バスに揺られること15分。
隣には黒髪でショート、整った顔で誰もが見惚れる姉、紫音がいる。
「緊張するなー自分が壇上に立つわけじゃないけどテレビとかも来るんでしょ?カナタは緊張してる?」
落ち着きがない様子で僕の顔を覗き込んでくる。
実際緊張してない訳がない。
著名な科学者や研究者も来るし、テレビも来る。
もちろん取材とかもされるだろうし生中継もされるって話も聞いてる。
「もちろん緊張してるよ。流石に全世界に向けて話すんだから緊張しない訳がないよ」
天才だろうが、僕は一介の大学生。
今までテレビなんて出たことないし、著名な人達とも顔を合わせたことがない。
ここまで大げさになるなんて、著名人の言葉は重いんだなと実感する。
今日の朝もテレビで、[異世界は存在する!?そもそも行くことが出来るのか!?][科学者の五木さんが理論上可能と大胆発言!]なんてテロップが流れて芸能人が騒いでたな。
誰だよ五木さんって。
「姉さんも覚悟しといた方がいいよ。僕の身内ってだけで取材されるだろうから」
「ええー!?聞いてないよそんなの!」
「考えたら思いつく事じゃないか、一介の学生が世界に向けて発言するのに姉さんには何にも聞いて来ない訳がない」
記者も僕の素性やプライベートではどういった生活をしているのか、なんて所まで知ろうとしてくるだろうし、一番身近な姉に聞くのは当たり前だろう。
「次は、国際大会議場前〜」
目的地を読み上げる運転手。窓に顔を向けると白く大きな3階建ての建物が見えてきた。
バスを降りるとどこを見てもテレビカメラや取材陣で溢れている。
僕を見つけた1人の記者が駆け寄ってきた。
「彼方さん御本人ですね?」
顔はもう出回ってるから知ってるくせに、と思いつつも真面目な顔で答える。
「はい、本人です」
その一連のやり取りを見ていた他の記者やテレビカメラも寄ってくる。
「すみません、時間が押してるので取材はまた後でお願いします」
断りを入れて、人をかき分けつつ会場へと足を運ぶ。
「私を置いてくなーカナター!」
残念、姉は取材陣に囲まれてしまったようだ。
僕の代わりに適当に答えてくれ、申し訳ない。
と、心にも思っていないが軽く両手でゴメンの合図を送って先に会場入りをした。
――――――
五木隆は若くして先進科学分野で実績を残した著名人である。
反重力装置の開発に成功し、宇宙探査に大きく貢献した第一人者でもあり全世界でも認められた人物でもある。
次の課題として、タイムスリップ。時空に関することだがまだ何もきっかけが掴めず燻っていた所に彼方という人物が現れた。
異次元空間へのアクセスなんて、馬鹿げた事をと思ったが論文を見た限り理にかなっていた。
彼と協力すればタイムスリップも可能にできるかもしれない、それほどまでに彼に期待していた。
そんな彼が質疑応答のカンペを用意していた時、待合室の部屋がノックされた。
「彼方です、五木さんの部屋でお間違いないでしょうか?」
若い男の声だ。彼が期待する人物が到着したようだ。
「そうだよ、どうぞ入って」
開いた扉から顔を覗かせた彼はひどく緊張しているようで固い表情になっている。
「そんなに緊張することはないよ、私も有名になったとはいえ一科学者には変わりないのだから」
「は、初めまして城ケ崎彼方と申します。本日はよろしくお願いします」
「五木隆です。こちらこそ今日はよろしくお願いしますね」
発表の場ではあるが、ある程度質疑応答の流れはカンペがありそれに従って進めていくだけだ。
ただ実際に彼の考えは分からない為、どんな内容で詳細を詰めているのか今すぐに話を聞かせてもらいたいが、それは後の楽しみにとっておこうと胸の内にしまう。
「とりあえず質疑応答の流れはこの紙に書いてあるから一通り目を通しておいてくれるかな?」
そう言いながら五木は彼方に3枚ほどの紙を手渡した。
「なるほど……これに沿って進めていくんですね」
「そうそう、できるだけアドリブはないようにしてるけど、私以外の者からの質問はその流れに沿わないだろうからある程度は即興でも答えれるように考えていてくれれば助かるかな」
彼方にとっては今日の発表で、立証実験を行うための出資額や場所の提供が決まる。
「もうすぐ時間だね。壇上のほうに移動しておこうか」
二人で会場に足を向ける。
全世界を騙してみせる。そう意気込んで歩く彼方の手には、手汗でくしゃくしゃになった3枚の紙が握られていた。
アカリの言葉にザラエルは吹き出すように笑い出した。「ブハッ!おいおい、嬢ちゃん。冗談が下手だぜ?」「…………」アカリは何も答えない。それどころかアカリが放つ魔力の波は少しずつ大きくなっていく。「ほう……?人間にしては割と魔力量が多いな。だからといって簡単にはやられてやらんがなぁ!?」段々とザラエルの口調が腹立ってきた。「ほら、掛かってこいよ。人間が魔族に逆らうとどうなるか、その身に刻み込んでやる」「……そう。じゃあ、遠慮なく」その言葉を最後にアカリがその場から姿を消した。「なっ!?」「神速絶刀・一閃」アカリの声が聞こえたかと思うといつの間にかザラエルの背後で刀を逆手に持ち首元へと刃を沿わせていた。ザラエルは背後に回り込んだ事に気づいたようだったが、ワンテンポ遅い。アカリの斬撃がザラエルの首を捉えるとそのまま刀を振り抜いた。また姿が消えたかと思うと突然僕の目の前に現れる。「うわぁ!?」「……驚きすぎ」「いや……驚くだろ」瞬間移動じゃない、な。多分とてつもない速度で動いただけだ。その証拠に僕の目の前へと現れた時、アカリの髪が揺れていた。圧倒的な速さ、それこそが神速と呼ばれるに至った所以なのだろう。首を斬り裂かれたザラエルは口から水の音のようなコポコポと水泡が割れる、そんな音を響かせながらその隙間に挟み込まれる掠れた声を絞り出す。
「リヴァル!」業火の熱波に包まれたリヴァルさんを心配してか姉さんが声を荒げた。ザラエルの顔付きは嫌な笑みを浮かべている。「……リヴァルはこの程度では死なない。伯爵位魔族はこの程度で倒せるはずがない」アカリがぼそっと呟くと同時に業火はかき消え、その中心には無傷のリヴァルさんが立っていた。「この程度かザラエル。所詮は子爵位のお前では俺に傷一つつけられん」「それはどうかなぁ!?ブラストカノン!」「ッッ貴様!」今度は掌を僕らに向けたかと思うと先ほどの魔法を放ってきた。リヴァルさんは相殺するように僕らの方へ向けて魔法を放ったが、それは当然隙となる。「かかったなぁ!?リヴァル!シャドウスラッシュ!」ザラエルが隙をついてリヴァルさんへと黒い斬撃を飛ばした。僕らを守るため結界を張っていたリヴァルさんは対処に遅れ、斬撃はリヴァルさんの肩を掠った。鮮血が舞いリヴァルさんの顔は険しい表情へと変わる。「卑怯な真似を……」「これが魔族ってやつだろうがリヴァル!お前の弱さはそれだ!侯爵位に迫るほどの力を持ちながらも伯爵の地位から脱却できねぇのはそれさ!」リヴァルさん、侯爵位に近しい力を持ってるのか?とんでもないな……。なにげに強いんだリヴァルさん。それにしてもあのザラエルってやつ、ムカつくな。卑怯な手といい口調も苛立ってくる。「アカリ、僕らはいい。リヴァルさんに手を貸してやってくれ」「それは無理。多分私が離れたらアイツは即座にカナタ達を狙う」アカリが手を貸せば楽かと思ったけどそういうわけにもいかないのか。確かにあんな卑怯な手を使うザラエ
「チッ、俺の力を見せてやる」アカリの自慢げな顔がムカついたのかリヴァルさんは苛立った様子で両手を空に掲げた。「近づく有象無象など、俺の敵ではないと知れ!メテオフォール!」空から真っ赤な隕石がいくつも降ってくると、僕らに近づこうとする魔物を直撃する。当たった瞬間派手に砂埃を巻き上げ、至る所にクレーターを作っていく。「うわっ!」砂埃が僕のところにまで飛んでくる始末。隕石が当たった魔物はひとたまりもないだろう。「人間に負けてはおれん」リヴァルさんはそれだけ言うとチラッと姉さんを見た。なるほど……いいところを見せたかったんだな。案外魔族も人間と変わらないな……。「へー!凄い魔法だね!私も使えたらなぁ」「紫音には無理だ。魔力量があまりになさすぎる」「残念……瞬間移動とか夢なのになぁ」確かにそれはそう。瞬間移動できたら通勤とか楽だろうな、なんて考えしまうのは日本人のさがだろうか。そんな事を考えている時だった。突如熱風を感じ振り向くとそこには一人の魔族が手をこちらに翳して突っ立っている。青白い膜が僕を覆っているけど、これはなんだろうか。「嗅ぎつけるのがうまいやつめ……何の用だザラエル」「ククク……人間に味方している魔族がいると思えばお前だったかリヴァル。今その人間を守ったな?これは明確な裏切り行為……オレがこの手で縊り殺してやる」熱風を感じただけで済んだのは、咄嗟にリヴァルさんが僕を守るよ
「さて、始めようか」アレンさんが掌を空に掲げると七色の光が天高くどこまでも伸びていく。戦闘開始の合図だ。ポジションについたみんなが雄叫びを上げながら古城目指して駆け出した。「僕はどうすればいいんだろう」「カナタはここで待機」側にはアカリと姉さん、そして護衛であるリヴァルさんがいる。僕が前に出ても大して役に立たないのは理解しているが、ずっと後方で守られているのはどうにももどかしくなる。クロウリーさんから教えてもらった邪法は寿命と引き換えに莫大な力を得られる。だからあまり多用はできないが、少しくらいなら使っても大丈夫だ。ちょっとだけでもみんなの力になりたいんだけど、僕が一歩前に進むとアカリが服の裾を掴んで引っ張る。無言の圧で僕はまた元いた場所に戻る。それを数回繰り返していると、いよいよ戦闘が激化し始めた。遥か前方では魔法が飛び交っているのか火柱があがったり、氷の壁が出現したりと派手な様子だった。「ほう……なかなか粘るものだな」不意にリヴァルさんが口を開く。「子爵位の魔族相手に善戦している冒険者もいる」「それって凄いことなんですか?」「爵位を持つ時点で魔力量は有象無象の魔族を上回っている。そもそも魔族と人間では魔力量に差があるが、あそこまで対等に戦えるのは技術あってのものだろう」リヴァルさんは感心しているようで、食い入るように前方での戦いを見ていた。分析までしているし、余裕がある。「ねぇリヴァル。リヴァルならあの討伐隊の人とも対等に戦えるの?」「数人を除いて俺が負けることはあり得ん。それだけ伯爵位の魔族と人間では隔絶した力の差がある」数人、というのは恐らくアレンさん達の事だろう。リヴァルさんのような伯爵位魔族にも怖れられるアレンさん達がおかしいのであって、普通は高位魔族と戦っても勝てるはずがないのだ。「あ、凄い魔法……」唐突に空が光ったと思うと無数の稲妻が落ちてくる
「ゾラ、やつらは動き始めたか?」「はい。数はおよそ三百人、中にはあの殲滅王や剣聖もいるようです」「ふん……かなり待たせてくれたものだ。来るならすぐにこれば良いものを」魔神ヴァリオクルス・リンドールは苛立たった様子で部下の一人ゾラ・マグダインから報告を受けた。その内容に顔を顰める。殲滅王と剣聖は魔神にとっても無視できない相手であり、他の人間と一緒だといえる強さではないと理解していた。「もう一つ報告がございますリンドール様」ゾラと同じく傅いたもう一人の四天王であるロック・ノックが口を開く。魔神が顎で合図をするとロックは続きを話し始めた。「討伐隊の中にはあの魔導王の姿も見受けられました。ここは是非とも吾輩にお任せください」「魔導王……クロウリーだったか。あの死に損ないめ、まだ生きていたのか」魔導王の名は魔族国の中でも有名であった。人間の身で魔族に匹敵するどころか優に超える魔力量で、魔法への深い知識。気にならないはずがない。今までにも何度か魔導王とやらを確認すべく魔族がクロウリーの元へと向かったが、誰一人として生きて帰ってくることはなかった。それも一人や二人ではない。何十何百という魔族が全て亡き者にされている。魔神にとっては殲滅王と同じく警戒せざるを得ない相手であった。「あれらが相手ではお前達では勝てん」「大変申し訳ありません。我々にもう少し力があれば……」四天王は既に二人もいなくなっている。彼らとて弱いわけではない。人間の強者があまりに強すぎたのだ。「それともう一つ……報告し
「まあまあ、今は良いじゃろ。それよりもカナタがこの場にいるのは世界樹の精霊との約束があるからじゃ」唐突にクロウリーさんが会話に割り込んでくると話をすり替えてくれた。危ない……もう少しでアレンさんどころかこの場にいる人みんなにバレるところだった。ここにはアカリやフェリスさんだっているし、言及されたらヤバかった。「世界樹の精霊との約束は魔神を倒すこと。そうじゃろ?」「はい」「ならばこの場にいなくてはのぉ。だってそうじゃろ?カナタを除け者にして儂らが倒してしまえばそれはカナタの功績になるんかいの?」確かに言われてみればそれもそうだ。頼り切りではいけない。僕が作戦の中心にいなければならないんだ。「しかし……失礼だが貴殿の魔力量はあまりにも……」「少ない、だろう?ロルフ団長。でも大丈夫さ、彼には絶対に離れない護衛がついているからね」そう言いながらアレンさんは僕の隣にいるアカリへと視線を移した。アカリがいれば大抵の事は対処できる。もしアカリで対処できない相手が出てこれば、もはやそれはアレンさんレベルの人が必須になる。アカリは四天王すらをも倒せる実力者なのだから。「なるほど……神速がついているのか。それならば安心できる。……分かった、私はアレン殿の指示通りその作戦を支持しよう」「俺も異論ねぇぜ」「団長に従います」「私も同意です」部隊長を務める彼らが賛成すると、今度はアレンさんが地図を取り出した。魔族国の地図なんてどうやって手に入れたのかなんて聞くのは野暮だ。まあ……何かしらの手段があるのだろうがここは深く聞かないでおこう。