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――『ノクスレイン物語 オーロレイン編』より 断頭の刃が陽光を弾いた。 広場を埋め尽くした群衆は、誰も声を上げなかった。かつて彼女に踏みにじられた者たちの沈黙は、憎しみよりも重く、そして静かだった。 沈黙にも種類がある。これは、赦しの沈黙ではない。誰ひとり、この娘のために言葉を使う気がないという意味の沈黙であった。人が本当に他人を見限ったとき、罵りさえ惜しむものである。 「エレナ・シルヴァーバーグ。汝の罪は、王国の民が知るところである」 罪状が読み上げられていくあいだ、風が広場を渡った。祝祭の日に焚かれる香も、貴族の袖から立つ香も、ここにはない。あるのは石と、埃と、朝の水の匂いだけである。香りの王国において、香のない場所に立たされることが、そもそも刑罰の一部であった。 蜂蜜色の巻き毛は乱れ、かつて誰よりも豪奢だったドレスは、今はただの布切れのように色褪せている。それでも彼女は顔を上げていた。最後まで、誰にも縋らずに。 縋らなかったのは、気高さゆえではない。縋る相手を、彼女はもう一人も持っていなかった。この二つは、遠くから見ると同じ形をしている。 「エレナ様……」 処刑台の下、群衆の中に立つ一人の青年が、拳を握りしめて目を伏せる。彼女がかつて笑って踏みつけた誰かの、名も残らない一人。 この青年の名を、記録は持たない。かつて橋を架けることを仕事にしていた男が、その橋を折られ、それでもこの朝、ここに立っている。何のために立っているのかは、彼自身にも説明がつかなかったであろう。 剣が振り下ろされる、その刹那。 ――彼女は、何を思っただろうか。 物語はここで、彼女の内心を語らない。 § § § observer.init() scope = "minimal_intervention" subject = "Elena Silverberg" note = "let's see how this one goes." 予め宣言しておこう。 私はただ、見たものを記すだけ。 小さな小石を放り込み、どんな波紋が広がるか、くらいのことはするが、私自身は何もしない。 さて、どのような劇が見られるのか、少しだけ期待して様子を見るとしようか。 § § § 夜会の広間は、シャンデリアの光に満ちていた。 「
領主館は町の南、段丘の上にあった。 高台に築かれたその屋敷は、外から見れば石造りの地味な建物だが、門を抜けた瞬間に空気が変わる。 芝は短く刈られ、敷石には靴跡ひとつなく、花壇には季節外れの百合が咲いていた。 整いすぎている。どこか、誰かが無理をしてまで整えているような気配。 門を通ったところで年配の家令が現れ、俺を迎えた。 痩身で無表情だが、所作はまさに貴族の屋敷にふさわしい品格を感じさせる。「冒険者ギルドから参りました、フィンと申します。本日のお約束の件で」 俺は軽く頭を下げながら、用意していた依頼状を差し出す。 家令は一礼のままそれを受け取り、目を通すでもなく懐にしまい
放課後のフレグラントール学園から続く道を、私はひとりで歩いていた。 今日は、クラリスが風邪で休み。馬車の手配も忘れていたので、学園から屋敷までの道を歩く羽目になった。けれど、不思議と悪くない気分だった。 こういうのも……主人公っぽくって、よくってよ。 道はやがて王都の西寄りへと続き、人通りもまばらになっていく。貴族が歩くには、少しばかり品のない街並み。小さな雑貨屋、露店、路地裏の猫たち。 それでも私は、そのまま歩みを止めなかった。風に乗って、香りが流れてきたから。 甘くて、静かで、でも芯のある香り。目を閉じると、記憶の奥に触れるような懐かしさがあった。 この香り、知ってる。 で
翌朝、ドレッサーの鏡に映る蜂蜜色の髪を見つめながら、私は深くため息をつく。 指先がひとりでにリボンを結び、襟元を整えていく。エレナの記憶が身体に染み付いてるんだね。「まあ、このお嬢様口調も、もう諦めることにしましたわ」 はい、また出た。でも昨日一日で慣れた。エレナの身体なんだもの、こういうものだと受け入れるしかない。 それより今日は待ちに待った学園デビュー! ゲーム『リュミアの恋する香り』の舞台、フレグラントール学園だ。 破滅フラグ回避のためにも、今日から本格的にヒロインムーブしなくちゃ。 廊下の向こうから、クラリスの足音が聞こえる。軽やかで、どこか弾んでるような音。「
――時は少しさかのぼり、とある令嬢の物語が静かに幕を開ける。 彼女の名はエレナ・シルヴァーバーグ。 先ほどの出会いへとつながる、もう一つの物語が今、はじまる――。 ◇ 深い深い闇の中で、一つの魂が漂っていた。 蜂蜜色の髪をした少女の魂。かつてエレナ・シルヴァーバーグと呼ばれた存在。「もう……わたくしなんて、いないほうがいいんですわ」 その声は、闇の中でかすかに響く。「お母様も、わたくしのせいで……もう、なにもかも……」 愛した母を失った悲しみ。自分のせいで死なせてしまったという罪悪感。 すべてが重すぎて、もう生きていることさえ辛くて。 その魂は、肉体の奥







