から、私が追放した、というわけさ』

「……概ね、理解しました」

シイナさんが、重々しく頷く。

「それで、今後のメモリスの件ですが、俺たちはどう動けば?」

『ふむ……うん、そうだねぇ。都市の根幹に関わる問題に、君たちは真正面から巻き込まれてしまった。研究所としても、無責任なことはできないだろう』

所長は、そこで数秒、考えるそぶりを見せ……そして、とんでもないことを言い放った。

「まぁ!そういうわけだから、シイナ君! 今回の件、君に全権を委任しよう!」

再び、静寂が落ちる。

「…………え? は?」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!? 所長!流石にそれは無茶苦茶です!!」

シイナさんの、冷静な仮面が、見事に崩れ去った。

『大丈夫さ、君は優秀だからね』

所長の、飄々とした声が響く。

『もちろん、全ての判断は君に任せるが、最終的な責任は、この私が取ろう。自分の成長のためだと思って、思い切ってやってごらん』

その声は、ふざけているようでいて、しかし、確かな信頼と覚悟が込められていた。

「はぁ……。もう、どうなっても知りませんよ……?」

観念したように、シイナさんが天を仰ぐ。

『うんうん、その意気だ!もし失敗したら……その時は、私と一緒に、ひもじい思いをしながら暮らそうじゃないか……!』

「そんな未来、絶対にお断りします……」

絶望の表情で、がっくりと肩を落とすシイナさんだった。

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