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クズな夫に捨てられた私を拾ったのは冷徹と噂の若頭だった
クズな夫に捨てられた私を拾ったのは冷徹と噂の若頭だった
Author: 月姫乃映月

一話【冷徹と噂の若頭に拾われた日】

last update publish date: 2026-06-07 15:43:47

「――お前とはもう終わりだ」

高級マンションのリビング。いつもの安心できる落ち着いた空間でその言葉を聞いた瞬間、私は頭の中が真っ白になった。

「え……?」

つい昨日まで“幸せな家庭”だと思っていた場所で、夫の真嶋圭吾ましま けいごは面倒臭そうにネクタイを緩めた。

「だから離婚しようって言ってるんだよ」

テーブルの上には離婚届。

そして圭吾の隣には――若く綺麗な女が立っている。

派手な赤いワンピース。

甘い香水の匂い。

男に媚びるような笑み。

「初めましてぇ、美月みづきさん」

女は楽しそうに笑った。

「圭吾さん、ずっと我慢してたんですよぉ? 地味で色気のない奥さんに。夜もまともに相手してくれないし満足できないって私に毎日のように言ってましたよ」

「……どういう……こと?」

震える声で聞くと圭吾は鼻で笑った。

「そのままの意味だよ。俺は麗華れいかと一緒になる。お前はもういらない」

私は言葉を失った。

結婚して三年間。夫を支えるため必死だった。仕事をやめて毎日支えた。

起業したばかりで苦しかった時も。

朝まで資料を作った日も。

高熱で倒れた日も。

全部、隣で支えてきた。

なのに。

「……私の何がダメなの……私あなたの為に今まで沢山頑張ってきたのに……」

「お前にはもう飽きた」

冷たい声だった。

涙が出るより先に、呼吸が止まりそう。

麗華は勝ち誇ったように私を見下ろしてくる。

「ねぇ、早くサインしてくれません?」

世界が崩れていく。

涙が出そうなのに、

ショックが大きすぎて逆に泣けなかった。

「安心しろ慰謝料はたんまり振り込んでやる。それでいいだろ」

まるでゴミを捨てるみたいに夫は私を切り捨てた。

結局、私は何も言えないまま離婚届にサインをして財布とスマホだけを持って家を出た。

私はネオンで滲む夜の街を雨に打たれながらただただ俯いて歩く事しかできなかった。

「……っ」

惨めだった。行く場所もない。帰る家もない。

私を愛してくれていると思っていたあの人は最初から自分を愛していなかったのかもしれない。

カップルの笑い声が耳障りだった。

世界中が幸せそうなのに、自分だけが取り残されている気がする。

ふらついた足が車道へ出かけた瞬間、後ろでブレーキの音がうるさく響いた。

後ろを振り向くと黒塗りの高級車が私を眩しく照らし本能的に目を瞑った。

「死にたいならもっとマシな場所選べ」

低い声がした。

目を開けると目の前には黒いスーツの男が立っていた。

整った顔立ちから向けられる鋭い目。

夜の空気に溶け込むような危険な雰囲気。

綺麗なのに、怖い。

本能が“関わるな”と警告していた。

「お前……何があった」

「……放っておいてください」

「そうしたいがそうもいかない」

男は煙草を咥えたまま、私をじっと見る。

その視線だけで逃げたくなる。

「お前、真崎美月ましま みづきだろ」

心臓が止まりそうになった。

「……なんで私の名前を……」

男はゆっくり煙を吐く。

「真崎圭吾。お前の旦那が最近派手に調子乗ってるからな」

嫌な予感がした。

「……あなた、誰ですか……」

黒瀬くろせ組若頭、九条蓮くじょう れんだ」

その名前を聞いた瞬間、近くを歩いていた男達が露骨に視線を逸らして歩く脚を早めた。

黒瀬組。この東京をシマとして活動する巨大極道組織。黒瀬組の名前を知らない人の方が少ない。

そして黒瀬組の若頭、九条蓮さんは冷徹で他の組の人達から恐れられていると噂を耳にしたことがある。

そんな人がどうして……。

「単刀直入に言う。お前の旦那は俺ら黒瀬組の金に手を出した」

「……え?」

「キャバクラの売上横領。しかも女使ってな」

頭が真っ白になる。

「嘘……」

「高級店【クラブ・レイラ】って店を知ってるか?」

私は小さく頷く。

「そこでNo.1やってる麗華って女とお前の旦那はできてる」

呼吸が止まりそうだった。

さっきの女の事だ。

「あの店は俺達黒瀬組が運営している。つまり俺らの財布に手を突っ込んだってことになる」

九条さんの声は静かだった。

でもそれが怖い。

「……何で圭吾はそんなこと」

「ついでに敵対組織にも情報流してる」

「敵対組織……?」

黒蛇こくだ会だ」

聞いたことのない名前。

でも、九条さんの後ろに立つ男達の顔色が変わった。

「本来なら今夜にお前の旦那を回収して終わらせる予定だった」

回収。

その言葉の意味を私は聞けなかった。

「色々と情報吐かせた後、海に沈めるつもりだったが」

九条さんは平然と言った。

怖い。

普通の人間なら、絶対に関わってはいけない人だ。

「……私は、本当に何も知りません」

震えながら言うと、九条さんは数秒黙って私をじっと見つめた。

「だろうな」

「……え」

「お前は騙される側の顔してる」

失礼なのに、否定できなかった。

九条さんは煙草を捨てる。

「家に戻るぞ」

「……嫌です。帰りたくないです」

「……黙って従え」

私は腕を捕まれそのまま無理やり黒塗りの車へ乗せられた。

マンションへ戻る途中、私はずっと黙っていた。

隣に座る九条さんの横顔は冷たい。

なのに時々こちらを気にするように視線を寄越す。

「……なんで、私を放っておかないんですか」

思わず聞くと、九条さんは淡々と口を開いた。

「お前の旦那が消えたら、次に狙われんのはお前だからだ」

「え……」

「黒蛇会は手段を選ばない連中ばかりだからな。昔から俺達黒瀬組のシマを狙ってるんだよ。どうせお前の旦那は黒蛇の奴らにたんまりと金を積まれ、俺達から匿う事を条件に俺達の資金や情報を抜いて渡せと言われたんだろう。ただそんな事本気にしているのが馬鹿だがな」

鼻で笑いながらそう呟く九条さんを見て、あの人がどうなるのか簡単に想像できてしまう。

「黒蛇組からしたらそんな約束なんて最初から無いのと変わらない。約束した相手を消せば約束なんて無かった事になるからな。死人に口なしだ」

九条さんは冷たく笑った。

「でも腑に落ちません。私達はお金には困っていませんでした。会社の経営も順調で本当に何も困ってませんでした」

「真実はわからない。本当はもっと別に理由があり、黒蛇の奴らに弱みを握られ脅された可能性もある。お前が知らないだけで裏で金を使いまくって資金に困っていたのかもしれない。どちらにせよお前の旦那が俺達を敵に回した事に変わりはない」

「でも何で私まで狙われるんですか。私は何も知らないのに」

「本当に何も知らないのか?」

「本当です! 夫が麗華って女と不倫していた事もついさっき知ったんですから!」

「でもな、お前がいくらそんな事を言った所であいつらにとっては信用なんて一ミリもできないんだよ。あいつらにとってはお前を消すのが一番確実なんだよ」

「わ、私はどうすれば……」

「安心しろ。俺がお前をさっき拾ったからな」

優しい言葉とは想像できないほど冷たい声色、冷たい表情。

だけど今の私には九条さんしか頼れる人が居ない。

私は裏社会で冷徹と噂される黒瀬組の若頭、九条蓮さんに拾われる事にした。

マンションに着き、あの人の部屋に向かう。

足は重く、鼓動が早くなる。

「鍵は開いてるな」

部屋に入ると中は驚くほど普通だった。

荒らされた様子もない。

ただ。

「……ない」

圭吾の荷物だけが綺麗に消えていた。

仕事道具。趣味で集めていた時計。パソコン等全部。

「逃げる準備を済ませてたか」

九条は部屋を見回しながら呟く。

「間違いなく黒蛇会の手引きだな」

私はソファへ力なく座り込んだ。

涙が出そうなのに、うまく泣けない。

「……私、本当に捨てられたんだ……ずっとあの人の為に頑張って尽くしたのに……」

小さく零れた言葉。

九条はしばらく黙っていた。

やがてテーブルの上に置かれた写真立てを手に取る。

結婚式の写真だった。

笑っている私と圭吾。幸せの絶頂の頃を思い出し、ようやく涙が溢れた。

「馬鹿な男だな」

「……え?」

「こんだけ真っ直ぐ好いてくれる女、そういねぇのに」

不意にそんなことを言われて胸が詰まる。

九条さんは写真立てを戻す。

「だがもう全部忘れろ。時期にアイツは居なくなる。それに、お前は俺が拾ったからな」

そして九条さんは私の腕を掴み引っ張った。

「さて――どっちが先に裏切るか」

その言葉を吐いて部屋を出た。

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