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ストーカー③

last update Last Updated: 2025-12-14 20:10:14

 相楽がドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。

 中に電気はついておらず、神崎は扉を開けたままにしておこうと手で押さえる。

 慎重に相楽が部屋の電気をつけた。

「どこに隠れてるんだ? さっさと出てきやがれ!」

 挑発する相楽を、神崎ははらはらと見守っていた。今にも部屋のどこかからストーカーが飛び出してきて、彼に危害を加えるのではないかと怖くてならない。

「どこだ!? おい!」

 相楽が声を張り上げ、奥の部屋へ足を踏み入れた時だった。

「っ!?」

 突如、背後から腕が伸びてきて神崎は首を絞められた。

「相楽く……っ!」

 後ろへ引きずられ、無情にも扉が閉まる。鍵が開けられていたのは罠だったのだ、神崎と相楽を引き離すための。

「抵抗するな。綺麗な顔に傷をつけたくない」

 ねっとりとした声とともに、目の前にナイフを見せられたが、かまわずに神崎は思い切り肘鉄を食らわせた。

 隙ができたのを見逃さず、前方へと駆け出す。頬に一瞬、鋭い痛みが走ったが、気にする余裕などなかった。

 部屋から飛び出てきた相楽にたまらず抱きついて叫ぶ。

「ナイフ持ってる!」

「神崎さんは離れて、警察に連絡を」

「うんっ」

 震える手でポケットからスマートフォンを取り出し、神崎は警察へ通報する。

「助けて、ナイフを持った男が……!」

 と、状況を説明する間にストーカー男は逃げ出していた。相楽が全力で追いかけていくのが見える。

「待て!」

 距離が縮んだかと思うと、ストーカー男が振り向きざまにナイフを振り下ろした。

「うわっ」

 相楽の叫び声にはっとして、神崎は慌てて後を追いかけた。

「相楽くん!?」

 何が起きたのか状況を把握する間もなく、相楽はストーカー男の手からナイフを叩き落としていた。ひるんだ隙に腕をつかみ、勢いよく背負い投げを決める。

「ぎゃっ」

 そしてうつぶせにさせると、素早く上に乗って腕をひねり上げた。

「確保ォ!」

 相楽の声が近所中に響いた。さすが警察官を目指していただけのことはある、見事な逮捕劇だった。

 ストーカーは抵抗することなく、ぐったりとしている。

 どうやら終わったらしいと察して、神崎はその場にへたりこんだ。

 振り返った相楽が微笑んで手を振ったが、その腕は赤い血にまみれていた。

 夜の病院は怖いくらい静かだった。神崎は頬に傷を負ったが、ナイフがかすっただけだったために、絆創膏を貼るだけで済んでいた。

 廊下に設置されたベンチに座っていると、久我が駆けつけてくれた。

「大丈夫だったか、神崎」

「久我さん……おれは大丈夫ですが、相楽くんが」

「やられたのか?」

「ナイフで右腕を切られたんです。本人は深くないから大丈夫だって言ってましたけど、出血がすごくて」

 説明しているうちに辛くなり、神崎は泣きそうになる。

 久我は神崎の隣へ座り、肩を抱いた。

「大丈夫だ。きっとすぐに復帰できる」

 そう言われても信じられず、神崎は不安を吐露とろした。

「それなら、いいんですけど……っ、おれのせい、で……っ」

「自分を責めるな。悪いのはストーカーの方だ」

「分かって、ます……けど、でも……っ」

 こらえきれずに涙があふれ、神崎はとうとう泣き出してしまった。

 久我は困った顔をしながらも、何も言わずに神崎を泣かせてくれた。

 ストーカーに悩まされた三ヶ月間のストレスと、相楽に怪我をさせてしまった負い目が、神崎から冷静な仮面をぎ取っていた。

 翌朝、ベッドの上で安静にしながら相楽は頭を下げた。

「心配かけてすみませんでした」

 久我は安心した様子で首を横へ振った。

「いいや、相楽に恋人役を任せたのは僕だ。危険なことをさせてしまって悪かった」

「いえ、神崎さんのためですから」

 久我は腑に落ちた様子でうなずき、言った。

「なにはともあれ、よくやった。ちょうど依頼が途切れたところだし、怪我が治るまで休んでいいぞ。よければ有給にしておく」

「いいんですか? ありがとうございます」

 久我は「神崎も今日は休め」と、神崎の肩を軽くたたいた。

「……分かりました」

 神崎の精神状態に配慮してくれたのだろうが、神崎にはそれが少し辛かった。

「それじゃあ、僕はもう行くよ。間遠に伝えないとならないしな」

 と、久我は立ち上がった。

「わざわざ来ていただいて、本当にありがとうございました」

 相楽があらためて頭を下げ、久我は片手をひらひらと振って病室を出ていく。

 残された神崎は息をつき、相楽へ視線をやった。

「ごめんね、おれのせいなのに」

「そんなことありませんよ。むしろ、神崎さんを守れてよかったです」

 相楽がにこりと笑い、神崎は苦々しく言う。

「ストーカーは逮捕されたけど、やっぱり引っ越した方がいいよね。近所ではもう知られちゃってるだろうし」

「そうですね。事務所の近くに引っ越してくれたら、いつでも自分が会いに行けますよ」

「徒歩だもんね、相楽くん」

「はい。警察学校から戻った時、思いきって事務所のそばにしたんです。自分は久我探偵事務所で生きていこうと決意したというか、骨を埋める覚悟というか」

「そっか」

 あいかわらず相楽は潔い男だ。裏表のなさに好感が持てて、神崎はうらやましいと思った。

「あ、でも……」

「何?」

「その、神崎さんがよければ、なんですけど」

 相楽は視線を泳がせながら告げた。

「一緒に暮らすのも、いいかもです。うち、ロフトありますし」

 思わずきょとんとすると、相楽が深呼吸を一つした。覚悟を決めたように、真剣な目で神崎を見つめる。

「ずっと好きでした、神崎さん」

「……え、は?」

 聞き間違いかと思ったが、相楽はかまわずに告白を続ける。

「昨日のことがあって、いろいろ考えました。自分は恋人役じゃなくて、神崎さんの恋人になりたいです。神崎さんをいつでも守れるように、誰よりもそばにいたいです」

 心臓が早鐘を打ち始め、頭の中がパニックになる。しかし、神崎は感情を表に出せず、ただ呆然としてしまう。

 そうこうしているうちに相楽は言った。

「返事は今度でいいです。ゆっくり考えてください」

「あ、うん、分かった……」

 どうにか返事はできたものの、まだ頭は混乱状態だ。相楽に恋愛対象として見られていたなんて、まったく気づかなかった。

 しかし心臓は心地よく高鳴り、じわじわと嬉しい気持ちがわいてくる。

 神崎は口角が上がりそうになるのを感じ、ごまかすように立ち上がった。

「と、トイレ行ってくるねっ」

 その場から逃げるように廊下へ出て、足早に病室から離れる。

 ふと冷静になった神崎は、立ち止まって息をついた。

「こんな気持ちになるの、久しぶりだ……」

 と、壁に背を預けるようにして座りこむ。頬は熱を持ち、口角が少しだけ上がっていた。

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