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七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した
七年の恋の終わりに、冷酷な彼は豹変した
Penulis: 北野 艾

第1話

Penulis: 北野 艾
どんな男の心にも、手に入らなかった「特別な女」がいるという。

江崎詩織(えざき しおり)はずっと、賀来柊也(かく しゅうや)だけは違うと信じていた。なにしろ二人は、若い頃からずっと一緒にいたのだから。

でも、そんなのはただの幻想だった。

結局、誰もがそんな「忘れられない人」を胸に抱いて生きている。柊也もまた、その例外ではなかったらしい。

詩織が柊也と付き合い始めたのは18の時。それから、もう7年が経つ。

二千日を超える夜と朝を共にし、誰よりも深く肌を重ねてきたというのに。それでも、彼が若い頃に一度だけ目にしたという女性の面影には、敵わないなんて。

なんだか、笑えてくる。

7年もかけて、一人の男の本心さえ見抜けなかったのだ。

一体どれほどの想いだったのだろう。こんなにも長い間、その人を胸の内に秘めさせてしまうほどだなんて。

詩織の意識が逸れていることに、彼女の上で激しく体を動かしていた柊也は気づいた。不機嫌さを隠しもせず、彼女に集中を促す。

彼はベッドの上では、いつも貪欲だった。

その拍子に、彼の腕がベッドサイドに置かれていた黒いビロードの小箱に当たった。

落ちそうになったそれを、柊也は慌てて受け止める。下にいる詩織に当たらないように。

見慣れないものだったからだろう。彼は珍しく興味を示した。

「なんだ、これ」

詩織は感情の読めない表情でその小箱をひったくると、無造作にベッドの脇へ放る。そして柊也の首に腕を絡め、喉仏に唇を寄せた。

「こんな時に別のものに気を取られるなんて。もしかして、私に飽きたの」

その吐息まじりの囁きに、柊也は抗えない。小箱のことなど一瞬で思考の彼方へ追いやられた。

男が自分に夢中になっているその時、詩織は傍らに追いやられた黒い小箱に視線をやった。瞳が、じわりと潤む。

──柊也、あなたはこの箱の中に何が入っているかなんて、永遠に知ることはないのよ。

……

ひと月前、エイジア・キャピタルが上場を果たした。柊也の仲間たちが、彼のためにささやかな祝賀パーティーを開いてくれた。

詩織はめいっぱいお洒落をして、そのパーティーで柊也にプロポーズするつもりでいた。

本来、そういうことは男がするべきだろう。

でも詩織は、柊也を深く愛していたから。彼のためなら、女の意地もプライドも捨てて、自分からプロポーズしたって構わなかった。

この日のために、彼女が丸7年も待っていたなんて、誰も知らない。

柊也は仕事一筋の男だった。詩織はそんな彼のために、好きだった専攻を変え、興味のなかった金融の世界に飛び込んだ。

大学を卒業すると、海外の有名大学からの誘いも断り、エイジア・キャピタルに入社して柊也を支えた。

一番下の平社員から、一歩一歩キャリアを積み上げ、彼のトップ秘書にまで上り詰めたのだ。

その裏にあった苦労は、詩織本人にしかわからない。

付き合い始めて一番夢中だった頃、詩織は何度も柊也に問いかけたくなった。

「私と、結婚してくれる?」

けれど、その言葉を飲み込んで、結局一度も口にすることはなかった。

母がよく言っていた。贈り物も愛情も、自分からねだるものじゃない、と。

相手が自ら与えてくれるのが「愛情」で、こっちから求めるのはただの「施し」よ、と。

それに、柊也は愛情を言葉にするような男ではなかった。

これまでの長い間、彼の隣には詩織しかいなかったし、他の女性の影など一度も見えたことはない。

だから結婚は、二人にとってごく自然な成り行きのはずだった。

詩織はその未来を信じて、これまで会社の矢面に立ち、がむしゃらに戦ってきた。

仕事の大小や困難さなんて、関係なかった。

交渉のためにどれだけ酒を飲み、何度病院に担ぎ込まれたか、自分でももう覚えていないくらいだ。

急性アルコール中毒で流産した時は、手術台の上で本当に死にかけた。

親友の近藤ミキ(こんどう みき)が彼女に尋ねた。

「死の淵を彷徨って、少しは後悔した?たった一人の男のために、自分をこんなボロボロにしてまで、それって価値のあることなの」

詩織は迷いなく頷いた。

「価値はあるよ」

そんな詩織に、ミキは称号を授けた。

『愛に突っ走る勇者』!

そして、こう言った。

「あんたが、負けないことを祈ってる」

その時の詩織は、自信満々に答えたのだ。

「柊也が私を負けさせたりしない」

その信念だけを頼りに、彼女はエイジア・キャピタルが上場するその日まで、ひたすら耐え抜いたのだった。

柊也が本港市で上場を知らせる鐘を鳴らしたあの日、詩織が部屋に閉じこもって、一人で泣きじゃくっていたことなど誰も知らない。

泣き終えると涙を拭い、詩織は柊也へのプロポーズのサプライズを準備し始めた。

仕方ない。柊也はあまりにも忙しすぎた。

エイジア・キャピタルが上場を果たし、いくつものプロジェクトを抱えている。親しい友人や仕事仲間からの祝いの席にも、次から次へと顔を出さなければならない。二人のことまで考える余裕なんて、きっとないはずだ。

だから、自分から動くことにした。

柊也の負担を、少しでも軽くしてあげたかったのだ。

早くから覚悟を決めていたというのに、いざその瞬間を前にすると、詩織は心臓が張り裂けそうなくらい緊張していた。

ドアの外に立ち、何度も深呼吸を繰り返しながら、震える手をもう片方の手でさする。

口を開く前に声が詰まって、暗記するほど練習したプロポーズの言葉が出てこなくなってしまいそうで、怖かった。

ドアの向こうではパーティーがたけなわで、男たちの大きな話し声が聞こえてくる。

「なあ柊也、柏木志帆(かしわぎ しほ)とはまだ連絡取ってんのか」

「柏木志帆?それって、柊也の『忘れられない女』だろ?なんで今さらその名前が」

「あいつ、近々桜国に帰ってくるらしいぞ」

「マジで?じゃあ、柊也もついに本命とよりを戻せるってわけか」

その言葉に、興奮で微かに震えていた詩織の手が、ぴたりと止まった。

「つーか、志帆ちゃんの親父さん、最近じゃかなり出世してるらしいじゃないか。柊也が彼女と結婚すりゃ、柊也自身にとっても会社にとっても、メリットは計り知れないだろ。エリートと美人のお嬢様、家柄だって釣り合ってるしな。

しかも相手は柊也の『忘れられない女』だ。仕事も恋も、一気に手に入れるってか。最高じゃん」

そう言ったのは、柊也の幼馴染である宇田川太一(うだがわ たいち)だった。

自分は柊也と「ガキの頃からの付き合いだ」といつも豪語している男だ。彼の言葉に、嘘はないのだろう。

柊也に……忘れられない人が、いたなんて。

詩織の心臓が、不意にぎしりと軋むような痛みを立てた。

「じゃあ、詩織さんはどうなるんだ?」誰かが興味本位といった口調で尋ねる。「なんだかんだ、もう長年尽くしてくれたんだろ」

太一は、それを鼻で笑った。

「手切れ金でも渡してやればいいだろ。

そんなに惜しいなら、結婚してから囲っとけばいい」

彼の周りでは、そういった男は珍しくもなかった。家庭を壊すことなく、外にも女を作る。それが彼らにとっては当たり前の感覚だったのだ。

ドアの外で、詩織は感覚がなくなるほど強く拳を握りしめていた。

彼女は、柊也の答えを必死に待っていた。

彼がすぐに反論し、そして皆に宣言してくれることを。愛しているのは詩織で、結婚するのも詩織なのだと。

しかし、いくら待っても聞こえてきたのは、彼の気のない一言だけだった。

「いつからそんなゴシップ好きになったんだ、お前ら」

反論も、否定もしない。

それは、まるで事実だと認めているかのような響きだった。

「はいはい、わかったって。せっかくのめでたい日なんだ、もっと面白い話をしようぜ。退屈で寝ちまいそうだ」

太一がソファから身を起こし、その場の空気を変えようとする。彼は札付きの遊び人で、いつも変わったゲームを提案しては場を盛り上げる役だった。

「各自、今までで一番ヤバかった経験を一つ話すってのはどうだ」

すると、誰かがとんでもないことを口にした。

「カーセックス」

太一が茶化す。

「そんなの、別にヤバくもなんともねえだろ」

相手は付け加えた。

「新幹線で、な」

その一言で、個室全体がどっと沸いた。

「お前、やるな!」

太一は興奮気味に、退屈そうにしている柊也に尋ねた。

「柊也は?なんかヤバい経験あるか」

柊也は数秒考え込んだ後、静かに口を開いた。

「好きな女のために、不倫した」

その一言で、部屋中が先ほど以上に沸き立った。

あの賀来柊也が、だぞ。この江ノ本市でも指折りの名家の跡取りで、どんな女だって手に入るはずの男が。本気で愛していなければ、そんなことまでするはずがない。

太一の反応は、誰よりも激しかった。その甲高い声は、ドアを隔てていても詩織の鼓膜をビリビリと震わせる。

「相手、柏木志帆だろ!やっぱりまだ志帆ちゃんのこと、好きだったんだな!昔、お前は志帆ちゃんが好きで、志帆ちゃんは俺のいとこ、宇田川京介(うだがわ きょうすけ)が好きだった。だから、お前は不倫相手に甘んじたのか! 柊也、お前ってやつは……マジもんの純愛ファイターだな!」

男たちの囃し立てるような笑い声が、頭から浴びせられた冷水のように、詩織の体を芯から凍えさせた。

胃の奥から、何かがせり上がってくる。気持ち悪さに耐えきれず、詩織はその場にゆっくりと蹲った。

太一はまだしつこく食い下がっていた。

「なあ柊也、正直に言えよ。十月十日、お前、志帆ちゃんに会っただろ」

柊也が聞き返す。

「なんで知ってる」

「あいつがあの日、SNSに上げてたんだよ。『再会はこの世で一番ロマンチックなこと』だってさ。絶対あんただと思ったぜ!

で、どうだったんだよ、その夜は。再会を祝して一発、ってとこか?」

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