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last update Terakhir Diperbarui: 2025-10-03 06:00:45

 夜風がやさしく頬を撫でた。

 だがその風の中に、微かな不穏の匂いが混ざっている。

 胸の奥がざわめく。何かが迫ってくる。

 けれど、それが何かまでは思い出せない。

 美桜は椅子に座ったまま、ゆらりと揺れる視界を見つめた。

 足元の絨毯が波打ち、壁の装飾がゆがんでいく。

「酔ってしまったんだね。少し、休もうか」

 京の声が近くで響いた。

 その声音は相変わらず穏やかなのに、なぜか恐ろしく感じる

 彼が腰を落とし、同じ高さで美桜の顔を覗き込む。

 黒曜石のような瞳が、ゆっくりと彼女をとらえる。

「やっぱり、綺麗だな」

 低く囁く声が耳の奥で溶けた。距離が近い。息がかかる。

 その温もりが、まるで毒のように皮膚に沁みていく。

(ちがう……こんなの、ちがう……)

 心の中で叫んでも、声が出ない。

 舌が重く、喉が焼けつくように痛い。

 京の指が彼女の頬に触れた。その指先は冷たく、なのに体の奥まで熱が走った。

「逃げないんだね」

 笑っている。

 けれど、その笑みの奥に人間らしい温度が無い気がする。

 美桜は震える手で、彼の胸を押し返そうとした。

 だが、力が入らない。

「わ、たくし…戻ります……」

 かすれた声が漏れる。

 その言葉を、京はまるで甘い戯れのように受け止めた。

「そんな状態で戻れないよ。それより…俺を情熱的に見つめて…嬉しいよ」

 耳元に低く深い声が落ちる。

 月光がゲストルームを照らし、二人の影を重ねた。

 「ちがい…ます。あ、の……離してください」美桜の震える声。

 京の影がゆっくりと近づく。

「初めてだから怖いのも無理はない。大丈夫、優しくするよ」

 京の手が美桜の髪を梳くように撫でる。その指先は繊細なのに、まるで蜘蛛の糸のように絡みつき、逃げられない。

 「そんなに怯えないで」

 低い囁きが耳の奥で熱を立てた。

 なぜ? こんなにも体が熱を帯び、なにかを求めようとするの――?

 美桜は必死に抵抗を試みるが、男の力には敵わない。

 吐息が空気を揺らした。

 月光に浮かぶシルエットは重なり合い、影は長く床に伸びる。

「君の肌は夜露のように透き通っているね。美しい」

 京の囁きが耳朶を舐めるように滑り込んだ。

 その刹那、首筋に触れた指先に電流が走る。

 抗えない衝動に体がわななく。

(やめて……触らないで……)

 恐怖から声が出せず、ベッドに磔(はりつけ)にされてしまった。

 ドレスのジッパーを乱暴に下げられ、無造作に床へ放り投げられた。

 白い花びらが散るようにドレスが床に広がる。

 息をすることすら、苦しかった。

 月光が滲み、視界が白く霞んでいく。

「やめてください…おねがいです……」

 懇願したが京には通じず、かわいいね、と口づけをされて言葉ごと飲み込まれてしまった。

 力が抜け、肩が震える。

 涙がこぼれて頬を伝い、冷たい床に落ちた。

 京の影が重なり、世界が静まり返る。


 美しいものが壊れていくその瞬間を、ただ、帝都に昇った月だけが見ていた――

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