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第7話

Auteur: 閑雲
言い捨てて、陽咲は背を向けた。

それを見届けると、悠里はノートパソコンを閉じ、怜央の元へ歩み寄った。

「怜央さん、一緒にご飯食べに行くって言ってたよね。いつ行くの?」

そう言うと、彼女は陽咲をちらりと見て誘った。「お姉さんも一緒に行く?」

陽咲は静かに微笑み、誘いを断ってそのまま社長室を後にした。

彼女が去った後、怜央はその背中をじっと見つめ、何を考えているのか沈黙していた。

悠里に何度か呼ばれ、ようやく彼は我に返った。

陽咲は社長室を出た後、弁当箱を持って昼食を温めに行った。

食事中、スマホが振動した。

蒼空からのメッセージだった。【清水さん、あのカップの購入リンクを教えてもらえませんか。すごく気に入ってしまって】

続けて、黒猫が愛嬌を振りまくスタンプが送られてきた。

本人の印象とは少しギャップがある。

陽咲はふっと笑みをこぼし、ショッピングアプリを開いてリンクを共有しようとした。

だが、指が滑り、習慣でトーク画面の最上部にピン留めしていた怜央に送信してしまった。

今は彼と余計な関わりを持ちたくない。陽咲は即座に送信を取り消した。

それから蒼空にリンクを送り直し、トーク画面を閉じると、怜央のピン留めを解除した。

蒼空は仕事の最中だったが、彼女から届いたリンクを目にすると、寄せていた眉がすっと解け、瞳に柔らかな笑みが浮かんだ。

画面を軽快にタップし、短く礼を返す。

陽咲は【気にしないでください】と返し、スマホの画面を消して食事を続けた。

一方、怜央は車内でスマホに通知が表示されたのを見た。

タップして開くと、そこには「メッセージの送信が取り消されました」という無機質な表示が残っているだけだった。

陽咲が後悔して、俺に食事に連れて行ってほしいと思ったものの、からかわれるのを恐れて取り消したのだろうか。

彼は鼻で笑うと、特に気にする様子もなく視線を窓の外へ移した。

午後三時、聡子から陽咲に電話がかかってきた。

かつての記憶を辿れば、聡子が電話をしてくる理由といえば、新しいジュエリーをねだるか、ブランドバッグを買わせたいかのどちらかだ。

彼女は煩わしく感じ、電話には出ず、自動で切れるのを待った。

三十分後、彼女はようやく聡子にメッセージを送った。【先ほどは取り込んでいました。何かご用でも?】

丁寧な言葉遣いではあるが、そこには親愛の情など微塵も感じられない。

以前、望月家に引き取られたばかりの頃、陽咲は聡子が優しくしてくれるのではないかと幻想を抱いていた。

彼女はそれほどまでに家族を渇望していた。

当初は聡子を喜ばせようと、それまで貯めてきたお金をすべて使い果たしてでも、彼女の気に入るプレゼントを買っていたほどだった。

しかし、結果はどうだったか。

聡子は陽咲のことなど微塵も気にかけておらず、陽咲の献身を当たり前のものとして扱った。

聡子の心の中にあるのは悠里だけであり、陽咲の居場所は最初からどこにもなかった。

そのことに見切りをつけて以来、陽咲は聡子のご機嫌を取るのをやめた。

母娘というにはあまりに希薄だった二人の情は、今や他人同然にまで冷え切っていた。

すぐに返信が来た。【陽咲、今夜は怜央さんを連れて家にご飯を食べにいらっしゃい。雅也が帰ってきたの】

返信を打とうとした陽咲の指先がわずかに震えた。

望月雅也(もちづき まさや)が帰ってきた?

雅也が帰ってきたと聞き、陽咲はますます実家へ帰りたくなくなった。

帰って何になるというのか。どうせあの家族の誰も、私のことなど歓迎していない。

わざわざ自分から冷遇されに行く必要などない。

聡子は陽咲の心を透かして見たかのように、すかさず次のメッセージを送ってきた。【雅也があなたに会いたがっているの。帰ってきて、一緒にご飯を食べましょう】

陽咲は少し躊躇した。

望月家に引き取られたばかりの頃、雅也は決して自分を歓迎していなかった。

だが、聡子が自分を決定的に忌み嫌うきっかけとなった「あの事件」以来、雅也の態度は変わり、少しずつ好意を示すようになったのだ。

陽咲は彼に感謝していた。この家で唯一、自分に優しくしてくれる人間だからだ。

たとえその優しさが、「悠里の地位を脅かさないこと」という暗黙の条件付きであったとしても。

祖父からは常に「恩を仇で返してはいけない」と教えられてきた。

結局、陽咲は行くことに同意した。雅也をがっかりさせたくなかったからだ。

【分かりました。仕事が終わったら向かいます】

そう送ったきり、聡子からの返信は途絶えた。

冷淡な扱いには慣れっこで、今さら心をかき乱されることもない。

怜央に【今夜は望月家で食事をする】とメッセージを送り、再び仕事に没頭した。

夜の七時になって、陽咲はようやく仕事の手を止めて顔を上げた。

スマホを確認したが、怜央からの返信はない。

代わりに、悠里からメッセージが届いていた。

【お姉さん、私、生理痛がひどくて。怜央さんが家まで送ってくれるんだけど、気にしないよね?】

陽咲は鼻で笑い、画面を消してタクシーを呼んだ。

三十分後。望月家の邸宅が近づいてきた。

煌々と明かりが灯る邸宅を遠目から見て、タクシーの運転手が羨ましそうにこぼした。「いやはや、立派な邸宅だ。あんな家に生まれてたら、一生遊んで暮らせるだろうに」

陽咲は微かに笑みを浮かべただけで、何も答えなかった。

確かに立派な家だ。しかし、彼女が求めていたものではない。

ただ「自分の居場所がある家」が欲しかっただけ。だが、そのささやかな願いすらここでは叶わなかった。

車を降りた陽咲は小さくため息をつき、深呼吸をしてから望月家の邸宅に入った。

中に入った途端、父である望月大輔(もちづき だいすけ)の顔から笑みが消え、怒声が飛んできた。「そこに直れ!土下座しろ!」

陽咲は一瞬呆然としたが、冷静に問い返した。「私は何も悪いことはしていません。なぜ土下座をしなければならないのです?」

大輔は激昂して怒鳴り散らした。

「家族全員でお前をまる一時間も待っていたんだぞ!連絡の一本もよこさずに!

少しばかり稼げるようになったからと、一人前になったつもりか!親をコケにするのも大概にしろ!」

悠里がいかにもわざとらしく庇うように口を挟む。「お父さん、お姉さんは忙しいのよ。仕事が第一だから、連絡する暇もなかったんだと思うわ。

でもおお姉さん、いくら忙しくても家族の団らんは特別でしょう?家族の絆に勝るものなんて、この世にはないのだから」

陽咲は冷めた笑いを浮かべると、悠里の茶番を相手にせず、直接スマホを大輔に突きつけた。

「お父さん。午後の時点で、遅くなるから先に食べていてほしいと、お母さんにメッセージを送りました。まさかブロックされているとは思いませんでしたけど」

聡子の目に一瞬、明らかな動揺が走った。

まさか陽咲が、ここまで容赦なく自分の体面を潰してくるとは思わなかったのだ。

大輔は苦虫を噛み潰したような顔で聡子を睨みつけた。

この馬鹿者が!怜央君がいる前で、家の恥を晒す気か!

聡子は瞳の奥に恨めしげな光を宿しながらも、瞬時に慈愛に満ちた母親の顔を取り繕った。

「……私のせいね。きっと押し間違えてしまったのだわ。陽咲、いつまでも突っ立っていないで。早く手を洗って、席につきなさい」

聡子が強引に話を逸らしたのを見て、陽咲もこれ以上追及する気にはなれず、「分かりました」とだけ短く返した。

そして傍らにいる怜央を完全に無視して、洗面所へ向かった。

ダイニングで席に着く際、悠里の甘えるような視線に応えるように、怜央は当然のように彼女の隣に腰を下ろした。

「お腹が痛いなら無理するな。山田さんにハーブティーを作らせるから」

怜央は低い声でそう囁き、テーブルの下でこっそりと悠里の手を握った。

悠里は頬を染め、小さく「うん」と頷いた。

そのやり取りが耳に入り、陽咲は冷たく鼻で笑った。

――反吐が出る。今日の食事は、ひどくまずいものになりそうだった。

そこへ雅也が二階の書斎から降りてきた。陽咲の隣が空いているのを見て、彼はそのまま彼女の隣に座った。

「最近、仕事はどうだ?」と雅也が尋ねる。

「ええ、それなりに」

陽咲はそう答えたものの、雅也と何を話せばいいのか全く分からなかった。

雅也は「そうか」とだけ言い、それ以上は言葉を続けず、黙々と食事を始めた。

一時、ダイニングには食器が触れ合う微かな音だけが響いていた。

悠里がしきりに聡子へ目配せをしている。

誰も口を開かないのを見て、聡子が小さく咳払いし、ついに口火を切った。
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