――異世界ゲート対策会議室。
日本の首脳陣達は頭を抱え今起こっている問題をどうするべきか、話し合っている。「佐藤首相、まずはこちらをご覧下さい」
そう言って会議の進行を務めるテロ対策委員会のトップはスクリーン映像を映し出す。そこには見たこともない異形の生物が人々を襲っていた。中継で見た映像と同じく、人の形をした化け物もいる。「もういい、止めてくれ」
吐き気を催す凄惨な光景に首相は映像から目を逸らす。「これが今日本で起きているテロです」
「テロだと?こんなものがテロと言えるのか!!あれはなんなんだ!!見たこともない化け物ではないか!私の部下だって何人もやられたんだぞ!」机を叩き大声で叫ぶのは日本軍元帥、一条武。軍も総動員したが、戦果は得られず無駄に人員を失う事となってしまったせいか、落ち着いてはいられないようであった。「一条、少し落ち着きたまえ」「しかし首相、あれはもう我々の手には負えません」数十人の小隊が魔物一匹倒せれば御の字。それほどまでに戦力差がある。「まず、呼び方は統一しましょう。映像で超能力のような彼らが呼んでいた通り魔物、魔族と」「そもそも彼らは何者だ?魔物と魔族とやらに対抗できる力を持っていたが……」彼らとはアレン達の事を言っている。中継では彼らが主導となり、反撃していたように見えていた。「もう日本だけの話ではない。アメリカや中国、世界各国で同じような悲劇が起きている」
首相の表情は厳しく、同じように会議に参加している者の全ては苦々しい顔をしていた。「これは人類と異世界からやって来たと思われる魔物や魔族との生存競争だ。世界各国に伝えろ、地球防衛軍を設立し奴らを根絶やしにすると」
元帥は既に動いていたのか、補足を説明しだした。「アメリカとは既に協力体制に入っている。もはやこれまでのように国家機密などとは言ってられん。人類全ての武力をもって制圧する」
「あの異世界ゲートを創り出した城ヶ崎彼方という男はいかがしますか?
目を開けると見慣れた天井が視界に入ってくる。ここは僕の部屋だ。見渡すと机と参考書、それに散乱している研究結果の紙の束が無造作に置かれている。すぐに机の上に置いてあったスマホに手を伸ばし、電源を入れる。『2042年9月2日、7時45分』論文発表会当日の朝だ。ここで僕は初めて自身の研究成果を発表した。見ていた者は殆どが失笑、もしくは眉を顰め苛立った様子だったのを覚えている。「記憶が……残ってる」さっきまで世界樹の中にいたはずだ。足元から光に包まれていき、次第に視界が白に染まった。次に目を開けた時には僕は自分の部屋にいた。「時が戻ってる……」誰に聞かせるでもなくついつい独り言を呟いてしまう。あまりに一瞬の出来事で実感が湧いていなかった。パジャマから私服へと着替えると僕はリビングへと足を向ける。この時間なら姉さんは起きていない。仕事始まりは9時からだと言っていつもギリギリまで寝ていたなと、随分昔のことのように感じて思い出し笑いが溢れてしまう。今日、僕が論文発表会に出なければあの未来はなくなるだろう。ただ、その代わり卒業論文をどうするか考えないといけないが。そんなものこの世界に魔族を呼び寄せることに比べれば大したことではない。まあ、最悪の場合は留年するだけだ。そんな事を考えているといつの間にか時計の針は8時30分を差していた。2階の部屋からドタバタと慌てたような音が聞こえてくる。時間ギリギリまで寝ているせいで
「できない……ですか……」『一人の記憶をそのままに時間を戻す事すら容易ではない。ましてや三人もの記憶をそのままなど、不可能である』「では僕だけなら、可能でしょうか?」せめて僕の記憶だけは引き継がせて欲しい。また同じ悲劇を繰り返さない為にも。それにアカリやアレンさんとはまた仲良くなればいい。しかしそれも全て記憶がなければ、そもそも会ったことすらなくなってしまうのだ。『一人だけ……そなただけならば何とかなるかもしれん。しかし断片的に記憶は消えるだろう』ちょっと忘れてしまっている事だってあるかもしれないということか。それはもう仕方がないと割り切るしかない。少なくとも魔神の存在とアレンさん達の事さえ覚えていれば何とかなる。「それでも構いません。記憶が少しでも残るのなら」『それではこれより時空を超える御業を使う。時が戻ればもう会うこともないだろう。そして魔神が生きている時間軸へと戻る。だからこの場で伝えておく。この時間軸での魔神を消滅させてくれて感謝する』僕の頑張りも全てはあの日に戻るため。魔神を倒したこともこの世界で様々な人と交流したことも何もかもなかったことになる。一抹の寂しさを覚えたが、それは恐らくアカリも同じだろう。横を見るとアカリの目が若干潤んでいた。「誰も死んでいないあの時に、カナタが研究の成果を発表するあの日に戻るの?」「多分ね。僕の記憶が残っていれば二度と異世界ゲートなんて作りはしないさ」「でも……もしかしたらカナタ以外の人が作るかもしれないじゃない。五木さんだっけ?あの人ならいずれは作るかもしれないよ?」「その時は……その時だよ。それまでにアレンさん達を見つけて対
「扉が……勝手に開いていく、だと?」世界樹の入口が勝手に開くなど、ヨハネさんも初めて見た光景なのか目を見開いて驚いていた。「まさか……この三人を呼んでいる、とでも言うのか?」「そうに違いないだろうね。行かせてあげたほうがいいんじゃないかな?ほら、世界樹の精霊に逆らうわけにもいかないだろう?」「……いいだろう。行け」ペトロさんの後押しもあってかヨハネさんは渋々ながらも三人で入ることを許可してくれた。恐る恐るながら、世界樹の中へと入ると扉は勝手に閉まっていく。閉まる瞬間ペトロさんが手を振っていた。「またいつか会えたなら、今度は君の世界を案内してほしいな」そんなような事を言っていた気がする。閉まる直前だったから完全には聞き取れなかった。扉が完全に閉まると暗闇が僕らを包み込む。僕は二回目だから驚くこともなかったが、姉さんとアカリは狼狽えていた。目で見えているわけではないけど、ワタワタと手足を動かしているのが分かったからだ。「こ、ここ世界樹の中なの?どこにいるのカナタ!」「いるよすぐ横に」「きゃあっ!急に喋らないでよ!ビックリするじゃない!」じゃあどうしろというのだ。アカリは黙って僕の服の裾を掴んでいた。でも警戒しているのだけはわかった。何となく、アカリから放たれる殺気のようなものが僕の肌に突き刺さっていた。しばらく騒いで落ち着いてきたのか姉さんも静かになった。それを見計らってか突然目
ペトロさんと合流した後、僕らは世界樹の下まで移動した。姉さんは世界樹を見るのも初見だ。あまりの大きさに口をポカーンと開き雲を突き抜けて天まで伸びる天辺を見上げていた。「すっっごい大きな樹だね!これが世界樹?」「そうなんだ。あの幹のところに入口があって中に精霊がいるんだよ」「精霊かー、この世界に来て色んなものを見てきたけど精霊は初めてかも!」姉さんもしかして一緒に中に入るつもりか?世界樹の精霊が許してくれるだろうか。世界樹の幹までくると、そこには前回結界を解いてくれた使徒が勢揃いしていた。今回もまた結界を解除してもらわなければ中には入れない。「来たか……まさかこれほど早く戻って来るとは思わなかったぞ」ヨハネさんが最初に僕を見て口を開く。「久しぶりーカナタ!魔神を倒すなんてなかなかやるじゃない!ん?そっちの女の子はなになに?」「お久しぶりですアンデレさん。こちらは僕の姉です」「し、紫音です!」やはりアンデレさんは女性ということもあって、最初に姉さんが気になったらしい。僕の姉だと分かるとアンデレさんはニパッと花が咲いたように笑顔を浮かべた。「へぇ〜!別世界のそれもカナタの身内だなんて!私はアンデレよ、よろしくね!」「は、はい!よろしくお願いします!」何をよろしくするのか分からないが、まあ二人が仲良くお喋りするぶんにはいいだろう。どうせ元の世界に戻ったら二度とアンデレさんと会うことはないだろうから。「まさかほんとに魔神を倒してくるとは……人間の力も侮れませんね」トマスさんは感心したように頷いていた。僕だけの力ではないんだけど、わざわ
「やぁカナタ君。まさかこれほど早く会うとはね」入るやいなやペトロさんが僕の数メートル手前に現れそう声を掛けてくる。扉を開けた瞬間はかなり離れた位置にある椅子に腰掛けていたけど。僕が頭を下げたのを見て隣りにいた姉さんも同じように頭を下げていた。「ふむ……君がカナタ君のお姉さんかな?」「は、はい!城ヶ崎紫音です!」ちょっと緊張しているな。一応ここに来るまでに使徒とはなんたるかを説明しておいたからかな。使徒は僕ら人間など足元にも及ばない神に等しき力を持った者だ。神族の方々ですら圧倒的な力を持っているのにも関わらずへりくだっている。「なるほど紫音君だね。それでここに戻ってきたということは世界樹の精霊からの願いを全うしたということかな?」「はい。魔神はこの世から消滅しました」「そのようだね。魔神の気配が微塵も感じられない。どうやら本当にこの世にいないみたいだ」ペトロさんが言うには、突然禍々しい気配がなくなったらしく、魔神が倒されたのだとすぐに察したようだ。「人間の身で魔神を倒すとは……恐れ入るよ」「いえ、みなさんの協力があったからです」「ふむ……部屋を出て待っていてくれるかい?紫音君。少しだけカナタ君と二人きりで話したいことがあってね。ほら、分かるだろう?男同士の話さ」「え?は、はい分かりました!行こ、アカリちゃん」いきなりペトロさんがガブリエルさん含む三人を部屋から追い出すと、僕の目の前にテーブルと椅子が現れた。「積もる話もあるだろう?まあまずは掛けなよ」「はい、ありがとうございます」何となくペトロさんの次の言葉が理解できた。多分邪法のことだろうな。「もう私が聞こうとしている内容は分かっているんだろう?」「邪法、ですよね?」僕はいつの間にかテーブルの上に置かれていた紅茶のカップを取ると乾いた口を潤してから切り出した。
神域の結界に近付くと各々馬車を降りて徒歩ですぐそばまで寄る。手を伸ばすと目に見えない何かに触れた。ここに戻ってくるのもこんなに早いとは思わなかったな。使徒の方々と別れたのもついこないだ。まさかこんなに早く戻ってくるとは世界樹の精霊も想像していなかっただろう。「ここからどうするつもりだ」「多分結界に触れたので巡回している神族の方が来ると思います」「ならば俺は離れておこう。魔族が側にいれば良からぬ想像をされてしまうぞ」リヴァルさんはそれだけ言い残すと馬車を引いて見えなくなる距離まで離れていった。あとは待つだけだが、神族の人が気づいてくれるかな。確か巡回している神族のリーダーはガブリエルって名前だったはずだ。その方の名前を出せば他の神族の方でも話を聞いてくれるだろう。いつ来るかと待っていると神域の結界に穴が開き中から白い翼を畳みながらこちらへと一歩出てきた。ガブリエルさんだ、ちょっと不機嫌そうな顔をしているのはわざわざ迎えに来なければならなかったからだろうな。「……早かったな人間」「そうですね、思っていたよりかは早く戻ってこれました」「そっちの人間は誰だ」僕の姉だと説明するとガブリエルさんは怪訝な表情を浮かべた。この世界の人間じゃないって知っているから、どうして姉がこの場にいるのかと不思議に思っているようだ。「別世界の人間がまだこの世界に紛れ込んでいたのか……まあいい、付いてくるといい」ガブリエルさんの許可は出た。僕とアカリ、そして姉さんで神域へと足を踏み入れる。姉さんにとっては初めての神域だ。視界に飛び込んでくる広大な景色に驚い