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第十八話:突然の崩壊、マウンドの果て

作者: ちばぢぃ
last update 最終更新日: 2026-02-16 09:00:40

十月中旬。秋季福岡大会準々決勝当日。福丘高校の対戦相手は北九州学園高校。北部地区の強豪で、投手陣が厚く、打線もバランスが取れたチームだ。夏の大会では福丘とは当たらなかったが、今年の秋は九州大会出場を本気で狙っている。

朝、球太は寮のベッドからゆっくり起き上がった。右腕を回すと、まだ重い。肩から肘にかけて鈍い痛みが残り、腰も固まっている。3回戦の龍門戦で投げた128球の疲労が、2日経った今も体に染みついていた。

それでも、球太は鏡の前で深呼吸した。

「投げられる……。今日も、投げる」

球場に着くと、すでにスタンドは両校の応援団で埋まっていた。福丘の青白い旗と北九州学園の緑黒の旗が風に揺れる。バックネット裏にはプロスカウトの姿も数名。球太はベンチからその視線を感じながら、ブルペンへ向かった。

ブルペンでの投球練習。健がミットを構える。

初球、ストレート。球太は腕を振り抜いた。

シュッ……!

健のミットに収まる音が乾いている。球速表示板は157キロを示した。

「いい球だ!」

健が声を上げる。球太も頷いた。

「走ってる……。体、重いけど……球は出てる」

フォークも鋭く落ち、スライダーもキレがある。球太は納得した。ブルペンではいつも通り、いや、むしろ調子がいい。監督がブルペンのフェンス越しに見守り、静かに頷いていた。

試合開始30分前。ベンチで監督が最終確認。

「先発は早乙女だ。篠原はベンチ待機。早乙女、お前のマウンドだ。北九州学園の打線は長打力がある。だが、お前の球なら抑えられる」

球太は立ち上がり、声を張った。

「はい。俺が……投げます」

監督は球太の目を見て、言った。

「無理はするな。だが……信じてるぞ」

試合開始のサイレンが鳴った。

1回表、福丘の攻撃。北九州学園の先発は3年生右腕・岡本。球速150キロ台のストレートと鋭いスプリットで、福丘打線を三者凡退に抑える。

1回裏。福丘の守備。マウンドに立つ球太。背番号10。

スタンドから「早乙女コール」が響く。プロスカウトの視線が集中する。キャッチャーの西田がミットを構え、低く言った。

「球太。いつも通りだ。俺がリードする」

球太は頷き、セットポジションを取った。深呼吸。初球の打者、北九州学園の1番。右打ちの技巧派。

腕を振り抜く。

シュッ……!

……パシッ。

ミットに収まる音。だが、何かがおかしい。

球速表示板:142キロ。

スタンドがざわつく。球太自身も一瞬、凍りついた。

「え……?」

西田がミットを叩きながら声をかける。

「球太、どうした?」

球太は首を振った。

「いや……大丈夫」

2球目、外角低めスライダー。投げた瞬間、右腕に違和感。球は曲がるが、キレがない。打者がタイミングを合わせてセンター前ヒット。

1アウト一塁。

球太はマウンドで右腕を軽く振った。痛みはない。でも、腕が重い。体が言うことを聞かない。

3球目。次の打者に対して、ストレートを投げる。

腕を振り抜く瞬間――。

突然、視界がぐらりと揺れた。

右腕に激痛が走り、膝から力が抜ける。

球太はマウンドの土の上に崩れ落ちた。

「球太!!」

西田がミットを投げ捨て、駆け寄る。翔、健、大石、監督が一斉にマウンドへ向かう。

監督が球太の肩を抱き起こす。

「早乙女! 聞こえるか!?」

球太は目を開けていたが、焦点が合わない。唇が微かに動く。

「……投げ……たい……」

監督の声が震えた。

「動くな! 担架だ!」

選手たちが慌てて担架を運んでくる。球太は意識を保とうとするが、視界が暗くなり、意識が遠のいていく。

救急車のサイレンが球場に響いた。

病院の救急処置室。球太はベッドに横たわり、点滴を繋がれていた。右腕にはアイシングが施され、肩から肘にかけて固定されている。

意識が戻ったとき、最初に目に入ったのは山田監督の姿だった。

監督はベッドの横の椅子に座り、腕組みをして球太を見ていた。

「……監督」

球太の声は弱々しかった。

監督は静かに言った。

「目が覚めたか。医者の話だと、過度の疲労と右肩の炎症。オーバーユースだ。幸い、腱の断裂はない。安静にすれば、数週間で投げられる」

球太は天井を見上げ、唇を噛んだ。

「……試合は……?」

監督は小さく息を吐いた。

「今日の試合は……なんとか勝てた。涼が7回から登板して、締めてくれた。スコアは3-2。準決勝に進んだ」

球太の目から、涙が一筋落ちた。

「俺のせいで……みんなに負担を……」

監督は首を振った。

「誰もお前のせいだとは思ってない。お前は3回戦で完投して、今日も先発でマウンドに立った。体が悲鳴を上げただけだ」

球太は声を絞り出した。

「監督……俺、投げたかったんです。今日も……マウンドに立ちたかった」

監督は立ち上がり、球太の肩に手を置いた。

「わかってる。だからこそ、焦るな。今は休め。次の試合はお前の体調を見て決める。準決勝は……お前がいなくても、チームは戦える。だが、お前がいれば、もっと強くなる」

球太は涙を堪え、頷いた。

「……わかりました」

監督は病室のドアに向かいながら、振り返って言った。

「ゆっくり治せ。俺は……お前がマウンドに戻ってくるのを待ってる」

ドアが静かに閉まった。

病室に一人残された球太は、天井を見つめた。右腕の痛みが、ジワジワと広がる。

「俺……まだ、投げられる」

涙が頰を伝う。でも、その涙は、悔しさだけじゃなかった。監督の言葉が、胸に温かく残っていた。

準決勝まで、あと数日。球太の闘いは、ここで一旦止まる。でも、終わらない。

マウンドへの道は、まだ続いている。

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