로그인英玲奈side
朝、部屋で出勤の支度をしている時のことだった。スマートフォンが小刻みに震え出し、会社スタッフからの着信を告げる。
仕事前のこんな朝早い時間に連絡をよこしてくるなんて珍しい。スタッフの身に何かあったのかと心配になりながら急いで出ると、焦った声が聞こえて来た。
「はい、三越です」
「……英玲奈さん、あー繋がってよかった。今どこですか?ネットのニュースを見ましたか……!?」
「どこって家にいるけれど……ニュースって一体、何のこと……?」
凱side南雲グループの社長・副社長逮捕による解体劇が完結し、アレス主導による新会社の始動も順調に軌道に乗り始め、本来ならばすべての問題が解決し、穏やかで満たされた時間を過ごすはずだった。しかし、俺の胸の中には拭い去ることのできない冷たい違和感が、日に日に大きく渦巻いていた。(英玲奈の様子がおかしい……何かあったのか? 俺が、何か気に触るようなことをしたか? それとも、やっと実家との長年の確執が片付いて、緊張が切れた疲れが出ただけなのか……?)南雲の件が終わって以降、英玲奈はどこか意図的に俺と距離を置いているように見えた。自宅でも、どこか遠くを見つめるような儚い瞳をしていたり、リビングにいるのに俺がいくと自室にスッと戻っていき、二人きりになっているのを避けているように感じられた。交わす会話も壁を作ったような余所余所しいもので、新会社の業務に関わることのみだ。異変に気づきながらも、俺はその違和感をどう言葉にして確かめればいいのか分からない。踏み込んでいい物なのか、そっとしておいてほしいのか……英玲奈も俺も自分のことをあまり話す方ではなかった。そのせいで、違和感を感じた時にどう対処していいか、また英玲奈がどんなことを望んでいるのかもサッパリだ。(英玲奈のことで知っていることと言えば
英玲奈side父が逮捕され、空家となっていた南雲邸が競売の末に解体されることになった。もう実家へは行かないと決めていたが、亡き母の思い出の品々だけは処分させたくないと思い、加藤に付き添ってもらい、久々に実家へと足を運んだ。主を完全に失った邸宅は、息が詰まるほど静まり返り、どこか埃っぽく暗く沈んだ空気が重く漂っていた。手入れの途絶えた荒れ果てた庭を通り抜け、足を踏み入れた静まり返る廊下に自分の足音だけが空虚に響き渡る。この家から飛び出した時、自分の部屋の荷物は入念に確認して持ち出したものの、屋敷の奥にある倉庫の中までは見れていなかった。錆びついた重い扉を加藤が全身の力を込めて押し開けると、ギギギ……という音を立てながらゆっくりと扉が開かれる。光の届かない薄暗い倉庫の奥、一つ一つ中身を確認していくと、母の文字で『英玲奈』と書かれた箱があった。埃を払って封を開けると、そこには何枚もの子供服が綺麗に畳まれて保管されていた。「これは……」幼い頃、母が私のために自らデザイン画を描いて作ってくれた服だった。繊細な小花柄や爽やかなギンガムチェック、胸元にふんわりとチュールのついた可愛らしいワンピースたちが、静かに眠っている。その服たちを愛おしく両手に取った瞬間、私の記憶の底にずっと眠っていた温かな母の声と柔らかい笑顔が鮮明に蘇ってきた。
英玲奈side食事が終わり、店を出ると夜の冷たい風が頬をかすめる。店先に立ち、タクシーを拾おうとした時、凱の方から「家まで送る」と瑠理香さんに声を掛けていた。その誘いに、瑠理香さんは私の方をちらりと見て少し考える仕草をしてから凱の目を見てニコリと微笑んだ。「一人で帰れるから大丈夫よ。それに英玲奈さんもいるんだし、夫婦の邪魔をしたら悪いわ」そう言って辞退したが、私を見つめながら試すような眼差しで言葉を繋いだ。「でも凱、今日の昼に話した共同投資の件でもう少し詰めておきたいことがあるの。今度は二人でゆっくり食事でもしながらどうかしら?」私の目の前で堂々と凱を食事に誘う瑠理香さん。私を意識した牽制であることは明らかだった。「ああ、分かった。いくつか候補をあげるから、瑠理香の都合のいい日にしてくれ」しかし、凱は何の疑いも抱かず、あっさりと承諾している。そのやり取りを見つめながら、胸の奥に小さな小さな不快感が広がっていた。帰りのタクシーの車内は、お互い一言も喋らず沈黙が続いていた。元々、私も凱も自分から積極的に話をするタイプではない。だから普段から、二人でいる時はこうして静かな空気が流れていることが多かった。
英玲奈side凱と瑠理香さんは大学時代からの知り合いで、常に学内の成績トップを競い合っていたという。卒業後は、二人揃って同じ大手海外投資銀行に入社し、同期としてキャリアをスタートさせたそうだ。知能だけでなくビジネスの才覚にも恵まれた二人は、若くして数々の大型プロジェクトに携わり、社内でも圧倒的な存在感を発揮したらしい。「大学時代から一緒だったから、社内でも二人でセットと捉えられていたわよね。私も、凱と一緒だと価値観も似ているから話が進むのも早いし、仕事しやすくて助かっていたけど」「それを言うなら俺もだ。瑠理香は俺とは違った視点も持っているから、視野が広がっておもしろかったよ」どれほど背伸びをしても決して追いつくことのできない、華やかな経歴と濃密な時間を一緒に過ごしてきた二人。次々と運ばれてくる料理に手をつけながら、私は二人の思い出話にただ静かに頷くことしかできない。「そう言えば二人は、どうやって知り合ったの……? きっかけは何だったの?」瑠理香さんが興味津々な表情で尋ねてきた時のことだった。タイミングよくテーブルの端に置かれた凱のスマートフォンがブブッと小さく震えると、ディスプレイに表示された名前を見た凱は、少しばかり顔を歪めて申し訳なさそうに席を立った。「すまない、ニューヨーク支社から緊急の電話が入った。少し席を外させてもらうよ」
英玲奈side瑠理香さんが予約してくれたのは、都内の閑静な住宅街にひっそりと佇む、洗練されつつもどこかカジュアルな雰囲気のレストランだった。スタッフに案内され個室の扉を開けると二人は既に到着していて、向かい合わせに座り、ワイングラスを優雅に傾けながら楽しそうに談笑していた。「英玲奈、遅かったな。大丈夫だったか?」「英玲奈さんっ! 急なお誘いでしたのに、来てくださってありがとうございます。お話しできてとても嬉しいわ」二人からの温かく好意的な視線を受けながら、私は凱の隣の席へと静かに腰を下ろした。(私の思い過ごしだったのかな……。初めて会った時、瑠理香さんはただ凱のことを心配して、それで声をかけてくださっただけ……。過去のトラウマとなった家族が結婚したときなんて、誰だって不安に思うもの。それが大切な人だったら尚更だわ……)三人でワインを口に含みながら、話をするが、まだ共同プロジェクトが正式に始動していないこともあり、守秘義務もあって仕事の具体的な話は一切出なかった。役職が上がれば上がるほど、こうした守秘義務や境界線を引くのはごく当たり前のことだ。それは私も理解していて、例え夫婦でも凱が私の関わっていない仕事の詳細を話さないことに不満を持ったことも、話して欲しいと思ったことも一度もな
凱side旧南雲グループの再編が一段落した直後、大手海外ファンドの日本市場責任者である佐伯瑠理香から大規模な共同投資プロジェクトの打診が舞い込み、俺はオフィスの会議室でデスクの上に広げられた資料に瑠理香と目を通していた。「凱、このポートフォリオの配分だけどヨーロッパの市場リスクを考慮してこちらで修正しておいたわ」「ん……ああ、助かる。ありがとう」俺が気になっていた懸念点を瑠理香も正確に感じ取っていたようで、指摘をする前にすっと完璧な修正版を差し出してくる。瑠理香は洗練された国際感覚に優れ、市場の先行きを鋭く見抜く確かな手腕を持っている。昔からの馴染みで長年の信頼関係があるおかげか、こちらが一から十まで説明しなくとも阿吽の呼吸で意図を汲み取ってくれるため、非常に仕事が進めやすかった。「概要はここまでだけど、本格的に話を進めていいかしら? 大丈夫なら、プロジェクトチームを発足してお互いにやり取りをしましょう。プロジェクト責任者を各社一名と担当者を数名お互い出して詳細なやり取りはチームでやってもらうのはどうかしら?」「同感だ。最終チェックは俺たちがやるようにして、あとは現場サイドに任せよう。こちらでも優秀なメンバーを何人か人選しておく」「それじゃ、その方向で進めましょう」