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第十二話:秋の紅白戦、10番の意地

作者: ちばぢぃ
last update 最終更新日: 2026-02-12 09:30:28

九月中旬。福岡の空はまだ夏の名残を残しながら、朝夕の風に少しずつ秋の気配が混じり始めていた。福丘高校野球部のグラウンドでは、新チームとしての本格的な練習が続いていた。秋季福岡大会の初戦まで、あと三週間。監督の山田は「まずはチームの形を固める」と言い、毎日紅白戦を繰り返していた。

朝練のランニングが終わった後、球太はいつものようにブルペンへ向かった。背番号10のユニフォームを着て、グローブをはめ、キャッチャーミットを構えるのは健だ。

「球太、今日の紅白戦、先発だってよ。気合い入ってる?」

健の声に、球太は小さく頷いた。

「入ってる……つもりだ」

だが、その声にはまだ自信が足りなかった。夏の準決勝から一ヶ月。練習では少しずつ球速が戻り始め、フォークの落ち幅も復調の兆しを見せていた。それでも、球太の胸には「崩れるかもしれない」という恐怖が、薄い膜のように張り付いていた。

今日の紅白戦は、新チーム初の「本番形式」。混成チーム(主に1年生+一部2年生)対主力チーム(2年生中心)。監督は「背番号の意味を、今日のマウンドで証明しろ」と言い放っていた。

球太は混成チームの先発。対する主力チームの先発は、背番号1の篠原涼。

二人はマウンドに向かう途中で、軽く言葉を交わした。

「今日も……よろしくな、早乙女」

涼の声はいつも通り静かだった。

球太は目を逸らさず答えた。

「負けねえよ。10番だって……ちゃんと投げる」

涼は小さく口角を上げた。

「楽しみにしてる」

試合開始の笛が鳴った。

1回表、混成チームの攻撃。涼のマウンド。

初球、ストレート。157キロ。ミットが鳴る音がグラウンド全体に響く。福丘の新チーム1番打者が空振り三振。続く打者も三振。3番の翔がようやくレフト前ヒットを放つが、後続が倒れ、無得点。

1回裏。混成チームの守備。球太がマウンドに立つ。

健がミットを構え、低く言った。

「球太。いつも通りだ。俺が全部受け止める」

球太は深呼吸。グローブの中で指を動かし、握りを確認する。初球の打者、主力チームの2年生ショート。

セットポジションから、腕を振り抜く。

シュッ……!

ストレート。151キロ。夏のピークからはまだ届かないが、軌道はまっすぐだった。

「ストライク!」

審判の声。球太の胸が少し軽くなった。

二球目、外角低めスライダー。ボールが鋭く曲がり、打者が空振り。

三球目、内角高めストレート。打者が振り遅れ、空振り三振!

「バッターアウト!」

ベンチから小さな歓声。翔が柵を叩く。

「球太! いい球だ!」

続く2番打者も三振。3番に四球を与えるが、4番をフォークで三振。1回無失点。

ベンチに戻った球太に、監督が声をかけた。

「いいスタートだ。続けろ」

球太は小さく頷いた。まだ序盤。だが、手応えはあった。

2回、3回と試合は進む。涼の投球は圧巻だった。ストレートは158キロを連発し、変化球のキレは夏以上。混成チーム打線は手も足も出ず、4回まで無得点。

一方、球太は3回まで2失点。どちらも甘く入ったストレートを捉えられたものだったが、三振も多く、崩壊はしていない。健がマウンドで何度も声をかける。

「球太、フォークが生きてるぞ。ストレートも走ってる。自信持て」

球太は頷くたび、少しずつ目が輝きを取り戻していた。

5回表。混成チームの攻撃。2アウトから球太の打席。

涼の初球、外角スライダー。球太は見逃しストライク。二球目、内角ストレート。ファウル。

三球目、真ん中低めストレート。球太のバットが、渾身で振られる。

カキーン!

打球はレフト線へ。フェンスまで……!

レフトがダイビングキャッチ! アウト!

だが、球太はベースを回りながら、拳を握った。

「あと少し……だった」

5回裏。球太がマウンドに戻る。スコアは0-2、主力チームリード。

ここでピンチが訪れた。1アウトから連続安打。1アウト一・三塁。

健がマウンドへ。

「球太、深呼吸しろ。次は三振取れ」

球太は頷く。次の打者、主力チームの4番・2年生キャッチャー。

フルカウント。球太は叫んだ。

「来い!」

ストレート。152キロ!

打者が空振り三振!

続く打者をフォークで三振。ピンチを脱した!

ベンチに戻った球太に、涼が声をかけた。

「いい球だった。152キロ……戻ってきたな」

球太は息を切らしながら笑った。

「まだ……お前の158キロには届かねえよ。でも……投げられてる」

6回表。混成チームがようやく1点を返す。1-2。

6回裏。球太が続投。

だが、腕に疲労が溜まり始めた。球速が150キロを切る瞬間が出てくる。主力チームの打線がそれを嗅ぎつけた。

1アウトから四球。続く打者にタイムリー二塁打。1-3。

さらに1アウト一・三塁のピンチ。

球太の息が荒くなる。健がマウンドへ。

「球太、まだいけるか?」

球太は首を振らず、頷いた。

「いける……!」

監督がベンチから見守る中、球太は次の打者に向き合った。フルカウント。

勝負球、フォーク。

ボールが落ちる。打者が空振り!

「スリー! アウト!」

続く打者をセカンドゴロに打ち取り、6回を1失点で締めた。

ベンチに戻った球太は、肩で息をしながら座り込んだ。監督が近づき、低く言った。

「早乙女。よく投げた。今日はここまでだ。降りろ」

球太は頷いた。6回3失点。夏の準決勝の7回で崩れた記憶がよぎったが、今日は崩れなかった。崩れそうになりながらも、踏ん張った。

一方、涼は7回からリリーフ登板。背番号1の重みを背負い、3イニングを無失点に抑えた。試合は主力チームの勝利。4-1。

練習後、グラウンドの端で球太は一人、土に座っていた。グローブを膝に置き、夕陽を見つめる。そこに涼がやってきた。

「早乙女」

球太は顔を上げた。

涼は隣に座り、言った。

「今日の投球……夏よりよかった。152キロ出して、ピンチも凌いで……10番の意地を見せたな」

球太は小さく笑った。今度は、笑いに力が少し戻っていた。

「意地……か。まだ、お前の1番には届かねえけど……今日は、投げられた」

涼は頷いた。

「届かなくてもいい。並走すればいい。お前が投げてる限り、俺も投げ続ける」

球太は立ち上がった。夕陽が二人の影を長く伸ばす。

「秋季大会……俺も、ベンチじゃなく、マウンドに立ちたい。1イニングでも、1球でも……俺の球で、勝ちたい」

涼はグローブを叩いた。

「じゃあ、明日からまた一緒に練習だ。俺の1番と、お前の10番で……チームを強くする」

球太は頷き、拳を差し出した。

涼が拳を合わせる。

二人は並んでグラウンドを歩き始めた。秋風がユニフォームを揺らす。

挫折はまだ胸に残っている。でも、その痛みが、少しずつ、力に変わり始めていた。

背番号10の意地は、静かに、しかし確実に燃え始めていた。

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