LOGIN休みのあと、アスイェは出かけた。
今はまだ夜ではなく、空は橙色《だいだいいろ》に染まっている。風がやさしい。陽の光が落ち、庭にある階段は金色を帯び、セラフィナはその階段の上に座ったまま、部屋に戻らなかった。彼女は、さっきここからアスイェを見送ったばかりだった。体を大きなマントに隠し、膝を抱えて座っていた。セラフィナの手に、何かを持って、彼女はじっくりとそのものを見ていた。――それは一つのカフスボタンだった。このカフスボタンは丸く、銀の輪の中に赤い宝石が嵌《は》められていた。セラフィナは宝石のことをよく知らないが、それは『ルビー』らしい。彼女は知っていた。これはアスイェがよくつけていたカフスボタンだった。今、自分の手にあるこのカフスボタンは、いつも彼の左袖についていた。宝石だけではなく、本当にセラフィナの目を奪っていたのはあとから刻まれた紋《もん》だった。その紋《もん》は古いものだが、アスイェがこのカフスボタンをよく拭くから、宝石はきれいで、光に当てるとさらに輝いた休みのあと、アスイェは出かけた。今はまだ夜ではなく、空は橙色《だいだいいろ》に染まっている。風がやさしい。陽の光が落ち、庭にある階段は金色を帯び、セラフィナはその階段の上に座ったまま、部屋に戻らなかった。彼女は、さっきここからアスイェを見送ったばかりだった。体を大きなマントに隠し、膝を抱えて座っていた。セラフィナの手に、何かを持って、彼女はじっくりとそのものを見ていた。――それは一つのカフスボタンだった。このカフスボタンは丸く、銀の輪の中に赤い宝石が嵌《は》められていた。セラフィナは宝石のことをよく知らないが、それは『ルビー』らしい。彼女は知っていた。これはアスイェがよくつけていたカフスボタンだった。今、自分の手にあるこのカフスボタンは、いつも彼の左袖についていた。宝石だけではなく、本当にセラフィナの目を奪っていたのはあとから刻まれた紋《もん》だった。その紋《もん》は古いものだが、アスイェがこのカフスボタンをよく拭くから、宝石はきれいで、光に当てるとさらに輝いた。そして、アスイェは出かける前に、対になっているはずのカフスボタンの片方をセラフィナに渡した。「持っていろ。俺と一つずつだ」セラフィナは顔を上げて彼を見つめた。アスイェは右袖をセラフィナに見せた。そこには、カフスボタンはある。「いい子で留守番をしろ、庭に行かなければ危険はない。分かったか?」セラフィナはカフスボタンを握っているが、視線はアスイェからそらしていなかった。アスイェはしばらくこの子を見つめ、身をかがめて、彼女のマントを膝までしっかりとかけ直した。「いいな。すぐ戻る」セラフィナは前のように、「セラも行きたい」とわがままを言わなかった。ただ、手にあるカフスボタンをぎゅっと握りしめた。やがてセラフィナは頷いた。アスイェが屋敷に出る時の足音は静かで、まるで重さがないようだった。子は階段の上で長く座っていた。空が闇に呑み込まれる頃、セラフィナはようやく屋敷の中に戻った。部屋の光が何度も消され、再び
屋敷がいちばん静かになるのは――アスイェの休み時間だった。風はまるで見えない蛇のように椅子の脚を回り、彼の袖をなぞり、そのまま彼のそばを通り抜けて消えた。アスイェは庭に置かれた長椅子にもたれて、目を閉じている。元々腰を下ろしているだけだったが、静かになると、アスイェは瞼を閉じ、呼吸もゆっくりになり、眠りに落ちそうになった。彼は眠りに落ちそうになった。だが、その静けさは簡単に破れた。かすかな音が、途切れ途切れに屋敷の中へ広がってくる。最初は足音だった。ばたばたと慌ただしく、何か小さなものが落ちた気配がして、すぐに幼子の声が続いた。「あ……」彼は誰だかをわかっていたから目を開かなかった。――セラフィナは最近、やたらと元気がある。走り回らないときでも、何かを探して屋敷を歩き回っている。時々アスイェを連れて、いわゆる「アスイェが見たことのないもの」を見せていた。「ほら!ねこ!」「風がうるさい!」そうして、セラフィナは問いかけてきた。「たべないの?」「なぜセラじゃいけないの?」「コウモリにへんしんできるの?」アスイェは答える時があれば、答えない時もある。そしていつも騒いだあと、セラフィナは彼の腕の中に入り、「疲れているの?」と聞く。時々彼は確かに、「疲れ」を感じる。それは変な感覚だった。まるで体の内側に、ふわふわとした何かを閉じ込められ、このまま横になっているしかないような感覚。アスイェは忘れたと思ったが、彼はこの感覚を昔から知っていた。かつて――病やまいを越えたあとの子どもも、セラフィナのように騒ぎ、笑い、走り回った。子供が元気になるほど、彼は疲れていった。「アスイェは、ゆめを見てるの?どんなゆめ?」アスイェは目を開けなかった。セラフィナは彼の指をつかまえて、自分の話を始めた。「セラはね、ゆめをみたの、大きなつばさがあったの。セラは空に飛んでる。アスイェは下にセラをまっていた!」「……アスイェ……きいてるの?」アスイェは本当に深い眠りに落ちてい
今夜は静かで、風も優しい――それでもセラフィナはよく眠れなかった。 彼女は小さく動き、わずかな違和感で目を覚ました。 自分の夢は覚えていないまま、無意識に拳を握りしめていた。 強く力が入り、袖が破れ、びり、と小さな音が走る。 セラフィナはゆっくりと体を起こし、破れた袖をしばらく見つめた。 腕をあげ、落ちかけた布をそっと目の前に持ち上げる。 まだ眠気の残る頭で、「服が壊れた」とようやく理解する。 そして視線を落とすと、自分の手の裏に小さな傷跡が残っていた。 ここは安全のはずだったから、傷を負っていることがおかしい。 セラフィナはしばらくベッドの上に座ってゆっくりと手を動かす。 手をにぎっては開き、またにぎっては開く…… それを何度も繰り返すうちに、セラフィナは気づいた。 あるときは力が入らず、次のときは強くにぎりすぎてしまうのだ。 やがて、彼女は諦めたように、手を下ろした。 足をベッドの外に垂らし、かすかに揺らしてから止める。 そのとき、アスイェがドアを開けた。 セラフィナはいつものように彼と目を合わせることはなかった。 アスイェの足取りは、今日も音がなかった。 瞬きの瞬間、セラフィナはアスイェの靴が視界に入った。 悪いことをして大人に見つかった子のように、肩をびくりと跳ねさせる。 子は口をかたくつぐんだ。息すら小さくなる。 アスイェは叱りもせず、ただ静かに手を差し出した。 小さな掌には傷があったが、血はもう出ていない。 「大丈夫か?」 子はゆっくりとうなずいた。 セラフィナの手がそっと離れ、破れた袖を整える。アスイェは彼女のそばに腰を下ろした。 閉まりきらない窓から風が入り、セラフィナはこそりとアスイェの袖をつまんだ。 時間が静か
子供が眠った後は彼の時間だ。アスイェは本を手に、「本を読む」のは彼の数少ない「興味」の一つだった。夜が来た。窓の外は深淵のように暗い、書斎にはアスイェがページをめぐる音すら吸い込まれるような静けさ――その静けさは、ふいに破られた。いつまにか幼い子は彼の椅子の下に来ていた。セラフィナは、アスイェが与えたぬいぐるみを抱いたまま、迷いなく彼の足元へと寄ってくる。しばらくアスイェの手を見つめ、そのままとすん、とカーペットの上に小さく腰を下ろし、そっと体を寄せた。吸血鬼は体温がない、でも若い子供が彼の足元にいるのか好きだった。アスイェはその瞬間に視線が本から外さない。ただ――ページがめくる手が一瞬止まっただけだった。「……どうした?」セラフィナは答えない、ただ近づこうとしただけなのに、アスイェの肘に触れた瞬間、小さく驚いて手を引っ込めた。アスイェはやっと視線を落とす。椅子の下に身を隠すように座り込み、まるで「ここなら追い出されない」とでも言うような幼い姿だった。彼は小さくため息をついて、本を閉じ、セラフィナを抱き上げた。もしアスイェが何をしないならこの子はほんとにそのまま動けず寝落ちする。そして、朝になたらアスイェに今ようにビッタリする。膝に乗せられたセラフィナは満足そうに身をアスイェに預けた。「眠れないのか?」「……」あかりが消してくれたはずだ」「……」アスイェの声は決して怒りがないが、若い子は何も話さない。「黙ってるとわからない」それでもセラフィナは何も話さないかった。ただ彼の首に手を回し、しっかりと抱き寄せた。この動きで彼は読書を諦めた。「……きつい……セラ……」彼がゆっくりと若い子の呼ぶと、セラフィナはやっとその呼びを答えた。「……うん……さむいからここにいるの」「なら部屋に帰ろう」セラフィナは嫌がる。「アスイェが、ここにいる。アスイェのそばがいい」アスイェはもう問わない。ただ少し前のように毛布を子供に被らせた。「なら、ここにもう少し寝ろ」
セラフィナは名を持ってからというもの、成長が驚くほど早かった。 今では、人間でいえば二、三歳ほどの年頃に達している。 もっと上かもしれないが、アスイェは人間の時間概念はよく理解していない。 吸血鬼にとって歳はそんなに重要ではない、 セラフィナもいつれ同じように思うようになるだろう。 体格はまだ小さいものの、「ひとりで留守番ができる」ほどには成長した。 アスイェは部屋に入ると、セラフィナはもうおとなしくいすに座っていた。 手にカップを持って、何を待っていたようだった。 アスイェはその前に立ち、ふと視線を落とす。 カップのふちに、乾いた血の跡が残っていた。 「今日はお前はもう2回飲んだはずだ」アスイェは事実を淡々と告げる。 「これは正常の飲食ではない」 セラフィナは彼を見つめ、静かにカップをアスイェの前に推した。 アスイェは、押し出されたカップに目もくれず、静かに言葉を続けた。 「お前は飢えていないはずだ」 セラフィナは瞬くこともなく、ただアスイェを待っていた。 欲しいものを得るまでは動かない。 やがてアスイェはポットを取り、ミルクを注いだ。 セラフィナは一口だけ飲み、そこでぴたりと止まる。 「どうした?」 首を横に振るだけで、何も言わない。 「お前が飲みたいものだ」 セラフィナは俯き、考え込むように眉を寄せた。 かつてミルクを飲めなかったとき、一滴だけ血を混ぜてやったことがある。
炎はすでに消え、屋敷の中へと風が吹き込んでいた。 その風は灰と血の匂いをまとい、割れた窓から静かに部屋へ入り込む。 幼子はアスイェの腕の中に隠れたまま、顔を出さない。 アスイェはただその体を抱きとめ、離さずにいた。 やがて、彼の手が幼子の瞼にそっと触れる。 そのひとつの動きだけで、セラフィナの世界は静けさに包まれた。 ――眠っているように見えた。 だが、セラフィナの唇はわずかに動き、かすかな寝言をこぼしていた。 「……Sia……Sia……」 その声は軽く、夜の迷子になった雛が必死に羽を震わせるような響きだった。 「それは俺の名前じゃない。それは、ただの闇の中の音だ」 アスイェの声が部屋の奥に広がり、やがて闇の中へ溶けていく。 若い子供には意味など分からなくても、アスイェは静かに語りかけた。 セラフィナのまぶたがわずかに揺れ、目が開いた。 まだ夢の残滓を抱えたように、幼い瞳はぼんやりとアスイェを映している。 「お前は――自分の声で、俺を呼ぶんだ」 静かに告げられた言葉が、セラフィナの中に届いた。 彼女はゆっくりと口を開く。 最初に漏れたのは、ひとつの音。 「……ア……」 その発声は痛みを伴うようで、声の震えとともに涙が滲んだ。 「……ス……イェ……」 最後の音が出た瞬間、まるで幼い祝福のように、部屋の蝋燭の火が小さく揺れた。 セラフィナはようや







