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十二話【普通の生活】

last update publish date: 2026-06-21 11:29:55

黒蛇の車が去ったあとも部屋には重たい空気が残っていた。

 私はソファへ座ったまま、膝の上のケースを見つめる。

 中には小型の拳銃。

 まだ現実感がない。

「……変な感じします」

 思わず呟く。

 九条さんが煙草を咥えながらこちらを見る。

「何がだ」

「全部です」

 私は苦笑する。

「私の知らない世界ばかりで、まるで生まれ変わったみたいです」

「……だろうな」

 九条さんは短く返す。

「普通は一生関わらねぇ世界だ」

 その言い方が少し寂しそうに聞こえた。

「……九条さんは」

 私はケースを閉じながら聞く。

「普通の生活に憧れたりしなかったんですか」

 九条さんは私の問に沈黙した。

 榊さんが空気を読んだように「少し外見てきます」と部屋を出ていく。

 静かになったリビングで、九条さんがソファへ深く座り直した。

「昔はあったな。普通の学校行って、普通に仕事して、普通に家庭作るみてぇなの」

 やっぱり九条さんにもそんな時期があったんだ。

「でも無理だろうな

「……どうしてですか」

「結局、こういう世界でしか生きられねぇ人間もいる。それにこの渡世に足を踏み入れるって事は表の世界からの離脱みたい
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    黒蛇の車が去ったあとも部屋には重たい空気が残っていた。 私はソファへ座ったまま、膝の上のケースを見つめる。 中には小型の拳銃。 まだ現実感がない。「……変な感じします」 思わず呟く。 九条さんが煙草を咥えながらこちらを見る。「何がだ」「全部です」 私は苦笑する。「私の知らない世界ばかりで、まるで生まれ変わったみたいです」「……だろうな」 九条さんは短く返す。「普通は一生関わらねぇ世界だ」 その言い方が少し寂しそうに聞こえた。「……九条さんは」 私はケースを閉じながら聞く。「普通の生活に憧れたりしなかったんですか」 九条さんは私の問に沈黙した。 榊さんが空気を読んだように「少し外見てきます」と部屋を出ていく。 静かになったリビングで、九条さんがソファへ深く座り直した。「昔はあったな。普通の学校行って、普通に仕事して、普通に家庭作るみてぇなの」 やっぱり九条さんにもそんな時期があったんだ。「でも無理だろうな「……どうしてですか」「結局、こういう世界でしか生きられねぇ人間もいる。それにこの渡世に足を踏み入れるって事は表の世界からの離脱みたいなもんだ」 その横顔は妙に大人びて見えた。 私はぼんやり九条さんを見つめる。「……でも、九条さんは思ってた極道の人と全然違います」 そう言うと、九条さんが小さく笑った。「どんな想像してた」「もっとこう……すぐ怒鳴って殴る感じというか」「偏見酷ぇな」 珍しく声を出して笑う。 その瞬間だった。 ブブッ――。 再びスマホが震えた。 九条さんが画面を見る。「……椿か。なんだ」『九条、黒蛇のやつら明日にでも本格的に動くかも』 空気が変わる。「根拠は」『さっき港側で人動かしてた。しかも結構な人数』 九条さんの目が細くなる。『でも殆どの人はこっちの世界の人間とは思えない見た目と雰囲気だった。多分高額債務者達か逆らえない半グレ連中ね」「……なるほどな」『美月ちゃんは一人にしない方がいいよ』「分かってる」 電話が切れる。 私は嫌な予感に胸がざわついた。 九条さんが煙草を揉み消す。「黒蛇が何か仕掛けてくる可能性がある」 怖いけど今までみたいに、ただ震えているだけなのも嫌だった。「……私、何かできますか」 九条さんがこちらを見る。「何かって?」「

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    その言葉を聞いた瞬間、不思議なくらい胸の奥が静かになった。 普通なら怖くてたまらないはずなのに。 九条さんがそう言うと、本当に大丈夫な気がしてしまう。 その時、部屋のドアが開いた。「失礼します」 入ってきたのは黒いスーツ姿の榊さんだった。 いつも通り落ち着いているけれど、空気が張っていた。「あいつら、かなり露骨ですね」 榊さんが苦笑する。「黒蛇の連中、隠す気ありませんよ」「三流の脅しか、それとも余裕アピールか」 九条さんが煙草を揉み消す。「どっちにしろ気に食わねぇな」 榊さんは私を見る。「美月さん、大丈夫ですか」「……はい」 本当は全然大丈夫じゃない。 でも二人を見ていると、不思議と落ち着いてしまう。 すると榊さんが少し真面目な顔になった。「若頭、流石にそろそろ必要かと」「あぁ」 九条さんが短く返す。 何の話だろうと思った瞬間。 九条さんが棚の引き出しを開けた。 中から取り出されたのは黒いケース。 私は嫌な予感がして息を呑む。 カチャ、と音を立ててケースが開かれる。「……っ」 中から取り出された物を見て私の心臓は跳ねた。 ……本物だ。 映画でしか見たことのないような冷たい黒。「九条さん……これ……」「護身用だ」 そう言って見せられたのは小型の拳銃だった。「今後、万が一って事もある」「で、でも……!」 私は思わず後ずさる。「わ、私なんかに無理です……!」「必ず撃てとは言ってねぇ」 九条さんが静かに言う。「ただ持っとけ」 その目は真剣だった。「黒蛇は脅しだけで済む相手じゃねぇ。お前が一人になる可能性もゼロじゃない」 怖い……こんな人の命を簡単に奪える物が目の前にあるなんて……。 ナイフなんかの比じゃない。これは人の命を奪うための道具。「……そんな顔するな」 九条さんがこちらへ来る。「これはお前を怖がらせるためじゃねぇ」 大きな手が私の頭へ触れた。「生き残らせるためだ」 胸が詰まる。 私は小刻みに震えながらケースを見る。「……私、こんなのを人に向けるなんてできません」「出来なくていい。いや、できない方が本来は良いんだ。俺達極道だってこの道に足を踏み入れると自らが決めたやつでも引き金を引く……いや、持つことすらビビるやつなんて大勢居る。それにチャカは持ってるだけで状況

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  • クズな夫に捨てられた私を拾ったのは冷徹と噂の若頭だった   九話【黒蛇の車】

    九条さんに見つめられるだけで心臓がうるさい。 こんな感情もう二度と抱かないと思っていたのに。「……そろそろ寝ろ。今日は頭使いすぎだ」 九条さんはそう言って離れようとする。 でも。「……ま、待ってください」 気づけば私は九条さんのシャツの裾を掴んでいた。「……っ」 自分でやっておきながら顔が熱くなる。 九条さんも少しだけ目を見開いていた。「……なんだ」「その……」 うまく言葉が出ない。 一人になるのが怖かった。 部屋へ戻って、暗い場所で一人になった瞬間、全部思い出してしまいそうだったから。 圭吾に裏切られた事。 黒蛇に狙われている事。 普通の生活には戻れない事。 絶対に色々考えちゃう。「……一人にしないでほしいです」 小さな声だった。 九条さんはしばらく黙る。 それから深くため息を吐いた。「……はぁ」 呆れたみたいな声。「ほんと調子狂う女だな」 でもその声はどこか優しかった。 九条さんは私の隣へ座り直す。「これでいいか」「……はい」 胸の奥が少しだけ落ち着く。 静かな夜だった。 窓の外には東京の夜景。「……眠れねぇのか」 九条さんが煙草を咥えながら聞く。「……少しだけ」 本当はかなり。 すると九条さんが私を見る。「じゃあ少し話すか」「え?」「無言だと余計な事考えるだろ」 意外だった。 この人、自分から誰かと話すタイプじゃないと思っていたから。「……九条さんって、いつからこの世界に……極道になったんですか?」 聞くと九条さんが小さく笑う。「随分踏み込むな」「す、すみません……!」「別に謝らなくていい」 そう言って煙を吐く。「まぁ、生まれた時からこんな世界だ」「……」「親父が組の人間だったからな」 静かな声だった。「だから普通の学校行って、普通に就職して、普通に家庭作って……って人生とは無縁だな」 私は言葉を失う。 そんな風に言う横顔が、少しだけ寂しそうに見えた。「……嫌じゃなかったんですか」「昔はな」 短い返事。「だが今さら抜けようとも思わねぇ」 九条さんは窓の外を見る。「この世界じゃ、綺麗事だけじゃ守れねぇもんもある。実際幾つもこの身で経験してきた」 その言葉が胸に残る。 私はぼんやり九条さんの横顔を見つめた。 この人の眼差しは凄く真っ直ぐ

  • クズな夫に捨てられた私を拾ったのは冷徹と噂の若頭だった   八話【放っておけない】

    九条さんのマンションへ戻った頃には時刻は深夜三時を回っていた。 玄関へ入った瞬間一気に力が抜ける。 「……疲れたか」 後ろから低い声。 「……少しだけ」 本当は全然“少し”じゃない。 圭吾と完全に終わった。 自分の口で終わらせた。 それだけで心も体も限界だった。 九条さんはそんな私を見て、小さく煙を吐く。 「今日は色々ありすぎたな」 「……はい」 静かな部屋。 でも不思議と落ち着く。 すると奥から榊さんが姿を見せた。 「若頭」 「どうした」 「真嶋圭吾ですが、別室へ確保しています」 私は思わず顔を上げる。 「逃げられないよう、今は組の管理下です」 「暴れてねぇだろうな」 九条さんが不機嫌そうに聞く。 「最初は騒いでましたが、今は静かです」 「そうか」 九条さんは興味なさそうに煙草を咥える。 「まぁ逃げ場ねぇって理解したんだろ」 その時だった。 ――ピンポーン。 深夜とは思えない軽いチャイム音。 九条さんが露骨に嫌そうな顔をした。 「……はぁ、アイツか」 「え?」 ガチャ。 「やっほ〜」 明るい声と共に入ってきたのは、派手な巻き髪の美女だった。 情報屋の椿さんだ。 「九条〜。仕事終わった〜?」 「何時だと思ってんだ。帰れ」 「冷たっ」 椿さんは笑いながら部屋へ入る。 でも今日は前よりより空気が違った。 笑っているのに、目が笑っていない。 「……何かあったんですか?」 私が恐る恐る聞くと、椿さんはじっと私を見る。 「うん。あんまり良くない話」 空気が明らかに変わった。 「……黒蛇か」 「さすが話早い」 椿さんはソファへ座り、足を組む。 「黒蛇、真嶋圭吾探して結構派手に動いてたみたい」 私は息を呑む。 「でも――」 椿さんがこちらを見た。 「もう見つかってるって気づいたっぽい」 九条さんの目が細くなる。 「……どこでバレた」 「今日のホテル」 静かな声。 「黒蛇の下っ端が周辺見張ってたみたい。そこで見られてる」 私は嫌な予感がした。 「……何を」 椿さんは小さく息を吐く。 「九条とあなたが一緒に居るところ」 背筋が冷えた。

  • クズな夫に捨てられた私を拾ったのは冷徹と噂の若頭だった   七話【調子が狂う】

    圭吾は榊さんに腕を掴まれたまま顔を青くしていた。「ま、待ってくれ……! 本当に話すから……!」 さっきまで女とホテルにいた男とは思えないくらい情けない声だった。 九条さんはそんな圭吾を冷たく見下ろしている。「お前さ」 煙草を咥えたまま低く言う。「今、自分がどれだけダサいか分かってるか?」 圭吾の顔が歪む。「っ……」「自分に尽くしてくれた女捨てて逃げ回って、別の女抱いて最後は命乞い。救いようがねぇな」 その言葉が胸に刺さったのか、圭吾は悔しそうに唇を噛んだ。 「……行くぞ」 榊さんが圭吾を押す。 エレベーターへ向かう途中、圭吾が突然こちらを見た。「美月……!」 私は足を止める。「お前、本当にそっち側行くのか?」「……そっち側?」「極道だぞ!?」 圭吾が声を荒げる。「そんな奴ら信用するのか!? 危ない連中なんだぞ!!」 一瞬、空気が止まった。 でも。 次の瞬間、九条さんが小さく笑った。「おもしれぇな」 低い声。「誰のせいでこうなったと思ってんだ? そもそもその危ない連中に協力したのは誰だ」 圭吾が言葉に詰まる。「お前が捨てた女を俺が拾っただけだろ」「美月!」 圭吾が焦ったように言う。「騙されるな! こういう奴らは利用価値なくなったら簡単に捨てるんだよ!」 その瞬間。 九条さんの目がすっと細くなった。「……お前がそれ言うのか」 静かな声だった。 でも圧が怖い。 圭吾もすぐに青ざめた。「っ……」  圭吾が黙り込む。 私はそんな圭吾を見ながら、胸の奥がじわじわ痛むのを感じて

  • クズな夫に捨てられた私を拾ったのは冷徹と噂の若頭だった   二話【別世界】

    九条さんに連れられ、私は黒塗りの車へ乗せられたまま街を走っていた。 窓の外には綺麗な夜景が流れていく。 だけど何も頭に入ってこない。 離婚。 不倫。 横領。 極道。 数時間前まで普通の主婦だったはずなのに、突然別世界へ放り込まれたみたいだった。 「……あの」 恐る恐る口を開く。 「なんだ」 「本当に……圭吾は、その……黒瀬組のお金を……?」 ハンドルを握る運転手の横で、九条さんは煙草を咥えたまま答えた。 「証拠は揃ってる。実際お前の住んでいた家はあんな状態だっただろ」 淡々とした声。 「お前の旦那、元々は頭回るタイプだったんだろうな。金の流し

  • クズな夫に捨てられた私を拾ったのは冷徹と噂の若頭だった   一話【冷徹と噂の若頭に拾われた日】

    「――お前とはもう終わりだ」 高級マンションのリビング。いつもの安心できる落ち着いた空間でその言葉を聞いた瞬間、私は頭の中が真っ白になった。 「え……?」 つい昨日まで“幸せな家庭”だと思っていた場所で、夫の真嶋圭吾は面倒臭そうにネクタイを緩めた。 「だから離婚しようって言ってるんだよ」 テーブルの上には離婚届。 そして圭吾の隣には――若く綺麗な女が立っている。 派手な赤いワンピース。 甘い香水の匂い。 男に媚びるような笑み。 「初めましてぇ、美月さん」 女は楽しそうに笑った。 「圭吾さん、ずっと我慢してたんですよぉ?

  • クズな夫に捨てられた私を拾ったのは冷徹と噂の若頭だった   六話【再開】

    夜の街を黒い車が静かに走っていた。 窓の外には派手なネオン。 だけど車内の空気だけが異様に重かった。 「……本当にここなんですか」 私が小さく聞くと、後部座席の榊さんがタブレットを見ながら頷く。 「はい。確認済みです」 そして少し言いづらそうに続けた。 「麗華とは別の女性と一緒ですね」 「……っ」 胸がずきり

  • クズな夫に捨てられた私を拾ったのは冷徹と噂の若頭だった   五話【居場所】

    翌朝目を覚ますとカーテンの隙間から薄い朝日が差し込んでいた。「……ん」 ぼんやりする頭を押さえながら体を起こす。 熱は少し下がったみたい。 でも昨夜の事を思い出した瞬間に顔が熱くなる。 九条さんに抱き上げられた事。 額へ触れられた事。 あの近すぎる距離。「……何考えてるの私」 小さく呟いて顔を覆う。 相手は極道だ。 怖い人。 普通なら関わる事すらない世界の人間。 なのに。 昨日の九

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