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嘘の人探し①

Penulis: 晴坂しずか
last update Tanggal publikasi: 2025-12-16 20:10:44

 久我探偵事務所は退屈だった。後輩調査員の相楽浩介さがらこうすけは腕の怪我のため、有給休暇を取得している。

 抜糸後に戻ってくるそうだが、調査員は自分だけになってしまった。

 間遠桜まどうさくらはデスクに頬杖をつき、木目調のパーテーションをじっと見ていた。

 向こう側は応接スペースになっており、今は所長の久我健人くがたけとが客の対応をしていた。

「私は近藤博といいます。数年前に音信不通になった兄を探してほしいんです」

 声の感じからして三十代から四十代くらいだろうか。緊張しているのか、少々早口だ。

 落ち着いた調子で久我が返す。

「人探しですね。お兄さんのお名前や情報を聞かせてください」

「はい。名前は近藤敬一。私が把握しているところでは、五年前まで株式会社新都アーキテクチャーの監査部にいました」

「連絡が取れなくなったのはいつ頃ですか?」

「その、元々あまり頻繁ひんぱんに連絡をしていたわけではないんです。

 なので、えーと……一昨年の十一月だったでしょうか。父が亡くなったので連絡をしたんですが、通じなかったんです」

「携帯電話の番号が、ということですね」

「ええ、そうです。しかたないので放置したんですが、母が最近亡くなったので、今度ばかりは行方を知りたいと思いまして」

 何だか妙な話だ。調査員歴五年になる間遠の勘が働いた。

「警察には知らせましたか?」

「えっ、いや……」

「お兄さんを知っている知人をあたったりは?」

「だから、その……あまり、そういうことは知らなくて。お恥ずかしいことに、仲がよくないんです」

 しどろもどろな返答は怪しいだけだ。こういう時、たいてい依頼人には他の思惑がある。

 久我も間遠と同じように考えているはずだが、穏やかに言った。

「分かりました。お受けいたしましょう」

「あ、ありがとうございます。それで、料金はどれくらいになるでしょうか?」

 最近は不景気のせいで、金額を聞いて依頼をキャンセルする人も少なくない。ここからが久我の腕の見せどころだった。

「間遠、今の男を追ってくれ」

 依頼人が出ていくと、すぐに久我から指示が出た。

 待ってましたとばかりに間遠は席を立つ。

「尾行っすね」

「ああ、詳細はあとでスマホに送る。おそらく彼は偽名であり、兄弟というのも嘘だろう」

「よっしゃ、いってきます!」

 間遠は上着を手に取り、駆け足で事務所から出た。

 階段下にビルから出ていこうとする背中が見えた。よれよれのワイシャツにすりきれたジーンズ、先ほどの依頼人、近藤博だ。

 間遠は足音を立てないようにしておりていき、尾行を開始した。

 近藤博が向かったのは駅だった。東京メトロ東西線の改札を抜け、間遠も少し距離を取りながら後を追う。

 同じ車両のひとつ隣のドアから乗りこみ、あらためて依頼人の様子を確認する。

 よれよれの衣服に使い古した黒いかばん、よく見るとスニーカーもボロボロだ。それでも高額な料金を払うことにしたのだから、よほどの理由があるのだろう。

 次の駅についた頃、間遠のスマートフォンに久我からのメッセージが届いた。

 依頼人および調査内容に関する詳細が記載されており、間遠は一読しただけで頭にすべての情報を入れる。

 近藤が降車したのは早稲田駅だった。ホームの壁際できょろきょろと辺りを見回してから、改札口へ向かう。

 間遠はできるだけ相手の視界に入らないよう気をつけながら、後をついていく。

 地上へ出た近藤は通りを北上した。時々周囲を確認する素振りを見せるため、間遠は距離を取らざるを得ない。

 いったいどこへ行くのかと思っていると、角をいくつか曲がってマンションへたどり着いた。

「まさか、住所も嘘か?」

 近藤が二階の部屋に入っていくのをスマートフォンで撮影しながら、間遠はこっそりつぶやいた。

 扉が閉まってから数分後、間遠は郵便受けをそっとのぞいて舌打ちをした。中に入っていた郵便物には、女性の名前が記されていた。

『男は今、女の部屋にいます。どうしますか?』

 送信し、久我からの指示を待つ。

『出てくるまで張り込んでくれ。新情報だが、新都アーキテクチャーで五年前に業務上横領事件があった。

 当時の匿名掲示板に社員らしき書きこみがあり、監査部のKとの記載あり。兄かもしれない』

『了解』

 しかし、張り込むと言っても住宅街だ。

 できるだけ近所の住人から怪しまれず、マンションの様子が見える位置を探して間遠は歩き始めた。

 事務所へ戻ったのは、とっくに終業時刻を過ぎた頃だった。

「あんなに警戒してるなんて、怪しすぎっすよ」

 と、間遠はうんざりして自分の椅子へ座る。

 久我は苦笑しつつ返した。

「まさか、信じられる情報が電話番号だけとはな」

「早稲田の女のところに行った後、今度は中井の女っすからね。尾行してんの気づいてて、おちょくってんじゃねぇかと思いました」

 むすっとしながら間遠が言うと、久我は話を進めた。

「さすがにそれはないと思うが、裏があるのは確実だ」

「何か分かったんすか?」

「探してほしいと頼まれた人物だが、本名でSNSをやっていた」

「は?」

 思わず目を丸くする間遠へ、久我は手を伸ばして書類を渡した。

「容易に連絡がつく相手を、わざわざ探すように依頼しているんだ。おかしいだろう?」

 印刷されていたのはSNSのユーザーページだ。

「確信犯って感じすか?」

「誤用だぞ、間遠。そこで気になるのが、五年前の業務上横領事件だ」

 久我は別の書類を間遠へ差し出した。

「犯人には四年の実刑判決が出ていた。匿名掲示板で書かれていた監査部のKというのは内部告発者のことらしく、ヒーローとして持ちあげられていた」

「内部告発って、なんか嫌な予感がするんですけど」

 間遠が思わず苦笑いを浮かべると、久我も「僕もだ」と軽く笑った。考えていることは同じらしい。

「それで?」

 と、間遠は書類をまとめて返す。

「犯人に関する情報はネットに出ていなかったが、弟に聞いたら当時の担当者をあたってくれることになった」

「ああ、久我さんの双子の弟」

 以前から話には聞いているが、間遠はまだ顔を見たことがなかった。久我が言うには、弟は現役の警察官として働いているらしい。

「現時点で嫌な予感はするが、思いこみで調査をするのは厳禁だ。事実だけを見て判断するのを忘れないようにな」

 久我がにこりと笑い、間遠は少しだけ唇をとがらせた。

「分かってますよ」

 自覚があるのかないのか知らないが、久我の向けてくる笑顔は間遠にとって凶器に等しかった。否応なく心臓を高鳴らせてくるからだ。

「それじゃあ、飯でも食いに行くか」

 久我が立ちあがり、間遠はわざとむっとした顔でうなずいた。

「久我さんのおごりっすよ」

「それは無理だな、金が無い」

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