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第1054話

作者: レイシ大好き
緒莉は気丈に言った。

「お母さん、心配しないで。私は大丈夫だよ。

もし辰琉を見つけられないなら......それでもいいの」

美月はすぐに不満げに眉をひそめた。

「ダメよ!まだ始まったばかりじゃない。なんで諦めるの?」

緒莉はうつむき、ほんの一瞬で目が赤く染まる。

再び顔を上げたとき、瞳には涙が溢れそうに光っていた。

「お母さん、私だって諦めたわけじゃないの。

声をこんなふうにした相手よ。私、もう疲れたの。

これ以上あの人と何も話したくない。もし見つけられないなら、もういい。

この数年の情分だったと思って、今後は二度と会わないだけでいいでしょ......」

涙を散らす娘を見て、美月の胸も締めつけられる。

彼女は一歩近づいて緒莉を抱きしめ、背中を優しく叩きながら慰めた。

「泣かないの。緒莉がどう決めても、お母さんはずっとあなたの味方よ」

言葉数は多くない人だが、美月の愛情は揺るぎない。

「追うのをやめるって言うなら、手を引くわ。あなたが望むなら、お母さんは何だってするよ」

その言葉に、緒莉はさらに胸がいっぱいになる。

母をぎゅっと抱きしめ返し、涙声で言った。

「お母さん......ありがとう。お母さんの気持ち、よくわかった。

これからは何を決めるにしても、ちゃんと相談するから」

「緒莉はいい子ね」

美月は静かに目を細めた。

この部屋には、穏やかな温かさが満ちていた。

......

一方、辰琉の状況はまるで対照的だった。

ずっと背後にぴったり張りついてくる影を見ながら、彼の顔色は土のように暗い。

最初は「形だけの追跡だろう」と思っていた。

だが、途中で明らかに雰囲気が変わった。

追っていた者たちは突然指示を受けたように散開し、緊張感が消え失せたのだ。

それを見て、辰琉も足を止める。

胸を締めつけていた焦りは、冷たい疑念に変わる。

――本当に追う気がなくなった?

それとも、別の指示で、ゆっくり確実に自分を追い詰めるつもりか?

陰りを帯びた瞳が、鋭く光る。

今、彼には信じられる人間などいない。

この世で頼れるのは自分だけ。

その思いを深く刻みつけながら、「真白を連れて、この街から消える」と決めた。

奥歯を噛みしめ、車を借りて郊外へ向かう。

......

その頃、美月のもとにはすでに連絡が届いていた。
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    それ以外に望むものはない。いま最優先なのは娘のために復讐を果たすこと。辰琉が元凶である以上、ほかの人間に怒りをぶつける必要はなかった。だが、孝寛の態度にはさすがに腹が立った。「それで、どうするつもりなの?」美月は横目でにらみつける。後ろにはずらりとボディーガードが並び、その圧に孝寛の膝がわずかに震えた。彼は慌てて首を振る。「もちろん、辰琉をお渡しします。罪を犯した以上、その代償を払うのは当然です」美月は冷たく鼻を鳴らした。「言うだけなら簡単ね。その本人はどこ?まさか今日が三日目だって、忘れたとは言わないでしょうね?」孝寛は額の汗をぬぐい、気まずい笑みを浮かべた。「忘れるわけが......ただ、その......」そこから先が続かない。自分で口にするのも馬鹿げている。まして、もともと自分に不信感を持っている美月に対してなど。「言いたいことがあるならはっきり言いなさい。なにグズグズしてる」美月の声は鋭かった。「時間を無駄にしないで。安東家に費やした時間だけでももう十分すぎるわ」美月は「時は金なり」だと信じている。安東家に奪われた時間を回収するのに、どれだけかかるのか。二川ほどの規模の会社なら、利益は「分単位」で積み上がる。だから貧しい者はより貧しく、富める者はより富む。求める基準も、使う時間の価値も、最初から違うのだ。それでも孝寛は頭をかく。「その......あまりに荒唐無稽な話なので、信じてもらえないかと......」美月は眉をひそめた。「私が信じないと思うなら、私がここに立ってる意味は何?遊びに来たとでも?」彼女はそのままソファに腰を下ろし、腕を組んで見上げる。「安心しなさい。あなたに構うほど暇じゃないわ。商売人ならわかるでしょ、時間は金よ」孝寛はこくこくとうなずく。もちろん、その理屈は理解している。だが今回の件は、理解の問題ではない。言葉にすれば馬鹿げすぎているのだ。見かねた執事が口を開いた。「二川会長、旦那様が申し上げないのは、言いたくないからではございません。本当に、どう説明したらいいか......私どもも事実と思えぬほどで......」執事まで言いにくそうにすると、美月の好奇心が少し刺激された。――そこまで言う

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