第297話

大介は目の前の光景に、言いようのない無力感を覚えていた。

ソファに座る静雄は眉間に皺を寄せ、隣では芽衣が寄り添い、いかにも儚げに見せかけていた。

「社長、もうこれ以上は無理です！」

大介の声には焦燥がにじんでいた。

「会社の現状はご存じでしょう。このまま帰らなければ、松原商事は本当に終わってしまいます！」

「だが芽衣は体調が悪い。俺がどうして彼女を置いていける？」

静雄の声には無力と疲労が混じっていた。

「ですが社長......」

大介がさらに言いかけたとき、芽衣が弱々しく遮った。

「静雄、秘書を責めないで。会社のことが大事なのはわかってる。だから......あなたは帰って。私は大丈夫」

「芽衣、馬鹿なことを言うな」

静雄は彼女を慈しむように見つめた。

「お前の体が一番大事だ。どうして放っておける？」

「でも......」

芽衣の瞳に涙が浮かんだ。

「私のせいで、あなたの仕事を台無しにしたくないの」

「お前の健康は何よりも大切だ」

静雄はその髪を撫でた。

「会社のことは俺がなんとかする」

大介は横で二人の演技を眺めながら、心の中で思わず舌打ちした。

彼は本当にかつて、決断力に満ちた社長だったのか？

今目の前にいるのは、まるで別人だ。

「社長、もう迷っている場合ではありません！」

大介は再び声を強めた。

「株主たちは発狂寸前です。このままでは本当に解任されます！」

「わかっている......わかっているんだ」

静雄は苛立ち、頭をかきむしった。

「だが芽衣が......」

「静雄、帰って」

芽衣が突然口を開いた。

「え......」

静雄は驚いて彼女を見つめた。

「私は自分のことをちゃんとするから。だから......会社に戻って。みんなを失望させないで」

芽衣は無理に笑みを作ってみせた。

「だが、お前の体は......」

静雄はなおも不安げだ。

「本当に大丈夫。時間を無駄にしないで」

芽衣はきっぱりと言った。

静雄は長く逡巡したが、最後には首を横に振った。

「......いや。俺はお前のそばに残る。お前を看病する」

そして大介に向き直った。

「株主にはこう伝えてくれ。俺が必ず状況を立て直すと。電話会議でも充分に対応できる」

その言葉に、大介の眉はさらにひそめられた。

こんな男に仕えると