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第6話:魔法闘技の開幕

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-19 20:12:01

**────エレナの視点────**

 ──数日後。

 その日は、まるで世界の始まりを祝福するかのように、一点の曇りもない紺碧の青空が王都の上に広がっていた。

 王都の中央、巨大な円形闘技場の上空には、いくつもの“魔導結晶”が、天空の星座のように魔法の力で静かに浮かんでいる。それらは、これから繰り広げられる激闘の一部始終を鮮明に映し出し、闘技場の外にいる人々にまで熱狂を届けていた。

 地軸を揺るがすかのようなファンファーレが高らかに鳴り響く。

 それに呼応して、観客席を埋め尽くした何万という人々から、堰を切った激流のごとく歓声が沸き上がった。

「さあ皆さま!! 長らくお待たせいたしました! 王都が一年で最も熱く燃え上がるこの季節がついにやって参りました! 栄光と誇りを賭けた魔法の祭典、魔法闘技──ただいまより、華々しく開幕でございます!!」

 魔力で増幅された司会者の張りのある声が、闘技場の隅々にまで届く。

「出場する選手たちへ、そしてこれから紡がれる新たなる伝説へ! 熱き魂のこもった声援を送る準備はできているかーーーッ!!?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 地鳴りのような咆哮が天を震わせ、空気そのものが波打つ。

 私は控室の窓越しにその光景を見つめながら、胸が高鳴るのを抑えられなかった。

***

「エレナ君……そろそろ、時間だ。エレン君と交代してくるといい」

 静かに声をかけてきたのは、王都大教会の司祭様。

 私たちが“二人でひとつ”の存在であることを知り、見守ってくれる、数少ない理解者の一人だ。

「……はい。今から、エレンと交代してきますね。司祭様、いつもありがとうございます」

 一礼し、私は人気のない一室へと足を運んだ。ここが、私たちが意識を交換するためのささやかな聖域。

 重厚な扉を閉じると、外の喧騒が遠ざかる。私は目を閉じ、深く内へ沈んでいった。

(エレン、準備はできてる? 緊張は……してないと思うけど)

(ああ、問題ない。むしろ楽しみだ。人間相手に、しかも衆人環視の中で剣を交えるなど……ふっ、少しだけだが、この腕が鳴る)

 いつもよりわずかに熱を帯びた声。その高揚が伝わってきて、私は眉を寄せる。

(だ、だからって……くれぐれも、やりすぎないでよ! 相手は魔物じゃないんだからね!)

(善処はしよう。だが“手加減”を求めるなら、それはお門違いだぞ、エレナ)

 その言葉を最後に、私の意識は優しい微睡みに沈んでいった。

**────エレンの視点────**

 身体の主導権が完全に“私”へ移る。

 白銀の髪がふわりと肩に流れ、瞼を開けば深紅の光が闇よりも鮮やかに瞬いた。

 選手入場ゲートから歩み出ると、太陽の光が降り注ぎ、闘技場の中央が照らされる。

 一斉に浴びせられる好奇の視線と、割れんばかりの歓声。

しかし、それも一瞬、闘技場全体が息を呑むように静まり返り……次の瞬間、爆発的などよめきが広がった。

 ……これまで夜にしか姿を見せず、常にフードで顔を隠してきた。

 だが――今日だけは違う。

 白銀の髪が陽光を浴びて煌めき、深紅の瞳が観衆を射抜いた。

「女……!?」「嘘だろ、エレンって女だったのか!?」「信じられない……!」

 視線が一斉に突き刺さる。

 私は微動だにせず、その全てを受け止めた。

 私は歩きながら舞台を分析する。

(観客席は天空まで届く高さ。死角は無い。小細工は通じないだろう。純粋な技術の応酬になる。……壁のルーンは足場に使えるか。床のレンガも継ぎ目を狙えば利用できる。なるほど、面白い舞台だな)

 実況の声が再び響く。

「選手には全員、特製の祝福の鎧を装備してもらっているぞ! 一定以上のダメージで破壊されれば敗北! 場外に落ちても即敗北だ!」

(単純明快だ。まさに私向きだな)

「鎧には高位の治癒の祝福も付与されている! 致命傷の心配は無用! 思う存分戦ってくれェェ!!」

(ふむ……遠慮はいらん、ということか)

 観客席が再び大きく揺れた。子供たちが身を乗り出し、大人たちは拳を突き上げ、声を張り上げる。熱狂が波のように押し寄せ、空気が熱を帯びていく。

***

 反対側のゲートから、炎のような青年が現れた。

 黄金色の髪に、燃えるオレンジの瞳。歩みの一つ一つに自信と闘志が滲んでいる。

(炎系統の騎士。接近戦主体……だが、その自信、何か隠しているな。面白い)

「アンタが、噂の“S級剣士”エレンか?」

 グレンは口角を上げ、挑発的に笑う。

「ああ。よろしく頼む、グレン」

「まさか……女だったとはな。だが、相手が女だろうとS級だろうと、俺は容赦しないぜ」

 鋭い視線をぶつけ、腰の剣に手をかける。

「おうとも。全力で来い」

「……俺の噂、耳にしてねぇみたいだな? 後悔するなよ?」

 互いに剣へと手を伸ばす。視線が交わり、火花が散るような緊張が張り詰めた。

 ──ゴォォォォン!

 開戦の鐘。

 私は即座に地を蹴った。

 瞬きする間に間合いを詰め、胴へ雷光の如き一突き。

「っ……うぉっ!? 速ぇ……!」

 驚愕の声と同時に、彼の剣が辛うじて私の突きを防ぐ。

 甲高い金属音が闘技場に響き渡り、観客席からどよめきが走った。

(防がれたか……だが受け止めるのが精一杯。次は遅れるだろうな)

「やるじゃねぇか……! なら、こっちの番だ!!」

 彼はすかさず反撃に転じる。右手の剣に紅蓮の炎が灯り、灼熱の刃と化す。

 振り下ろされる瞬間、熱波が肌を焦がすように襲いかかる。

 私は最小限の動きで回避し、着地と同時に横薙ぎの斬撃。

 刃が鎧の肩口を裂き、パキンと破壊音が響いた。

(――好機だ)

 体勢を崩した胴へ、私は体重を乗せた鋭い蹴りを叩き込む。

 鈍い衝撃音と共に、彼の身体が大きく弾かれ、硬い床へと尻もちをつく。

「……ッ! がはっ……!」

 苦痛と驚愕が入り混じった表情。彼の瞳に混乱の色が浮かぶ。

「ま、まじかよ……」

 ほんの数合で主導権を奪われたという現実に、観客席から一斉に大歓声が巻き起こった。

「エレン!! エレン!! エレン!!」

 子供も大人も声を揃え、闘技場全体が揺れる。

 私は静かに剣を構え直し、観衆の熱狂を背に受けながら心の奥で呟いた。

(……まだだ。これでは満足できん)

 燃え上がるのは歓声ではない。

 剣を通じて魂と触れ合う、このヒリつく感覚こそが、私を熱くさせる唯一のものなのだ。

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  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第82話:海賊の奇襲

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