LOGIN真里奈は彼に素っ気ない態度を崩さず、千鶴にだけ問いかけた。「じゃあ、どうするのがいいと思う?」「まずは……様子を見に行くのが先だと思います」母親が梨花のことをどれほど気にかけているか、千鶴はよく分かっている。「体調が落ち着いて、お腹の赤ちゃんも安定してから、タイミングを見て話すつもりですが、どう思います?」昨夜、顔色の悪い梨花の様子が頭から離れず、千鶴はほとんど眠れなかった。万が一のことがあったらと思うと気が気ではなかったのだ。今朝、竜也に確認して、状態は悪くないと聞いてようやく少し安心した。だからといって、いきなり訪ねていって爆弾のような事実を投げるわけにもいかない。自分たちが血のつながった姉妹だといきなり告げるには重すぎる。三浦家の人たちにとって、行方の分からなかった末娘が見つかったのは、この上ないめでたい事である。知らせを聞いて紅葉坂から急いで駆けつけた祖父母たちは、その場ででも黒川家へ出向いて名乗り出たい勢いだったほどだ。しかし、梨花にとってはどうか。彼女は一人で苦しい時期をすべて乗り越えてきた。今では私生活も満ち足り、仕事でも名が知られる存在になっている。もう三浦家の助けがなくても生きていけるのだ。助けにもならないのに、かえって負担をかけるような真似はできない。自分のために真里奈が長年不自由な体になったと知れば、彼女の性格からして強く自責するはずだ。短期間にまた感情が激しく揺れれば、子供への影響も心配になる。真里奈も当然、何より梨花の体調を優先している。「分かった。じゃあ、ごちゃんの好きなものを多めに用意して。智子さんへの贈り物も忘れずにね」まだ正式に名乗る段階でなくても、事情を知ったうえで初めて訪ねるのだ。ごちゃんのために、できる限りの体裁は整えたかった。「大丈夫です、もう手配してあります」千鶴はすでに準備を終えた。―――クリニックでは、和也が梨花の状況を知ると、迷わず長期休養を言い渡した。しばらくは仕事を離れ、安心して養生するようにと。朝食を済ませた梨花は、裏庭で日向ぼっこをしながらのんびり過ごしていた。足元ではユウユウが伏せて、時おり尻尾をゆっくり揺らしている。竜也が果物の皿を手に外へ出てくると、その光景が目に入った。彼は思わず足を止め、わずかに見入っ
黒川総合病院、特別室。昨夜、梨花が無事に帰宅したという知らせを聞いて、真里奈は張り詰めていた糸が切れたように、泥のように深く眠っていた。目を覚ますと、淳平と千鶴がベッドの脇に付きっきりで寄り添っていた。真里奈は淳平には目もくれず、長女の千鶴に痛ましげな視線を向けた。「ずっとここにいてくれたの?」「母さんのそばにいないと安心できませんわ」千鶴の目元には隠しきれない疲労の色が滲んでいるが、長年こうして過ごしてきた彼女にとっては慣れたことだ。真里奈の身支度を手伝い終えると、彼女にせがまれるまま昨夜の出来事を一部始終報告し始めた。全員無事に帰還したとはいえ、真里奈はやはり肝を冷やした。「あの子がたった一人で、あんな大男をねじ伏せたっていうの?」「ええ」千鶴は頷いた。彼女自身、この妹に対して密かに感心したのだ。三浦家の三姉弟は幼い頃から彰俊の厳命で護身術を叩き込まれてきた。だが、あの眼鏡の男も明らかに手練れだ。もし自分があの場にいたとしても、そう簡単に制圧することはできないだろう。あの銀の針を袖口に忍ばせた時、千鶴はそれに一縷の望みを託したに過ぎなかった。まさか梨花が本当にその針一本で自分の身を守り抜き、あまつさえ交渉の主導権まで握ってみせるとは、夢にも思わなかった。話している最中に、秘書の陽子がノックをして入室し、千鶴の耳元で何かを囁いた。千鶴はわずかに眉を動かすと、立ち上がって真里奈に言った。「お母さん、ちょっと仕事のトラブルみたいで、少し席を外します」「分かったわ」真里奈は疑いもしなかった。千鶴の仕事は特別で、機密事項も多い。三浦家の人間は皆、それに慣れている。病室を出て、陽子が扉を閉めた瞬間、千鶴の瞳からは先ほどまでの温かみが消え失せ、氷のように冷徹な光を宿していた。「桃子は流産した?」陽子は首を横に振った。「懸命に処置しているようですが、正直なところ厳しいかと。原口家はこちらの黒川総合病院にも連絡を寄越し、産婦人科の権威である金子教授に、転院を受け入れてほしいと懇願してきましたが、即座にお断りしました……」「もういいわ」千鶴は淡々と話を遮り、指示を下した。「配置している部下を帰らせて。しばらくあそこの監視はいらない。それと、この件はお母さんには内密にね」三姉弟
竜也は梨花に目を向けた。彼女は何食わぬ顔をしていて、少しも悪びれた様子がない。彼は鼻で笑った。「おばあちゃんは知ってるのに、俺は聞いてないけど」梨花は厚焼き卵を醤油につけながら、平然と答えた。「言ったわよ」「いつだ?」竜也は少し考えてから言った。「まさか、俺が寝てる時じゃないだろうな?」「……」梨花は黙り込んだ。さすがに、「確かにベッドにはいたけれど、あなたが眠っていたわけじゃない」とは言えなかった。あの時、確かに伝えたのだが、彼は長いことご無沙汰だったせいで、すっかり余裕をなくしていて、何も耳に入っていなかったのだ。それどころか、自分が「この子を実の子のように可愛がってほしい」と頼んでいるのだと勝手に勘違いしていた。「なんで黙ってるんだ?」梨花が相手にしないのを見て、竜也がさらに問い詰めようとしたその時、智子の視線が梨花の少し赤くなった耳元に留まった。何かを察した智子は、眉をひそめて竜也の小皿に煮物を入れた。「食べてる時くらい静かにしなさい」智子はお手伝いさんに目配せして、おかずを梨花の前に並べさせながら、竜也への説教を続けた。「この数日、梨花はやっと落ち着いて食事ができるようになったんだから、食べ終わるまで静かにして」智子には、どう見ても梨花がここ数日で痩せてしまったように思えてならなかった。だからこそ、これからはしっかり食べて、ゆっくり休んでほしいと願っている。なのに、竜也は喋り続けている。どういうわけか、普段は無口なこの孫が、梨花の前ではやたらとおしゃべりになる。以前は無愛想すぎて女性に嫌われないか心配していたが、今では口うるさすぎて心配になるほどだ。外では絶対的な権力を持つ「黒川社長」が、今やおとなしく説教されている。その様子を見て、梨花は思わず吹き出しそうになりながら相槌を打った。「そうよ、智子おばあちゃんの言う通りよ」竜也は彼女を横目で見ると、観念したように言った。「はいはい。今はお前が本当の孫娘で、俺はただの居候の婿養子ってわけか」智子は間髪入れずに言った。「あんたみたいなのは、婿養子にもなれないよ」竜也は再び首を傾げた。「ん?」「口数が多すぎる」智子は真顔で答えた。味噌汁をすすっていた梨花は、危うくむせそうになりながら
その言葉が真治の口から出た瞬間、桃子は少しも驚かず、ただぎゅっと手のひらを握りしめた。「でも……医者に言われたの。まだ安定してないって。そういうことをしたら、流産するかもしれないって」遊び人でも、最低限の線引きくらいはあると思っていた。しかし真治は、まるで冗談でも聞いたかのように、照明をつけながら軽く笑った。「別に宝物ってわけでもないだろ。流産したらそれでいい」桃子は氷水を浴びせられたように凍りついた。寒さなのか、怖さなのか、自分でもわからない。ただ全身が小刻みに震え、最後の望みにすがるように声を絞った。「真治……私、妊娠してるの、あなたの子よ……」真治はさらに笑い、目に露骨な嫌悪を浮かべた。「誰の子かなんて、まだわかったもんじゃないだろ」桃子は信じられないというように目を見開いた。鈴木家に疑われるだけでも屈辱だったのに、この男にまでそう言われるなんて。しかし今の彼女には、関係を壊す余裕などない。歯を食いしばり、声を低くした。「疑うなら、今すぐ血液検査してもいい……親子鑑定でも何でも——」「いいって言っただろ。子ども一人くらいなんて、どうでもいい」そう言いながら、彼は桃子の腰を強く押さえつけた。余計な言葉も前触れもなく、スカートをまくり上げ、そのまま乱暴に入り込んだ。そこにあったのは、欲望と苛立ちのぶつけどころだけだった。「痛っ……!」桃子は背を反らし、体をこわばらせた。どこがどう痛いのかもわからない。ただ悲鳴を上げている。押し返そうとしても、びくともしない。いつの間にか涙が頬を伝っていた。意識が揺らぐ中、ふと孤児院での記憶がよみがえた。いじめても泣きもせず、ただ戸惑った顔で立ち尽くしていた、あの頃の梨花の姿。そして押し込めていた不満と憎しみが再び胸いっぱいにあふれ出した。なぜこんなにも不公平なのか。どうして梨花にばかり都合よく運が巡ってくるのか。それなのに自分はこんな最低な男に弄ばれる未来しか与えられないのか。いつか必ず、あの女を——嫉妬に呑み込まれ、表情が歪んだその時、真治が突然体を引いて、視線を彼女の下半身へ向け、舌打ちした。「くそっ……」まさか一発で流産かよ、と真治は思った。「どう……」そう言いかけた瞬間、下腹部に錐でえぐられるような激痛が走った。
奈緒子はこみ上げる笑いを必死に堪え、驚いたふりをして口元を抑えながら、夫の原口正和(はらぐち まさかず)に目を向けた。「あなた、どうしよう……」真治も顔色を変えた。桃子を見ている余裕などなく、運転手を見つめて尋ねた。「それって、こいつが三浦家の人間じゃないってことか?だったら、海人さんに伝えてくれ。俺が……俺が結婚したいのは、三浦家の千尋お嬢様なんだって……」「真治さん」運転手は笑いを含まない声で言った。「その言葉、絶対に海人様に聞かれない方がいいですよ。あの方は気が短いんですので、あなたを殺しかねません」そう言い捨てると、彼はアクセルを踏んで立ち去ろうとした。真治がそれを許すはずがない。親族たちの嘲笑の視線など気にする余裕もなく、ドアにしがみついて懇願するように言った。「た、頼む、海人さんに伝えてくれ!桃子と結婚するなんて、俺には無理だ!」桃子と結婚すれば、自分の人生は終わる。なにしろ家柄もなければ、品性も知性もない女だ。何の助けにもならず、ただのお荷物でしかない。運転手はブレーキを踏み、冷たい眼差しを向けた。「これは千鶴お嬢様のご意向です。不満がおありなら、直接お嬢様にどうぞ」真治の体が強張った。千鶴に直訴しろと?千鶴と彰人は、海人のような笑顔の裏に隠した凶暴さとは違う。一見すると道理をわきまえているように見えるが、実際は真綿で首を絞めるように、じわじわと相手を死地へ追いやる冷酷さがある。真治は喉を鳴らして観念した。「……分かった」運転手はそれ以上何も言わず、車を発進させて去っていった。門の外に停まっていた他の車も、次々とその後に続いた。広大な前庭には、桃子と原口家の人間だけが残された。真治が陰惨な視線を向けてきた時、桃子は思わず身震いした。覚悟はしていたつもりだったが、やはり背筋が凍るような恐怖を感じる。真治の顔の火傷はあまりに広範囲で、目尻までひきつれて変形している。奈緒子はまだ芝居を見足りないようで、ため息をついてから、にこやかに口を開いた。「真治、たとえ偽物のお嬢様で、家柄も悪くて、おまけにバツイチで、お義姉さんたちとは雲泥の差だとしても……あなたの子を身籠っているし、あなたがこのところ熱心にプロポーズした相手でしょう?千鶴お嬢様もそう仰っていることだし、
桃子がどれだけヒステリックに叫ぼうと、運転手は意に介さなかった。海人の運転手だから、千鶴や彰人の部下のような良識や一線など持ち合わせていない。海人の行動原理はいつだって、自分が楽しければそれでいいという一点に尽きる。運転手もその流儀を徹底していて、慌てる様子もなくブレーキを踏み、路肩に車を寄せた。すぐに、後続の三、四台の車も整然と彼の後ろに停車した。ここに至って桃子はようやく気づいた。海人が手配したのは一人だけではないのだ。最初から退路はすべて塞がれていた。たとえ運転手と刺し違える覚悟で挑んだとしても、逃げ場はない。彼女の顔に浮かんだ焦りを見て取ると、運転手はゆったりと口を開いた。「桃子さん、ご協力いただけないなら、原口さんに電話して、直接迎えに来てもらうしかありませんね。原口さんがどういう人間か、ご存じでしょう?本来なら、彼に嫁ぐだけでも玉の輿です。それなのにこんな態度をとって彼を見下していると知られたら、この先あなたの立場がどうなるか……想像がつきますよね?」「行くわ!」真治がキレた時の姿を思い出し、桃子は全身の毛が逆立つほどの恐怖を覚えた。唇が破れそうなほど強く噛みしめる。彼女は観念して瞳を閉じ、震える息を吐き出した。しばらくして、ようやく言葉を絞り出す。「行くわよ」何と言っても、お腹には真治の子がいる。子供が生まれるまでは、彼も無茶な真似はしないはずだ……この子は、今の彼女にとって唯一の命綱だ。原口家もまた、潮見市で指折りの名家。資産は潤沢で、実家も一等地に構えている。真治は未婚で、しかもただの婚外子だ。当然実家に居座り、祖父母の情にすがって、将来少しでも多くの遺産をもらおうと必死になっている。原口家に到着し、富の象徴のような洋館を目にした瞬間、桃子の不安は一瞬吹き飛んだ。原口家はある意味で鈴木家にも引けを取らない。惜しむらくは……真治が一人息子ではなく、その顔が火傷の痕だらけだということだけだ。だが、彼は一真とは違う。一真のように、あの梨花とかいうクソ女のことばかり考えているわけではない。彼さえうまく手懐ければ、あの女を地獄に落とすチャンスはまだある……思考がまとまりかけた時、大勢の人が現れ、その先頭に立つのは、嬉しそうな表情が顔全体に溢れ出ている真治だ。以前から彼は三







