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第16話

作者: カノン
涼は昏睡から目を覚ますと、すぐに二つのことを同時に動かした。

一つは、葵を探すため、捜索の手をさらに強化すること。もう一つは、優衣の悪事の証拠を握りしめ、どうやって報復するかを考えることだった。

まず彼は星野家に直接連絡し、「葵こそが本当の娘」だと、すべての真相を明かした。

責任を問われることも覚悟していた。ただ、葵を取り戻せるなら、どんな犠牲も惜しくなかった。

しかし、まだ優衣を問い詰める前に、本人が得意げに姿を現した。

優衣は満面の笑みで書類を振りかざし、涼の前に現れる。「涼、見て!私の戸籍、もう星野家に移したの!

三日後にはお披露目パーティーも開いてくれるって!これで私は名実ともに星野家のお嬢様よ!

お披露目のとき、ちゃんとビデオも撮ってあるし、『星野昭一(ほしの しょういち)の娘になりますか』って聞かれた即答したし、指印も押したの。これでもう間違いなし!」

だが、涼の心は疑念だらけだった。

すでに真実を星野家に伝えたはずなのに、なぜそんな書類が存在するのか?

涼は思わず、掴みかかりそうになる衝動を必死にこらえ、歯を食いしばった。

「優衣、お前は星野家の娘じゃないのに、バレるのが怖くないのか?」

優衣は、涼の異変にすぐ気づいたふりをして、わざと心配そうな顔を作った。「涼、まだ葵が見つかってないの?心配しすぎて、体壊さないでね」

彼女の目には、隠しきれない小さな喜びが光っていた。葵はもう自分の手で海に沈めたというのに……

「でも安心して。私が代わりに葵の家族をちゃんと支えてあげるから。涼は心おきなく、葵を探してきて」

涼は思わず呆れて笑ってしまった。

自分は今まで何を見てきたんだ。こんな薄っぺらな嘘に、どうして気づかなかったんだろう。

大富豪の娘の座なんて、誰だって欲しいに決まっている。それなのに、こんなにも聞こえのいいことばかり並べて……

もし葵が救い出されていなかったら、今ごろ、彼女の手で殺されていたはずだった。

溜まった怒りを抑えきれず、涼はテーブルを激しく叩いた。「もういい加減にしろ、優衣!お前がやってきたこと、全部分かってるんだ!」

優衣の顔色が一気に青ざめる。「涼、何のこと?私、分からないんだけ……」

涼はもう言い合う気もなく、一束の調査資料をそのまま彼女の顔に叩きつけた。

「葵と直人が不倫しているってでっ
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