LOGIN「はなちゃん……?おうまさんの、」小さな手が膝に置かれてハッとした。「あ……ごめんね春くん、なに?」『おうまさんのパッカ』と描かれた絵本を差し出され、読んでくれと言われていると察した。「パッカのお話か!いいよ〜始めようか?」「うん!」膝に乗せた春希の小さな温もりと重みが伝わってきて……ふと思った。この子が、私の腹違いの弟なんて。権堂の悪事が白日のもとに晒されて……大雅と話したあの夜から数日が過ぎた。権堂から鍵を返却されたものの、大雅は玄関の鍵をすべて変える手配をして、帰宅も今までより早い。それはまるで、私がいなくなることを恐れているかのようだった。「……おうまさんのパッカ、始まり始まり〜!」笑顔を作って情感豊かに読み進めると、みるみる春希が絵本の世界に入っていくのを感じる。そうなると嬉しくなって、悪者のセリフでは低い声を、主人公は明るい声を出して声優のように演じた。おしまい……の合図で、次の絵本を持ってくることもあれば、庭に飛び出していくこともある春希。……今日はできたら、もう少し膝の上にいてほしい。「はなちゃん」「なぁに?……」見上げるつぶらな瞳は、弟の結人に似ているかもしれない。「だいすき……っ!」まるで複雑な心の内を見透かすようなハグに、花は涙が溢れそうになった。春希のことを考えれば、このまま3人で暮らすのは不自然だと思い始めていた。だって私とは姉弟で、大雅さんにとっては甥っ子……知らない人が見たら家族のようでも、実はそんな複雑な関係性だなんて、春希も成長と共に思い悩むだろう。たとしたら、やっぱり私が。涙を引っ込めて笑顔を作る花に安心したのか、春希は庭に飛び出していった。「大雅さんにお願いして、この秋は庭で野菜を育ててみたかったんだけどな」大根、白菜、ほうれん草……すでに買ってある種を引き出しから出して眺めていると、携帯がメッセージの着信を知らる。「あ……春奈さん」春奈と圭一夫妻が、近くまで来たので春希に会いたい、という内容だった。花は庭にいる春希に声をかけた。「春くん!春奈さんと圭一くんが遊びに来てくれるって!」庭で飛び跳ねる春希。……本当によく懐いていて、見ていて微笑ましい。そういえば2人は、春希の出生について知っているのだろうか……「突然ごめんなさいね!急に来ると興奮しすぎて、春くんお昼
「花、ごめん……合鍵まで作ってると思わなかった。怖かったよな」2人きりになり、花を抱きしめる大雅。言葉もなくゆらりと体を預ける花を、心配そうに見下ろした。「何か、言われたか?」「クビに、なったって……」「あぁ。事務所が寮として借りてた権堂の部屋から、俺の写真が大量に見つかってな」事務所の同僚マネージャーと飲んでいて、部屋に送った時見てしまったという。「いわゆる……盗撮。着替えてる姿とかうたた寝してるところとか。外に出ない何気ない俺の写真をこっそり撮ってたらしい」「それを事務所が知ることになって、三井さんが……」「あぁ。マネージャーが2人になった」「いつか三井さんがここへやって来たのも、もしかしたら証拠を押さえるために……?」「そうだ。うちへ出入りした時、不審な行動をしないか、隠しカメラを仕込んだ。それを見せられて確認した。俺が海外へ仕事に行ってた時、ここで権堂が我が物顔で過ごしてたこと」あぁ……あの日のこともちゃんと撮られていたのか。「ごめんなさい。報告したかったんですけど、権堂さんが自分で話すってメッセージを送ってきて……おまけに元カレとカフェで再会した写真も撮らていて、大雅さんにバラすって脅されて、すぐに言えませんでした」「元カレの話はちゃんと聞いたからもういいよ。ただ、俺には何も知らされてなくて、合鍵を作られてるとは気づかなかった」無事でよかったと抱きしめる腕の中は温かくて安心できたけれど、耳に権堂の言葉がこびりついている。「あの、父が2年前失踪したって話はしたと思うんですけど……」話しだしたのを見て、大雅は体を離し、並んでソファに腰かけた。「確か……大雅さんのお姉さんが事故にあったのも2年前でしたよね。……何か、関係があるんですか?」『殺したのはあんたの親父さんだよ』さっき権堂に言われた言葉が耳の奥でこだましている。いつか……de.san.Jalenoのスザンナさんに聞いた話を思い出した。父が、母以外の女性を連れてきたこと。遺影の写真を携帯のカメラで撮ってスザンナさんに見せれば、同じ女性かどうかわかる……ふと、そんなことまで考えてしまった。「関係……ないよ」「でも……今、権堂さんに言われました。春くんの父親は私の父で、母親は、大雅さんのお姉さんだって……」いつの間にか、まっすぐ見つめ合う視線が離れていた
後ろから大雅が入ってくるのを待ってしまった……「あのさ、」明らかに様子がおかしい。「大雅には、鈴里大雅にはさ、履いて捨てるほどの才能があんだよ」「あの、権堂さん……?」「それを、俺は一緒に育てて……いつか世界に羽ばたくあの人を支えたかった。だから、海外のエージェントにも顔を売って、プロモーションも積極的にしたのに……」大きな体がユラユラ揺れて、ついにダイニングテーブルにぶつかり、その拍子に大きな音がして、花は思わず飛び退いた。権堂はだらしなく尻もちをつく。「あんたが見つかってからだよ、大雅さんがおかしくなったのは……」床に座った状態から、椅子を支えに立ち上がろうとしている。……うまくいかず足がもつれているところを見ると、相当酔っているらしい。私が見つかってからおかしくなったというのはどういうことだろう。「血眼になって探してたんだ。あらゆるツテを使って興信所に頼んで……寝る暇もないほどの忙しさの中で、まるでそれが生きる意味みたいに……」「あの、探してたって……大雅さんは誰を探してたんですか?」「それはそれは……壮絶な姿だった。睡眠薬が手放せなくなって、心配した」探してたという言葉の意味を尋ねたそばから、睡眠薬という言葉にピンときた。インフルエンザで寝込んだ時、飲み物を探した冷蔵庫にあった心療内科の薬袋……花には意味がわからない話ばかりだ。大雅は誰を探していたというのか……私を?それともほかの誰かを……「はっ?!あんたまだ知らないの?じゃあ教えてやるよ」やっと立ち上がった権堂が花に近づいてくる。「大雅さんの姉さんが亡くなったのは知ってるか?」「し、知ってますけど」「殺したのはあんたの親父さんだよ」「……え」心臓がひとつ、大きく拍動した。そして早鐘のように大きく、早く鼓動を始める。「父は、大雅さんのお姉さんと、知り合いだったんですか……」突然の失踪と関係がある?いったいどういうこと?それに……「大雅さんは、はじめから私を知っていた…………?」考えを巡らせていて、目の前に大きな影が近づくまで、権堂の動きに気づかなかった。「……や、やめてくださいっ!」手を伸ばし、花の背中に絡める権堂。酒の匂いが強く立ち込めてむせ返るほど。「大雅さんと一緒に海外進出したかったぁ……ずっとあの人のマネージャーでいたかったぁ……だからいつ
2人きりの夜を過ごしてから、大雅は明らかに変わった。それはまるで、砂糖を頭から被ったような、Sweet大雅。間に挟んでい眠っている春希ごと抱き寄せられて眠り、いい迷惑だと言わんばかりに間から春希が抜け出せば、足まで絡めて来る始末。そんな大雅は、今まで見せなかった顔を次々と見せてくれた。「大雅さん、起きなくて大丈夫ですか?」今までなら起こさなくても自分で起きたのに、近頃は起こしに来るのを待っている節がある……「確か今日は三井さんが迎えに来るって言ってましたよね?」「ん……花、起こして」仰向けに横たわったまま両手を差し出され、手を引こうとして逆にベッドに引きずり込まれる。「なにやってるんですか……?!三井さん来ちゃうし、春くんに笑われてますよ?」「……あはは!春希もおいで!」ドアの影から半分だけ顔を出し、ケラケラ笑う春希に気づいて声をかければ、走ってダイブしてくる春希。……着地が私の上なのが地味につらい。不思議な縁で出会った国民的スターと、心を通い合わせてこんな毎日を送ることになるなんて、まるで夢を見ているようだ。「あの、大雅さん?」花と春希を自分の胸の上に乗せて笑う大雅を見下ろしながら、ずっと聞いてみたかったことを口にした。「実は私……父を本格的に探してみようと思ってまして」再会した哲平に提案されたこと。……夫に聞いてみると言いながらずっと聞けずにいた。花の話に、大雅は意外にも顔色を変える。「ちょっと……昔の友人に再会しまして、」言いかけて、嘘をつくのは良くないと思い直した。「ごめんなさい。嘘をつこうとしました。本当は……恋人だった人です。2年前、父が突然失踪して母が亡くなって、その関係で別れた人なんですけど、瑠璃が……偶然会ってしまって、それで……探してみたらどうだって言われて」「会ったのか。元カレに」「……はい」別れるに至った経緯が花の一方的な事情で、彼になんの説明もせず傷つけてしまったことを後悔していたと話した。大雅はしばらく言葉を探しているような、複雑な表情になった。「……お父さんを探す必要は、ないよ」「え……」「お母さんが亡くなった時、相当探したんだろ?」「それは、そうですけど」「……お父さんは経営者だったくせに、身勝手に失踪して社員を捨てた。もちろん、君たち家族のことも。そんな男を探してどうする?
「私も、そろそろ帰るわ」大雅が引き止めた権堂を引き受けるように、ミミがソファから立ち上がった。「あ……あの、よかったら」花も急いで立ち上がり、冷凍庫に用意しておいた小箱を保冷袋に入れる。「アイスクリームを作ったんです。美味しくできたので、帰ったら召し上がってください」2人に差し出すも、喜んで受け取ったのはミミだけ。権堂は、面白くなさそうに下を向いているが……ミミがもうひとつ受け取ってくれた。「俺のもある?アイスクリーム」突然2人が帰ってしまったので……なんだか気まずいムードが流れた。「もちろんです!」花はキッチンに向かい、冷蔵庫を開けた。「全部違う味にしたんですよ?……いちごとマスカットとメロン、あとサイダー」「なんか最後の1個はカテゴリーが違う気がするな」すぐ後ろをついてくる大雅に説明すると、スッと伸びてくる腕に驚いて少し固まる。「俺はその、カテゴリー違いのサイダー味にしてみるか」冷蔵庫の扉に手をかけているから、まるで腕の中にいる雰囲気。なんだなんだ……距離が急に近くなって困る。「本当は……何味にするかでケンカにならないか、ちょっと心配してたんですけど」「あぁ……期待してたのか」「はい。それで、皆でひとくちずつ食べて、和やかムードを取り戻すってイメージしてたんですけど」権堂はどうしてあんなに不機嫌だったのか……いつの間にこんなに嫌われてしまったのだろう。「権堂のことなら気にするな」冷蔵庫の扉にかけていたほうの手が、自分の頭に置かれた。その適度な重みと温もりが心地よい……指先が動いて、まっすぐになった髪を撫でていく。「どうやらあいつは、事務所を裏切っていたらしくてな」「えぇ?!権堂さんが?」驚いて大雅を見上げてしまい、その距離があまりに近くて驚いた。思わず視線を正面に戻したけれど、目の前には鍛え抜かれた胸がこれでもかと主張してくるので、ついそこに頬をくっつけてしまう。何やってるんだろう……話の内容とあまりに違う甘えたような行動に、自分の開いた口がふさがらない。「……ん。だから、今日も……機嫌が悪かったよな」「はぁ……そういう、ことなんですか?」「そう、いうこと」急にたどたどしくなる大雅の口調と、ドクドクと聞こえる心音が、具合いでも悪いのかと心配になった。「あの、大雅さん?」胸につけた頬を離し、
「……え、パーティ、ですか?」「あぁ。テレビ局の開局記念ドラマで共演してる花園ミミが……君に会いたいって言ってるんだ」ワイドショーや週刊誌で熱愛を報道されている美人女優がなぜ……超一般人の自分に会いたいなんて言うのだろう。「権堂も呼ぼうと思ってる」「……え、」まさか、権堂は自分から報告するという話をまだしてないのか。……それとも、大雅さんにとってたいしたことではなかったのかな。行き止まりの古いアパートにいた事は置いといても、家の主がいないのに居座られそうになって、結構な恐怖を感じたんだけど……「花は得意の料理を作って。2人とも楽しみにしてるって言ってたから」「はい……かしこまりました」「それと……ついでに言っておくけど」いつになく楽しそうな大雅さんにため息をついた時、意外なことを言われて驚いた。「俺たちが実は夫婦だってこと、花園ミミは知ってるから」「え……でも、」ついこの間だって、海外ロケの話題で2人の仲の良さが取り沙汰されていた。「彼女はフェイクニュースの相手ってだけだ。半年後、ドラマが終わったらそんな契約も終わる」フェイクニュース、そして契約……?花の心にパァ……っと花が咲く。「ど、どんな料理がお好みですかね?和洋中、何でも作れますよ!あっ、ちょっと変わり種で、スリランカと中国の料理をフランス風にアレンジしたスペイン料理とかにしましょうか?」「花?落ち着け……普通に和食や洋食がいい」舞い上がる花を笑顔で落ち着ける大雅の表情があまりに優しくて。花は目を伏せながら赤面した。「はじめまして……!あなたが花さんね?」それからしばらくして、花園ミミと権堂がやってきた。「はっ!……」この日春希は大雅の友人夫婦、圭一春奈夫妻に旅行誘われ行ってしまった。春希がいない寂しさと心許ない気持ちを抱いていた花は、より一層花園ミミの美しさに緊張し、声が出ない。「お邪魔します。……花さん、お久しぶり」「あ……お疲れさまです」その後から入ってきたのは権堂。……とは言っても、この日は大雅の久しぶりのオフだ。夕方やって来るという2人のため、花は朝から張り切って料理を準備していた。「たいしたものではありませんが、良かったら召し上がってください……」並べた料理は大雅に言われた通り、オーソドックスな和食と洋食にした。4ヶ国を合体させ







