巨大な扉が数秒かけて開かれる。
使徒様とはどんな見た目をしているんだろうか。部屋の中はどんな風になっているんだろうか。出会った瞬間バトルにならないだろうか。色んな不安が押し寄せてくる。
緊張しながら一歩部屋の中に入ると、そこは部屋ではなかった。いや、正確には部屋の中だ。
ただのどかな草原が広がっていて、その真ん中にポツンと椅子とテーブルが置かれてある。そこで優雅にティーカップで何かを飲んでいる白い服の男性がいた。「ペトロ様、少々変わった人間を連れて参りました」神族のリーダーが膝をつき、頭を垂れる。それと同じくして他の神族も膝をつくのかと思って周りに視線を向けてみるとそこには誰もいなかった。神族のリーダー以外部屋の中に入っていなかったようだ。これは僕らも膝をつくのが正解かと思い、しゃがむとアレンさん達も同じように膝をついた。
流石にここは空気を読んでくれたらしい。ペトロと呼ばれた使徒が立ち上がるとゆっくりとこちらを向くのが気配で分かった。下を向いていても使徒から放たれ圧は凄まじいものだった。何もしていないのに流れ落ちる汗が物語っている。「君の事かな?」誰に話しかけているのか分からないが、多分僕に話しかけている。というのも声が僕の頭上から降りかかってきているからだ。ここは頭を上げていいタイミングなのか?
どういう動きをすればいいのか、何が無礼に当たるのか分からず僕が黙っていると、再び頭上から声がかかる。「えーっと、君は……カナタというのかな?」
何も言っていないのに名前を当てられた。使徒ってのは心でも読むのだろうか。いや、とにかく返事をした方がいいのかもしれない。「は、はい」顔を上げて言葉を返すと、頭上で見下ろしている使徒と目が合った。ニコッと微笑むと、手を差し出してきた。これは手を取れという合図だろうか。<
ペトロさんと合流した後、僕らは世界樹の下まで移動した。姉さんは世界樹を見るのも初見だ。あまりの大きさに口をポカーンと開き雲を突き抜けて天まで伸びる天辺を見上げていた。「すっっごい大きな樹だね!これが世界樹?」「そうなんだ。あの幹のところに入口があって中に精霊がいるんだよ」「精霊かー、この世界に来て色んなものを見てきたけど精霊は初めてかも!」姉さんもしかして一緒に中に入るつもりか?世界樹の精霊が許してくれるだろうか。世界樹の幹までくると、そこには前回結界を解いてくれた使徒が勢揃いしていた。今回もまた結界を解除してもらわなければ中には入れない。「来たか……まさかこれほど早く戻って来るとは思わなかったぞ」ヨハネさんが最初に僕を見て口を開く。「久しぶりーカナタ!魔神を倒すなんてなかなかやるじゃない!ん?そっちの女の子はなになに?」「お久しぶりですアンデレさん。こちらは僕の姉です」「し、紫音です!」やはりアンデレさんは女性ということもあって、最初に姉さんが気になったらしい。僕の姉だと分かるとアンデレさんはニパッと花が咲いたように笑顔を浮かべた。「へぇ〜!別世界のそれもカナタの身内だなんて!私はアンデレよ、よろしくね!」「は、はい!よろしくお願いします!」何をよろしくするのか分からないが、まあ二人が仲良くお喋りするぶんにはいいだろう。どうせ元の世界に戻ったら二度とアンデレさんと会うことはないだろうから。「まさかほんとに魔神を倒してくるとは……人間の力も侮れませんね」トマスさんは感心したように頷いていた。僕だけの力ではないんだけど、わざわ
「やぁカナタ君。まさかこれほど早く会うとはね」入るやいなやペトロさんが僕の数メートル手前に現れそう声を掛けてくる。扉を開けた瞬間はかなり離れた位置にある椅子に腰掛けていたけど。僕が頭を下げたのを見て隣りにいた姉さんも同じように頭を下げていた。「ふむ……君がカナタ君のお姉さんかな?」「は、はい!城ヶ崎紫音です!」ちょっと緊張しているな。一応ここに来るまでに使徒とはなんたるかを説明しておいたからかな。使徒は僕ら人間など足元にも及ばない神に等しき力を持った者だ。神族の方々ですら圧倒的な力を持っているのにも関わらずへりくだっている。「なるほど紫音君だね。それでここに戻ってきたということは世界樹の精霊からの願いを全うしたということかな?」「はい。魔神はこの世から消滅しました」「そのようだね。魔神の気配が微塵も感じられない。どうやら本当にこの世にいないみたいだ」ペトロさんが言うには、突然禍々しい気配がなくなったらしく、魔神が倒されたのだとすぐに察したようだ。「人間の身で魔神を倒すとは……恐れ入るよ」「いえ、みなさんの協力があったからです」「ふむ……部屋を出て待っていてくれるかい?紫音君。少しだけカナタ君と二人きりで話したいことがあってね。ほら、分かるだろう?男同士の話さ」「え?は、はい分かりました!行こ、アカリちゃん」いきなりペトロさんがガブリエルさん含む三人を部屋から追い出すと、僕の目の前にテーブルと椅子が現れた。「積もる話もあるだろう?まあまずは掛けなよ」「はい、ありがとうございます」何となくペトロさんの次の言葉が理解できた。多分邪法のことだろうな。「もう私が聞こうとしている内容は分かっているんだろう?」「邪法、ですよね?」僕はいつの間にかテーブルの上に置かれていた紅茶のカップを取ると乾いた口を潤してから切り出した。
神域の結界に近付くと各々馬車を降りて徒歩ですぐそばまで寄る。手を伸ばすと目に見えない何かに触れた。ここに戻ってくるのもこんなに早いとは思わなかったな。使徒の方々と別れたのもついこないだ。まさかこんなに早く戻ってくるとは世界樹の精霊も想像していなかっただろう。「ここからどうするつもりだ」「多分結界に触れたので巡回している神族の方が来ると思います」「ならば俺は離れておこう。魔族が側にいれば良からぬ想像をされてしまうぞ」リヴァルさんはそれだけ言い残すと馬車を引いて見えなくなる距離まで離れていった。あとは待つだけだが、神族の人が気づいてくれるかな。確か巡回している神族のリーダーはガブリエルって名前だったはずだ。その方の名前を出せば他の神族の方でも話を聞いてくれるだろう。いつ来るかと待っていると神域の結界に穴が開き中から白い翼を畳みながらこちらへと一歩出てきた。ガブリエルさんだ、ちょっと不機嫌そうな顔をしているのはわざわざ迎えに来なければならなかったからだろうな。「……早かったな人間」「そうですね、思っていたよりかは早く戻ってこれました」「そっちの人間は誰だ」僕の姉だと説明するとガブリエルさんは怪訝な表情を浮かべた。この世界の人間じゃないって知っているから、どうして姉がこの場にいるのかと不思議に思っているようだ。「別世界の人間がまだこの世界に紛れ込んでいたのか……まあいい、付いてくるといい」ガブリエルさんの許可は出た。僕とアカリ、そして姉さんで神域へと足を踏み入れる。姉さんにとっては初めての神域だ。視界に飛び込んでくる広大な景色に驚い
魔界を出て早四日。神域までは後半日といったところだ。リヴァルさんが居てくれて本当に助かった。リヴァルさんの自前の馬車がなければ最悪の場合、討伐隊の馬車を一台借りて御者も誰かに頼まなければならなかった。姉さんに惚れていてくれて本当に助かった。まあ本人は否定しているけど、誰がどう見ても姉さんに惚れてるよあれは。神域に向かう道中何度か魔物の襲撃に合ったが、その時もリヴァルさんは真っ先に姉さんを守っていた。「ねぇカナタ。元の世界に戻ったら私の記憶はどうなるのかな?」「まだ分からないよ。僕だって記憶を引き継げるかどうか分からないし、そればっかりは世界樹の精霊次第だと思う」「そっかー。どうせならリヴァルもこっちの世界に来れたらいいのにと思ったけど難しいかなぁ」魔族を日本に連れ帰ったら大騒ぎになるだろう。というかそもそも時間が戻るんだからリヴァルさんと出会った事もなくなってしまう。姉さんはそれを理解できているんだろうか。「紫音、その提案は有り難いが俺にも守らなければならない領民がいる。彼らを放り出して別の世界に行くのは……難しい」「まあそうだよね。ゴメンゴメン、言ってみただけ。せっかく仲良くなれたのに残念だなって思ってさ」「……どうしてもと言うのなら吝かではないが」リヴァルさんすっごい小声で言ったな。領民を守るってのはどうしたんだ。惚れた女を優先する気満々じゃないか。「アカリとは、日本で会えそうだな」「うん。時が戻っても既にあっちの世界にいる時間軸だと思う」アカリやアレンさんはまた会えるだろう。春斗
リヴァルさんの馬車に乗り込むのは比較的容易だった。というのもリヴァルさんが近づく魔物や魔族を寄せ付けなかったのだ。結界魔法というのは便利だなとつくづく思う。しかしアカリから聞いた話では、移動しながら結界を維持するのは並大抵の魔力量では不可能だそうだ。それに移動しながら結界を維持するのは相当な魔法操作技術がいるらしく、少なくともアカリは無理だと言っていた。高位魔族であるリヴァルさんだからこそできた芸当だったようだ。「さっさと乗れ」「ありがとうございます!」僕と姉さん、アカリが乗り込むとリヴァルさんも一緒に乗り込んできた。この馬車を操作する御者はどうするのかと質問しようとすると、リヴァルさんが先に口を開く。「俺が魔法で操作する。どうせ神域の結界まで辿り着けばそれ以上俺の役割はなくなるだろう。だから魔力をどれだけ使っても問題はない」そんな事が可能なのか。自動運転の車みたいな感じだと思えばいいか。僕らは再度お礼をすると、馬車が動き出した。神域はここからだとかなりの距離がある。数日を要するのは間違いない。食料とか一切積んでいないが、その辺はあまり心配しなくてもいいとのこと。まあ冒険者であるアカリが言うのだから本当に心配する必要はないのだろう。――――――馬車の中では姉さんからの質問が止まらなかった。どうやって魔神を倒したのか、魔法が使えるなんてズルいだとか、世界樹って何?だとか。理解してもらうにはそれなりの時間が掛かったが、数日の旅で姉さんにも理解して貰うことができた。一応邪法に関しては一切話していない。そ
セラさんが両手を前に突き出し結界を形成すると、リサさんは煙のように姿を消した。魔族からの魔法は結界で阻まれ僕まで届くことはない。「なっ!?これを真っ向から防ぐだと!?」魔族が驚愕している声が聞こえてくる。セラさんは中学生のような見た目をしているがれっきとした大人だ。攻撃能力こそないが防御に関して言えばアレンさんの一撃すらも防ぐ事ができる。その能力を買われて"黄金の旅団"に加入したとはアカリから教えてもらった情報だ。そんなセラさんの絶対防御を突破できず狼狽える魔族。しかし魔族が呆然としていれば当然隙だらけになる。「さよなら」「うぐぅぁッ――」いつの間にか魔族の背後をとっていたリサさんが核を破壊し魔族はそのまま息絶えた。「どこかに行かないといけないんですよね?行ってください!」「ありがとうセラさん!それと姿は見えないけどリサさんも助けてくれてありがとう!」僕はまた走り出す。ここまで来るのにかなり助けられているな。その後も何度か魔族が僕目掛けて魔法を放ってきたがその全てを仲間のフォローにより防いでくれていた。アカリも流石にそろそろ疲れてきているのか、一瞬姿を見せた時に顔を見たが額に汗が滲んでいた。みんなの助けを一身に受けリヴァルさんの所まで辿り着くと、姉さんが驚いた表情をしていた。「カナタ!なんで急にどっか行くの!?」「いや、その、ごめん姉さん。それよりもリヴァルさん――」「……リンドール様を倒したのか」僕の言葉に被せるようにしてリヴァ