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ストーカー②

last update publish date: 2025-12-12 20:10:31

 初日は何事もなく終わった。翌日は午前九時半に相楽が迎えに来てくれて、一緒に家を出た。

「朝はいないんだよね。いつも駅で待ってて、同じ電車に乗ってくる」

「じゃあ、電車に乗ったら警戒すればいいんですね」

 と、相楽。

「うん、そうだね。相手はおれが一度、隣に座ったことがあるだけなんだけど、何を勘違いしたのか、つきまとうようになったんだ」

「厄介ですね。特に言葉をかわしたわけでもないんでしょう?」

「当然だよ。まさか、それだけでストーカーされるとは思わなかったし、最初はまったく知らない人だと思って怖かった」

 神崎はため息をついた。またかと辟易へきえきしたのと同時に、この手のトラブルに慣れてしまった自分が嫌だった。

「どうして、隣に座ってた人だって分かったんですか?」

「あっちからそう告白してきたんだよ」

「ああ……マジめんどくせーってやつですね」

 と、相楽がため息をつき、神崎もうんざりして言った。

「女だと思われてストーカーされた時は、交番の近くで男だと知らせて、即逮捕してもらったんだけど」

「え?」

「わざと暴れさせて、事件にしてさ。あの頃は若かったから無謀なこともできたけど、今はやろうと思わないよ。あの後、警察官の一人にしつこくされたしね」

「……神崎さん、本当に苦労してるんですね」

 相楽が苦笑いをし、神崎は言った。

「だから外に出たくなくて、事務員になったんだ」

 所長の久我は神崎の事情を汲んでくれるため、今の職場はありがたかった。この場所を失うことになったら、神崎には大きな損失だ。

 もしかしたら立ち直れないかもしれないと思うほどには、久我探偵事務所を気に入っていた。

 出勤すると、すでに来ていた間遠桜まどうさくらが声をかけてきた。

「おはよう、神崎、相楽。ストーカーどうだった?」

 神崎はいつものように「おはようございます。特に何もありませんよ」と、自分のデスクへ向かう。

 相楽はそんな彼を気にしつつ、間遠へ歩み寄った。

「おはようございます、間遠さん。ストーカーの顔、ばっちり見ましたよ」

「お、そうか。どんなやつだった?」

「年齢は四十前後で、背は低くもなく高くもなく、ごく一般的なさえないおじさんって感じでした」

 間遠はあまり興味を惹かれなかったのか、「へぇ」と返すだけだ。

 椅子を引いて腰をおろしながら神崎は言った。

「何か起こるとすれば今日ですよ。もしくは明日」

「そうなのか?」

「ストーカーがエスカレートするのには理由があるんです。だから今日は、帰りに書店デートをする予定です」

「見せつけるのか」

「恋人役の相楽くんがどれだけ魅力的な男性か、ストーカー野郎に分からせてやるんですよ。そうしたら、数日のうちにエスカレートして警察沙汰になるでしょう」

「冷静な顔でそんなこと言うなよ」

 と、間遠が気まずそうにし、神崎は冷ややかな視線を送る。

「何か文句でも?」

「文句じゃなくて、普通にお前が心配なんだ。一人になったところを狙われる可能性だってあるだろ?」

 心優しい間遠の心配そうな表情を見て、神崎は顔をそらした。

 ヤンキーっぽい見た目に反して、自然体で人に寄り添おうとする彼の優しさが苦手だ。

「慣れてますから、心配はいりません」

「うーん、そう言われてもな……。相楽も気をつけろよ? ちゃんと神崎を守るんだぞ」

「はい、分かってます。ありがとうございます」

 相楽が笑顔を返すと、間遠は「任せたぞ」と、彼の腕を軽くたたいた。

 事務所を出て階段をおりる。すでに日が落ちて辺りは暗かったが、神崎は相楽が隣に並んだところで言う。

「来てるっぽい。予定通り、このまま書店に行こう」

「分かりました」

 相楽がうなずき、神崎は駅ではなくブロードウェイへ向かって歩き始めた。

 商業施設の中は明るく、人気もあってほっとする。

 目当ての書店へまっすぐに進むと、神崎は店の前に貼られているポスターに気づいた。

「あ、もうブックサンタ始まってたんだ」

 足を止めた神崎に相楽がたずねる。

「何ですか、ブックサンタって」

「あれ、知らない? 厳しい環境とか、大変な状況にいる子どもに、本を届ける取り組みだよ。おれ、毎年やってるんだ」

「え、毎年?」

「おれも本なんて、全然買ってもらえなかったからさ」

 言いながら神崎は店内へ入り、相楽が後をついてくる。

「神崎さん、貧しい家の子だったんですか?」

「んー、どう説明したらいいかな。一言で言うと、ネグレクトってやつ」

 反応が気になって振り返ると、相楽はショックを受けた顔をしていた。

「ああ、ごめん。そんな顔しないで」

「無理ですよ、神崎さん。ここがお店の中じゃなければ、今すぐ抱きしめてました」

「そんな大げさに受け取らないでよ。家族とはもう連絡取ってないし、おれは平気だからさ」

 と、できるだけ明るく言って児童書の棚へ向かう。

「さて、今年はどれにしようかな」

 人気の本にするのもいいが、個人的に気になった本でもいい。あの頃の自分が読みたいと思うものを、神崎は毎年、数冊選んでいた。

 相楽が横に来て、らしくない静かな声で言う。

「知ってましたけど、神崎さんは心が綺麗ですよね」

「え?」

 顔をあげて彼を見る。相楽は恥ずかしそうに頬を染めながら、もう一度はっきりと言った。

「神崎さんは心が綺麗なんです。気高くて、強くて、とてもかっこいいです」

 初めて言われた言葉だった。

 神崎の胸がドキッと高鳴り、妙に恥ずかしくなってしまう。

「あ、ありがとう……そんな風に言われるの、初めてだよ」

「それじゃあ、今まで神崎さんが出会ってきた人たちは、本当の神崎さんに気づかなかったんですね。もったいないです」

 本当の神崎さん――本当の自分。

「……うん、そうかもしれないね」

 外見でなく、心を見てくれる人は初めてだ。胸がくすぐったくなって、相楽という存在が大きさを増す。

 同時に、彼をどう扱ったらいいか分からなくなり、神崎は本を選ぶ振りをして、相楽から少しだけ離れた。

 昨日と同じようにアパートまで送ってもらった。

 郵便受けを見ると、またストーカーからの手紙が入っていた。しかし、今回はひとつだけだ。

『知らなかったよ、君に彼氏がいたなんて』

 相楽が横からのぞきこんで言う。

「これは、確実にダメージ受けてますね」

「うん、計画通りだよ」

 手紙を手にしたまま廊下を進み、扉の前で神崎は振り返る。

「相楽くん、ありがとう」

「いえ。明日の朝もまた、迎えに来ますので」

「うん、分かった。気をつけてね」

「神崎さんこそ、気をつけてください」

「それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 笑顔で挨拶をかわし、神崎は鍵を開けて部屋へ入ろうとしたが……。

「あれ、開いてる」

「えっ!?」

 状況を理解した途端、背筋に冷たいものが走った。

「ちゃんと鍵、閉めたはずなのに」

「ええ、閉めましたよ。自分も見てますもん」

「そうだよね? やばい、嫌な予感がする……」

 恐怖で震えそうになる神崎へ、相楽が言った。

「自分が中に入ります。神崎さんはそこにいてください」

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