「我々の中には家族を失った者が多い。そんな彼らになんと説明すればいい。このゲートを作ったのであれば責任を負う者は彼しかない。五木といったか?彼も重要参考人だ、何処にいる」
鈴木さんはどうしても僕を連れていきたいようだ。ただ、アレンさんは絶対にその場から動こうとせず僕を守るように立ち塞がる。「彼は死んだよ。魔族の手によって」アレンさんが悲しそうな目で、五木さんの最後を伝えた。「何?ならば尚更城ヶ崎彼方には来てもらわなければならなくなったな」
「だから言っているだろう?彼はボクらと共に行くと」鈴木さんは溜め息を付き、次の言葉を投げかけた。
「我々は一般人に手を出すつもりはない。が、彼は世間から大罪人として思われている存在だ。それを庇うというのであれば武力行使も」言い終わるや否か、フェリスさんは剣を抜き鈴木さんの首元に剣先を突き付けた。
「なら、アタシたちが相手になってやるわ。たった数人しかいないけど、貴方達とは互角以上に戦えるわ。さっきの戦闘見ていたんでしょう?私達の力がどれ程のものか、味わってみたいのかしら?」「貴様……」空気は非常に悪い。
ピリついており、後ろに控えている兵士達も銃を手に、いつでも構えようとする気配がある。もちろん黄金の旅団も、みな武器に手をかけている。このままでは本当に殺し合いになってしまう。自分の世界の兵士と、仲間達が殺し合うなんて見たくもない。
しかし今は誰かが構えた瞬間、戦闘になりそうな雰囲気だ。「あの!!」
僕は意を決して、立ち上がった。
いきなり立ち上がったからか、その場にいた全員の視線が突き刺さる。
誰もが見つめる中口を開くのはなかなか勇気がいるが、今はそんなことも言っていられない。「鈴木さん、異世界ゲートの制作に携わった彼方です」
「そんなものは知っている。そもそも携わったというより、リーダーの立場だろう君は」睨みつけられるが、ここで下がるわけにいかない。「本来の目的は、
「何だと?」魔族は明らかに動揺していた。フェリスさんの言葉を聞いてからだ。魔族が何かしら胸の内に秘めている事があるというのが確定してしまった。「……そんなものは知らんな」「嘘を付きなさいよ。アンタ今ちょっと動揺したでしょ」「していない」「いいえ、してたわ。瞳孔が少し開いて足も数ミリ後退した」「していない」「嘘はいいからさっさと吐きなさい」「……貴様らに教えてやる義理などない」僕も魔族の言葉で確証を得た。本当に知らなければ眉を顰めていただろう。魔族に向かって匿っている人間を出せなどと言っても、何のことか分からないといった態度を取るのが普通だ。「アンタが匿っているのか知らないけど明らかに町ぐるみで隠しているでしょ。既にアタシ達の仲間がこの町にいるのを見つけているわ」「……見間違いかもしれんぞ」「受けた報告では確実に容姿は当たっていたわよ?」「ふん……そんな女など知らん」フェリスさんがニヤッと笑みを零す。それを見てか魔族は苛立ったのか声を荒げた。「何がおかしい!」「ふふ……アナタ今言ったわよ。女など知らないって。アタシ一度も女性だなんて言ってないわ」おお、確かにそうだ。フェリスさんは一度も性別の事は言ってなかった。なのにも関わらず魔族は女だと言い切った。つまり、そういう事なのだろう。「口を滑らせたわね!さあ吐きなさい!紫音はどこにいるの!」「チッ……まあいい、お前達が確実にアイツの仲間だという証拠を出せ。ならば教
気配を消しているとはいえ近付きすぎれば勘の鋭い魔族なら察知してしまう。僕とアカリがそっと窓から部屋の中を覗き込むと夜ということもあり、真っ暗で何も見えなかった。「何も見えない」「別の窓から見てみよう」今度は別の場所から中を覗く。ベッドが一つ置かれてあり、その上には人一人分くらいの脹らみがあった。魔族が寝ているのだろう、配偶者の姿も見えないところをみるに恐らく一人暮らしの魔族のようだ。全部で三箇所の窓から中を覗いたが姉さんの姿はなかった。気を取り直して今度は別の建屋を探す。数軒見て回ったが特に怪しい所はなかった。人間を匿っているなら相応の食材や家財が置かれていてもおかしくはないが、どこにもそんなものは見当たらなかった。「監視していた仲間の情報ならこの町のはずなんだけれど」「もう少し探してみましょう。まだ見てない建物は沢山ありますから」そこからは手分けして探す事になった。四人いれば何かしら手掛かりくらいは見つかる。そう思っていたが……。「そっちはどうだった?」「……全然」「アタシの方も何も無し」「私も」四人ともにそれらしい手掛かりを見つける事ができなかった。ここまで何の手掛かりも見つけられないとなるとこの町で姉さんを見つけたという情報も信憑性が薄まってくる。「おい」僕らが路地裏でコソコソと話し合いをしていると、不意に背後から声が聞こえた。咄嗟に振り向いたがよく考えれば僕らは気配を断っているはずだ。
アレンさんの新しい命令が全体に伝わると、馬車の速度は落ちた。少し進んでは休んでを繰り返し帝都出立から半月が過ぎた。食糧はもつのかと思ったがその心配は無用だ。何しろ物資を運ぶ馬車は二十台ある。300人に対して多すぎる程の物資量であり、アレンさんは元々速度を落とすのも視野に入れていたようであった。ただ魔物の襲撃はひっきりなしに行われている。襲ってくる魔物が弱いのか討伐作戦に参加している面子が強いのかは分からないが今のところ大きな怪我を負った者はいない。「このまま真っ直ぐ魔神の根城に向かうんだけど、カナタのお姉さんが最寄りの街にいるらしいんだ。だから少数精鋭で街に忍び込もうと思ってるんだけど、どうだい?」アレンさんの提案に反対するはずも無く僕はすぐに頷いた。あまり多すぎてもバレては厄介だ。そこで選ばれたのは僕と姉さんと面識があるアカリ。そして戦闘能力という面でフェリスさんと気配を消す事ができるリサさんに決まった。全員フードを深く被りできるだけ顔は見えないようにしているが、魔族だらけの街に潜入するのは緊張する。僕らは本隊と別れ徒歩で街へと向かった。距離にしておよそ一日。道中魔物との戦闘も避ける為リサさんを先頭に僕らは進む。「……見えた」遠くの方に建物がいくつか並んでいる光景が視界に飛び込んでくる。街というには少し規模が小さいのかそれほど大きな建物も見えなかった。「あそこに姉さんが……」「……ここからは私の能力で全員の気配を消す」まだ距離はあるが魔族の気配察知は馬鹿にできないとリサさんが全員に気配を消す魔法をかけた。何も感じないがリサさん曰く、僕らの身体に薄い気配遮断の膜が張ってあるそうだ。夜になった魔族の街に入るとさほど帝国の街並みと変わらなかった。恐らく田舎の町なのか規模は小さいが建物の外観は似ている。「問題はどの魔族に守
帝国領を抜けて五日。既に出立から一週間以上が経った。魔族国に入ると視界に飛び込んでくる風景は陰鬱とした雰囲気にガラッと変わる。曇天模様の空に枯れた木々があちこちに生えていて、国境を跨ぐと何故こんなにもガラリと変わるのか不思議だった。アレンさんの説明では魔素の影響だというが、目に見えない物質を言われてもあまりピンとこない。「襲撃きたぞー!全員迎え討て!」魔族国に領土に入った途端、襲撃の頻度は増えてきた。今も馬車の外で騎士や冒険者達が武器を振るっている。「魔物ばかりだからいいけど、魔族が出てきたら内側に配置している冒険者に出てもらわないといけないね」アレンさんの言う通り、魔族は並の実力者では歯が立たない。現在の布陣では外側から内側にかけて戦闘能力の高い者が配置されている。馬車を守るのが大前提の陣であり、物資を積んでいる馬車がやられればかなり厳しくなるからだ。魔物程度であれば並の騎士でも十分対応可能で、今のところ馬車周りを守る冒険者の出番はない。当然僕ら馬車内にいる者達の出番は更にない。「いやぁ壮観だねぇ」呑気にそう零すのはアレンさんだ。僕らは見ているだけだが、外では激しい剣戟の音が響き怒号や指示が飛び交っていた。「魔物がこれだけ一気に押し寄せて来たとなると、多分魔神側には伝わっているんだろうね。ボク達が魔族国に入ったことが」「恐らくは……。ただ魔族を動かしていないという事は自陣で迎え討つつもりである可能性が高いかと」レイさんは冷静に分析し、今後の動きを決めていく。「このペースで進めば魔神の思う通りになるでしょう。もっと急がせた方が良いかもしれません」「確かにね。でも300人を超える部隊だよ?そうそう速度を上げる事はできないだろう」「ですがこのまま魔神の思い通りに事を運べばリスクは高いのでは?」「そうなんだけどね……そうだ!いっその事速度を落とそう。魔神もいつになったら来るんだってソワソワするよ」
帝都を出て数日。まだ帝国領を出るほどの距離は走っていない。流石に数が多いという事もあってかなりの低速移動だった。「帝国領を出るのに後どれくらいかかるんですか?」「ん?そうだなぁ、だいたい後三日くらいかな?」アレンさんが言うなら間違いないだろう。これは想定していたよりも時間がかかるかもしれないな。「これだけ騎士も冒険者もいれば道中も安全だね」「でしょうね。みんな一線級の実力者ばかりですし」アレンさんは馬車の中で寛ぎながらそう呟く。とてもではないがこれから命を懸ける戦いに赴くとは思えない態度だ。「あの……いいんですか?そんな寛いでいて」「構わないさ。だってボクの出番は魔族国に入ってからだしね。それに今ボクが力を温存しておかなくちゃいざという時に困るだろう?」そう言われてしまえば僕も反論はできない。全員が馬車に乗っているわけではなく、半分近い人達は歩きだ。騎士の方々なんかはみんな歩いているし、そんな中でこうやって馬車の中でゆっくりしてても良いのだろうかと不安になる。「この討伐隊で最大戦力のアレン団長や白帝、魔導王といった方々は平時の場合休んでいる事が多いんです」僕の狼狽えた顔を見てかレイさんが補足説明をしてくれた。ちなみにレイさんも僕と同じ馬車に乗っている。「先程団長が仰られたいざという時、というのはあながち間違いではありませんね。ただ、それが寛いで良いという意味ではありませんが」レイさんはそう言いながらアレンさんをギロッと睨む。いや、そりゃあそうだよな。歩いている人が今のアレンさんの姿を見れば腹も立つのではないだろうか。いくら最大戦力と分かっていても自分達は歩いているのに怠けやがってなんて思われてもおかしくはない。レイさんに睨まれて渋々ながら寝転んだ状態から起き上がったアレンさんは苦笑いを浮かべる。「悪かったよレイ。だって昨日まで走り回ってたんだよ?大変だったんだから」
魔神討伐へ向けて出立する当日。宿り木の前には300人の討伐隊が装備を整え揃っていた。指揮を執るのはアレンさんだ。全員の前にアレンさんが出てくるとざわめき立っていたその場は水を打ったかのように静まり返る。「良く集まってくれた。この場にいるのはこれから死地に向かう者達だ。前回の二倍にものぼる人員が集まってくれた事、感謝する」みな真剣な表情で頷く。討伐隊だなんて軽々しく言っているけど、魔神との戦闘では死ぬ可能性の方が高い。ここに集まっているのは命を懸ける覚悟を持った人達ばかりだ。魔神討伐はこの世界でも悲願である。魔神による被害は大きく、辛酸を飲まされてきた人間は数知れない。「今回は百帝テスタロッサ、魔導王クロウリーも参戦している。それに加えて集まったのは精鋭ばかり。今度ばかりは魔神とてそう簡単には逃げられやしないだろう」それに魔神陣営には四天王の数が減っている。あと二人くらいしかいないんじゃないだろうか。グリードは死んだし、もう一人はアカリが倒していると聞いた。となると後はゾラって奴ともう一人なのかな。まあ今頃増やしているかもしれないけど、この世界の精鋭が集まっているこの討伐隊なら負けはしないはずだ。それだけここにいる人達の顔つきを見ていれば覚悟を決めたような自信に満ちた雰囲気だった。「我々に敗北の二文字はない。あるのは勝利のみ!全員行動開始!」アレンさんが最後に号令をかけると各々馬車に乗り込んでいく。魔族国に向かう僕らの馬車は優に五十台にものぼる。大移動を眺めている民衆から上がる歓声が僕らを包み込んだ。「期待を背負っていると思うとワクワクするね」「いやしませんよ!どっちかというとプレッシャーが……」アレンさんは能天気に民衆に向けて手を振っているが僕はそうはならない。誰しもが望んでいる魔神討伐だが、僕のできる事なんてたかが知れている。そのせいか期待が大きすぎてプレッシャーになっていた。
「紫音がこっちの世界にいるってどういうこと?」「それがアレンさんの話では、恐らくゲートが閉じる前に飛び込んだのではないかって事らしい」ほんと無茶をしたものだ。ゲートが閉じる瞬間というのは空間が不安定になっているに等しい。そんな中に飛び込めば身体はバラバラになり、即死していた可能性だって拭えないんだ。「……そう。多分カナタが心配だったからじゃない?」「多分な。それで今は魔族に拾われて魔族国にいるってさ」「魔族が味方する?……信じられない」やはりこっちの世界の住人であるアカリから見ても魔族が人間を助ける行為は異常に映るようだ。なんの意図があって姉さんを助けたのか、気になって仕方がない。「でも多分紫音なら大丈夫」「そうだったらいいんだけど」「案外上手くやってると思う」アカリにそう言われればそんな気もしてきた。確かに姉さんは社交性高いしどんな場所でも馴染んでいるイメージがある。もしや魔族が姉さんに惚れたとか?……いや、流石にそれはないか。「でも良くあの白帝を引き込めたね」「ああ、あの人か。マフラーの編み方を教えたら協力してくれる事になったんだ」「……なんで?」いやそれは僕に聞かれてもな……。逆にこっちが聞きたかったよ、なんで?って。「とにかくこれで魔神が討伐できる戦力も揃ったんだ。姉さんの事も心配だけど、元の世界があの日にまで戻ってくれたら全て解決する」「記憶はなくなるんでしょ?」「記憶か……引き継げられたらいいんだけどな」記憶が消えれば当たり前だが、アカリとも出会っていない事になり存在を忘れてしまうだろう。それだけは嫌だな。アレンさん達との思い出だって全て消えると思うと寂しく感じる。こっちの世界に来たことだって無かったこ
僕にはアレンさんが何を言っているのかすぐには理解できなかった。姉さんがこっちの世界にいる?どういう事だ、あの時ゲートに飛び込んだのは僕らだけ。姉さんは涙ながらに見送ってくれたはずだ。「これはウチのクランのメンバーが見つけた情報なんだけどね。ほら、あっちの世界に行ってたメンバーだったら顔とか覚えているだろう?それで魔神を探している時に偶然見つけたらしいんだ」「あの……それは見間違いとかではなくてですか?」「ボクもそう思ったんだけどね。その子もそんなはずはないとしっかり観察したらしいんだ。……やはり本人で間違いはないそうだよ」何故?という言葉が僕の頭の中をグルグルと回る。そもそもどうしてこっちの世界に来たんだ?どうやって?ゲートが閉じる前に飛び込んだか?分からない……どうして姉さんが。僕があまりに呆然としていたからかアレンさんは肩を優しく叩く。「でも安心していいさ。既にボクの仲間が監視している。今のところ危険はないようだけど、どうして魔族国にいるのかはこれから調べるよ」「はい……」「カナタのお姉さんはもしかしたらどうしても弟の事が心配すぎてついて来てしまったのかもしれないね。ただゲートが閉じる瞬間に飛び込んだとすればこっちの世界の座標は狂ってしまう。それなら納得もいく」百歩譲ってこっちの世界に飛び込んだのはいい。でもそれならどうして魔族国にとどまっているのか。魔物が闊歩しているから危険なのはわかるが、それなら姉さんが殺されていてもおかしくはなかった。でも今の今まで生きて魔族国で生活しているというのが不思議でならなかった。「魔族にも人間に味方する者はいると聞く。もしかしたらそういった魔族に拾われたのかもしれないよ」「そうですね……それならいいんですけど」「とにかく続報を待つしかないし、どのみち魔族国に入ればいずれ会う事ができる。それまではボクの仲間が
テスタロッサさんを引き連れ宿り木に戻ってきて、一週間が経った。最初こそ白帝がいると大騒ぎになったものだが、それも二日三日で慣れたのかいつも通りの日々が戻ってきた。「よく集まってくれたね」宿り木の一階には沢山の冒険者や有力な戦力が集まっている。アレンさんは彼らを見回しそう口にした。「魔神の場所が特定された」「「「おおおおー!」」」その言葉にみなざわめき立つ。時間は多少かかったが、諜報系の職を持つ冒険者をフル稼働させた結果だろう。「場所は魔族国の北にある廃城だ。ここから馬車でおよそ二十日。かなり距離があるから入念な準備が必要になるだろう」魔族国……あの陰鬱とした場所か。この世界に初めて訪れた時を思い出すな。「当然だけど辿り着くまでにも魔族と戦闘になるであろう事は容易に想像につく。中規模の編隊を組む必要があるから、帝国騎士団にも協力してもらう運びとなった」アレンさんが紹介すると、数人の騎士服を着た者達がゾロゾロと入ってきた。その中にはソフィアさんの姿もあった。戦闘用ドレスを身に纏い周囲は騎士が固めている。「貴殿達冒険者と手を組む事は多々あるから知っている者も多いだろうが、私はエリュシオン帝国騎士団長、ロルフ・ラングレンだ」「ロルフはレベル5の冒険者と同等以上の実力者だ。他にも精鋭を連れてきてもらったので戦力としては申し分ない」ロルフさんは白と金色の鎧を身に纏っていて立ち振舞いからして強者のソレだった。他にも周囲に侍る騎士の顔付きは心強く感じられる。「冒険者と騎士団合わせて300人。それが今回魔神討伐に参加してくれる人員となる。前回に比べて2倍以上になっているけど、魔族国を抜ける事を考えればこれでも少ないくらいだと思っているよ」