LOGIN周りのざわめきを置き去りに案内されたのは酒場の2階、つまり宿屋として解放されている部屋の一室だった。
どうやら彼らはこの宿屋を拠点として生活しているらしい。全員が室内に入り、備え付けの椅子に座った所でニイルが口を開いた。
「改めまして自己紹介から。私はニイルと言います。あぁ、フードで隠しながらは失礼ですね。こんな見た目だと色々と面倒なもので」 そう言いながらフードを脱いだ彼にレイは納得した。所々に白髪が混じっているが基本黒髪の頭に黒目、この世界では黒は不幸の象徴として迫害の対象となり、黒髪黒目の彼は相応に大変な人生を歩んできたのだろうという事は容易に想像が出来た。
まぁ、それを言うなら自分も相当
「あなたも面倒な見た目をしてたのね?少し安心したわ。なら私もちゃんと自己紹介しないと」
そう言ってレイは自身に掛けていた偽装魔法を解除しながら述べた。 「レイミス・エレナートよ。こっちが本当の姿なの。お互い見た目が派手だと苦労するわね」偽装していた茶色の髪と目が本来の薄紫色の髪と目に変わる。
多種多様な人種が存在するこの世界でもこの見た目の人間を目にする事はほぼ無い。つまりそれは1つの事実を示していた。
「その見た目と
そう、人の髪や目の色は極少数の後天的な物を除けば基本は遺伝である。
故に珍しい色をした人はそれだけで何処の人間の誰なのか、知る人が見れば容易に分かってしまうのである。 そしてエレナートとは特に有名な名前でもあり、誰もが知る所なのであった。「知っているのなら話は早いわ。その通りよ、私があのエレナート王国の生き残り、エレナート王国の第1王女よ」
10年前滅びたエレナート王国、小国でありながら絶大な力を持つ魔法師が多数所属した魔法師団を有しており、世界的にも有名だった国、そして。
「察しの通り私達を
その強大な力を持つが故に、世界に仇なす存在として滅ぼされた国である。
故に、巨悪の国として有名なのであった。「私達は世界征服なんて考えた事も無かった。ただこの魔法という力は皆を幸せにする為の物として考え、王族である私達も、国民も、普通に生きてきた。それなのに……」
それなのに突然、多数の国がエレナート王国滅ぶべしと結託し攻め込んできた。
世界でも有数の魔法師団を抱える国である。 普通なら大規模な戦争になるほどの事態に、しかし現実はエレナート王国が一方的に虐殺される展開となった。「私はあの場に居た異常な力を持つ男に復讐したい。だから私は強くならなきゃいけないの」
多数の国が協力し、かの国を滅ぼした事になっているが実際は違う。
実際にそれを為したのは
「アイツさえ居なければ結末は変わっていたかもしれない。それ以前にどうして私達が滅ぼされなければならなかったのか、それすらも分かっていない。私はその真実を知って復讐したいのよ。それとも貴方も私を大罪人だと思う?」
あの戦いでエレナート王国に関係する人間は全て死んだと伝えられている。
生き残りが居ると知られればたちまちこの国のみならず、周りの国からも自分を殺す為に刺客がやって来るだろう。 そんな事実に怯えながら16年生き、今、目の前の初対面の人間に打ち明けている。 恐怖が無い訳ではない、しかしこれは彼女なりの誠意の証だった。怯えながらも話すレイに、しかしニイルはあっけらかんと言い放った。
「人間達のいざこざなぞどうでも良いです。それに言ったでしょう?約束すると。なら約束は果たさなければ。今度こそね」 と、心底どうでもよさそうに言い、言葉を続ける。 「それに私達が何を言った所で今は信用されないでしょうし、訳ありなのはお互い様ですから。紹介しますよ」 そう言ってニイルは今まで沈黙していた2人に目配せする。 2人はそれに頷きフードを脱いだ。 2人とも女性であった。 1人は白髪ロングで金目の背の大きい女性、頭には獣の耳が付いており背後には白色の尻尾が見えている。「こちらはランシュ・サファール、見てわかる通り獣人でしてね。全くと言っていいほど喋りませんが、気にしないであげてください」
そうニイルが紹介しランシュが無表情のまま頭を下げる。それに釣られてレイも頭を下げていると。
「んで!アタシが妹のフィオリム・サファール!フィオって呼んで!エルフ族だから魔法が得意なの!よろしくね!」 と元気な声が飛び込んできた。そちらに目を向けると少し小柄な少女が、活発そうな笑顔でレイへと話し掛けてくる。
彼女の言う通りエルフ族特有の尖った耳が見えるが、髪色が珍しい。 通常エルフ族は金や緑の髪色が多く、レイが出会った数人のエルフも皆その色だった。 しかし目の前の少女は燃えるように真っ赤な長い髪をしており、目も真紅に輝いている。彼女の見た目や異種族なのに姉妹という事に困惑していると、こちらの困惑を見透かした様にニイルが言う。
「この様に私達にも特殊な事情がありましてね。なるべく大っぴらにならない様に日々過ごしているのですよ。なので今更特殊な人間が増えた所で関係ありませんのでご安心を」その言葉に少し安堵するレイ。
今まで人生のほとんどを1人で生きてきたレイにとっては、久しぶりに心を許せるかもしれない人間に出会った気分であった。そう、10年前に別れたあの妹以来の――
「さて、自己紹介も済んだところでこれからの話をしましょうか」
そんな思考を断ち切るように、ニイルの声がレイの耳に届く。 そして、思考を切り替えてこれからの事について思案するレイへと問うた。 「私達は暫くこの地で活動する予定だったのですが、貴女はどうされるのですか?」 その問にレイはこの地に来た
レイが情報屋に頼んで探していた人物は2人居た。
1人は目の前のニイル、2人目は復讐相手の男である。 ニイルは情報が少なく探すのに骨が折れたが、2人目の所在はすぐに割れていた。たまたま目的の2人がこの地に揃っていたので大急ぎで向かってきたのである。
なにせ。
「奴は今、この国の宰相らしいわ」
レイの復讐相手はこの国のナンバー2という大物だったのである。
「『幻想神種』?」 聞き慣れない言葉に思わず聞き返すレイ。 それはどうやら『幻想種』を知っていたディードも同じの様で、疑問符を浮かべニイルに視線を送る。 その2人の問に応える様に、ニイルは語り出した。「以前説明した通り、『幻想種』とは神の力を得た魔獣ですが、ごく稀に『幻想種』以上の力を得た者や、神から産み出された魔獣が存在します。それらは『幻想種』とは一線を画す程の力を持っている為『幻想種』の上位存在、『幻想神種』へと成ります」『原初の海獣』へと厳しい視線を送りながら、ニイルは尚も続ける。「特に目の前のケートスは空の『龍』、地の『巨人』と並び称される程で、神に代わり海を支配する為に産み落とされた存在です」 その言葉に息を飲む2人。 ただの死骸でさえ圧倒的な存在感を放っていた『幻想種』、それの上位存在が居るという事実に驚きを隠せない。 しかし続く言葉に更に驚愕する事になる。「その力は絶大で、相性にもよるでしょうが『神性保持者』が複数人で相手取り、ようやく互角に持ち越せるレベルでしょう」「嘘!?」 ニイルの言葉に思わずケートスを見るレイ。 未だにレイは、全力の『神性保持者』達と戦った事が無い。 それにも関わらず、自分よりも格上だと分かる程の圧倒的な力を持っていた。 そんな存在相手に、複数人でようやく互角という事実に恐怖すら覚えそうになる。 しかし、ディードはその言葉に何故か納得したかの様に言う。「なるほどな。確かにアレの放つ重圧は尋常じゃねぇ。……アイツと同じでな」 最後の呟きが気にはなったレイだったが、それを意識する余裕は無い。 ディードの言う様にケートスから放たれる威圧感に、下手をすれば意識を持っていかれそうになるのを必死に堪えている為。 そして1番の理由が、どんな時も余裕の態度を崩さないニイルが、かなりの緊張感
ニイルの声に反応出来た者がどれだけ居ただろうか。 レイやディード、その他数人の獣人族は反応し海に飛び込むが大半の者達、特に先程の戦いで怪我を負い治療中だった者達などが取り残されしまった。 彼らを巻き込み沈み行く船。 無事だった者達も何が起こったか理解出来ず、思考停止に陥りそうになった時、2人の叫び声が意識を現実へと引き戻す。「魚人族!沈んだヤツらの救助!残りのヤツらはそれを援護しこの場を離脱しろ!」「レイ!全力戦闘!」 ディードとニイルの叫びにいち早く反応し、全ての力を解放するレイ。 それに1拍遅れ、亜人達がそれぞれ行動を始める。 鳥人族以外の全員が海へと落ち、レイも水中行動が出来る様に魔法を展開しながら周囲を見回……「レイ!下です!」「くっ!?」 ……そうとしてニイルの警告に咄嗟に障壁を展開。 その瞬間障壁が破壊され、衝撃で水上へと弾き出される。「レイ!クソ!」 それを心配する余裕すら与えず、ニイルにも下から巨大な水刃が襲い掛かる。 その大きさはニイルの身長を優に超え、更に速度は魔鮫の比では無い程に速い。 故にその破壊力は凄まじいものがあり、レイはそれに耐えられず弾かれてしまったのだろう。 ニイルも間一髪避ける事に成功するが、更に次々と水刃が迫る。 連射速度も魔鮫とは比べるべくもない。 そんな斬撃の雨が下から襲い掛かって来ていた。「舐め、るなぁ!」 その全てを『神威賦与』にて解析、ニイルに当たる直前で全て吹き飛ばす。 そのまま水刃が迫って来た方向へ向けて、大量の氷魔法を撃ち込んだ。 更にその隙にニイルは他の者が巻き込まれない様、船から移動する。「んだこりゃ!一体何が起きてる!?」 大量に魔法を撃ち込んだお陰か。 一時的に攻撃が止み、
レイ達の目の前に現れた巨大な死骸。 その有り得ない大きさに誰もが目を疑うが、しかしその物体から放たれる強烈な腐臭が、これが現実だという事を示してくる。「この強烈な臭い……これが原因か」「確かに、この大きさなら納得ね」 流石にこの距離では『柒翼』といえど辛いものが有るのだろう。 表情を歪めながら呟くディードに同意を示すレイ。 しかし半ば上の空で同意しただけで、目の前の現実を受け入れられた訳では無い。 何せ目の前の存在が、今乗っている船とほぼ同じか下手をすればそれ以上の大きさなのだ。 レイ達が乗っている船は決して小さくは無い。 寧ろ30人以上が乗船して尚余裕が有り、この国の頭首が乗るに相応しい物だった。 それと同等の大きさの生物など、レイは見た事も無かった。 そう、現実では。「本当に、御伽噺に出て来る怪物の様な大きさね」 思わずそう呟くレイ。 それは他の乗員も同じ様で、2人を除いてほとんどの者が強烈な腐臭も忘れ、目の前の存在を呆然と眺めていた。「多種多様な生物が存在すると言っても、これ程の大きさを誇る生物は『幻想種』以外存在しないでしょう。もちろん全ての『幻想種』が大きい訳ではありませんが、これでもまだ『幻想種』の中では普通のサイズです」「これで普通か……俺の知ってる『幻想種』はこれ程デカくは無ぇが、だが存在感は確かに共通するところが有るな」 その例外であるニイルとディードがそう語る。 確かにディードの言う通り、体が大きいだけでは説明がつかない何かを、レイは感じていた。 確かに異様では有るのだが、それだけでは無いモノを感じる。(これは……そう。『神性付与保持者』に出会った時の様な……) そう思い立ち、『神威賦与』で解析を試みる
「ぐっ……!」 全開で発動した力が、目の前の事象全ての情報を映し出す。 そのあまりにも膨大な情報量に激しい頭痛を覚え、思わず声が漏れてしまうレイ。 それはどうやらニイルも同じの様で、微かに響いた苦悶の声がレイの耳へと届いた。 まずは自身の周囲に展開している魔法、その後すぐに視界全てに広がる海水、その性質、構成、海水が海水たる情報の全てが瞬時に脳へと送られてくる。(余計な情報は切り捨てる!必要なモノだけを視て、それ以外は受け流せ!) その全てを受け止めていては、どんなに優れた人間であろうと脳がパンクし死に至る。 それを回避する為、必要な情報だけを抜き出す様意識するレイ。 例えるなら視界全体を見回しながら、1つの物を注視しないで見付けだす様なもの。 そんなある意味矛盾した荒業で、情報の海を突き進んで行く。(まぁだからって、それが出来るなら苦労しないわよね!) しかしそんな付け焼き刃が通用する筈も無く。 人間、してはいけないと意識すればする程、それを強く意識してしまうのは必然。 結果、大量の情報を処理し切れず頭痛は激しさを増し、鼻や目から血が流れて来るのを感じる。「あ……れ……?」 その余りの痛みから意識が飛び掛けた寸前、多少ではあるが確実に、脳の負担が減ったのを感じるレイ。 混濁しそうな意識に喝を入れ集中してみれば、レイが受けていた余分な情報をニイルが少し肩代わりしているのに気付いた。 レイよりも脳の処理能力が高く、何よりこの『神威賦与』の使い方を熟知している分、レイよりも負担が少ないのだろう。 今までもそうして肩代わりをしてもらっていた事は有るが、今回はその比では無いらしく歯を食いしばる音すら聞こえてくる。(私は何をやっているの!彼の力になる、その為に覚悟を決めたんじゃない!いつまでも足手まといのままで良い筈無いでしょう……)「がああああああああああ!!!」 そんなニイ
「向こうの思惑が分からない以上、早期決着をさせた方が良いかもしれません」 そう語り終えたニイル。 確かに今回の目的は原因の排除、つまりは『幻想種』の討伐である以上、ここでの疲弊を避けるのは道理である。 しかし、それが出来ない故の現状なのであって……「言いてぇ事は分かるが、それが出来たら苦労しねぇよ。現にさっきのとんでもねぇ魔法でだって、雑魚は減らせたが大物は殺れなかったじゃねぇか」 それを理解しているからこそ、ディードも難色を示す。 レイもディードと同じ感想を抱いていた。 先程のレイの魔法、魔力を節約したとはいえレイの持つ全てを用いた本気の攻撃だった。 それで約半数は減らせたが、高ランクの魔獣は未だ健在。 同じ手法を繰り返したとしても殲滅出来るかどうかは怪しいところではあった。 もちろん現状は『雷装』等は使用しておらず、全力で戦っているとは言い難い。 しかし仮にそれを使用した所で、現状をすぐにでも打開出来るとは到底思えなかった。「俺の『神性』だってそうだ。アレは確かに強力だが殲滅力は対してねぇ。1体1ならまだしも、1体多の状況じゃ速攻で終わらせる事は出来ねぇぞ?」 どうやらディードの方もレイと似た状況らしく、同じ様な所感を述べている。 未だにその能力の詳細は不明なままだが、この状況を打開する様なモノでは無いのだろう。 つまりはこのまま現状を維持し、地道に敵を減らすしかない、と2人は思っていたのだが。「使いたくありませんでしたが奥の手を使います。これが決まれば一瞬で片がつくでしょう」 どうやらニイルには切り札が有る様であった。 レイすら知らない事実に驚きの声を上げる2人。「んだそりゃ!?そんなの有るんならさっさと使えよ!」「言ったでしょう?奥の手だと。これを使うには色々と制限が有るんですよ」 この戦闘で少なくない亜人達が重軽傷を負っている。 それを思えば、声を荒らげてしまうディードの気持ちも分かりはするのだが。 それでも
自身に身体強化、剣に魔法装填を施し魔鮫を一瞬で切り伏せるレイ。 その様子を見ていた周りの亜人達から歓声が上がった。「いいねぇ!テメェらも遅れんじゃねぇぞ!」 それに気を良くしたのか、ディードがそう叫び部下達を鼓舞する。 そうして亜人達も雄叫びを上げながら善戦し、何とか拮抗状態を維持していた。 いくら精鋭達が揃い、水中では魚人族が、空中では鳥人族が、その両方で獣人族が活躍しようと、未だ500以上居る魔獣達相手ではいつその拮抗状態が崩れるか分からない。 これを維持出来ているのは偏に、ディードの活躍に他ならなかった。 亜人達も優れた身のこなしで魔獣と退治しているが、ディードはたった1人で複数の魔獣を相手取り、そして圧倒していく。 その動きは他の亜人達よりも圧倒的に疾く、そして一撃で敵を屠る威力を誇っていた。(確かに身体能力は圧倒的ね。あのスピードに追い付くには『身体強化+10』でも厳しそう) それを魔法を使わず行っているのだから驚愕には値する……が。 (でも彼の力がこれだけだとしたら『柒翼』と呼ばれるかしら?この程度ならあの『剣聖』、ブレイズにだって対応出来る……と思う) そこまで考え、先程のニイルの言葉を思い出すレイ。 (そういえば魔法使用中は彼に近付くなって言っていたわよね。つまり彼は魔法に対して強いアドバンテージを持っているのかしら?それが彼の『神性』……) 魔鮫が放った水刃を弾き、別の魔獣にぶつけながらディードを観察するレイ。 エレナートにてスコルフィオから聞いた話によると、『柒翼』とは『聖神教会』が定めた人類の七つの大罪、それを象徴とする悪魔の名前が付いた神性を持っているのだという。 その能力の詳細は分からないそうだが、スコルフィオの強さから鑑みて、かなり強力な力を有していると考えて良いだろう。 魔法が使えないという欠点を補って余りあるモノだとするなら、到底油断出来る相手では無い。(ニイルは視れば分かるって言っていたけれど、今の私じゃ彼が能力を使用していないと詳細は視えないのよね) 故に先程から『神威賦与』







