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ボヌルシオン-2

Author: よつば 綴
last update Last Updated: 2025-04-01 06:00:00

「動くな。ようやく見つけた慕人《ボヌルシオン》。その頸《くび》に我らが刻印《しるし》を。沸き立つ紅き血と醜猥な念望《ねんもう》を刻め」

 紅黒の瞳に縛りつけられているかの如く、俺の意思では瞬きさえできない。今のは何かの呪文なのだろうか。

 “ボヌルシオン”って何だ? 何を刻むって?

 強ばったままの身体は、息の仕方さえ忘れようとしている。すると、ぼんやりと輝いていた紅黒の瞳が通常の状態に戻り、俺の拘束はすぅっと解けた。

「ヌェーヴェル、貴方に選ばせてあげます。私とノーヴァ、どちらと契約しますか?」

「はぁ?」

「どちらの血が欲しいですか?」

「どういう事だ。お前らの血なんか欲しくないぞ。俺は人間だ。飲むわけないだろ」

 ヴァニルの言っている意味が分からない。どちらに飲んでほしいかでははく?

 人間である俺が、血なんぞ欲するわけないだろう。

「そうではありません。今から吸血鬼になっていただきます。飲んでもらう訳では無いので安心してください。強制的に傷口から流し込みます。言わば感染のようなものだと思っていただければ、幾分か解りやすいかと」

「······は?」

「貴方が吸血鬼になれば死なないし、今より血も吸い放題です。同族の血はあまり栄養価がありませんが、元人間の貴方の血なら幾分かはマシでしょう。その分、多く吸って犯すことになりますが。何よりも、永遠に一緒に居られますしね。そして、遠慮なく犯せる。簡単な話だったんですよ。初めからこうしていれば良かったんです」

 ヴァニルは夕餉の献立を相談するかのように、つらつらと笑顔で並べ立てた。

「いや、いやいやいや。俺、吸血鬼にならねぇよ? 何言ってんだよ」

 理解が追いつかず、戸惑いと素が出てしまう。

「選べ、ヴェル。いつまでもヴァニルと共有はできないんだ」

「何のルールだよ。俺は····選べない。お前らと3人で居るのは案外楽しかったから&middo
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     説明を終えるなり、ノーヴァとイェールに笑われた。ノウェルはふんぞり返って鼻を高くしている。「ヌェーヴェルには僕が色々教えてあげるよ。心の機微を、こいつらが教示できるとは思えないからね」「ボクだってできるよ! 人間の事はローズに教えてもらったからね」「こら、人様の母君を呼び捨てにするんじゃない。失礼だろうが」 やはり、ノーヴァはノーヴァだ。まだまだ礼節を弁えきれていない。所詮、余所行き用の付け焼き刃と言ったところか。「ちぇー····人間ってなんでそういうトコ煩いの? 面倒だなぁ」「ノーヴァがガサツ過ぎるんですよ。誤解のないように言っておきますが、吸血鬼が皆、ノーヴァのようにガサツな訳ではありませんから」 知っている。ローズやブレイズ、ヴァニルのように礼儀正しい者が多い事は。 それは人間とて同じ事だ。住む環境や性格によるところだろう。「お前を見てたらわかるよ。ノーヴァのもまぁ、度を越さなきゃ可愛いもんだしな」「えへへ。ねぇヴェル、ひとつ聞いておきたいんだけど」「なんだ?」「ヴェルはさ、子供のボクと大人のボク、どっちが好き?」 究極の選択じゃないか。愛らしい子供の姿で背徳感を感じるか、大人の姿でヴァニルとは違った美形に支配されるか····なんて言うと図に乗るのだろう。とてもじゃないが、正直な気持ちは伝えられない。「子供で充分だ。大人になるのは禁止だしな。お前ら3人に血を吸われる俺の身にもなれよ」「それぞれ遠慮してるじゃありませんか。ちゃんと“不死の吸血”の約束は守っていますよ」「当然だ。俺が死んだら元も子もないだろうが。そうだ。イェールはノウェルの血を飲むのか?」「許した憶えはないんだけどね、興奮すると時々吸われるよ。嫌かい?」「嫌だな。けど、ヤッてる最中だけは許してやる」「随分と寛大なんだな。ノウェルさんがアンタに執心してるからって余裕じゃないか」「あぁ

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     約束の夜。全員が俺の部屋に集まった。「結論から言う。俺は、お前たちの中から1人を選ばん。全員、俺のモノでいろ」 俺が高らかに言い放つと、ヴァニルとノウェルは予想通りと言った顔で項垂れた。ノーヴァは呆気にとられた顔で口をパクパクしている。餌を待つ魚か。 そして、黙って聞いていると約束していたイェールが喚き始めた。「アンタ本当に狂ってんのか!? どれだけ欲張りなんだよ! ふっざけんなよ····ノウェルさんだけは渡さないからな!!」「イェール、黙って聞いてろ。できないなら追い出すぞ」 俺の言葉を受けて、ヴァニルがイェールを睨む。「······クソッ!!」 なんと説明すれば良いものか、俺だってそれなりに悩んだのだ。しかし、ノウェルに言われて“恋”だと知った時点で、俺の中では結論が出ていたのだと思う。 結論が出ているものに、思い悩むのは性に合わない。「お前らが俺を想ってくれている事は、正直嬉しかった。けど、俺はノウェルに言われるまで、恋というものが分からなかったんだ。その····症状に当てはまっていて初めて、お前らに抱いていた感情に“恋”という名がある事に気がついた」「症状って、ヴェル····病気か何かだと思ってたの?」 ノーヴァが憐れむような目で俺を見て言った。 「恋なんて病気みたいなものだろう。鼓動が早まったり身体が熱っぽくなったり、息苦しくなったり情緒が不安定になるんだぞ。まともな状態じゃない」 俺の意見に首を傾げるノーヴァ。俺は、何かおかしな事を言っているのだろうか。「そう····だね? ねぇ、人間って皆こんなにバカなの? ノウェルは人間の中で生きてきたんでしょ? 人間っ

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