――異世界ゲート対策会議室。
日本の首脳陣達は頭を抱え今起こっている問題をどうするべきか、話し合っている。「佐藤首相、まずはこちらをご覧下さい」
そう言って会議の進行を務めるテロ対策委員会のトップはスクリーン映像を映し出す。そこには見たこともない異形の生物が人々を襲っていた。中継で見た映像と同じく、人の形をした化け物もいる。「もういい、止めてくれ」
吐き気を催す凄惨な光景に首相は映像から目を逸らす。「これが今日本で起きているテロです」
「テロだと?こんなものがテロと言えるのか!!あれはなんなんだ!!見たこともない化け物ではないか!私の部下だって何人もやられたんだぞ!」机を叩き大声で叫ぶのは日本軍元帥、一条武。軍も総動員したが、戦果は得られず無駄に人員を失う事となってしまったせいか、落ち着いてはいられないようであった。「一条、少し落ち着きたまえ」「しかし首相、あれはもう我々の手には負えません」数十人の小隊が魔物一匹倒せれば御の字。それほどまでに戦力差がある。「まず、呼び方は統一しましょう。映像で超能力のような彼らが呼んでいた通り魔物、魔族と」「そもそも彼らは何者だ?魔物と魔族とやらに対抗できる力を持っていたが……」彼らとはアレン達の事を言っている。中継では彼らが主導となり、反撃していたように見えていた。「もう日本だけの話ではない。アメリカや中国、世界各国で同じような悲劇が起きている」
首相の表情は厳しく、同じように会議に参加している者の全ては苦々しい顔をしていた。「これは人類と異世界からやって来たと思われる魔物や魔族との生存競争だ。世界各国に伝えろ、地球防衛軍を設立し奴らを根絶やしにすると」
元帥は既に動いていたのか、補足を説明しだした。「アメリカとは既に協力体制に入っている。もはやこれまでのように国家機密などとは言ってられん。人類全ての武力をもって制圧する」
「あの異世界ゲートを創り出した城ヶ崎彼方という男はいかがしますか?
あの事件から一ヶ月。僕とアカリはある計画を進める為、瓦礫と化した街を歩いていた。魔法には無限の可能性がある。科学では辿り着けない未知の事象まで起こせてしまう。それに気付いた僕はある一つの仮説を思いつく。”時を戻す魔法”普通に考えれば、何を馬鹿なことをと言われるだろうが僕には魔法という未知の力がある。アレンさんからも言われていたが、僕には才能があるとのことだ。もしかすると時を戻すことも出来るのではないか……そう考えてしまった。アカリは、貴方のしたい事を止めるようなことはしない、と言ってくれた。だから僕達はアレンさん達と合流することを後に回し、目的の場所へと向かっている。「ここからは絶対に私から離れないで」目的地となる場所。それは終わりの始まり、異世界ゲートのある研究所だ。もちろん周りには魔族や魔物が蔓延っている。簡単にいけるとは思わないが、アカリいわく一瞬近づくだけならなんとかなるとのこと。魔族達に見つからないよう腰を落とし少しずつ異世界ゲートへと近付いて行く。奇跡的に異世界ゲートが見えるところまで見つからず近づくことができた。「カナタ、最後にもう一度だけ確認しておく」アカリがいつもより真剣な表情で僕を見つめる。「チャンスは一度だけ。異世界ゲートの側まで一瞬で近寄り私が結界を発動する。自慢じゃないけど私の結界だともって十秒。その時間で貴方は異世界ゲートに送り込んでいる魔神の魔力を使って魔法を発動」「ああ、失敗は許されない。」「正直……危険すぎる。時間に干渉するのは神の所業。人の身でその魔法は何が起こるか分からない。本当にいいの?」「構わない。元の世界に戻せるのなら僕の命なんてどうなってもいい」「そう……」一瞬悲しそうな顔を見せるがすぐにいつもの無表情に戻るアカリ。「ここまで協力してくれてありがとう。僕に何かあったら姉さんをよろ
音は消え、真っ暗な視界。 魔法は成功したのか? 何もわからない、分かるのは今寝転んでいるだけだ。ゆっくり目を開けると、アカリが覗き込んでくる。「あ、起きた。ご飯用意したよ」 いつものアカリだ。 ここはどこだ? 何も分からない。ゆっくりと身体を起こし辺りを見渡す。 見覚えのある壁や机。 嫌な予感がするが、僕は平静を装いアカリに問いかけた。「アカリ、今は何月何日だ?」 何を言ってるのだ、というような顔をして首を傾げるが答えてくれた。 「今日は4月9日」絶望した。 時は確かに戻っている。 だが僕の望んだ時間ではなかった。 事故が起きたあとだ…… やはりいきなり初めての魔法、尚且つ誰も見たことないオリジナル魔法を使った弊害か、成功はしたが望み通りには行かなかったようだ。しかしまだ可能性はある。 時が戻ることは確認した。 次はもっと正確に時間を指定すれば問題はない。 そう思い、アカリに計画を話そうとするが、アカリの目線はずっとある一点を見ている。 表情も酷く動揺しているようだ。「どうした?」 「カナタ……貴方はいつ禁呪を使ったの……?」 禁呪?何を言っているか分からず、反応に困っているとアカリは話を続けた。「貴方の右眼が赤くなっている」 赤くなっているのがどうしたのだろうか。 充血することなんてよくある話だ。「充血じゃない。赤眼」 「……?意味がわからないぞ」 「禁呪を使った者は赤い眼になってしまう」 まさか時を戻す魔法は禁呪と呼ばれる危険なものだったのだろうか。 しかし赤い眼の何が悪いのか。 僕は元々命を懸けて魔法を使った。 赤い眼くらいは許容範囲だ。「違う……貴方は何も知らないからそんな気楽に考えている」 少し怒ったような声質に変わり、驚いていると胸ぐらを掴まれた。「いつだ!!いつ使った!!禁呪なんて誰に教わった!!!
僕は取り返しのつかない事をしてしまったようだ。もし異世界に行ったとしても満足に魔法が使えない僕はお荷物でしかない。そして時を戻す魔法はもう二度と試すこともできなくなってしまった。「ごめん…………僕の早とちりで……」「大丈夫。どんな貴方であっても私が守るから」そう言って、涙を流す僕を静かに抱きしめてくれた。1時間はずっと抱き合っていただろうか。少し恥ずかしくなり、涙を拭っているとアカリは出立の準備をしだした。「どこに行くんだ?」「もうその手段は使えない以上、団長達と合流してゲートを奪い返すしかない」僕も準備をして玄関の扉に手をかける。「多分目を覆いたくなるような光景が広がってるだろうけど、行くしかない」「行こう、貴方は私が守るから安心していい」「ありがとう」微笑みそう言うと、初めてアカリは笑顔を見せてくれた。今まで見たことがなかったが、アカリの前で泣いたせいかかなり打ち解けられたようだった。隠れ家を出て、少し歩いていると聞こえるのは悲鳴と怒声。どこを見ても瓦礫と化したビルや家々。街の至る所で息をしていない人達が倒れている。目を逸らすわけにもいかず、ただ黙々と目的地へと向かって歩き続ける。たまに聞こえる助けてという悲鳴。それすら聞こえないフリをする。僕には誰かを助ける力も余裕もない。ただ今は姉さんの無事を確かめる事とアレンさん達とゲート奪還作戦を決行することだけ考える。「何人死んだんだろうな……」アカリは独り言のように呟く。それに何も返答はせず、ただひたすらに前だけを見る。アカリには言っていないが、既に計画はある。少なくとも僕の命と引き換えに時を戻せる。こんな悲劇を生んだのは僕だ。だから後始末は僕がやる。ゲートまで近付ければ後は…&
無言のまま二人して歩く。そろそろ到着するはずだが、アカリは何も言わない。なんとも気まずい空気が流れているが、仕方ない。禁呪を使う、それは、異世界では異端認定されるほどの事らしい。禁呪を使う魔法使いもいるそうだが、その者は代償に寿命を削っているそうだ。そういった力の使い方をする者は魔人へとその身を堕とすらしい。魔人は討伐対象だ。だから、僕が異世界に行くのならそれなりの覚悟がいるだろう。そうならないことを祈るが。しばらく歩き続けていると、いきなりアカリが声を掛けてきた。「カナタ、もう着くよ」「ああ……やっと皆に会えるな」もう何年も会ってないような懐かしさが込み上がってくるが実際は一週間てとこだ。「……………………!」遠くから僕らが見えたのか複数人が何か大声で叫んでいる。近づくにつれ、何を言っていっているかわかった。黄金の旅団のセラだったかな?小さい女の子が駆け寄りながら叫んでいる。「アカリちゃーん!!!」「セラ……!」駆け寄りそのままアカリに抱きついている。無事でいてくれた、やっと会えたと喜びを身体で表現している。彼女はとても心優しい子なのだろう。「やっと……!やっと会えたよぉ〜!」アカリも心なしか表情が緩む。「ただいま」「あ、カナタさんも無事でよかったです!」握手を求めて来る。「ああ、セラちゃんも元気でよかったよ」アカリに抱きついて泣いて喜んでいた為その勢いで来るかと思った。まあ先程のように来られれば困っていただろうが、少し寂しい気もする。「彼方っっ!!!」毎日聞いていたこの声。まさかと思いセラから目線を上げると、姉さ
家へと入るとあまり関わりのなかったメンバーがいた。「おおカナタ、ゼンが世話になったな……。お前とあまり関わりがなかったから覚えてないかもしれないが俺はガイラ。ゼンの兄貴分だ」「いえ……ゼンはしっかりと役目を果たしてくれました」「そうだな……俺も見てたがあいつはよくやってくれたよ。とにかくお前が無事で良かった」もう一人近づいてくるがこの女性は一度も話したことがない。「…………リサ」それだけ言うとまた元の場所へと戻っていった。無口なのかそれとも嫌われているのか……分からなかったが、横からセラが補足してくれた。「リサさんは無口なんですよ。だから誰が相手でもあんな感じです!」「そうなのか、良かった……のか?」全員が顔合わせを済ますとアレンさんが遂に僕の右眼のことを言及してきた。「カナタくん、その赤眼はなにかわかってるのかい?」口調は優しいが、明らかに怒気が含まれている。「はい……禁呪を使った証……ですよね?」「分かっているんだね。そもそもなぜ君が禁呪なんてものを使えたのかは置いとくとして。禁呪を使った者の代償は知っているのかい?」「はい。上級魔法以上は使うことができず、次に禁呪を使えば死に至る……とアカリから教えてもらいました」アレンさんは言葉を選ぶためか、一度目を瞑り少し考える素振りを見せた。「アカリ、何故カナタくんが禁呪を使うことを許した?」「見てられなかったから……カナタの憔悴した姿を……」「なぜだ!!!!彼の魔法への未来は閉ざされたんだぞ!?もしも彼が異世界へ共に来る事を選べば茨の道になるのがわかっていたのか!?」「返す言葉もない&he
困ったような顔でため息をつくアレンさん。「はぁ、そこまで言うのなら分かったよボクの負けだ。アカリはそのまま護衛を続行ってことでいこうか」「ありがとうございます!!」「ありがとう、カナタ……」アカリは少しだけ涙目だった。「いやーそれにしてもカナタくんがアカリに惹かれていたとは……陰ながら二人の事は応援させてもらうよ」「えっ!?」「ん?違うのかい?パートナーとして寄り添ってほしいって事じゃないのかい?」「あ、その、えと……」「彼方!お姉ちゃんも応援してるからね!アカリちゃんとも家族になりたいしね」アカリに好意を持っていたことが皆にバレてしまい少しからかわれたが、アカリは顔を俯かせている。「良かったねアカリちゃん!一目惚れって言ってたもんね!」何?一目惚れだと?アカリとセラに目を向け、驚いているとアカリの顔は少しずつ赤くなってくる。「う、うるさいうるさい!もう寝る!」アカリは怒って別の部屋へと逃げて行った。あれが照れ隠しというものか。少しだけ平和な日常を感じる事ができて皆の張り詰めていた心もほぐされたようだった。――――――仮の家屋で全員目を覚まし朝を迎えた。朝食を済ませ、僕ら8人でアレンさん達が隠れ家として使っているという場所に向かうこととなった。しかし、ここ最近魔族からの追手もないことが不安を募らせる。「もしかしたらもう僕らを見つけたかもしれない。でもこの戦力を見て逃げたかもね」ここにいる8人を改めて見てみると、殲滅王、剣聖、神速と強者しか居なかった。確かにこれほどの実力者が居るところに襲撃するなんて自殺行為でしかない。歩いていると姉さんに裾を引っ張られた。「ねぇ彼方。私も魔法使いたいんだけど」小声で耳打ちしてきた内容がそれか。「アレンさんに頼んでみようか、まあ姉さんに才能が
「さあ!皆集まってくれ!」アレンさんが手を叩き皆を集める。集まった事を確認し、説明が始まった。「まず、最初の目標だった重要人物との合流。これはクリアした。次の目標はこの世界の魔族、魔物の殲滅だ。しかし、その為には力がいる。ボク達だけでは到底不可能だ」アレンさんは一拍置いて、話を続ける。「だから、ボクらの世界から仲間を呼び寄せる」それを聞いた皆はざわつき始めた。「はいはい、静かにしてください。まだ団長の話は終わっていませんよ」レイさんの叱責が飛び、また周囲は静かになる。「これは異世界ゲートに辿り着く事が大前提だが、レイを向こうの世界に送り込む。そして仲間を引き連れ戻ってきてもらう。そこからは反撃の時間だ」「これは既に決定事項です。ゲートの開いた先は魔族領。戦闘能力的にも私が適任なので」「なので、まず第一の目標は異世界ゲートに辿り着くこと。辿り着ける目処が経てばその後を話し合おう。各々考えて準備をするように。では解散」すごいな、団長らしく皆をまとめ上げ次の目的を簡潔にみんなへと伝えた。それに各々自分で考えて行動?結構団長の方針は厳しめなんだな。「おいアレン。魔物の皮は分厚く拳銃程度では傷つけられないって言ってたな」「ああ、何か思いついたのかい紅蓮」「対戦車ライフルだったらどうだ?お前も見ただろ?ごつい装甲を纏った戦車ってやつを。あれの装甲をブチ抜けるライフルがある」「それは……すごいな。魔物どころか魔族にも傷を付けられるかもしれない」「こっちの世界の武器ってやつもバカには出来ねぇな。お前らに見せてやる、こっち来い」そう言われ紅蓮さんに着いていくと、そこは大会議室のような広さのある部屋があった。厳重に鍵がされてあり、それら全てを紅蓮さんが開けていく。最後の鍵が開く音がし、扉が半開きになる。「さあ見せてやるよ、この隠れ家の総戦力ってやつを」扉を開くと何処を見渡しても兵器。数えきれない兵器が綺麗に
あの凄惨な事故から2ヶ月が経っただろうか。各国は協力し、魔族殲滅に力を入れているが大きな戦果は未だない。強力な兵器があったとしても、たった一体で国を相手取れる魔族相手では難しいだろう。とはいえ、魔物の数は激減した。高威力な兵器の前では魔物の防御はあまり役に立たないようだ。噂によると魔族は数百、魔物は数十万体が世界各国に散らばっているとのこと。魔神は異世界ゲートの側から動く気配はない。話は変わるが、事故以前から大きく変わったことがある。それは諸悪の根源として城ヶ崎彼方、つまり僕へと憎悪の全てが向けられる事となったことだ。そのお陰か、各国が協力しあう結果が生まれたというのは皮肉だろうか。この世界の人類が目指す終わりというのは、魔物魔族の殲滅及び僕の処罰といったところか。しかし、|公《おおやけ》には僕の行方は知れず。人類が躍起になって探しているが自国を守る必要もありあまりそちらに人を割けない事が原因となっている。「と、ここまでがこの世界で起きている事柄だ」アレンさんは、僕の身の安全を危惧してか隠れ家から僕と紫音姉さんを出さないよう徹底している。お互いに護衛はいるが、たった一人の護衛で守れるものなんてたかが知れている。「よし、お前らに紹介しておく」紅蓮さんがホテルの配膳で使うようなカートを更に3倍ほど大きくしたカートを押しながらやって来た。上には大量の銃器が乗っている。もちろん僕ら一般人はお目にかかれないものが大半である。「一つずつ紹介していく。まず一つ目はこれだ」紅蓮さんが両手で掴んだ銃は中学生の背丈はあるのではなかろうかというほどの長物。「これは長距離対戦車ライフルだ。こいつなら数センチのぶ厚い鉄板
「やあ!カナタ、よく眠れたかな?」「はい、ベッドもふかふかでよく眠れました。ありがとうございます」気付けば寝落ちしていたみたいで、朝起きた時にはアカリは既に部屋から居なくなっていた。まあ目を覚まして真横で寝ていたら気まずかったし結果的には良かったよ。一番大きい広間に集まると、みな準備万端なのか装備はしっかりと装着されていた。「使徒との戦いかぁ。流石にボクも初めてだからね、どれだけ善戦できるか」「儂とて長年生きてはおるが使徒との戦闘は初じゃ。魔導の真髄を極めたつもりじゃがそれがどこまで通用するかのぉ」アレンさんとクロウリーさんがいれば心強いが、相手はアレンさんをも一蹴したペトロさんが恐れる使徒。あまり楽観視はできなかった。「人間にあまり期待はしていないけど、あまりに無様な戦いをするようだったら、許可は貰えないと思ってくれよ。私としてはカナタ君が気に入っているからなんとかしてあげたい気持ちはあるが、君達が無様すぎればヨハネも首を縦に振らないだろうから」要はペトロさん達に頼り切りにならないようある程度戦ってみせろということか。正直僕はギガドラさん頼りになるが、これも僕の力としてカウントしてもらえるのだろうか。「ああ、それと。カナタ君、そのギガドラの爪は君の力として扱うといい。彼が君にそれを託した時点でそれは君の力なんだからね」「分かりました。いざという時は使います」ペトロさんがそう言ってくれたお陰で少し気が楽になった。「緊張してきたわね……アカリ、カナタ君を絶対に死なせてはだめよ」「大丈夫フェリス。片時も目を離すつもりはない」アカリが僕を守ってくれるようだが、一度僕は使徒同士の戦いを目にしている。だからたとえアカリが守ってくれていたとしても意味を成さないであろう事は分かっていた。
「手伝ってもらうといってもそう大した事ではない。次に許可を貰いに行くのは使徒の中でも一番力を持っている第一使徒ヨハネだ。彼の許可さえ貰えれば正直他の使徒が何を言ってきても意味を成さない」え?じゃあ今まで一人ずつ許可を貰っていった過程は無駄だって事かな……。ペトロさんは僕がなんとも言えない表情になっているのを一目見て、そのまま話を続けた。「ではどうして他の使徒の許可を得る必要があったのかと、そう思っているかもしれないがこれは必要な事だったんだ。ヨハネは確実に許可を出しはしないからね」「確実に、ですか?」「そう。人間を世界樹に近づけるなんて絶対に許しはしないだろう。しかし、ヨハネと戦い勝利する事ができれば彼は渋々ながら頷く」「本当ですか?」「ああ、本当さ。ただしさっきも言った通り使徒の中でも隔絶した力を持っているからね。私達五人の使徒と君達にも協力して貰う必要があるんだ」ヨハネさんと呼ばれる使徒は特に面倒臭い性質を持つらしい。僕らが戦い勝利を収めれば許可を得る事ができる。しかし現実的にそれは不可能であり、その為に手を貸してくれる五人の使徒と協力して勝たなければならないそうだ。使徒の力を借りなければそもそも触れることすら出来ない程の力を持つそうで、無駄に思われた他の使徒の許可を先に得たようだ。「それ……ボク達役に立てるのかい?」「役に立つ立たないではない。やらなければ許可は降りないだろう」「なるほど……あくまで、ワタクシ達人間が勝利する事に意味があるのですわね」やらなければならないのなら僕も覚悟を決めないとな。いざとなればギガドラさんに力を貸してもらおう。「最高の状態で挑みたい。君達は今日ここで一泊して英気を養うといい」ペトロさんから一
次の使徒を訪ねる前に一度ペトロさんの塔に戻ろうという話になり、僕ら一行は最初の塔へと向かった。転移門があるからすぐとはいえ、今や五人の使徒と人間一人の大所帯だ。街行く神族達も何事かと言わんばかりに驚いていた。塔に入るとペトロさんが僕の仲間がいる部屋へと案内してくれた。扉を開けると僕の視界に飛び込んできた光景は、ソファで寛ぐアレンさん達だった。「な、何してるんですか……?」「あ、おかえりー」「いやおかえりじゃなくて」「いやぁいいよーここは。居心地が凄くいい」でしょうね。もう態度で分かってしまった。アレンさんだけじゃない、クロウリーさんも背もたれに背中を預け読書と洒落込むほどだ。よほどここで待機しているのが居心地良かったのか、ソフィアさん達女性陣も談笑に花を咲かせている。「遅かったねーカナタ。どうだい、首尾は順調?」「順調ではありますけど……アレンさん、吹き飛ばされてましたよね。どうやってここに戻ってきたんですか、いえ、それよりも何してたんですかここで」「ん?あああれかい?あれはビックリしたねー。突然吹き飛ばされたから一瞬僕も何が起きたか分からなかったよ」ケラケラと笑っているが僕は苦笑いだ。まあ五体満足で無事だったから良しとするか。「ここは食べ物も美味しいし空気も美味いんだよ。ずっと神域で暮らしたいねボクは」「本懐とズレてますよ……」アレンさんはもう駄目だ。自堕落極まれりだな。「おい貴様ら!ダラダラしすぎだぞ!」流石に見るに見兼ねたのだろう、最初に僕らを案内してくれたガブリエルさんが吊り目になって怒っ
どちらが先に動くか。緊張感が高まる中、最初に動きがあったのはシモンさんだった。「我が一撃、その身で受けるがいい!牙城崩落!」正拳突きから繰り出されたその一撃は爆撃のような衝撃波を生み出し僕らへと放たれた。当たればどころか余波だけで僕の身体は消し飛ぶであろう威力。「無駄ですよ絶対領域!」対するトマスさんが展開した結界は僕らを包み込み、シモンさんの一撃を受け止めた。しかしミシミシと嫌な音を奏でて拮抗している。「うぐぅ!!流石はトマスの絶対領域か!しかし!吾輩とて無策というわけではないわ!牙城崩落・重ね!」今度は逆の拳から二撃目が放たれた。先程と同じく凶悪な威力であろうその攻撃はトマスさんの結界にヒビを入れた。「む……やります、ね……」歯を食いしばり何とか耐えているトマスさんだが、かなりキツそうだ。手を貸したい所だが僕が何かを手伝った所で何の役にも立たないだろう。お互いが譲らない状況が続くと、ペトロさんがおもむろに指を鳴らした。その瞬間、トマスさんの結界もシモンさんの攻撃も消え去ってしまった。「な、何をするんですか!」「それ以上やると塔が壊れてしまうよ。だいぶ加減していたのは分かるけど熱くなりすぎて本懐から離れてきてるんじゃない?」あれで加減だというのか?建物ごと消し飛ばさん程の威力だったぞ?使徒は人間が太刀打ちできる相手ではないというのがよぅく分かった気がする。「ふうむ……仕方あるまい。ここは引き分けといこう」「引き分け?それはおかしいですね。加減していたとはいえ私の結界を破ることが出来なかった以上、私の勝ちです」「なんだと!?」あーあーまた煽るような事を言ってるよ。シモンさんも青筋立ててキレちゃったじゃないか。「じゃあ次は俺の出番だぜ!」ヤコブさんまで参戦しだしたよ。どうやって収拾をつけるつもりだろうか。
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう
「おーい、そろそろいいかな?」ペトロさんの声で僕は瞼を開く。数時間ほど寝てしまっていたようで、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。さっきまでいたはずの図書館ではない。「眠ることすら許されなかったようだね。まあでも許可は貰えたし良かった良かった」ペトロさんは手を叩いて喜んでいたが、僕としては二度とやりたくない交渉だった。ぐっすりとまではいかなかったが仮眠を取れたお陰で多少頭は冴えていた。「じゃあ次ね〜。どの使徒がいいかなぁ?」「あん?そりゃあアイツだろ。万が一力尽くでってなっても使徒の中では一番燃費のワリィやつだ」燃費の悪い使徒なんているのか。あれかな、魔力量があまりない的な感じかな。「確かにそう言われればそうか。よし、決めたよ。カナタ君、次の使徒は恐らく戦闘にはなると思うけど私達がいるから安心するといい」「せ、戦闘になるんですか?」「なるだろうね。彼の望む世界は力こそ全てだからさ。たださっき話してた通り燃費が悪いんだ。初撃さえ防げばなんとでもなる」その初撃がヤバい威力を秘めてるんじゃ……。燃費が悪いって事はどっちかだ。魔法の威力がありすぎて一瞬で枯渇するパターンとそもそもの魔力量が少なすぎて大した魔法も使えないパターンか。後者ならまだいいが、前者だとかなりヤバいのではないだろうか。余波で死ぬなんて事は避けてほしいが。「初撃は俺が防いでやる。ペトロはその人間を守ってな」「ヤコブ、君では防ぎきれないよ。アンデレも一緒に頼んだよ」「はーい、私がいれば百人力ってやつよ!ね!ヤコブ!」「お、おお」一人で抑えられるって意気揚々としてたけどやっぱり女性相手には強くでられないようでヤコブさんは意気消沈していた。
トマスさんの出した条件は案外緩く僕は快諾した。話すだけだなんてそんな緩い条件を出してくるとは思わなかったのか、ペトロさんも苦笑いしていた。「話をするだけで許可をくれるというのかい?」「それはそうでしょう。別世界の話など望んでも聞けるものではないですから」想像していたより別世界の情報は価値が高いようだ。これなら案外他の使徒の許可を貰うのも楽かもしれないな。ペトロさん達はまた明日迎えに来ると言い残し塔から出て行った。僕はというとトマスさんの部屋で椅子に腰かけ話をすることに。「ふむ、なかなか興味深いものです。動く鉄の馬車に空飛ぶ乗り物ですか。確かにこちらの世界にはない技術です」トマスさんが特に興味を持ったのは自動車や飛行機といった科学の分野だった。こっちの世界は魔法という概念が存在している為科学というものは発展していない。恐らくこっちの世界で飛行機を作ろうと思うと膨大な時間が必要になるだろう。「それに魔法というものが存在しない世界ですか……不便で仕方ないでしょう」「いえ、それが意外とそうでもないんです。さっきも言った通り科学があるので遠く離れた人と顔を見て話す事ができたり新幹線っていう凄く速い地上の乗り物もあるので」「それは是非とも見てみたいものです。カナタと言いましたね、君がこの世界でそれを再現する事はできますか?」原理は理解しているが再現するにはまず部品を作るところから始めなければならない。当然そうなれば精錬技術も遥かに高度な技術が必要となり、まずはそこから始めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。やはり知識だけあっても実現には程遠い。「すみません、僕も作り方とか原理は分かるのですがそもそもの前提知識や技
トマスさんの巨塔に入ると内装はこれまでと少し変わり、至る所に本棚が置かれてあった。真面目だと聞いてはいるがやはり勤勉タイプのようだ。上階に来ると、いよいよトマスさんの部屋だ。僕は緊張しながら扉の前に立った。「入るよトマス」ペトロさんが両手で扉を開くと、そこは図書館だった。いや、正確には図書館に来たかと錯覚するほどに本棚で囲まれた部屋だ。「うえぇ、いつ来ても相変わらずの本の数だな」「ほんと、これだけの本をよく集めたものよね~」アンデレさんもヤコブさんも大量の本を見て嫌そうに顔を背ける。まあこの二人は本とは無縁そうな雰囲気があるし、当然の反応か。僕としてはどんな本があるのか興味が尽きない。洋風の図書館というのか螺旋階段まであって上階にも本棚が所狭しと並べられていた。しばらく本棚を眺めていると、眼鏡をかけた白い服の男性が螺旋階段から降りてきた。「騒がしいと思ったら……貴方達でしたか」とても理知的な見た目をしているトマスさんは僕らを一瞥しフンと鼻で笑った。それが癇に障ったのかヤコブさんが一歩前に出た。「ああ?来てやったのになんだぁその態度は!」来てやったという表現はちょっとおかしくないかな?どちらかといえば僕らが頼みに来たって感じなんだけど。「来てやった?私は貴方達を呼んだ覚えはありませんがね」まあそうだろうね。だって勝手に来たんだから。しかもアポなんて取ってないし。「まあまあヤコブ、落ち着きたまえよ。トマス、君に用事があってね」「ペトロさん、貴方が用事というとあまりいい思い出がないのですが」過去に何があったんだろう。トマスさんの表情が本当に嫌そうな顔になっているし、凄く気になってきた。「まあまあまあ、それは置いといて。トマス、別世界の人間に興味はないかい?」「置いておくというそのセリフは私の方です。&helli
僕を含めた四人で次に向かったのは第二使徒トマスと呼ばれる人の所だ。使徒は全部で十二人。今の所許可をもらえたのは第三使徒ペトロさん、第五使徒アンデレさん、第七使徒ヤコブさんだけだ。後三人もの使徒に許可をもらわなければならないのはなかなか骨が折れる。それに次に会うトマスという方はそれほど懇意にしている使徒ではないらしく、扉でひとっ飛びという訳にもいかないらしい。その為街に繰り出し塔へと向かう転移門へと足を運んだのだが、なかなか辛かった。使徒は他の神族にとって敬うべき存在。つまり、街を歩けば目につく神族がみな膝を突いて頭を垂れるのだ。なかなか経験できない光景だった。それに使徒が三人も一緒にいればあの人間は何者なんだと、声には出してなかったが神族達の表情が物語っていた。「ここだよここ」ペトロさんの案内されたのは転移門と言わんばかりの巨大な門だった。想像していたのは魔法陣の上に立って転移する的なものだったのだが、まさしく門であった。「これが転移門ですか」「そう、ここをくぐる前に行先だけ登録するんだよ。少し待っててくれるかな」そう言ってペトロさんは門のすぐそばまで行き水晶玉みたいな物に手を翳す。「よし、これで大丈夫だ。さあ行こうか」僕は恐る恐る門をくぐる。当然くぐる瞬間は目を瞑ってしまった。目を開けるとこれまた雰囲気がガラッと変わって白を基調としながらも三階建て以上の建物ばかりが目立つ。治めてる使徒ごとに街の雰囲気は変わるようだ。「あの塔に彼はいるよ」ペトロさんが指差す方向には代わり映えのしない巨塔があった。雰囲気が変わるのは街だけで塔の外観は全て同じ造りになっているようだった。「簡単に許可をもらえますかね?」「うーんどうだろうね。トマスは良くも悪くも真面目だから」真面目な使徒なのか。それなら僕と相性はいいかもしれない。一応こう見えて僕は研究者タイプなんだ。真面目