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第九話

مؤلف: おまゆた
last update تاريخ النشر: 2025-02-10 16:29:53

 ジセルの部屋は、柔らかな午後の日差しが窓から斜めに差し込み、埃がキラキラと舞う中、どこか懐かしく温もりを感じさせる空間になっている。壁には今より幼い頃の写真や思い出の品々が飾られ、木の温もりを感じる床には、日常の静けさと共に、どこかしら不穏な期待が漂っている。

  そんなことはさておき──先程からレアの様子がおかしい。

「ふんふふーん♪」

 ルーナが来るまでの間、ジセルはこの部屋で静かに待機していた。いつも通りの自室、見慣れた風景──だが、今日の空気は普段とは違っている。何故かレアが、部屋の隅々まで目を輝かせながら鼻歌を奏でつつ掃除を始めたのだ。その姿は、部屋に降り注ぐ柔らかな光と相まって、まるで春風に誘われた花びらのように軽やかだった。

「お〜お〜随分とルンルンしてるなぁ、レア。めちゃめちゃ上機嫌じゃないか?」

「え〜? そうかな? ふふっ」

 ──やべぇ……やべぇよぉ!

 ジセルの胸の中で、どうしてこんなにも異様な空気が漂うのか理解し難く、不安と苛立ちが渦巻いている。

 相手の心の奥に何が潜んでいるのか、全く読めない。こんなにも機嫌が良いレアは、決して慣れ親しんだ姿ではない。

(一体何がそんなに楽しいんだよ、こいつは! レアがこんなんになっちまう事なんて、今までに無かっただろうがッ!)

 ジセルの心臓は不規則なリズムを刻みながら、警戒と戸惑いで大きく膨れ上がっていた。

「ル、ルーナが家に来る事がそんなに嬉しいのか?」

「へ? ふふっ、なんでルーナが来ることで僕が嬉しくなると思うの? あははっ! ジセルったら、面白いこと言うね! あ〜おかし!」

(……おかしいのはお前だよバカっ!!)

 レアの言葉に、ジセルの心の中では怒りと不安が交錯する。

(どう考えても、レアは普段この程度事で笑い転げるような奴じゃない。どこも面白くない事で腹抱えてるお前の方がオモ……いや、もはや冗談でもオモロいなんて言えないわ。正直怖い、非常に怖い!)

 部屋の窓からは、木々のざわめきと遠くで聞こえる鳥のさえずりが、平穏な午後のひとときを彩っている。しかしその平穏さとは裏腹に、ジセルは今──自分の内側で荒れ狂う感情を抑えきれずにいた。

「そ、それにしてもルーナ遅いなぁ? 別れてからもう数時間は経ってるし。あまりにも時間がかかりすぎだと思わないか?」

「う〜ん、確かにそうだね。もしかしたら今日は用事ができて、来られなくなっちゃったのかもね♪」

 レアは、どこか無邪気な笑みを浮かべながら、部屋に散りばめられた小物や家具の影に目を向ける。その眼差しは、まるで部屋の隅々に隠された秘密を楽しむかのように輝いていた。

「い、いやぁ……ルーナに限ってそれはないんじゃないか? それに『お母さんにこの事を話してくる〜!』とかそんな感じの事言って、一旦帰ったワケだろ? あのルーナの母親だぞ……お泊まりセットでも持たせて、どうにかして一晩過ごさせようとしてもおかしくない」

 ジセルは、薄暗い部屋の中で、ひっそりと漂う懸念の影を感じながら呟く。 『あのルーナの母親』といっても、まだ知り合いどころか面識すらないのだが──現在のジセルがルーナの母へと抱いているイメージはこんなもんであった。

「まぁ、いいんじゃないかな? お泊まりくらい! そこまで気にすることじゃないでしょ?」

「いや、うちの両親がルーナとの関係について肯定的な以上……『ジセルちゃんのお部屋で一緒に寝るのはどうかしらぁ♪』とか言い出した母上に対して父上が『おお、それは良い考えだ!』的なことを言って、無理矢理話を進めかねない。もちろん俺の意見などお構いなしにな……もしもそうなった場合、俺は今日──確実にルーナに襲われるッ!」

 部屋の中の空気は、一瞬にして張り詰めた。ジセルの瞳は、窓の外の陽光すらも恐ろしげに映し出し、内心の不安をより一層際立たせる。

「え"ぇッ!? それはマズイよ! どうにかお泊まりはしない方向で話を進めないとッ!」

「うおッ!?」

 レアは急にその明るい顔立ちを一変させ、ズイっとジセルの目の前まで顔を寄せながら、彼の鼻元に目掛けて大声で抗議を始める。その声は、狭い部屋の隅々にまで響き渡り、静寂を突き破るようだった。

(……クソびっくりした。さっきは『良いんじゃないかな? お泊まりくらい!』とか言ってたのに、急に意見が変わり過ぎだろ!)

 ジセルの心臓はドクドクと早鐘のように鳴り、冷や汗が背中を伝う。

「……ルーナがジセルの部屋にいたら僕が」

「ん? 何だって? すまんよく聞こえなかったからもう一回言ってくれ」

「な、なんでもないよ♪」

 ──いや、絶対なんかブツブツ言ってただろ。

 レアの小さな仕草に、ジセルはその背後に潜む本音を探ろうとするが、レアは一笑に付す。薄暗い部屋の一角では、レアの笑い声とジセルの心臓の鼓動が、不穏なリズムを奏で始めていた。

(まぁ、レアがなんでもないって言うなら別に……無理に聞き出す必要はないか)

 すると、木製の扉がぎいっと軋む音とともにノックされ、部屋の静寂を破る。ジセルは、そっと視線を窓の外に向けながら、これがルーナの到着を告げる合図かと期待する。

「ジセルちゃ〜ん! 入るわよ〜!」

 しかし扉を開けたのはジセルの母、ソフィアだった。部屋の隅に置かれた小さな観葉植物や古びた本棚が、母の柔らかな物腰と相まって、ほっとする雰囲気を醸し出している。

「は〜い、母上がわざわざここまで来るなんて珍しいね。どうしたの?」

「それがねぇ〜? さっきルーナちゃんが来てくれたんだけど……」

***

 明るい日差しが窓から差し込み、来客室に落ちる柔らかな光が、壁の飾りや散らばった参考書に長い影を落としている。部屋はいつものような落ち着いた雰囲気を漂わせていたが、その中にひときわ災いを呼ぶ会話が始まろうとしていた。

「ごめんなさい、ジセルのお母さん!」

 しばらくの沈黙の後、ソファの上に座っていたジセルの母、ソフィアがにこやかな笑顔を浮かべながら話し始める。

「あらぁ、ソフィアで良いわよ〜!」

 彼女の声には、どこかウキウキとした響きがあり、その表情は普段の厳しさを忘れたかのように柔らかかった。

「……でも残念だわぁ。私、ルーナちゃんとお勉強会するの楽しみにしてたのに〜」

 ソフィアの声は部屋の隅々にまで広がる温かい空気とともに、どこか憂いすら感じさせた。彼女の眼差しは、まるで過ぎ去った楽しいひとときを惜しむように柔らかく光っていた。

「お母さんに相談したら、ちょっとしばらく準備をしてからにしようって事になって……良かったら今度『お泊まり』させて貰えたりしませんか?」

 その言葉に、窓の外に見える街路樹のざわめきさえもが、一瞬だけ空気を凍らせたかのようだった。室内に漂うほんのり甘いアロマの香りが、突如として一層の緊迫感を醸し出す。

「やだぁ〜! 良いわねぇ『お泊まり』! じゃあ、その時はジセルちゃんのお部屋で一緒に寝るっていうのはどうかしら!」

 ソフィアの声はまるで子供じみた興奮を隠し切れず、部屋中に弾ける笑い声と共に広がる。壁際の小さな観葉植物すらも、彼女の明るさに共鳴するかのようにそっと葉を揺らしていた。

「え、良いんですか!? はい、是非そうさせてください!」

「決まりね! じゃ、いつでも待ってるわぁ〜! ルーナちゃん、またねぇ〜!」

「はい、また来ます! ソフィアさん!」

 ソフィアは明るい笑顔を残し、軽やかな足取りで部屋を後にする。扉が閉まると、室内には再び静寂が訪れ、ただ時計の秒針が規則正しく刻む音だけが響いていた。

***

「……っていう事があってぇ、今日の勉強会はなくなっちゃったの!」

 その声は、先ほどの軽快な会話とは対照的に、どこか悲痛で虚ろな響きを持っていた。

「へ、へぇ〜」

 ジセルは部屋の隅に置かれた古びた机の前に立ち尽くし、薄暗い天井を見上げながらその言葉を呟く。部屋の一角に散らばる受験参考書とノートたちは、まるで未来への希望を宿すかのように輝いて見えたが、今はその輝きさえもどこか遠く感じられた。

(俺の居ない所で勝手に決まってる事があった様な気がしたんですが、気の所為でしたか? ……いや、気の所為じゃないよねぇッ!? 『決まりね!』じゃないよねぇッ! 俺の意見は? 俺の介入する余地は? ルーナもう帰っちゃったんですけど……もう変えようの無い未来になってしまったんですけどッ!)

 ジセルの内心の独白が、部屋にこもる不安と絶望の気配と同調するように、静かに、しかし確実に膨れ上がっていく。ジセルの心は、ひとときの温かい家庭の空気と、今まさに突き刺さる冷たい現実との間で激しく揺れていた。

「と、いうことで! 今度のお泊まりの時にジセルちゃんとルーナちゃんがラブラブする為の時間はママが作っておくからぁ! 心の準備……しておいてね、ジセルちゃん♪」

 母ソフィアの声は、どこか楽しげでありながら、ジセルの心に鋭く突き刺さる。一方で、部屋の窓辺に置かれた小さなカーテンが、風にそよぐ音と共に、彼の孤独を象徴するかのようにかすかに揺れていた。

 そうして上機嫌に部屋を出ていく母とは対極に、先程まで機嫌が良かったはずのレアがブツブツと何かを言いながら棒立ちしていた。

「……お、お泊まり……確定して、る」

(いや……俺がこうなるのなら分かるが、レアがショックを受けているのは意味が分からない)

 レアの瞳は、まるで遠くの虚空を彷徨うかのように虚ろで、どこか取り返しのつかない現実を映し出していた。彼はしばらくの間、動かずにその場に佇み、やがて重い足取りでジセルの部屋を退出していく。その姿は、夕日に照らされた影が長く伸びていくかのように、どこか切なさを帯びていた。

「……ふぅ」

 ジセルは、レアの去っていく後ろ姿をぼんやりと見送りながら、疲れ切った体を引きずるように背中からベッドへと倒れ込んだ。枕元には、これまで積み上げた受験勉強の資料や、何度も書き直されたノートが無造作に散らばっており、まるで彼の今の心情を映し出すかのように乱雑だった。

「勉強……するか」

 彼はため息混じりに、机に向かうと、受験勉強に没頭する覚悟を固めた。部屋の中は静寂に包まれ、時計の針の音と、遠くでかすかに聞こえる風の音だけが、孤独なジセルの新たな決意を静かに讃えるかのように響いていた。

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