LOGIN途中にしていたバサームも、パティポットも食べてゆったりと幸せな時間が流れる。
こんなに楽しくて美味しい食事、いつぶりだっけ。 家での食事が多かったから、外食も殆どしたことが無かった。 それがこんな美味しいごはんを食べられるなんてなぁ。 となると次は、ちょっとだけ家庭の味を食べたくなってしまう。 でもここはもう、私が生きていた世界じゃないのだ。 身も心も、異世界であるこのフォス=カタリナの人間にならなければならないのだろう。 「ルシーちゃんがこのお店の料理を好きになってくれて良かったわ」 「とても美味しかったです。えっと……私、前の家ではお母さんが作ったご飯ばかり食べてて、お外のご飯ってあんまり食べたことが無かったんですけど……美味しいって幸せなんだなぁって、初めて理解した気がします」 「それは良かったわ。元々の世界にはもう戻れないって考えると寂しいと思うから、少しでもルシーちゃんがこの世界で『好き』を準備して、見つけてあげたかったの。一番見つかりやすいのは、こうして食べることよね」 「あ……」 しんみりと、撫でる手元を覗きながら。 どうやら、エリザさんがこのお店を選んだのは、私の為だったようだ。 「故郷を離れるって、寂しいわ。しかもそれがもう戻れないと知ったなら尚更よ。私ね、元の世界から離れても、この世界に好きがあるならその好きに縋って生きても良いと思うの。それでこの世界を、フォス=カタリナを好きになってくれたなら、少しでも一緒に居てくれるかと思ったのよ」 「私の為に……ありがとうございます。今日一日出会ったばかりの私に、こんなに親身になってくれるなんて……」 「ふふ、だって家族だもの。ルシーちゃんは私の娘になってくれるのでしょう?」 これはもしかして、エリザさんなりの愛情だろうか。 「……ところでルシーちゃんにお願いがあるのだけど、いいかしら?」 「お願い、ですか?」 「ええ。私達、親子になったじゃない?私の事、『お母さん』って呼んでくれないかしら?……って、初日にこんなお願い難しいわよね!ごめんなさいね、気が急いてしまって……」 恥ずかしそうに俯くエリザさんの表情は、少しだけ陰ってしまって、それは思い詰めたようにも映ってしまう。 そういえば子供を諦めて宿主制度をお願いしたんだっけ。 今日一日こうして過ごしてみて、私が異世界に対して嫌悪感があまりないのは……出会った皆が、私をこうして迎えてくれて教えてくれるエリザさんが良い人だからなのかなって思った。 これからきっとこの世界で過ごしていくんだろうけど、未だに嫌悪感はない。 私はもう、お父さんやお母さんには会えない。 それなら、呼んであげてもいいのではないだろうか。 「……――エリザ、母さん」 「……っ!」 「えっと、ちょっと恥ずかしいですけど、そう呼んでいいですか?」 「――もちろん!ええ、もちろんよ!ああ、とっても嬉しい。ルシーちゃんの可愛さに負けてしまいそうだわ……!」 「いや、あの、そこまで喜ばれると恥ずかしいですけど……ありがとうございます」 朗らかな空気になって、「じゃあお会計しちゃいましょうか」と二人で席を立つ。 熱いくらいだったパティポットの温度がそのまま体に引き継がれたように、私とエリザさんは店を出ていく。 「ところでルシーちゃん、お仕事斡旋はどうだったのかしら?」 歩き出して数歩、思い出したようにエリザさんは問う。 「あ、それならサクッとお仕事の応募をしました。『万来堂』っていう飲食店さんなんですけど……」 「『万来堂』?それって……ここよ?」 「え?」 振り返って再びお店の外観を見る。 未だに店の看板は絵のみで、店名は分からない。 エリザさんはくすりと笑った。 「あのお店はね、見た人がすぐに飲食店だと分かるように、看板には絵だけを置いて文字を入れないの。お店の名前は『万来堂』、どんな相手も常連のお客さんにしてしまう、誰もが「さ、次はストゥリアをカットして茹でるわよぉ」 そんなエリザさんの掛け声に、目の前にはまな板と包丁が置かれた。 包丁は幅が小さいけど刃渡りは長い。 私の手のひらを縦に並べて指がちょっと出るくらい。25cmくらいかな……? 持ってみるととても軽くて、でもちょっと危なそう。「大丈夫よ、ルシーちゃん。ストゥリア専用のナイフは刃がついてないの。刃の部分は薄くして切れやすくはしてるけど、皮膚までは切れないわよ」 安全だそうです。よかった。「じゃあルシーちゃん、私はモルデの仕上げを始めるから、頑張ってストゥリアをカットしてね」「ふ、太さはどうすれば……?」「んー……ルシーちゃんが食べたい太さでいいわよぉ」 そ、そんなあ。 まさか食べたことのない麺料理の太さを委ねられてしまうなんて。 パスタだったら細い方が好きかな……でもうどんだったら太い方が好き。きしめんまではいかないけど、食べ応えを求めてしまう。 ラーメンは細い方が好き。他に何があったっけ。 麺、麺……?あ、そうだ。(いいこと考えちゃった!) 「お母さん、切りました」「ストゥリア用の鍋は用意できてるわよ。じゃあ投入してちょうだい」「はーいっ」 エリザさんに言われた通り、モルデを煮込んでいる鍋の隣にはすでにぐつぐつと沸騰している鍋がある。 寸胴の大きな鍋に比べて半分、両手鍋くらいの大きさの鍋に切り終えたストゥリアをひっくり返した。「……あら?ルシーちゃん、麺の太さバラバラにしたの?」 投入されたストゥリアは沸騰の波に激しく揺られている。 太いストゥリアに細いストゥリア、様々な太さのストゥリアが茹でられている姿が見えた。 「どんな料理なのかはまだはっきり分かってないですけど、私が住んでた国にも『手打ちそば』っ
ストゥリアとやらを寝かせている間、エリザさんは鼻歌をしながらお玉でアクをくすっていく。 中に入ってるのは牛肉みたいな真っ赤な肉塊とそれぞれ人参、玉ねぎ、ブロッコリーみたいな特徴を持つ野菜だ。「わあ……だんだんといい匂いがしてきちゃった……」「アクが出なくなってきたら、モルテは最後まで弱火で放置、そしたらルシーちゃんのストゥリアに戻りましょうね」 にこりと微笑むエリザさんは、それから10分くらいアクをとり続けた。 アクの色がだんだんと白く細かくなっていって、「そろそろかしら」と蓋をすると魔法で火の勢いを弱めた。「ずっと見てても、飽きないです……!」「うふふ、そう? じゃあそろそろストゥリアの様子を見ましょう!」 エリザさんはボウルの蓋を取る。 するとふわりと花のような、香り高い匂いが立ち込めた。「わあ、いい匂い……!」「ストゥリアに使われる粉は花から実になる時に、花の香りも一緒に込められてる感じなのよ。実を割るとルシーちゃんが捏ねたあの粉になるのよ」「実の中にこの粉が詰まってるってことですか……!?」「うふふ、そうよぉ」 捏ねてる時は強力粉みたいなものかと思ったけど、どうやら異世界作物だったみたい。 ちなみに人参っぽいものはヒトデの形をしていたし、玉ねぎの形をしたものは、にんにく味だった。 『メモ』 ・ステロット……星型人参 ・ガリオン……玉ねぎ風にんにく ・ストゥーナ……ストゥリアの原料。一応穀物でパンにも使われる(らしい) さて、ボウルに入っていたストゥリアは粉をまぶしたまな板に乗せられた。 所謂打ち粉だ。 そこへ見覚えのある棒が取り出されて、「これで伸ばしてちょうだい」と笑顔を向けられた。 ……これ、パン
「実はね、魔法にも色々あるのよ。……とは言っても、まずは復習から始めましょうか。さあルシーちゃん、魔法の属性はなんだったかしら?」「えっと……火、水、土、光、闇、治癒……ですよね?」「そうね。ではこの世界の魔法は何を使うのだったかしら?」「魔素、ですよね。空気中に含まれてるんですよね……?」「ええ、そうよ。私たちはこの魔素を具現化させて、それぞれの属性魔法として使ってるのね。異世界転生者には使えないけれど、私たちが魔法を扱えるのは空気中に散布されたこの魔素の存在を把握して更に魔法としてイメージを持ち、変換できるからなの」「はえぇ……。私には何も見えないけど、お母さんは何か見えるんですか?」「いいえ、魔素は無色透明だから何も見えないわね。でも、感じ取ることはできるわ。空気中や物や、生物から溢れている量とかね。私は魔素があるかないかが分かる程度だけど、魔法を上手に使える子はどの程度の魔法を放てるか、も把握してると思うわ」 そう言って、エリザさんは「えい」と可愛らしい声を発しながら鍋を指差す。 すると鍋の下でコンロと同様に鍋を温める火が湧き出た。 その姿はまるで魔女さながらで、私は突然の魔法につい「わっ」と声が漏らしてしまった。「これが魔法よ。でも、魔素について一番大きい違いはフォス=カタリナで生まれた私たちと、ルシーちゃん達かもしれないわね」「というと?」「私たちは身体から魔素を感じるけれど、異世界転生者から魔素を感じないの。異世界転生者は魔法を使えない、でもその代わりに『スキル』という存在を貰うのだけど……私たちからしたら、スキルという存在自体が不思議だわ」「な、なるほど……」 人差し指を口元に当ててじっと覗かれて、少しだけ恥ずかしいような、なんというか、すごく困惑してしまう。 それは私自身受け取ったスキルというものが『ベビースマイル』とかいうよくわからないものだからかもしれない。
「ルシーちゃん、折角だから一緒にお料理しない?」「へっ!?」 突然の提案に私はびっくりしてしまった。「どう?」と期待を込めた笑みを向けられているけど、生憎私は魔法が使えないから足手まといだ。 そんな私に一緒に、なんて言われても……。「ルシーちゃん、お料理をするのに火を使ったりするのは確かに魔法だけど、それだけじゃないのよ?包丁で食材を切ったり、材料を捏ねたり、混ぜたり、味付けするのはちゃんと人の手を使うんだから♪」「あ……」 確かに、それはそうだ。 何かをするには魔法を使うけど、それだけじゃないじゃないか。 優美な笑みを見せるエリザさんは楽しそうに調理の準備を始めた。「今日はモルデがけストゥリアを作りましょう!ルシーちゃん、お手伝いお願いできる?」「私、頑張ります……!」 料理名を教えてもらったけど、どんな料理なのかは全然想像つかない。 エリザさんは作業台にボウルを用意すると紙袋を取り出し、ひっくり返した。「ぶひゃっ」 少しの粉塵を上げながら投入されたのは真っ白できめ細かい粉。 そこに卵が片手割りで入れられ、エリザさんに「はい、どうぞ」とボウルごと渡された。「ひと思いにやっちゃって♡」 手をわきわきさせながら期待の眼差しを向けるエリザさんを見て察した。 なるほど、私が参加するお手伝いはどうやら混ぜる工程のようだ。 それなら前世のお母さん(敢えて前のお母さんを前世ということにしよう)がストレス発散にパンを焼いていた姿を見たことがある。 勢いに任せて両手を生地に突っ込み、私は指を立てて混ぜ始めた。
第五ノクスィ月、アグニードの日。 今日から日記を書こうと思う。そう思ってさっき、商店街に行ってペンと紙を買って来た。 あいにくこの世界の文字は読めても書くにはまだ分からなくて、日本語だ。 少しずつこの世界に慣れていきたいなと思うけど、どうなることやら。 まずは初めて一人で商店街に行ってみた。 商店街はやっぱり賑やかな場所だ。 人通りは多いしお店も多く、食べ物の匂いが食欲をそそる。 お金はまだちゃんと使える自信がないから最低限だけ買って帰ってきてしまった。 気になる料理が一つあったけど、なんて名前だったかな。ちゃんと見ておけばよかった…。 でもネリネラさんに会えたよ。 おんなじ所で洋服を売ってて、今日はどうしたの?って声かけられちゃった。 ちょっとお話できて嬉しいな。 そう考えたら、ちょっとだけこの世界にワクワクしてる気がする! あ、朝ごはんは『ミルファンテ』を食べたよ。 こんがりと焼いた厚切りのバケットの上に卵や野菜が乗って、お洒落な料理!チーズが入ったスープをかけた料理。 コンソメスープみたいな野菜たっぷりの香りが漂って、外はカリッとしてるのに中はとろーりとスープが染み込んだパンがふわふわっとしてて、すごく美味しかった! 野菜にはチーズが入ってたみたいで、ナイフでパンを切って、持ち上げればチーズが伸びてびっくり! 野菜と卵のスープにチーズを入れて、それを上からかける料理なんだって。私も覚えたら出来 いやできないわ。 あれ、また食べたいな…ぐぅ、魔法があればお料理できるのに…。 さて、ここまで日記を書いておいてこの世界に来て4日目なんだけど、今日はどうしよう。 ぶっちゃけ全然何にも考えてない。 お仕事のお話って早くて3日って言ってたっけ?それならもうそろそろかな?何か他の勉強とかしたほうがいいかな?
「でもね、ルシーちゃん、安心してほしいの」「え?」「戦争はね、とうに終わってるの。原住民も、魔族も、この世界に生まれた生き物でどちらもその尊厳はある。この世界に生まれた以上、そこに優劣は無いのよ――ってことで、丸く収まったの」 エリザさんの言葉に「そうなんだ……」と、ほっと胸を撫でおろす。 戦争が無事に終わったのならば、私の命はすぐにでも危機に晒されることは無いのだと、安心できた。 ……否、まだこんなことで安心できる訳がない。「でも、ちょっと待って。この世界に生まれた以上?それって転生者は含まれるんですか??」「あはは、良い所に目をつけるのねぇ!そう、そこが問題なの!」 潔く、そして大きく、それでも優雅さを保ちながらエリザさんは笑い飛ばす。「戦争が無事締結するのは良かったのだけど、心許ない魔法の力を集約させて編み出した召喚魔法は強力だったわ。戦争は終わってもその召喚魔法には終わりが無くて、この世界に転生者は増えていく。戦力として呼び出された転生者、そして戦争が終わってもなお呼ばれる転生者、今度はこちらが問題になってしまったわ」「わあ、泥沼……。その上で、私が来たということですか……」「ルシーちゃんはまだいい方ね。だってあなたはどんな結末であれ、ちゃんと人生を終えてこちらへ来たでしょう?でも、この時の転生者は違うのよ」「えっ……」「彼らはまだ人生の途中、転移者だったのね。魔法で人手を呼ぶことに精一杯で、呼ばれた人については思考の外だったようよ。ある意味、研修職らしさはあるけどね」「じゃあ、今ある環境があるのは……」「こちらの世界に呼ばれた彼らの為に、これから呼ばれる転生者の為に、宿主制度も転生者免許も見た目で誰がなんのお仕事をしているか分かる制服も、ぜーんぶ転生者の為。転生者を生み出してしまった私達エルドアマリナ王国民は、転生者を同じ王国の民として認めなければならない。どれもお互いの距離感を広げない為に作