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四話【安心】

last update Data de publicação: 2026-06-08 19:00:00

深夜一時過ぎ。

 私は借りた部屋のベッドへ座ったまま、ぼんやりスマホを見つめていた。

 誰からの連絡もない。

 静かすぎる夜。

 なのに胸の奥だけが落ち着かない。

「……眠れない」

 小さく呟き私はベッドから降りた。

 少し水を飲もうと思い部屋のドアを開けるとリビングは薄暗かった。

 間接照明だけが点いていて、昼間よりずっと静かに見える。

 その奥。

 ソファに座る九条さんの姿があった。

 片手に煙草。

 もう片方にはグラス。

 黒シャツのボタンが上から二つ外れていて、昼間よりずっと色気がある。

 私は思わず足を止めた。

「……起きてたのか」

 低い声。

「す、すみません」

「謝んな」

 九条さんは煙を吐く。

「眠れねぇんだろ」

「……はい」

 図星だった。

「っ……」

 急に目眩がして体がふらつく。

 倒れそうになった瞬間、強い腕が腰を支えた。

「おい」

「……っ」

 九条さんだった。

 気づけば、ほとんど抱き寄せられるみたいな体勢になっている。

「顔真っ青だぞ」

「だ、大丈夫です……」

「大丈夫な奴は倒れたりしねぇよ」

 近い。

 煙草と香水の匂いがする。

 心臓が変な音を立てた。

「座れ」

 九条さんに半ば強引にソファへ座らされる。

 すると額へ大きな手が触れた。

「……熱あるな」

「え?」

「自覚ねぇのか」

 言われてみれば、少し頭がぼんやりする。

 ずっと気を張っていたせいかもしれない。

「……すみません」

「なんで謝る」

 九条さんは呆れたようにため息を吐く。

「待ってろ」

 そう言ってキッチンへ向かう。

 数分後。

 戻ってきた九条さんは、冷たいタオルと薬を持っていた。

「飲め」

「……ありがとうございます」

 薬を受け取る。

 その間も九条さんは無言で私を見ていた。

「……なんですか」

「お前、昔から無理するタイプだろ」

「え?」

「限界まで我慢して倒れてから気づく」

 図星だった。

 私は昔からそうだった。

 圭吾が仕事で忙しい時も、自分の事は後回しにしていた。

「……そんな事」

「ある顔してる」

 九条さんは私の額へタオルを乗せる。

 冷たくて気持ちいい。

「……九条さんって」

「あ?」

「優しいですよね」

 一瞬、空気が止まる。

 九条さんの眉がぴくりと動いた。

「どこがだ」

「だって普通、ここまでしてくれません」

「放っとくと倒れそうだからだ」

「でも……」

「勘違いすんな」

 低い声。

「お前みたいな女見てると落ち着かねぇだけだ」

「……え?」

「危なっかしい」

 その言い方が、少しだけ優しかった。

 私は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じる。

 その時だった。

「……っ」

 急に体がぐらついた。

 視界がぼやける。

 次の瞬間、九条さんの腕が私を引き寄せる。

「おい」

 気づけば、胸へ抱き込まれていた。

 硬い胸板。低い体温。

 耳のすぐ近くで聞こえる心臓の音。

 近すぎる。

「……っ」

 熱のせいじゃない。

 一気に顔が熱くなる。

 九条さんも少し固まっていた。

 でも離さない。

「……立てるか」

 低い声が頭の上から落ちてくる。

「す、少し休めば」

「はぁ……」

 九条さんは深くため息を吐いた。

「ほんと世話焼かせる女だな」

 そう言いながら、私を横抱きにする。

「えっ!?」

「騒ぐな」

「じ、自分で歩けます!」

「ふらついてた奴が何言ってんだ」

 そのまま部屋まで運ばれる。

 恥ずかしい。

 近い。

 心臓がうるさい。

 ベッドへ下ろされたあともしばらく顔が熱かった。

 九条さんはベッド脇へ座り込む。

「寝ろ」

「……九条さん」

「あ?」

「なんでそんなに優しいんですか」

 聞いてしまった。

 九条さんは少し黙る。

「優しくねぇよ」

 すると九条さんが私の前髪をかき上げた。

「……っ」

 指先が熱い。

「ちゃんと休め」

 近い距離。

 見つめられるだけで息が苦しくなる。

 九条さんの視線が、ゆっくり私の唇へ落ちた。

 空気が変わる。

「……九条さん?」

 呼ぶと九条さんはハッとしたように目を逸らした。

「……寝ろ」

 ぶっきらぼうに立ち上がる。

 でも。

 耳が少し赤かった。

 私は呆然とその背中を見つめる。

 怖い人のはずなのに。

 どうしてこんなに――。

 安心してしまうんだろう。

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