LOGIN怜央は呆気にとられた。「俺への新年のお祝いじゃないのか?」陽咲はピクリと口元を引きつらせ、蒼空へのプレゼントだと言い返しそうになった。だが、怜央が彼に難癖をつけるのを面倒に思い、適当に誤魔化した。「これは絃葉にあげるものよ」怜央は内心寂しさを覚え、無愛想に「そうか」とだけ返し、黙り込んでしまった。陽咲は彼を一瞥しただけで特に気にも留めず、さっさと外へ出た。車に乗り込むと、陽咲は自ら打ち明けた。「これ、実は蒼空へのプレゼントなの。この間、彼には色々と助けてもらったから」絃葉は納得したように頷いた。「そうね」御影荘に到着し、車を停めると、2人は蒼空の元へと向かった。蒼空は門の外で2人を待っていた。陽咲は歩み寄り、彼に小箱を手渡した。蒼空は少し驚いたように目を瞬かせた。「これは……?」陽咲はにっこりと微笑んだ。「新年のお祝いよ」蒼空は嬉しそうに口元を綻ばせると、受け取った箱を傍らの使用人に預けた。必ず寝室に置くようにと念を押してから、2人を清子の部屋へと案内した。清子はここ数日、ずっと考えを巡らせていた。絃葉こそが、あの時死産だったと聞かされていた子ではないのか、と。人を遣って調べさせようとも考えたが、もし蒼空にそのことを知られ、彼が再び父親のところへ問い詰めに行くような事態になるのを恐れ、思いとどまっていた。後日、折を見て密かに調べようと考えているのだ。清子は陽咲といくつか言葉を交わした後、視線を絃葉へと移した。「あなたが絃葉ちゃんね?」彼女は微笑み、手を伸ばして絃葉の手を引き寄せると、慈しむような眼差しを向けた。「蒼空から聞いたわ。以前は児童養護施設で育ったのだとか。いい子ね、本当に苦労したことでしょう」彼女はため息をつき、目尻を湿らせた。仮に絃葉があの時の子でなかったとしても、蒼空から彼女が孤児だったと聞いた時、胸が痛むのを止められなかった。絃葉は穏やかに微笑んだ。「別にそれほどでもありませんよ。慣れっこでしたから。それに今は陽咲がいるので、ちっとも孤独じゃありません」絃葉は静かな声で言った。清子は頷き、3人でしばらく楽しく歓談した。蒼空は少し離れたところに立ち、目の前の温かな光景を口元に笑みを浮かべながら見守っていた。今日のように心から満たされ、幸せを感じたのは、本
雅也は陽咲をちらりと横目で見ると、わざわざ彼女の目の前まで歩み寄って見せびらかした。「いいか、これは絃葉が俺のために手編みしてくれたんだぞ。お前にはないだろ?いやあ、可哀想になあ」彼はわざとらしくチッチッと舌を鳴らし、大げさにため息をついてみせた。陽咲は不満たっぷりの目を絃葉に向けた。「あなたの分は部屋にあるわよ。まだ出してないだけ」絃葉は呆れたように言い、雅也に向き直った。「雪で道が滑るから、くれぐれも気をつけてね」雅也は「わかった」と頷いた。彼が帰った後。絃葉と陽咲は少し休憩を挟んでから、部屋の大掃除に取り掛かった。2時間かけて家の中を隅々まで掃除し終えると、正月用の飾り札を飾り付けた。陽咲と絃葉は服を着替え、ソファに深くもたれかかってひと息ついた。絃葉が先ほどつけたテレビからは、ドラマの音声が流れている。2人のとりとめのない話し声とテレビの音が心地よく混ざり合い、陽咲の胸にはかつてないほどの幸福感が広がっていた。「お腹空いた?私、ご飯作ろうか」絃葉が言った。陽咲が「うん、手伝う」と答えようとしたその時、蒼空から電話がかかってきた。陽咲は電話に出た。「もしもし」電話の向こうで、蒼空は傍らにいる清子を優しく宥めていた。「はいはい、今かけてるから」それから陽咲に向かって言った。「もしもし、陽咲。お祖母さんがどうしても君と白瀬先生に会いたいって駄々をこねていてね。君と白瀬先生、今から時間は取れるかな?」彼は少し困ったような声を出した。陽咲はふふっと笑った。「ちょうど今から絃葉とご飯を作ろうとしていたところよ」陽咲の声を聞きつけた清子は、蒼空の手からスマホを受け取ると、慈愛に満ちた声で陽咲に語りかけた。「陽咲ちゃん、もしこれからご飯なら、蒼空にお迎えに行かせるから、御影荘へご飯を食べにいらっしゃいな。どうかしら?2人の顔をずっと見ていないから、会いたくてねえ」蒼空は心の中でツッコミを入れた。ついこの間会ったばかりじゃないか?陽咲は答えた。「先に絃葉に聞いてみるね」清子が自分に会いたがっていると聞き、絃葉の胸がわずかに高鳴った。なぜだか分からないが、以前清子に会った時、ひどく懐かしいような、親しみのようなものを感じたのだ。きっと何かの縁があるのに違いない。絃葉はそう思った。
陽咲は遠慮するそぶりも見せず、絃葉の腕に絡みついてさっさと車に乗り込んだ。雅也は車の外でやれやれと首を横に振り、後に続いて乗り込んだ。ショッピングモールの駐車場に車を停めた直後、タイミング悪く雅也のスマホに取引先から具体的な案件の打ち合わせの電話が入った。「先に行っててくれ。俺はここで待ってるから」雅也は通話口を手で塞ぎ、2人に先に行くよう目で合図した。陽咲はコクリと頷き、絃葉と一緒に車を降りた。モールに足を踏み入れると、陽咲はいつもの癖で絃葉をスナック菓子コーナーへ引っ張っていき、ポテトチップスやコーラなどを次々と見繕った。絃葉はショッピングカートを押しながら、ふわりと微笑んだ。「好きなものがあったら遠慮なく入れなさい。今日は私のおごりだから」お菓子を掴みかけた陽咲の手がピタリと止まった。おじいさんが亡くなる前、毎年のお正月の買い出しに自分と絃葉を連れてきてくれた記憶が蘇った。あの頃、おじいさんはいつもニコニコと2人を見守りながら、今の絃葉とそっくり同じ言葉を口にしていた。「好きなものがあったらどんどんカートに入れなさい。今日はわしのおごりじゃ。絃葉ちゃんも、遠慮はいらんぞ。わしにはお金があるんじゃからな!」陽咲はツンと目頭が熱くなり、お菓子の袋をぎゅっと握りしめて、小さく鼻をすすった。その僅かな異変に気づいた絃葉が、心配そうに顔を覗き込んできた。「どうしたの、陽咲?」陽咲は顔を上げ、気遣わしげな絃葉の眼差しと視線を合わせると、ふるふると首を振り、どうにか笑顔を作ってみせた。「ううん、なんでもないの。ちょっと風邪気味みたい。帰って薬を飲めばよくなるわ」おじいさんが恋しくなったのだとは、とても口にできなかった。絃葉まで悲しい気持ちにさせてしまうのが嫌だったのだ。陽咲は心の中でひっそりとため息をついた。小さくかぶりを振り、ふうっと息を吐き出して、無理やりおじいさんの面影を頭から追い払う。絃葉は納得したように頷いた。「わかった。帰ったら葛湯を作ってあげるわ。冷えに効くから」陽咲は「うん」と応じた。2人はその後、いくつかお正月用品を買い揃えた。雅也が白玉団子に目がないと陽咲から聞かされると、絃葉はそれをいくつもカートに放り込んだ。お正月用の飾りも何組か買い足し、2人はモールを後にして、
翌日、陽咲は朝9時までぐっすり眠った。今日は絃葉が迎えに来てくれると思うと、ベッドから起き上がるのにも自然と気合が入った。すっきりと目覚めてベッドを抜け出した陽咲は、身支度を整え、絃葉の家へ持っていく着替えなどを荷造りしてから、朝食をとるために1階へ降りた。幸子の指示のもと、使用人たちはすでに白檀荘の大掃除をすっかり終えていた。家の中の調度品やしつらえは一通り新しいものに入れ替えられている。すべてが真新しく清々しい空気に包まれている。年が明けたら離婚できるのだと思うと、陽咲はすこぶる上機嫌だった。怜央はまだ起きてこなかった。彼の顔を見ずに済むと思うと、さらに気分が晴れやかになった。「奥様、少し早いですが、良いお年をお迎えください」幸子が傍らに立ち、ニコニコと微笑みながら言った。その隣には麻衣も立っている。志保は荷物をまとめている最中で、まだ来ていなかった。浩二は外で待機していた。本当は彼も中へ入って挨拶したかったようだが、「奥様から笠井さんを実家へ送るよう言いつかっているのだから」と幸子に止められ、諦めたようだった。陽咲は微笑んで応えた。「ありがとう、山田さん。あなたたちも、良いお年をね」朝食を終えた頃、ようやく怜央が起きてきて身支度を済ませた。陽咲は彼を見るのも億劫で、食後はそのままソファに座ってスマホの動画を眺めていた。傍らにはスーツケースが置かれている。怜央はそれを何度もチラチラと見ていたが、何も言ってこなかった。10時半になった頃、絃葉が迎えに来た。陽咲が自分でスーツケースを持とうとしたところ、いつの間にそばに来たのか、怜央が彼女より早く手を伸ばした。「俺が持とう」陽咲もあえて拒絶しなかった。外へ出ると、怜央は黙々とスーツケースを車のトランクに積み込んだ。絃葉は彼を何度か見たが、何も言わなかった。陽咲はさっさと車に乗り込んだ。荷物を積み終えた怜央は、助手席のドアのそばに立ち、何か言いたげな様子でこちらを見ていた。陽咲が横目で彼を見た。「何か用?」怜央は一瞬沈黙し、少しぎこちない様子で口を開いた。「あー……大晦日の夜は、忘れずに友達を連れて家に飯を食いに来いよ」彼が言ったのは、「家に飯を食いに来い」だった。「安部家の本邸」ではなく。陽咲は彼を取り合う気にもな
そう言って、陽咲は楽しそうに声をあげて笑った。絃葉はすっかり顔を真っ赤にして、少し甘えるような声で「もう、それ以上言わないで。明日は私が迎えに行くから」とすねてみせた。陽咲は目を細めて笑い、「わかったわ」と応じた。そして話題を変え、明日の正月用品の買い出しについて話し始めた。「絃葉、明日は私を拾って、家に荷物を置いたらそのまま買い出しに行かない?買い物が終わったら、戻って家の片付けを始めましょう」陽咲は優しい声で言った。彼女はとても自然に、絃葉のマンションを「家」と呼んでいた。なにしろ、この世界で彼女に残された大切な人は、雅也と絃葉しかいないのだから。それに、絃葉は陽咲にとって一番の親友だ。彼女がいる場所こそが、陽咲にとっての「家」だった。陽咲が「家」に帰ってくると聞き、絃葉はかすかに口角を上げて「ええ」と答えた。二人はさらにしばらくおしゃべりを楽しんだ。絃葉は普段あまり口数が多い方ではない。だが、もうすぐお正月だからか、今夜は一段と饒舌だった。年末が近づき、最近は患者も減っていると陽咲に話す。ただ、ここ数日は結城竜翔という名の男性が頻繁にやって来て、心理カウンセリングを受けているという。結城竜翔?それって、楓斗の兄じゃない?だが、絃葉と彼には何の接点もない。きっとただの診察だろうと思い、陽咲は特に気に留めなかった。御曹司なんていうのは、どいつもこいつも心に何かしら問題を抱えているものなのだ。特にあの怜央とかいう男は!さらに数分ほど話したところで、陽咲の声に眠気が混じっているのに気づき、絃葉は言った。「陽咲、そろそろ休んで。これ以上はお邪魔しないから。明日は10時半ごろ迎えに行くね」陽咲は「わかった」と答えた。電話を切った後、彼女は口元を覆い、たまらずあくびを漏らした。そのまま寝ようとしたが、先ほど志保に「明日から実家でお正月を過ごせるよう蒼空に話をつけておく」と約束したことを思い出した。押し寄せる眠気をこらえ、スマホを手に取って彼にメッセージを送った。【蒼空、明日から笠井さんには実家に帰ってゆっくり年を越してもらおうと思うんだけど、構わないかな?】志保はあくまで蒼空の部下だ。彼の意向も聞かずに勝手に休みを与えるのは、やはり気が引けた。蒼空からの返信はなかった。陽
志保はこくりと頷き、お礼を言った。陽咲がまだ何か用事を片付けている様子だったので、邪魔にならないよう「お先に失礼します」と告げて部屋を出た。陽咲は頷いてそれを見送った。志保が退出した後。陽咲はスマホを操作し、幸子、麻衣、そして浩二を、新しく作ったグループチャットに招待した。そして、一人につき200万円ずつ送金した。【もうすぐお正月だね。これはほんの気持ちだから、みんな遠慮しないで。突き返すのはナシだから!】幸子はすぐに返信した。【奥様、ありがとうございます!】陽咲は文字を打つのが億劫になり、いっそボイスメッセージを送ることにした。「気にしないで。みんな、良いお正月を過ごしてね。今年一年、私のお世話をしてくれて本当にありがとう」このメッセージを送信した後は、グループチャットで三人が返す感謝の言葉にはあえて返信しなかった。画面を閉じ、麻衣との個別のチャット画面を開くと、さらに200万円を送金した。麻衣が辞退するのを恐れて、陽咲はすかさずメッセージを添えた。【返金しないでね。これは私からの特別ボーナスだから】【奥様、本当にありがとうございます】陽咲は尋ねた。【あなたのお母さんの具合はどう?少しは良くなった?】【奥様があの時、母を病院へ連れて行くためにお金を援助してくださったおかげで、今はもうずいぶん良くなりました。母も奥様は命の恩人だと言って、年が明けたら絶対に私たちが育てた野菜を持っていきなさいと、口酸っぱく言っているんです。奥様、この野菜は全部私たちが手塩にかけて育てたものですから、絶対に安全ですよ!】陽咲は笑みをこぼし、心の底から嬉しくなった。【わかったわ。じゃあ、楽しみにしているわね】彼女はまた、幸子たちのグループチャットに20万円を送った。みんながゆっくりと良いお正月を過ごせることを願って。送金を送り終えると、陽咲はスマホを置き、バスルームへ向かって身支度を始めた。お風呂から上がり、すべてを終えてベッドに入る頃には、すでに1時間以上が経っていた。陽咲がベッドに横になるとすぐ、絃葉から電話がかかってきた。「陽咲、今年はうちで年を越すって言ってたじゃない?だから、明日の朝、私が迎えに行こうか?あなた一人でうちに来させるのは心配なのよ。ほら、あの怜央って人が、あなたをすんなり行
陽咲は、聞こえないふりを突き通した。どれほどの時間が過ぎた頃だろうか。怜央のスマホが震え、彼はベッドを抜け出すと、ドアの外で通話に応じた。ドア越しに、彼が相手を慈しむような甘い声が漏れてくる。「悠里、大丈夫だ。ただの悪夢だよ、怖がることはない。そこで待っていてくれ。すぐに行くから」ベッドに横たわったまま、陽咲は鼻の奥がツンとし、熱いものが込み上げてくるのを感じた。結婚して二年。自分に対しては常に冷ややかな態度だった彼が、これほどまでに優しい声を出すことがあっただろうか。唯一の例外は、一年前、彼女が妊娠した時に彼が放った言葉だけだった。当時の怜央は、妊娠の事実を知
海市、ある冬の夜。「陽咲なんて、俺には不釣り合いだ。彼女との結婚は単なる責任感からに過ぎない。でも安心して、悠里。三年という契約期間が終われば、俺から離婚を切り出す。そうしたら君を妻に迎えるよ。いいだろう?信じられないのか?」安部怜央(あべ れお)は小さく笑った。「俺が愛しているのは、一生君だけだ。疑うなら、俺の心臓を抉り出して見せてやってもいい」書斎の中から漏れ聞こえる甘い睦言が、清水陽咲(しみず ひなた)の耳を刺した。結婚して二年、怜央が自分に対してこれほどまでに情熱的で優しい言葉をかけたことは一度もない。ドアの外に立つ陽咲は全身が凍りついたようになり、手に持ってい
写真に写っているのが蒼空だと分かると、怜央は安堵の息を吐き、悠里に事情を説明した。悠里の瞳の奥に、一瞬だけ落胆の色がよぎった。だが彼女はすぐに白々しいほど安堵した表情を作り、陽咲を気遣うふりをした。「よかった、ただの誤解だったのね。でも、もしお姉さんが本当に質の悪い男に絡まれてたらと思うと、ぞっとするわ」その言葉に含まれた「不幸になればよかったのに」という本音を敏感に察知し、陽咲は冷ややかに鼻で笑った。「余計なお世話……それより、自分の心配でもしたら?こんな夜更けに姉の夫の家へ上がり込むなんて。世間に知られたら、『お里が知れる』って後ろ指を指されるだけよ」悠里の顔から血
陽咲は足を止め、背後の車に乗る男を、露骨な警戒心を持って凝視した。男の顔立ちは、息を呑むほどに整っていた。その眉の下に落ちる深い影が、彼の瞳をいっそうミステリアスに、そして官能的に縁取っていた。底知れぬ泉に沈む黒曜石のような瞳は、冷たく澄み渡り、一切の揺らぎを見せない。だが、その静謐な眼差しに見据えられると、心の深淵までをも無遠慮に暴かれてしまうような、不思議な圧迫感があった。男はシートにゆったりと身を預け、口元をわずかに綻ばせて彼女と視線を合わせた。「……どなたですか?」陽咲は悟られないよう、静かに半歩後ろへ下がった。淡々とした問いかけの中には、明確な拒絶と疎遠な響きが含







