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第257話

Autor: ルーシー
人々が駆けつけると、沙羅はすぐに愛莉の傷を確かめに走った。

薫は、玲奈が犬に噛まれているのを目にしながらも、ただ傍観するばかりで助けようともしない。

逆に洋は、どこからか棒を見つけてきて、必死に犬を叩いていた。

だが犬は異様な執念で、玲奈の腕に食らいつき離そうとしない。

洋は棒で叩きながら、声を張り上げて威嚇するしかなかった。

一方の薫は面倒そうに犬から目をそらし、愛莉の方を振り返る。

小さな脚から血が滲み、いくつもの傷が刻まれているのを見て眉をひそめた。

「愛莉の足、血が出てる!

急いで病院へ!」

その言葉に、沙羅はすぐさま愛莉を抱き上げ、走り出した。

薫も後に続いたが、ふと気づくと智也が一緒に来ていない。

振り返れば、智也は犬を蹴りつけていた。

何度も蹴られて犬は呻き声を上げるが、それでも玲奈の腕を離そうとしない。

薫は、智也が玲奈を助けようとしていることを悟った。

だが今は、子どもの命の方が優先されるべきだ。

「智也!早く来い!

愛莉の傷はすぐに処置しないといけない。

玲奈のことは洋に任せろ!」

智也は迷いながらも、振り返って洋に声をかけた。

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  • これ以上は私でも我慢できません!   第570話

    想像に難くない。薫がどれほどの力で投げたか――グラスを智也が受け止めたのを見て、薫は焦ったように言いかけた。「智也、お前――」だが言い終える前に、智也は玲奈を腕の中へ引き寄せ、庇うように抱き込んだ。そして冷たい視線を薫へ向け、氷窟に落とすような声で言い放つ。「出てけ」薫は唇を震わせ、今の言葉が本当に智也の口から出たのか信じられなかった。呆然としたまま、ようやく怒鳴り返した。「出てけってんなら出てく!智也、あとで後悔すんなよ!」薫が上着を掴んで出て行こうとした瞬間、洋が慌てて立ち上がり、その腕を掴んだ。「薫、何してんだよ!」薫は振り返り、洋を睨みつけた。「出てけって言われたんだぞ。俺に何ができる?」洋は眉を寄せ、宥めるように言う。「落ち着け。智也だってそんなつもりじゃ――」薫は乱暴に腕を振りほどいた。「そんなつもりなんだよ」そして吐き捨てる。「頭おかしいのは俺じゃなくて、あいつだ」そう言い残し、薫は怒りのまま出て行った。洋が追いかけようとした、そのとき。玲奈を抱き込んだままの智也が、低い声で言う。「......ケーキ食わないのか?」洋の足が止まる。それでも薫の去った方向が気になって、視線が揺れた。すると智也が追い打ちをかける。「ケーキは玲奈が用意した。食わないなら、お前も出てけ」そこまで言われては、洋も腹を括るしかない。歯を食いしばり、席へ戻った。玲奈は智也の胸の中で、彼の手から漂う血の匂いを嗅いだ。割れたグラスの破片で切ったのだろう。出血は多いが致命傷ではない。――致命傷だとしても、彼女が心配する理由にはならない。玲奈は身を起こし、何事もなかったように俯いて食事を続ける。問いかけも、気遣いもない。その態度が、智也の胸をえぐった。手を負傷したせいで、箸すらまともに持てない。玲奈に取り分けてやることもできない。それでも、玲奈が目の前の数品だけを淡々と口に運ぶのを見て、智也は堪えきれず洋に言った。「洋。玲奈に取り分けろ」洋はさらに目を見張ったが、玲奈を嫌ってはいない。智也が怪我をしている以上、言われた通りにするのが筋だ。少し考え、洋は短く答えた。「......わかった」彼は玲奈の

  • これ以上は私でも我慢できません!   第569話

    智也の怒号は、その場にいた全員を黙らせた。普段から智也の怒りを見慣れている薫と洋ですら、反射的に体を強張らせる。二人は思わず智也を見た。その目には驚きと――そして、怪我を案じる色が混じっていた。智也の隣に座る玲奈も、さすがに大きく動揺した。ただし彼女は顔色一つ変えず、笑いも怒りも浮かべない。皆、智也の怒りに圧倒されて沈黙した。けれど薫だけは、怒りが収まらない。思い切り言い放つ。「関係ねぇ女のために、親友にそんな顔するのか?」智也は薫と視線をぶつけ、冷えた声で返した。「玲奈は俺の女だ。お前が彼女を侮辱するってことは、俺を侮辱してるのと同じだ」薫は凍りついた。信じられない、とでも言いたげに智也を見る。「智也......お前、自分が何言ってるかわかってんのか?」ここまで露骨に玲奈を庇う智也を、薫は見たことがない。洋も同じだ。結婚して五年――玲奈のことでここまで怒る姿など、これまで一度もなかった。しかも相手は薫だ。それでも智也は一歩も退かない。「わかってる」掌から血が落ち続け、卓には小さな血溜まりができた。だが玲奈は、その傷に一切反応しない。彼女は医者だ。心配して当然なのに――彼女は見もしない。その無関心が、智也の胸を針で刺した。彼はナプキンを乱暴に掴み、傷口を押さえつけた。薫と洋も、玲奈の反応を見て目を見張った。昔なら玲奈は飛びついて、智也の手を必死に押さえただろう。それが今は、微動だにしない。重たい空気が張りつめたまま――数秒後、洋が慌てて場を回した。「......はいはい、もういい。飯を食おう。誕生日なんだから、空気を壊すなって」薫も、智也が怪我をしているのを見てひとまず怒りを飲み込む。だが酒を二口ほど飲んだところで、薫の視線が玲奈へ刺さった。何かを思いついたように、笑みを作ってグラスを掲げる。「智也が自分の女だって言うならさ。今日は洋の誕生日だろ?彼の女として、洋に一杯くらい敬うのが筋じゃねぇの?」洋はテーブルの下で薫の脚を蹴って止めた。だが薫は足をずらしただけで、取り合わない。玲奈には分かる。これは嫌がらせだ。彼女は酒が飲めない。迷いなく顔を上げ、薫を見て、きっぱり断った。「

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    智也が「座って」と言ったその瞬間、彼は一歩脇へ退き――玲奈の小さな姿が皆の視界に入った。主賓席には洋。その隣には薫。ほかの面々は周囲に散って座っている。視線が一斉に智也の背後へ集まった。洋は目を見開き、信じられないものを見るように玲奈を見つめる。そして薫は、玲奈を見た瞬間、顔色を一気に冷やした。だが智也は周囲の反応など意に介さない。玲奈が持っていた贈り物の箱を受け取り、洋に差し出して言った。「彼女が用意した。受け取れ。誕生日おめでとう」玲奈も形だけ添える。「洋さん、お誕生日おめでとう」この場で玲奈にまだ比較的まともに接してくれるのは、洋くらいだ。だから祝辞を口にするのも、別に抵抗はなかった。洋は箱を受け取り、声を震わせた。「ありがとう......」すると、誰かが首をかしげて口を挟む。「......沙羅さんじゃないの?」その問いに、智也は堂々と視線を向け、はっきり答えた。「違う。ずっと俺の隣にいるのは、この人だ」洋は贈り物を脇の小さな台に置き、そっと薫の方を見た。玲奈が現れてから、薫の顔色は一度も晴れていない。今の智也の言葉で、その不機嫌さはさらに深くなった。――このままだと、揉める。そう察した洋は慌ててグラスを掲げ、場を仕切った。「さ、こうして集まれたのも縁だ。今日は俺の誕生日だし、みんなで乾杯しよう。俺の誕生日に、祝杯!」言い終えると、洋は薫の腕を軽くつつき、無理やりでもグラスを上げさせる。薫も我に返ったように、渋々グラスを持ち上げた。玲奈もグラスを握り、口元へ運ぼうとした――そのとき。智也の手が伸びてきて、玲奈のグラスを押さえた。同時に、個室の外へ声を投げる。「すみません。水をください」運ばれてきた水を、智也はグラスに注いで玲奈の前へ置いた。そして微笑む。「お前はこれ」――ずっと欲しかった守られ方。なのに今の玲奈は、笑いたくなるだけだった。水の入ったグラスを握りながら、胸の中には苦さしか残らない。そもそも彼女は愚かじゃない。酒を飲むようなふりをしても、口を濡らす程度で済ませるつもりだった。子宮内容除去術からまだ一か月も経っていない。身体のために、しばらくは酒など口にする気はない

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